第五節 葵と実務派
「……なるほど」
太陽が空に傾く、午後の光が差し込む執務室の中。
葵たちが迎えるソファーに腰掛けるのは、揃い踏みした三人の魔術師たち。今朝方早くに葵がいれた通達を受け、各々の支部からこの本山へ呼ばれてきた者たちだ。
「そのような事態になっているものとは。驚きですな」
「ホント。まさか、凶王と手を組む日が来るなんて、ねえ」
口ひげを弄りながら話す恰幅の良い男性に、高く野太い声が応じる。第一支部支部長ハディム・マウドゥード・ミシュアル、並びに第三支部支部長、ミーナ・カダム。
中立派である彼らの反応は予想通りと言えば予想通りだったが、それはそれで有り難いものだと葵は考えていた。……どの道この協力関係が覆ることはない。事態がどうにもならないものなら、それに対する反発意見は少なければ少ないほど良いというもの。
「……」
そんな中。ただ一人言葉を発していない男を葵は刺激しないように見つめる。……葵の話を聞いた男は途中から膝上で掌を組み、硬く握りしめた両手を解かないままだった。
「……まさか、支部長にもなってこんな戯れ言を聞くことになるとはな」
偽らざる苦々しさを以て心情を吐露したのは、第二支部支部長、園城寛人。現行の支部長においては数少ない伝統派の一人であり、レイガスと同じく凶王派の根絶を掲げていた人物でもある。
「四賢者様たちの訃報を聞いた時から可能性は考慮していた。……見たくもない悪夢だが」
「残念ね寛人ちゃん。アタシが、慰めてア・ゲ・ル?」
「遠慮しておきますよミーナさん」
ミーナの言葉に軽く溜め息を吐いた寛人。説得が必要かと思い、葵は言葉を紡ぎ出す。
「貴方が特別何かをする必要はありません。そちらは我々が――」
「分かっていますよ特別補佐」
言葉を遮る。ミーナへのものとは違い、その口調はどこか皮肉気だ。
「俺たちは普段通りに仕事をこなす。それが望みなんでしょう?」
「……その通りです」
葵は頷く。支部長は支部長でも、彼らは千景たちとは違う。力量や地位などは別として、彼らは現実上の事情でおいそれと動かすことのできない支部長たちなのだ。
魔術師を含めた特殊技能者界の秩序維持を目的とする魔術協会。長い歴史を経て世界各地に置かれた十五の支部は、その技能者界で昼夜を問わず起こされている大小様々な問題群に対処するという役割を担っている。
無論支部の手に負えないような案件であれば本山、四賢者たちがその辣腕を振るいに出るのだが、逆に言えばそのような問題以外は全て支部が対応しているということになる。己の役割を是として引き受け、その役目を熟すことに日々全力で取り組んでいる支部長たち……。
それがこの場にいる三人に共通する特徴であり、彼らが実務派と呼ばれ、己の力の向上を目指す立慧たち修養派と区別される理由でもある。……彼らは数多の協会員たちと共に協会の基礎を支えている人材であり、それだけに他の任務へと割り当てられることはまずあり得ない。木材が要るからといって建てられた柱を引き抜いていたのでは本末転倒。当の建物を崩すことになるからだ。
「……協会を含む三大組織の力が落ちている今、何かあればそれこそが惨事に繋がりかねません」
言葉を選びながら葵は言う。……現状報告を受けている限りでは、他の二組織も上手くはやっているようだった。聖戦の義、執行機関共に膨大な人員を擁する組織。幹部クラスが全滅したとしても実力者は残っており、組織力も残されている。これまで培われてきたノウハウを総動員して平常の装いに努めているのだろう。
ただそれでも、内部の情報が漏れてしまう危険性はある。構成員の数が多いと言うのは必ずしも利点だけとは限らない。
「今回の件による二次的な被害を食い止めるため、貴方たちには通常の業務に専念してもらいたいのです」
優れた情報網を持つ『逸れ者』であれば内部情報を入手してくるかもしれない。或いは組織の動向から今回の被害を推理してくるかもしれない。力を持つ『逸れ者』たちがこれまで大した事件を起こさずにいるのは偏に三大組織と言う無言の圧力が控えていたためであり、それが実質的に重みを失っている今、そのことが悟られれば如何なる事態に繋がるか分からない。
「『アポカリプスの眼』打倒に向けて此方は全力を尽くします。貴方たちが気負うことはありません」
明確にそう、言い切った。
「……」
「……まあ」
受けての沈黙を破ったのは、口ひげを撫でながらのハディムの呟き。
「思うところがないわけではありませんが。我々の仕事は、これですからな」
場に言い聞かせるように呟いて。見守る葵に向け、穏やかな微笑を浮かべる。
「些事はお任せください。櫻御門殿たちは、四賢者様たちの無念を晴らすことに専念して下さりますよう」
「そうね。正直そっちの方は、私たちの手には余るでしょうし」
息を吐きながら言ったのはミーナ。
「立慧ちゃんや千景ちゃんみたいな若い娘に頑張ってもらおうかしらぁ。……あ、葵ちゃんが若くないって意味じゃないわよ? 誤解しないでねん」
「大丈夫です」
「……頭を失ったせいか、反秩序者たちの行動数は激減している」
最後に半分諦めたような物言いで寛人が語る。
「ここ数日ではほぼゼロだ。今なら他が多少湧いてきても叩き潰せる。……その点は有り難いな」
「……感謝します」
了承。三者三様のその意を受け取り、葵は頭を下げる。これから対『アポカリプスの眼』に向けて動いていくために、この話は決して避けては通れない道だった。
「では話はこれで終わりとして……――どうします? 皆さん、すぐホームに戻られますかな?」
「ん~~そうね。それでも良いけど、折角本山に来たんだから」
「見るくらいはしていくか。問題はないんでしょう? 特別補佐」
「ええ。勿論」
「よかった。アタシ、噂に聞くその子たちに興味があるのよね」
「……余り脅かさないで下さいよ。ミーナさん」
「ああら、失礼しちゃう」
立ち上がる。では、と言いつつ去っていく後ろ姿を見送りながら、葵はどこか複雑な感情を抱いている自らに気付いていた。
――実務派。彼らが魔術協会を支える柱であることは確かだが、そこにはもう一つ別の側面もある。
柱となると言うことは文字通り、協会の業務に専心するということ。中には経験を積める案件もあるが、大半は事務や支部の運営など、魔術とは直接的に関わり合いの無い仕事が割合を占めている。修行に時間が割けないのならば、純粋な魔術師としてこれ以上の成長は望めない。
――つまりは、支部長より上に行けないことが決まっている人間たちだ。
無論物事に絶対ということはあり得ない。何かを切っ掛けに突如奇跡的な才能を開花させ、支部長から急遽四賢者候補に名が上がるということも可能性としてなくはない。歴代の四賢者の中には事実そう言った経緯で四賢者に選出された人間もいることは確か。
だがそれは全体から見て極々稀な例であり、望むべくもないことは当人たちも承知している。故に彼らの表情には魔術協会の支部長としての自負こそあろうとも、それ以上を目指そうと言う意欲は無い。現状に落ち着き、それを良しとしている者たち。
彼らがいなければ協会の業務は成り立たない。自分たちが今回の案件に注力できるのも、その他の問題を一手に引き受けてくれている彼らがあってこそ。どれだけの力を持とうが全ての問題に一人で対処することは不可能で、なればこそ彼らのような人物は必ずいる。いつの日も。
「……」
一つ。小さく息を吐いて思考を脇へ押し退け。葵は済ませておくべき仕事に取り掛かり始めた――。




