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第四節 事故

 

「う……」


 ドアを叩く音。軽くも途切れることなく続くそれに、半開きになった眼を擦る。


「……」


 やや覚束ない足取りでドアへ。欠伸を噛み殺しながら、規則的な音に誘われるようにノブに手を掛けた――。


「――おはよう。蔭水」


 開いた先に立っていたのは、千景先輩。


「おはようございます……」

「酷いクマだな。昨日はちゃんと寝れたのか?」

「……はい。そのはずなんですけど……」


 重い瞼を擦る。……疲れが取れていない。円環を使っての初の実戦の代償は、思ったより重かったらしい。


「……先輩こそどうしたんですか、こんな朝に。何か用事でも?」

「ん?」


 疑問符を出される。あー、などと呟いて。


「……蔭水。今何時だと思ってる?」

「え?」


 意図の分からない質問に、今度はこちらが訊き返す番だった。


「それは――……」


 時計に目を向けようとして気付く。室内にある壁掛け時計はこの位置からでは丁度見えない。わざわざ先輩が起こしに来たという事実を併せて考え。


「……九時くらいとかですか? 遅くて起こしに来てくれたなら、済みません」

「十二時だ。もう昼だよ」

「……⁉」


 ――え。


 半分呆れながら告げられた予想だにしない答えに仰天する。……昼? そんな馬鹿な――。


「……!」


 そう思ってちょっと、と言って戻り見た時計は、歴とした十二時を指している。……正確に言えば十二時五分。正真正銘の昼過ぎだ。


「昨日の夕飯時も声を掛けたし、今朝も起こしには行ったんだがな」


 衝撃的な事実を受け止めて戻る俺に、届くのは先輩の声。


「うんともすんともなかった。まあ、よっぽど疲れてたんだろう」


 それにしても寝過ぎなような気はする。寝た時刻をはっきり覚えていないので大体だが、十四時間近く眠りこけていたことになるからだ。こんなことは凡そ初めて。道理で身体が重くて怠いし、やたらと腹が減っているわけだ……。


