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第二十二節 会敵

 

「――以上だ」

「……」


 直接の報告に来た三人を前に、執務室にて葵は鎮座している。……最後となる千景の報告を受けて、内心では深く息を吐く思い。


 ――取り敢えずの対応を決めたあの日から。主だった『逸れ者』や国家機関へ助力を願い出てきた葵たちだったが、応じてくれる相手は一件もなく、いわば縋る藁をも失った状態に置かれていた。数十近くに声をかけて悉く拒否されるという実状に、頭を抱えざるを得ない。


「……どこも自分たちの業務や研究で手一杯という感じだった」


 沈黙を破るように言うのは千景。小柄な肩を竦め。


「警戒されてた感じもかなりある。これまで協会は良くも悪くも、連中を軽んじてきたからな」

「……そうね」


 相槌を打つ立慧。――そう。


 これまでの間。魔術協会側から彼らに連絡を取ることは、葵の知る限りで殆んどなかったと言って良い。協会が重んじていたのは各所で起こされる魔術師絡みの事件への対処と、凶王派への対応を巡る内部対立の収拾、同格である二組織への対応と人材の確保などであり、それ以外の案件については放置の状態が続いてきていた。特に国家機関や逸れ者は大概が中立。基本的には秩序の枠内で動くため、明確な必要性がない限り不干渉というのが原則であったからでもある。それが……。


「わけを話せっつわれても話せねえのが辛えんだよなぁ。自分で言ってても、流石に怪しすぎんぜ」

「余計な敵を作ることになったら事だ。報酬に釣られてくれる組織が、一か所でもあれば良かったんだが……」


 今になって忙しなくコンタクトを取り始めたとなれば、警戒されるのが当然だろう。……此方の内部事情を迂闊に話せないという辛さも三大組織である協会にはあった。これまで権勢を傘に秩序の順守を要求してきた組織が幹部壊滅に近いまでの被害を受けたとなれば、中立を保ってきた組織らもどのような動きを見せるかは分からない。


「それどころじゃねえみてえな感触も受けたしよ。なんかしょっちゅうでごたごたがあるみたいだぜ」

「連絡の取れなかったところも幾つかある。もしかしたら、あいつらが何か……」


 そうだとしても現状の協会に取れる手段はない。取り巻く状況の悪さに暗鬱たる気分を覚えながらも、打ち得る次の手立てに向けて葵が思考を進めようとした――。


 ――矢先。


「――」


 魔力感知。明瞭に伝わるその感覚を葵は自覚する。気付いたのは四人が同時。……この感覚は。


「……侵入者?」

「この魔力は……!」


 結界――復旧半ばにある【大結界】の代わりとして構築されていた、予備結界が突破されたのだ。千景が息を呑むと共に葵もその正体を看破する。あのときにも感じた禍々しい魔力の波動。


「――三千風、零」


 人と異形のそれが混在した冒涜的な特質。忘れようがない。……幸いと言うべきか、まだ協会員と接触の恐れのある区画には遠い。だがかなりの速度で距離を縮めてきていることがここからでも感じ取れた。――事態は火急。


「出るわよ。ここからなら二分で着く」

「――待てよ」


 本山の防衛機能が麻痺している以上、零クラスの侵入者に防衛手段になり得るのはここにいる四人だけ。それを理解して立ち上がった立慧の動作を、何故か手を上げて引き止めた田中。


「なに?」

「その隣……第三ゲートの方にも、気配を一つ感じるぜ」

「――」


 ――気付かなかった。指摘を受けて葵は今一度魔力を探る。……確かに。入念に探れば微かではあるが、協会員とは異なる魔力の脈動を感じ取れる。三千風零とは異なる、第二の侵入者……。


「……分からない。掴める?」

「はい。微かではありますが、確かに」

「三千風の奴は陽動……ってことか?」

「――分からねえな」


 千景の疑念に端的に応じた田中。


「もう一人の方が誰なのか見当もつかねえし。どっちにしろ、放置ってのは不味いだろうな」

「……」


 葵は思考する。……別場所にいる二人の敵。有効な手を打てるのはこの四人。


「――范支部長、上守支部長、田中支部長」


 判断の遅れはより多くの被害を招くことになる。その事実を念頭に置いて、浮かんだ判断を可能な限り迅速に口にした。


「貴女たちはそちらの気配の方へ向かって下さい。……零は、私が対処します」

「え――」

「……良いんだな?」

「はい」


 千景の問いに葵は予測を確かめつつ答える。……問題はない。


 前回の戦闘で三千風零は片腕を失っている。憑依術による近接戦闘を主軸とする今、その分技能者としての格は落ちるはず。自分一人であっても対処はできるはずだ。確実とは言い辛かったが。


