第八節 前に立つ 前編
――夕飯時。
「――どう? 仕事の方は」
「順調です。予定通り、明日の昼までには終えられるでしょう」
「お前こそ大丈夫なのかよ、立慧。修復が進まねえ進まねえって、ぼやいてたじゃねえか」
「……実務派の連中が色々手伝ってったみたいでね。これまでが何だったのかってくらいのスピードで進んでるわ。この調子なら――」
正面で織り成される立慧さんと葵さんたちの話を聞きつつ、俺は目の前の皿へ箸を運ぶ。変わらずの食堂。賢王たちが加わったこともあって、大人数となっているテーブルは大分賑やかだ。
〝はいアウト〟
「ああ! そんな。超高解像度の動画撮影機能を持った、私のペンシル型カメラが――!」
〝レンズの光。どんなに小型でも見逃さない〟
「……なんで一々説明口調なんですか?」
左斜め前には相変わらずのエリティスさんと郭、横には冥王。そこかしこで会話が織り成され、心地のいい喧騒を醸し出している。俺たちも。
「今日のご飯も美味しいですね」
「そうだな」
「……おい。僕のとっておいた肉が消えたんだが?」
「知らね。誰か喰っちまったんじゃねえの?」
その例から漏れていない。茶碗の中の白米を口へ放り込みつつ、忙しなく口を動かすリゲルと、徐に食事を口へ運んでいるフィアとを、比べるように横目で見た。……あのあと。
ミーナさんと別れてからは結局大した出来事はなかった。適当に本山内をぶらつき、適当に別れ、夕飯のためにまた集まった。そんな感じだ。これまでの毎日に比べれば、久しぶりにのんびりできたとも――。
「そうだな、スーツを着た害虫の仕業だ。――言い逃れできる思うなよリゲル‼」
「一枚くらい良いじゃねえか‼ 昼の対決で腹減ってんだよこっちは。テメエは坐って本読んでただけだろうが‼」
「……なんだと?」
「二人とも……お肉なら、私のがありますけど」
――言える。リゲルの横で一段トーンを下げたジェインの剣幕。一触即発の空気を見かねたのか、それほど肉は食べないフィアが自分の皿を差し出そうとするが。
「そう言う問題じゃないんだカタストさん。悪いが」
「そうだぜ。これは、俺とコイツの勝負だからな」
「え、ええ……」
「やめて下さい二人とも。食事中ですよ」
当然の如く収拾はつかない。……とうとう明日から、エリティスさんの家に戻ってからが本番だ。郭まで入り込んできた隣の喧騒をなるべく気に掛けないようにして、密かに緊張感を胸の中に漂わせていた最中。
「――時に貴方。どうですか? 調子は」
左の冥王を挟んで。一つ隣りの席から話し掛けて来たのは賢王。……一瞬何かの嫌味かとも思うが、恐らく初めて呪具を使った戦いの影響のことを言っているのだろうと思い、考え直す。
「……悪くない。身体の痛みも殆んど取れてきた」
「それは良いですね。なにぶん久の休暇とあって、元気があり余っている輩もいるようですが……」
笑いながら流された眼は笑っていない。食卓に似つかわしくない刺すようなその気配に身の危険を感じたのか、制止を受けながらも続けられていた肉の奪い合いが漸く止んだ。効果はてきめん――。
「明日からは修行を始めますよ。前に出るからには少しの緩みも許されません。心しておくことです」
「ああ」
「望むところだぜ」
「――」
釘を刺すような賢王の台詞。ナイフを戻しながら額の汗を拭いたリゲルが頷いたそのタイミングで、目の前で静かに動かされていた先輩の箸が、不意に止まった。
「……ちょっと待て」
そのまま箸を置き。食べる手を完全に止めて、賢王へと向けられた声が硬い。……どうしたんだ? 僅かに皺の寄せられた眉間。いつもとは明らかに違っているその態度に、胸騒ぎに似た感覚を覚える。
「今回の戦い、こいつらにも前で戦わせるつもりか?」
「無論そのつもりですが。なにか問題でも?」
「――大ありだろ」
咎め立てする声は厳しく。ただならぬ先輩のその口調に、賑やかだったテーブルが耳を欹てるかの如く静けさを増す。その中で。
「こいつらは元々ただの学生だ。身を守るための力を身に付けさせるなら分かるが、積極的な形で『アポカリプスの眼』と戦わせるのは荷が重過ぎる」
「――」
「――え」
傍らで小さく上げられた声と共に、フィアの手元のナイフがガチャリと音を立てる。……それほどまでに意外だったのだろう。先輩が、俺たちの参戦に難色を示すとは。
「……上守支部長、それは――」
「――ただでさえ我々は頭数が足りません」
フォローしようとしたのか。言い出そうとした郭の言葉は、空気など全く読んでいない賢王の台詞に遮られる。
「浮き駒を前に出すのは当然のことではありませんか」
「前に出て死ぬだけの駒に意味なんてない。精々が囮だ。それとも、端からそれが狙いか?」
「まさか」
「……」
〝聞いてないね〟
なんてことだ。冥王の言う通り、あの郭が会話にまるで割り込めていない。止まるどころか更に険を鋭くした先輩の詰問を、賢王は軽く鼻で笑う。
「駒の本来の用い方は生かさず殺さず。ですが今回の場合、死なせていては話になりませんからね。捨て駒にするつもりはありません」