「待ってるから。用意してこい。全員今食堂にいる」

「あ、はいッ!」


 慌てて部屋の中に舞い戻る。あちこちへ飛び跳ねた髪に縒れたパジャマ姿。流石にこの格好で出るのはマズイか。


「――ッ」


 先輩を待たせてしまっていることを申し訳なく思いつつ、俺は慌てて身支度を整え始めた――。









「――おや、おはようございます」


 十分後。先輩と共に入った食堂で、真っ先に声を掛けて来たのは賢王。


「貴方の朝は随分とのんびりなようですね。羨ましい限りです」

「……済まない」

「おはようございます。Mr.蔭水」


 皮肉にも返す言葉がない。声をかけてきたエリティスさんに挨拶を返し。


「熟睡できたようですね。疲れは取れましたか?」

「は、はい。大丈夫です。済みません」


 次いで葵さんにも返事をする。……年長者らが揃っているところに後から入って来るのは中々堪えるものがあるな。今度からは二度遅れまいと密かに決意を固めた俺に――。


「おう、おせえぞ黄泉示! こっちだこっち!」

「……騒ぐな。頭に響く……」


 手を振ってくるリゲル。その隣にはジェインもいる。並んでいるのはいつものことだが、今日はテンションが大分違うな。


「悪い。先輩が起こしに来てくれるまで、全然目が覚めなくて……」

「……それだけ昨日の戦闘が堪えていたということだろう。よく眠れて何よりだ」

「……ジェインは寝れなかったのか?」


 空いていた二人の正面に腰掛ける。よく見れば眼鏡から覗いた目の下に隈を作っているジェイン。会話の声にもどことなく疲れが見え隠れしている。


「隣の馬鹿が夜中にやたら暴れ回っていてな。煩くて良く眠れなかったんだ」

「だからわざとじゃねえって。寝相だよ寝相」


 ――なるほど。リゲルの寝相の悪さは俺も知っての通り。ジェインもそれは織り込んでいたはずだが、眠れなかったとなると昨晩は特に酷かったらしい。


「あんな物音を立てる寝相など聞いたことがないぞ……。しかもどうして疲れているはずの日に余計煩くなるのか、全く以て意味不明だが」

「あのセイレスとかいう奴に術を喰らったせいか、夢見が悪かったんだよ。こっちだって人が動く音くらいで眠れなくなる奴は初めてだぜ」


 互いに言い分があるのか、主張をぶつけ合っている。この頃はご無沙汰だったが、いつものように火花が散りそうになったところで――。


「――喧嘩は止めて下さい。今の貴方たちではただの喧嘩で済みませんから」


 至って冷静に静止したのは郭。そのことに違和感を覚えてテーブルを見回すが。


「……フィアは? もう食べ終わったのか?」


 何処にも姿が見当たらない。手洗いにでも行っているのだろうか?


「それが、あんたと同じでまだ起きて来てないのよね」


 パンを千切りながら答えてくれるのは、立慧さん。


「一応千景の前にあたしが起こしに行ったんだけど、そのときは二人とも返事がなかったし。今も声掛けて来たんでしょ?」

「ああ。蔭水を待ってる間ノックと声掛けはしたんだが、無反応だった」

「……」


 思い至るのは昨日の変調。寝かせた時は大丈夫そうな感じだったが、起きていないという事実にどうしても不安が残る。


「心配は要らないと思いますよ。カタストさんに何かあったのなら、昨日の時点で僕と葵さんが気付いてます」

「ええ。昨日様子を診た限りでは、疲労以外に症状はありませんでした」


 郭と葵さん。……それは、しかし……。


「あとで様子見に行きゃいいんじゃねえか?」


 不安の払拭し切れない俺に言ったのは、リゲル。


「マスターキーを借りりゃあ問題ねえだろ。黄泉示とフィアは同棲してたわけだし、部屋に入るくらいならセーフだぜ、きっと」

「え、なになに? あんたたち同棲してたの?」

〝――詳しく〟


 目の色を変えた立慧さんが変なところに喰い付いてくる。意外なことに、冥王もだ。


「いや、その……偶々一緒に住むことになっただけで、別に何もなかったです。部屋も別々でしたし」

〝ほんとかな? 怪しい〟

「え? あんたたちってそういう仲じゃないの? 外からだとバリバリそう見えるんだけど」


 そういう仲……って。


「まあ、なにもなかったなら部屋に入るのは止めといた方がいいかもしれないな」


 先輩。……その言葉につい、フィアと寝たときのことを思い返してしまう。一緒に一部屋で過ごしたあの夜……。


「――なにもなかったってことはなさそうね」

〝根掘り葉掘り訊かないと〟


 ハッとして顔を上げた先に、獲物を見付けた猫のような立慧さんの表情と、舞い落ちてくる紙切れが見えた。









 ――結局食事の時間中、フィアは食堂に姿を見せることはなく。


〝まだ起きて来ないとなると、流石にちょっと見て来た方がいいかもしれないわね……別にからかってるわけじゃなくて〟

〝〝ちょっと心配〟〟


 あれから俺とフィアとの同棲生活について質問攻めにしてきた立慧さんと冥王だったが、最後だけは少し真面目な口調になってそう言っていた。俺としてもやはり万が一を考えると不安があったので、こうして部屋に向かっているのだが……。


