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第二十四節 黄泉示たちの攻防 前編

 

「……大丈夫でしょうか」


 出て行った郭を見送り、木立の中に身を隠している俺たち。遠巻きに見る光景。フィアのその言葉に浮かぶ、一滴の墨のような不安。


「あの郭が問題ないと言ったんだ。勝算があっての事だろう」

「おうよ」

「……ああ」


 二人の考えに同意する。今から下手に出て行っても郭の考えを壊してしまうだけだ。……待つしかない。そんなことを考えつつ、俺たちが事の成り行きを見守っていた――。


「――ッ⁉」


 突如。景色を埋めるような強烈な輝きに顔を背ける。なんだこれは――ッ⁉


「――何だ⁉」

「か、郭さん!」


 フィアの声に目を凝らす。――光の中心。辛うじて見える光景の中で、郭が法陣に捕われ――。


 光の収束と共に、姿を消した。


「なっ……!」

「郭ッ!」


 思わずと言った体でリゲルが走り寄る。遠ざかるその背中を追うようにして、慌てて木立から駆け出した俺たち。辿り着き。


「ッ……」

「……これは」


 立ち尽くすリゲルに近付いて――言葉を失った。場所自体は何も変わっていない。ただ、そこにいたはずの男たちと郭の姿だけが消えている。


 ――何がどうなっている? 頭の中で吐き出した疑問。男たちに近付いた郭が、消えた。魔術? だが一体何の――。


「……罠だ」

「え?」


 ジェインの呟き。耳にして一つ跳ねたのは、心臓の鼓動。


「わ、罠?」

「ジェイン、どういう――」

「説明は後だ。とにかく今はここを――!」


 理解が及ばず問い掛けた俺たちの声を遮るジェイン。滅多に見せることのないその焦燥が、更に俺自身の緊張を高めた――。


「――あら」


 その空気の、中。


「これは幸運ね。罠に掛かった兎を捕まえに来てみれば……」


 差し込むように届いた軽やかな声。続く台詞と共に木立から姿を現したのは――ローブを纏う女性と、巌のようなガタイをした見るからに屈強そうな男。……その手に持たれた無骨な二対の鉄塊に目が行く。外見から脅威を感じ取れない女性から伝わってくるのは、紛れもない魔力の脈動。