「なら尚更だ。私たちが加わった以上、こいつらまで前に出る必要はない」
「――戦力として信頼に値しないと?」
返しとばかりに突き付けられる台詞。歯に衣着せぬ物言いに、先輩は僅かに躊躇いらしき表情を見せたあと。
「……はっきり言えば、そうだ」
そう、口にした……。
――このままでは。
「そ――」
「――それについては私も同意見ですよ」
俺たちの参戦を否定するような。嫌な場の流れに反射的に何かを言おうとした直後、飛び込んできた賢王の台詞に思わず顔を向けてしまう。まさか――。
「実際の戦いに身を置いた者として見るならば、このような若輩たちに到底期待など出来ません。判断一つ誤れば致命的になる状況で、とち狂ってなにをしでかすかも分からない。――ですが」
余りに。余りに腹蔵なく露骨な言葉の羅列に唖然とする俺の前で。朱く紅引かれた口元に浮かぶのは、誰に向けたのかも分からないような皮肉気な笑み。
「それでも現状では数少ない戦力の一つです。有効に使わなければ勝機など夢のまた夢。破滅を止めることなどできません。必要最低限度の力は付けてあります。この私と冥王が仕込んだのですから、万に一つも手落ちなどあり得ませんよ。――エリティスの方は別かもしれませんが」
「おやおや。相変わらず手厳しい。そこがまた、賢王嬢の魅力の一つでもありますがね」
「実際にある程度戦えることはそこの賢者見習いが保証するでしょう。現に敵方の一部を撃退したのですし……それでもまだ信用できないと?」
「……郭の援護があったからじゃないのか? それは」
「……」
……マズイ。何だかよく分からないが、先輩と賢王との間の空気が険悪になってきている。郭でさえ止められない空気に対し、俺がどう言えばいいかと思案した――。
「――試してみれば良いんじゃない?」
そのとき。全く別の場所からの一声が、空気を割る。
「……立慧」
「こいつらが実際どこまで戦えるのか。どの道力量も知らないで前に出すなんてあり得ないんだし、ね?」
「……そうですね」
立慧さんの声を受けて――頷きを返したのは葵さん。
「凶王二人とエリティス氏の仕込みがどの程度のものか、気になってはいました。仲間の力量を知っておくと言う意味でも必要かと」
「――決まりね。模擬戦形式でどう? 複数人同士の多対多で、あんたらが鍛えたっていうこいつらの力量を試す」
「なるほど。支部長にしては悪くない案ですね」
「――」
あれよあれよという間に決められてしまう。……模擬戦? 目の前にいる先輩たちを今一度見る。この三人と? それは――。
「――ま、しゃあねえな」
どうなのかと。異議を唱えたくなった俺の横で、リゲルが。
「疑われてるんなら見せるしかねえだろ。強いかどうかなんて、口で言っても分かんねえことだしな」
「――」
……そうか。
「……面倒なことになったな」
「……まあ、こうなった以上は仕方ないですね。疑いを晴らすには、実際に白黒はっきりつけるしかありませんよ」
リゲルの言う通り、この場で幾ら口で語って見せたところで意味などない。……先輩たちは――。
「――メンバーは私ら三人でいいか」
「ええ。余り人数に差が出ても力量が量り辛くなります」
「流石にイーブンでやる気ないわよ。多少はハンデがないと、試しにならないでしょ」
――知らないからだ。ここに来るまでに俺たちがどんな過程を経て、どれだけの力を身に着けて来たのかを。ならば。
それを見せなければならない。……伝えなければならない。こうして再び先輩たちと合流できた以上は。
「……」
賢王や郭に認められているだけでは、足りないのだから。
「……本当にやるんですか?」
場の流れに、どこか不安気な口調のフィア。
「危なくないですか? 怪我とか……」
「……確実に大丈夫だとは言えないだろうな」
確かに不安はある。万が一の事故もそうだが、それ以上に胸中に沸き上がる事柄。あのとき郭が駆け付けてくれなければ、俺たちが果たしてどうなっていたかということ。
答えは分からない。分からないのだ。本当に俺たちだけで『アポカリプスの眼』に対抗できるのかどうか、経験を経ていない今のところでは何とも言えない。だが――。
「……戦ろう」
「――え?」
顔を上げ。フィアの視線を感じながらも、先輩たちを見て口にする。
「戦って示そう。俺たちが、戦えるようになったことを」
避けるわけにはいかない。俺たちは選んだのだから。……他人任せにするのでなく、自分たちの手で戦うと。
「……黄泉示さん」
言い切った俺の台詞に、フィアは一瞬驚いたような表情を覗かせたが。
「……そうですね」
「……へえ」
その眼差しの向きを変えて言ってくれた。覚悟を決めた俺たちの態度に、立慧さんが声を漏らす。
「言うわね。――良いじゃない」
浮かべる笑み。昂ぶる血気を秘めたようなその表情は、これまで立慧さんが俺たちに見せたことのないもので。
「見せてみなさいよ。今のあんたたちの実力を、私たちに」