「……」


 前を行くその人物をチラリと見る。……葵さん。フィアの様子を見る為に、マスターキーを貸してほしいと申し出たのがつい先ほど。


〝――私も行きましょう〟


 食後に。慣れた手つきで注いだ緑茶を飲む葵さんから返されたのは、そんな予想外の台詞。


〝休めば治ると言ったのは私ですから。万が一彼女の体調が回復していない場合には、責任を以て対応を行います〟

〝……ありがとうございます〟


 確かに。もしもフィアの体調がおかしかった場合には誰か診てくれる人間が必要になる。断る理由もなく、寧ろ願ってもいない同行者ではあったのだが。


「……」

「……」


 ……気まずい。


 食堂を出てきてから全く会話がない。何を話したものかも分からないまま、ただ互いに黙々と歩いていく。通路を進み、ホールを横切り、フィアの部屋の前にまで辿り着いた。


「……フィア」


 促されて――まず軽くドアをノックしてみる。……返事はない。やはり寝ているのか。


「……」


 後ろ手に送る視線。差し出された葵さんの手から鍵を受け取り、差し込んだ錠を回そうとして気付く。……鍵が掛かっていない。


 昨日フィアを部屋まで運んだあと、鍵を掛けていなかったのだ。――しまったと思いつつ、用済みになった鍵を抜き取ってドアを開けた――。


「――」

「――え」


 踏み込んだ先。一歩部屋の中に入り込んだ瞬間、動きが止まる。時間そのものが止まったかのように声が出せない状態はきっと、相手も同じことだっただろう。


「……」


 視線の先。頭に手をやったままこちらを見つめているのは、生まれたままの姿をしたフィア。――瑞々しく潤いを帯びた髪。垂れ下がる乳白色のタオルの合間からは艶やかな肌色と、仄かな桜色が覗いている。……今から着替えるところだったのか。


 脇にあるベッドには質素な下着二種と、脱いだ後のパジャマが綺麗に畳まれて置かれていた。流石はフィア。そういうところも俺と違って、ちゃんとしているな――。


「えっ? ……えっ?」


 ――いや、そうじゃない。


「――わ、悪い‼」

「~~~~っ‼」


 わけが分からないといった声に連れて見る見るうちに上気した頬。声にならない叫びと共にタオルで懸命に身体を隠そうとしたところで漸く、自分が何をしでかしているのかに思考が至る。咄嗟に身を翻してバタリと背の後ろでドアを閉めた俺の目前。


「……」


 無言のまま。事の一部始終を目撃していたと思しき、葵さんが立ちはだかっていた。あ……。


「……」

「……」

「……大事ないようで何よりです」

「……そう、ですね」


 掛けられた声にとにかくそう頷くしかない。こちら側からは、とかく何事も言い難く……。


「蔭水黄泉示」

「……はい」

「……見ましたね」


 俺を見てくるその眼差しはとても冷たい。頬骨を流れ落ちてくる冷や汗を覚えつつ。


 ――俺は暫くの間、フィアの部屋前で立ち往生せざるを得なくなったのだった。









「……済まなかった」


 アクシデントから暫くして。


 きちんと着替えて部屋から出てきたフィアと共に……俺は全員のいるはずのサロンへと向かっていた。……チラチラと。互いを横目で見て、目を合わせないようにしているのは決して勘違いではないだろう。


「……いえ、大丈夫です。私の方こそ……」


 尻すぼみになって消える言葉。……あの後に二人だけというのはかなり気まずい。覚えている限り久方振りにぎこちない言葉の遣り取りを繰り広げながら、その時間を縮めるように足を進める。


「いや、俺の方が不注意だった。……悪かった」

「いえ、私もその、起きたばっかりで頭が働かなくて……」


 訥々と事情を語る。……やはりフィアも先ほど起きたところだったらしい。寝ている間に汗をかいてしまっていたので、着替えついでにシャワーを浴びていたとのことだった。……出たタイミングで丁度俺が来る羽目になるとは、互いに不運としか言いようがない。消え入りそうな声で忘れて下さい……と言うフィアと。


「……あれだ。皆元気だ。フィアの事も心配してた」

「……そ、そうですか。それなら、早く行かないとですね」


〝私は先に行っています〟


 わざとらしい会話をしつつ。互いに急ぎ足を進める中で思い起こされるのは、先にサロンへ向かった葵さんの言葉。


〝他人の失態を言い触らすような趣味はないので。このことは私の胸に――〟


 其処に来て、ふと考えるように言葉を切り。


〝私の内心にしまっておきます。準備ができ次第来て下さい〟


 そう言って去って行った。……どうしてそこで言い換えたんですか葵さん……。


「……あっ――」

「――っ」


 速さを合わせて階段を上がる途中、僅かによろめいたフィアの腕を、咄嗟に取る形で支える。


「大丈夫か?」

「す、すみません。ちょっと、力が抜けて」


 体勢を戻しつつフィアが言う。……多分お腹が減っているのだろう。今は大丈夫だが、俺も起きたばかりの時は空腹で力が入らずに仕方がなかった。俺より長く寝ていたフィアがそうなるのは当然。食堂はもう時間が過ぎてしまっているがサロンならば軽食がある。そこまで行けば。