「思わぬ収穫じゃない。まさかおまけまでついて来るとは思わなかったわ」

「――また妙だな」


 構えた俺たちに女性の眼差しが向けられる。笑みの浮かんだ、しかし明確な悪意の籠った視線。対照的に確認するように一瞥し、鉄塊を携えた男が言った。


「この付近は既に捜索したと言っていたが。……それもこれほどの人数が」

「単なる見落としでしょう? レジェンドなどとのたまってみても、所詮はその程度ということ」


 出て来た単語は紛れも無くあの黒騎士たちを指している言葉。だとすればこの二人は、俺たちがまだ見ていない『アポカリプスの眼』のメンバーか――。


「この子たち、協会に匿われていた技能者ね。となると私の術に捕まっているのは残る賢者見習いというところかしら」


 どことなく嬉しげなような。含みのある笑みを浮かべつつ言葉を続ける女性。


「仕掛けの有無も疑わず、のこのことゲートにやって来て罠に掛かるなんて。間が抜けているにもほどがあるわね」

「ああ――⁉」

「か、郭さんは間抜けなんかじゃありません!」

「……あの光は、拘束用の結界術のものだ」


 嘲りの文句にまんまと釣られている二人を置いて、ジェインが小声で話し出す。


「以前本で見たことがある。幾分アレンジが加えられているようだったが、主軸となる用途に変わりはない――」

「――へえ」


 聞き入る俺の耳に、割り込んできた女性の声。


「随分と博識じゃない。見た目に違わず、お勉強は得意なのかしら?」

「――ッ」


 ――聞かれている? その事実にゾクリとする。……今の会話を? とてもじゃないが訊きとれる声の大きさではないはずなのに――。


「……魔術で聴覚を強化しているのか」

「さあ? どうかしらね」

「……奴が捜していた連中か」


 ジェインの睨み付ける中、男がどこか納得が言ったように重々しい声を漏らした。


「ええ。連れ帰ればあの男に対する良い当て付けになるわ。いっそ壊してしまうというのも面白いかも――」


 声色が僅かに上ずる。サディスティックな目付きに怖気を覚えた瞬間。


「……セイレス」


 鉄塊を持った大男が女性へと声を掛ける。……セイレス? それがあの女の名前なのか? 呼び掛けられた側――セイレスは暫し、隣の男を見つめた後。


「――分かってるわよ」


 そう言って、雰囲気を元に戻した。


「でも甚振るくらいなら良いわよね? 運ぶ途中、暴れられでもしたら堪らないもの」

「……好きにするがいい」


 そう言って男――バロンが下ろした鉄塊に地響きが立つ。……男の方は掛かって来ないということか? だが二人掛かりでないのなら、俺たちにもまだ勝機があるはず。


「さて、どう調理しようかしら」


 俺の考えを裏付けるように、悠然と前に進み出てきたセイレス。受けて俺たちも体勢を整える。


「気を入れると直ぐに終わってしまいそうね。まあ、初めの方は優しくしてあげる」


 こちらの顔ぶれを眺めて、だから、と付け加え。


「精々無様に、逃げ惑いなさい――!」


 ローブの下へと収束する魔力。煌々と光り輝いた手を、高々と掲げた――!


「【時の加速――二倍速】!」


 ――来る。


 そう直感した瞬間、遅れることなくジェインの魔術が発動する。目に映るのは激しい稲光。


「――」


 同時に掛けられていたフィアの障壁を意識しつつ、放たれた雷撃から身を離す。フィアの魔力を削る障壁はあくまでも予防策。緊急時の保険として取っておき、可能な限り攻撃は自力で回避する。特訓の成果もあってか、この程度の攻撃なら【魔力解放】を使わずとも充分に躱すことができる――!


「――随分と上手く()けるのね」


 素早く見渡した此方側。俺たちの誰も今の攻撃で手傷を負っていないことが少し意外だったらしく、即座に追撃してくると思われたセイレスの動きが止まっている。


「訓練を積んだ動き……なるほど。冥希も言っていた通り、ただの子どもとは違うみたい」


 どこか納得するように頷くセイレス。……ジェインの【時の加速】も今は解除されている。自分たちより地力が上の相手と戦うに当たり、余計な消耗を極力抑えることは必須。掛ける力の使い処を間違えればただでさえ薄い勝機が無きに等しいものになるのだと、賢王から散々に叩き込まれてきた。


「なら、少し調子を上げてみようかしら――!」


 歌うように言ったセイレスの周囲に展開される、魔法陣。……四、六、七。一切の詠唱と予備動作を見せることなく整えられた魔術の照準が俺たちに向けられる。――一息にこれだけの数を。広がる現実に目の前の敵、その実力を実感した――。


「ちぃッ!」


 風の征矢。不可視のそれを風圧から察して躱す。視界に映るのは舌打ちと共に水流から逃れているジェインの姿。再度の雷撃を避けてリゲルが跳び、フィアを狙ったと思しき砂の鞭が背後にある木々を積木遊びの様に薙ぎ倒して行く。手を変え、品を変え――続けざまに繰り出される猛攻。


「――ッ!」


 だが俺たちも決して負けてはいない。――所々に危うさはあるものの、今のところ全員が攻撃を回避できている。それは無論、俺たち自身が成長したということもあるのだろうが。


「――」

「……」


 それ以上に――相対するセイレスからは、何が何でもこちらを仕留めようとする気概、殺意が感じられないでいる。……遊んでいるのか? 口元に浮かんだ笑みは間違いなく嗜虐の喜びを表す証左。これだけの力を持つ魔術師からすれば、この現状も戦いでなくただの余興に過ぎないのかもしれず。


「――っ」


 本気でないというのなら俺たちにとってそれほどあり難いことはない。――如何なる相手であろうと気を緩めてはいけないという、小父さんたち、そして賢王からも叩き込まれた鉄則をセイレスは冒していることになるからだ。いずれ必ず生まれる隙、そこを突いてこの戦況を切り崩す。そうやって笑っていられるのも今のうちだと、密かに心を奮い立たせた。


 ――だが。


 ……?


