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第三.五節 ヴェイグの帰還

 

「――やあ、ただいま」


 朧気な光に照らされた洞窟内。響いたその声に、場にいる全員が振り向かされる。


「――ヴェイグ」

「久し振りだね、皆」


 冥希もまた例外ではなかった。……顎元口元の髭が伸びた以外に目で見える変化はなく、気配を探っても特には何も感じられない。だが。


「上手く行ったのか?」

「ああ。順調だよ。もう少し掛かるかとも思っていたけど、案外早かった――」


 問い掛けにそう答え、そこで今一度メンバーを見渡して、気付いたように。


「……というか、『アポカリプスの眼』のほぼ全員じゃないか。どうしたんだい?」

「昨日、この二人が敗走して来てな」


 視線でセイレスとバロンを指し示しながらアデルが答える。


「賢者見習いと、『救世の英雄』の子息たち。意外な結果に相応しい対応を考えていたところだ」

「人聞きの悪いことを言わないで頂戴。面倒事になりそうだったから帰って来ただけよ」

「だが、『王家の書庫』の半分以上を失ったことには違いあるまい?」

「……」


 アデルの返しにセイレスは押し黙る。今の台詞は別段セイレスを貶める意図で言われたわけではない。信頼に欠けるある種の享楽性はあるものの、この男は基本的にはセイレスに協力的と言って良い立場。


 手傷が無かったとは言え、切り札足る『王家の書庫』の力を半減させられたことは誰の目から見ても明らかな失態なのだ。どこか愉しむような口調が気に掛かったのだろうが、どの道この場では口を閉ざすことが賢明だった。


「……君のあれを? そんなことのできる相手が残っていたかな」

「蔭水の子息と行動を共にしていた少女だ。名を、フィア・カタスト」


 バロンの言葉を聞いてもなおヴェイグの表情に合点の色は現れない。……そう。今この時に至るまで冥希たちは国家機関を始めとして、脅威になり得ると思えた戦力を着実に潰していった。その為の見極めは無論、ある程度全体の合意を以て為されている。


 にも拘らず、それだけの力を持つ人間が見落とされていたことこそが問題なのだ。……『アポカリプスの眼』内では技能者として一段格の落ちるセイレスではあるが、それでも特化して鍛え上げられた【存在幻術】、並びに数百の魔導書を展開する『王家の書庫』の支援を受けて放たれる魔術はやはり強烈。それを苦もなく破ったとなれば、冥希としても一笑に付せられるような事柄ではない。間違いなく脅威となるだけの戦力だ。


「私も以前に一度目にしたが、それだけの力を持つ術者とは思えなかった」

「なるほどね……」


 冥希の付け加えにヴェイグが無精髭を撫で摩る。隠匿か、成長か、或いは特殊な要因か。今の段階ではそれすらも分からない。


「分かった。それについては僕の方でも調べておこう」

「あと、言い辛いんだけど……」


 長い睫毛と目を伏せて口籠るのは、文。


「――零が死んだ」


 その言葉に一瞬、ヴェイグの身が震えたように見えた。


「…………そうか」


 長い沈黙。黙祷を捧げるかのように瞑っていた眼を、数秒の後に開く。


「最期は?」

「補佐官と一対一で戦って敗れたんだ。……往生だったはずだよ」

「致し方あるまい。これまでの戦いで奴は自分の手の内を晒し過ぎた。この辺りが潮時だっただろう」

「……だろうね」


 アデルの言葉にそう答えるものの、ヴェイグの表情は重苦し気だ。無理に気持ちを切り替えるように、一つ息を吐いて。


「因みに、他はどんな感じか訊いてもいいかな」

「主だった国家機関は潰しておいた」


 答えるのは冥希。


「『白き手』を始め、有力どころは暫く動けないはずだ」

「それはありがたい。三大組織には及ばないとはいえ、手を組んで動かれると厄介だからね。これでまた一つ、憂いの芽を摘むことができた」

「――お、何だ何だ」


 入って来たのはガイゲ。


「お戻りじゃねえか。成果はあったのか?」

「ああ。暫く空けた甲斐があったよ」

「そりゃよかった」

「今は丁度、留守中の成果を聞いていたところでね。――君たちにも、活躍の程を教えて貰いたいんだが」

「あー……」


 そこで気まずげに頭の後ろに手を遣り。


「あんたの指令を受けたヤマトが暫く探索で粘ったが、例の二人は見付けられなかった。んでもって代わりに奴らのアジトを片っ端から潰してきたぜ」

「ふむふむ。それで?」

「……以上だ」

「なるほど」


 ガイゲのいつになく神妙な態度に得心が入ったと言う風に、ヴェイグが苦笑いする。


「まあ、仕方ないかな。彼女に見付けられないならそれ以上の捜索は無駄だろうし、反秩序者たちを潰したことで反抗の芽が育ちにくくなったことも確か。あの二人に関しては何れ、君たちの前に出て来ることだろう」


 視線を移し、セイレス、と一つ声を掛ける。


「取り替えておくと良い。古い方は破棄しておこう」

「……助かるわ」

「礼はいいさ」


 ヴェイグより手渡された一冊の本。新品同様の『王家の書庫』。傷を受け焼け焦げたようになっているもう一つの『王家の書庫』は、受け取られたヴェイグの掌中で燃え上がった炎に灰と消える。


「君たちには自分たちの力を出し切ってもらいたいからね。僕はもう準備の方に掛かり切りになってしまうし、これくらいしかできることがない。抵抗者たちの方は頼むよ」


 メンバーを一瞥。返される頷きを見て。


「……少し休むとしようかな。流石に今回は少し疲れた。僕も、英気を養うとするよ」


 そう、茶目っ気のある笑みを向けた。張り詰めるようになった場の空気を、少しでも和やかにしようとするように。



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