「――ありがとうございます」

「いや。――ゆっくり行こう」

「はい」


 再び二人横に並んで歩く。どこか柔らかい空気の雰囲気。ふと、それまでのぎこちなさを忘れている自分に気付いた。


 ――そうだ。


 思う。……何はともあれ、フィアはこうして無事元気になったのだ。今はそのことが嬉しいし、それを喜ぶ時に違いない。


 些か不謹慎な発想だが、見られたのが口の堅い葵さんで良かったじゃないか。これがもし賢王などだったらどうなっていたかは容易に想像がつけられる。田中さんやエリティスさん、立慧さんでも危なかったかもしれない。その点では正にある意味幸運。このままいつものように過ごしてさえいれば、アクシデントの気まずさなど直ぐにどこかへ行ってしまうだろう。


「……」


 きっと。そうこう考えている内に――。


「――おや」


 サロンへと着いた。中に入って真っ先に目に入るのは此方に目を向けた賢王たちの席。……葵さんもいる。その隣に纏まっているリゲルたちに、先輩たち――。


「あ、賢王さ――」

「覗き魔のご登場ですか。人畜無害そうな顔をして、よくもまあ」

「――え」

「ぶッ――⁉」


 ――強烈な。


 死角から釘バットで殴られたような衝撃に息を吹き出す。……まさか。


「――」

「……済みません」


 咄嗟に目を向けた俺に――頭を下げてくる葵さん。……どうしてそこで謝るんですか葵さん……。


「……葵さんが何か言ったわけじゃないんですよ」


 裏切られたような俺の表情を読み取ってか、どこか同情的な眼差しで言葉を紡ぐ郭。


「ええ。私が一方的に質問をして、その答えや反応から何があったのかを推測しました。直ぐピンときましたよ。分かり易い反応で助かります」

「あの鉄面皮からよく読めるわよね。私にはさっぱり分かんなかったけど」

「櫻御門のポーカーフェイスが通用しないとは、恐るべしだな賢王……」


 それぞれに感心した様子の立慧さんたち。――違う。そうじゃなくて。


「……いや、あれはわざとじゃなくて、あくまで事故――」

「分かっていますから大丈夫ですよ」


 此方の言い分を遮ってくる賢王。……なんてことだ。浮かべられた笑みはまるで、楽しい玩具を見付けた無邪気な子どものようだ。


「どうッ――しても抑えがたい欲求不満があったのでしょう。青年期の健全な現象とはいえ、事故を装ってまで仲間の裸体を覗くのは如何なものかと思いますよ」


 ……全然分かってないじゃないか! あからさまな悪意に満ちた賢王の言葉選びにフィアが顔を真っ赤にして俯いてしまう。恩人であるフィアにもダメージが入っているが、良いのか賢王――⁉


「フィ――!」

「――やめろよ賢王」


 それを指摘しようとしたところで、それまで黙っていたリゲルが口を開く。その眼は真っ直ぐに賢王へと向き、作られた流れを断ち切るようにぶっきらぼうな口調をしていた。リゲル……!