 次第に。隙を見出そうとすればするほど、考えていた状況がおかしなものであることに気付かされていく。……隙がない。


 俺たちを追い立てて楽しんでいるように見えるその実、セイレスの繰り出してくる攻撃には接近の隙を作らないような計算付くの配慮が見え隠れしている。こちらを回避に専念させるような術の割り当て。穴ができたとしてもそこを埋める魔術を次の瞬間には既に撃ち放っている。――油断していない? 即座に王手を掛けてくるような厳しさはないが、付け込める隙を作るだけの甘さもまた――。


「……っ」


 ――攻め込めない。完全に思うように動かされている。後方であの男が佇んでいるのも問題だ。鉄塊を置き今は仕掛けてくる様子はないものの、セイレスの身に危険が及べば応じて動くだろうとは容易に想像のできること。多少の術の切れ目があったとしても男――バロンが控えるその圏内に踏み込むことは常に懸念が付き纏う――!


「……余り長引かせるな」

「ええ。そこまで時間は掛からないわ」


 平然と言葉を交わす二人。この瞬間にも俺たちに攻撃を加えている人間の遣り取りとは思えないほど余裕がある。――これだけの魔術を放ち続けておいてまるで消耗した素振りがない? 主導権を握っているとはいえ、力を注ぎ込んでいるのは明らかにセイレスの側なのに。


 なぜ――。


「はっ――あっ!」

「――⁉」


 後方から聞こえた音に思わず動いた首。テンポの増した攻撃に耐え切れなかったのか、フィアが、足を取られた――ッ。


「――そこッ!」


 間髪入れず撃ち放たれた炎の弾に目を見張る。――速い! これまでの攻撃の中で最速。フィアとジェインには二倍速でなく三倍速の【時の加速】が掛けられているが、それでもあの炎からは逃げられない――!


「フィア――ッ‼」

「ッ――‼」


 駆け寄り掛けた俺の前で、体勢を立て直すより早く形成されたのは薄らと輝いている魔力障壁。展開された盾が襲い来る炎を受け止め、脅威を周囲へ爆散させていく。安堵しかけたのも束の間。


「まだまだ――」


 ――途切れない。息も吐かせぬ早さで魔術を連発するセイレス。フィアは既に立ち上がれている。だが障壁に意識を割いているからか、足を痛めたのか、動こうとする動作が鈍い。完全に捉えられた状況をどうにか障壁で凌いでいる様を見て。


「ちィっ‼」

「ッ‼」


 セイレスに突貫しようとした俺とリゲルを四方八方から降り注ぐ雷撃の雨が阻む。――フィアへの攻撃を続けながら的確に俺たちを迎撃してきている。底がないのか? この女の魔力容量は――‼


「――うッ……!」


 フィアの表情が歪む。息が乱れ、荒くなる。魔力切れが近いのか、その顔は今にも切れそうになる糸を必死で保っているように辛そうで。


「――」


 ――やるしかない。


 このままではフィアが保たない。【魔力解放】、それに『破滅舞う破滅者の円環』を使えばセイレスの前までは辿り着けるはず。フィアへの弾幕が途切れるだけでも良い。懐に飛び込んだ後どうなるの不安はあるが、躊躇っては。


「――‼」


 断じてそう腹を括り――次が撃たれるまでの僅かな魔術の切れ目を機として、一気に俺が駆け出そうとした。



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