「零が陽動ならば、気配を隠しているそちらの方が本命でしょう。万が一にも間違いのないように当たりたい」

「それは……確かにね」


 頷く立慧。この中で他方の気配を掴めたのは葵と田中。両名を一方に集中させるわけにはいかず、零に対して相性で勝るのは葵の方だ。零に単独で対処できると踏んだ以上、残りはもう一方へ纏めてぶつける。それが最善だと葵には思えた。


「――なら行こう。案内を頼む、田中」

「おうよ。遅れねえように着いてきな」

「死んだら承知しないわよ、葵」


 急ぎ走り出していく三人。――ぶつけられた激励。受けた言葉を背中に刻み。


「……ええ。勿論です」


 誰にともなく小さく呟いて。葵は、零の魔力が感じられる方向へ走り出す――。







「……おや?」


 静けさの中――誰の耳にもその呟きが届かぬと自覚した上で、女性は声を上げる。生き残りのメンバーを狙っての奇襲。憑依術を用いて暴れる零が注目を集めている間に、残されている戦力がないかを把握する算段だったのだが。


「……」


 集中させる感覚。……間違いなく、此方に向かって数人の技能者が接近してきている。二方向から零を挟み撃ちにするつもりでもないだろう。それにしては動きに迷いがなさ過ぎるし、離れたもう一人と真反対に向かい過ぎている。だとすればその狙いは――。


「……楽に済むと思っていたんだけれど」


 存外鋭い感覚の持ち主が居たらしい……。そのことに溜め息を吐いて用意を整える。主力を失っているとはいえ、仮にも天下の魔術協会に乗り込んでいる身だ。自分の隠匿技術を看破できる人材が居てもおかしくはない、そう考える方が自然だったかもしれないが。


「まあ、これはこれで良い機会かな」


 楽観的な思考を自らに言い聞かせ、気配の方向へ顔を向ける。……感じる気配は三つ。自身の目的を達するにはそれなりに上手く立ち回らなければならないだろう。


 ――さて。どんな人たちが来るかな。


 笑みを浮かべて。女性は、迫り来る技能者たちを待ち構えた。







 








「――では、手筈通り向かいましょう」


 昼過ぎにエリティスさんの家を離れ。


 郭を含めた俺たち五人は、魔術協会へと向かっている。目指す先は当然あのゲート。初めて先輩に出会った時に連れられ、協会を逃げ出してくる際にも使用した、廃墟ビルの一角――。


「……」


 そこまでは当然徒歩での移動ということになる。……郭の提案で姿は消さず、寧ろ人ごみに紛れるようにして進んで行く俺たち。


〝姿は見えて大丈夫なのか?〟


 出発前、郭と交わした会話が思い起こされる。


〝敵は誰もが相応の手練れです。遠距離ならいざ知らず、目で識別できる距離にまで近付かれれば偽装の有無に拘わらず気付かれます〟


 久々に冒すことになる危険にも拘らず、どこまでも冷静に郭は語っていた。


〝ならばいっそ魔力を押し留めるだけに注力して、余計な力は使わず残しておいた方が賢明でしょう。修行の甲斐あって僕の秘匿技術もそれなりに上達しました。あの二人までとは言いませんが、魔力だけで早々に感知されることはないはずです〟


 自身に満ちた瞳で言い切った、郭のその言葉に託している。緊張に満ちた数十分を経て――。


「……」


 誰に怪しまれるでもなく、何一つ問題とも出会わないまま。俺たちはゲートのある廃ビル、そこへと続く木立へ踏み込んでいた。……存外何事も無く行けるかもしれない。半ばそう思いつつ、密やかに歩みを進めてきたが――。