 頼もしいその姿に感動が込み上げてくる。やはり窮地にあって持つべきものとは、友――。


「事実とはいえ黄泉示が傷付くだろうが! ――仕方のねえ部分もあんだよ、男ならな」


 ――全く嬉しくないフォローをしてくれたことに消え去る情動。……後半悟ったような顔でフッとか笑ってるが、違う。そうじゃない。全然通じてないから親指立てないで。


「――そういう問題じゃないだろう」


 投げ込まれた綱に落とした顔を上げる。――流石ジェイン。眼鏡の奥から除く瞳は常に理知的で冷静沈着。今回も真っ当な意見を言ってくれるはずだ。


「まず前提として、人間が美しいものに惹かれるのは当然だ。客観的に見てもカタストさんはリアルでは綺麗な部類に入る。つまり、蔭水が引き付けられたとしても何もおかしなことはない。寧ろ全く以て自然な現象だと言える」

「……うわ」

「中々拗らせてるな、レトビックは」


 やや身を引く立慧さんとは別に、先輩は平然としている。……もう何も信じられない。フィア、完全に黙っちゃったし。耳まで真っ赤にして……。


「まあ、それはそれとして覗きは犯罪だ。──事を早まったな、蔭水」

「――ジェインお前もか、お前もなのか⁉」

「では、被害者と加害者双方からじっくり感想を訊きましょうか。まず――」


 絶望に打ちひしがれる俺の前で、にこやかに賢王が手招きした――。


「――っ」


 その仕草を誰であろう、冥王が手を伸ばして塞き止める。予想だにしなかった意外な光景に。


〝──邪魔、だめ〟


 思わず固まった俺の目前。いつもとは違う、ハート形をした便箋が落ちてきた。開いた先に。


〝若い二人の恋、応援する。頑張って〟

「……」

「え、えっと……」

「……貴女、もしかして存外に恋愛好きですか?」


 書いてあった文言。……丁寧に絵文字まで。恋とか言われてこれまた紅潮してしまったフィアに、呆れたような声で冥王へと話し掛けている賢王。場の流れが止まったその隙に。


「――Mr.蔭水」


 これ以上ないほどの笑顔を浮かべたエリティスさんが声を掛けてきた。……心なしか、いつもより表情がキラキラしているような気が。


「初めは誰でもそのような失敗をしてしまうものです。重要なのはそこで諦めるか、諦めないか。諦めずに技術を向上させてさえいけば――」

「貴方が盗撮に成功することはどの道ありませんがね」


 郭によってテーブルの下からバシリと蹴り飛ばされた物品は小型のカメラ。空中に放り出されたソレが、起こされた鎌鼬(かまいたち)によって微塵に切り刻まれる。


「ああ! その筋の店に注文した特注品のカメラが――!」

「腕を上げましたね、郭」

「流石にもう慣れましたよ」


 散らばり落ちた残骸に手を伸ばす哀しい絵面を余所に頭を振って。流すように郭が俺の方へ寄越した視線。……なんだ?


「――まあ、意外だったのは確かです。貴方らしくもない」

「うぐっ……!」


 胸の内でぐさりと音がする。なんだかんだでこういう、ストレートに言われるのが一番くるな……。


「方法は色々とあったでしょうに。自分で目を潰すとか」

「え、それは流石に……」

「ま、済んだことならいいじゃねえか」


 カップを片手に言って来るのは田中さん。


「人死にも出てねえわけだしよ。普段やってる戦いに比べりゃ、よっぽど健全だぜ」

「それは……いや、でも」

「綺麗だったんだろ? カタストはよ」


 ニヤッとした瞳でそう訊かれて――つい、目にした光景を思い出してしまう。……しっとりとした桜色の肌に、柔らかく丸みを帯びた線。僅かに潤んでいるような、翡翠色の――。


「……な……」


 ――そこで隣から聞こえてきた声にハッと振り向く。……しまった。


「……なに考えてるんですか……? 黄泉示さん……」


 ――罠か。瞳に映るのはフィア。顔を真っ赤にしたフィアが、涙目で俺を見上げている……!


「さっきのことじゃないですよね? 忘れて下さいって、言いましたよね?」

「……いや、違う。違うんだ」

「なにが違うんですか? ちゃんと……説明してください」

「おーおー、修羅場だなこりゃ」

「……意外と意地悪いのね。あんたって」


 田中さんが笑い、立慧さんが溜め息を吐く。再び全員の注目する中で――。


 俺とフィアは暫く、顔から火が出るような時間を過ごす羽目になった。


「まあ、これも良い経験じゃないか。二人とも」

「先輩……」

「助けてください……」



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