「……マズイですね」


 あと少しで目的地に着くという手前。木々の中で前を行っていた郭が足を止める。……見える廃墟ビルへの入り口。そこに、数人の人影が立っている。


「……誰でしょうか?」

「……分からない」

「ったく、なんでんな場所にたむろしてんだよ……!」


 木陰に身を隠し、ひそひそ声で話し合う俺たち。……凝らした眼に見えるその姿は皆スーツだ。工事の人間などではないはず。ただでさえこんな場所に、普通なら用などないと思うのだが。


「……恐らく、どこかの組織の構成員でしょう」


 俺たちと同じようにその姿を目にしている――郭が、思案しながら推測を語る。


「三大組織には凶王派を始めとして敵も多くいます。……詳細は漏れていないでしょうが、最低限の情報網を持った組織ならこちらに何らかの不都合があったことくらいは勘付いているはず」

「そこを突いてきた連中ということか」


 ジェインの声に今一度男たちを見る。……技能者? だとすれば、迂闊な対応は。


「――僕が出ます」


 できない。そう考えて不安になった俺の耳に、力強い言葉が飛び込んできた。


「正規の協会関係者は僕だけですし。貴方たちまで出ると話が拗れそうですから」


 そう言って立ち上がった。……郭のこの雰囲気は。


「……やり過ぎんなよ?」

「て、手加減してあげて下さい」

「ええ」


 俺と同じことを感じ取っていただろう二人の言葉に、郭は振り返ることはせず。


「――穏便に話を付けてきますよ」


 全く信用ならない台詞を残して、林から出て行った。







 

「……」


 遅くはなく。しかし急いでもいない足取りで、郭は出入り口を塞いでいる人間たちの下へと向かう。……感じられる気配にやはり技能者か、と確信。堂々と歩みを進める。


 話し合うのであれば姿を隠すのは逆効果だ。見たところそこまでレベルの高い連中とも思えない。協会基準なら中級クラス。支部長にさえ遠く及ばないレベル。力の差を考えれば数の差、例え交渉が決裂した場合を考えても然したる問題はないと言えた。――その時には正面から捻じ伏せれば済む話だ。言って分からない輩は手早く黙らせるのに限る。


「――こんにちは。協会に何か御用ですか?」


 第一声はにこやかかつ穏やかに。ゲートのある此処にわざわざたむろして来ている以上、協会と関係がある場所であることを知らないわけではないはず。問題となるのはその目的――。何か手を隠しているかも知れず、格下とはいえ警戒を怠らないようにしながら郭は歩調を変えずに近付いていく。


「……ああ……」


 声に応え、男の一人が此方を向く。……覇気のない瞳。わざわざ協会のゲートを塞いでおきながら、薄ぼんやりとしたその顔に協会員と激突し兼ねないという緊張感は欠片も見受けられない。――この程度か。


 心の内で郭は嘆息する。何かそれなりに大きな事件が起こると、こういった連中もまた必ずと言って良いほど湧いて出てくるものらしい。そんな身の程知らずな輩には、自分がたっぷりと教え込んでやらなくては。


 ――未曽有と言える事態に遭ってなお、魔術協会と凡俗の組織とでは、文字通り格が違っているのだと。


「僕は協会の賢者見習いです。話があるなら伺いますが」


 内心のそんな機微は億尾にも出すことなく、作り笑顔を保ったまま郭は更に歩を進める。……リーダーが出てきてくれれば話は早い。しかし賢者見習いを名乗る人物を前にしておきながら、男たちの中からそれらしき人物が出てくる様子はない。それぞれがバラバラの方向を向いたまま、ただその場に立ち尽くしているだけ。……どこまでも反応の鈍いことだ。


 苛立ちから来る舌打ちは感情の内に留めて。自分から話のできる相手を見定める為、郭が致し方なしに男たちの顔触れを一瞥した――。


「――」


 瞬間、頭の中で。魔術師としての郭の才覚が、認識には至らない微かな違和感を告げてくる。……おかしい。何か変だ。


 此方を見ている男たちの虚ろな眼差し。ゆっくりとこちらを振り返る瞳には、理性の証である光が宿されていない。動作自体もぎこちなく、まるで機械が無理矢理人間の振りをしているかのような、そんな得体のしれない不気味さがある。


 ――まさかこれは。事態を整理して郭がとある可能性に思い至った瞬間。


「――ッ‼」


 強烈な魔力の流れと共に。目を覆った郭の身体が、閃光に包まれた。


 

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