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第二十一節 頃合い

 

「――っ!」


 繰り出される攻撃を紙一重で避ける。対処に必要な最低限度の力を引き出し、負担が軽い内に『終月』を振るう。


「――」


 だがそれを賢王は華奢な体つきからは想像も出来ぬほど迅速な所作で躱し切り、刀の先へ。その動作に追い付こうと、思わず更に身体能力を引き出した――。


「ッ!」


 そこで走る痛み。身体の硬直を突かれて後ろへ倒れ込んだ体勢を刹那に立て直す。――全身に疲労はあるが、まだやれる――!


「ひとまずここまでにしておきましょう」


 そんな俺の高揚を呆気なく受け流し、賢王から消える闘気。気概が空ぶった感触に、拳を強く握った。


「――まだ――ッ」

「それ以上の消耗はマイナスでしかありません。故事にもあるように、急いては事をし損じるもの」


 逸る俺の意気を推し留めるのは、押しても崩れることのない優美な冷静さ。


「力を手に入れたからといって焦らぬことです。扱うのがあくまでリスクある物であることを忘れようものならば、遠からず己の身を滅ぼしますよ」

「……」


 息を吐く。……体力的には確かに微妙な線だ。自分で行けるとは思うが、万が一があれば対応はできないかもしれない。ここで無用な怪我を負うことを考えれば……。


「……分かった」

「賢明ですね。――そちらはどうですか?」

「――おう」


 応えるのはリゲル。粉々に打ち砕かれた残骸を前に、大きく肩で息を吐き。


「漸くぶっ倒せたぜ。前のに続き、今度のもやけに手強い――」

「ほう、見事ですね。であれば続きとして――」


 笑顔で追加の訓練を課そうとする賢王。――此処に来た始めは俺と一緒に賢王の指導を受けていたリゲルだが、今は賢王自身が俺に付き切りになったことで修行内容が少し変わっている。基本的には賢王の用意した人形を相手にし、それが終われば冥王との訓練。正に凶王のフルコースだ。


「――もう少し本気を出してもいいのでは? なに、少しくらい刻んだところでこの青年は死にはしません」

〝そうかもしれない〟

「いやー……――当の本人はちょいと遠慮しときたい気分なんだがな」

「そろそろ良い時間じゃないか?」


 頃合いと見て声を投げ込む。時間は丁度昼。反対側でやっているフィアたちの修行も終わるころ。


「――そうですね。であれば一旦、此処で休憩ということにしましょう」








「――どんな調子だ?」


 昼飯時。箸で八宝菜の中からうずらの卵を探し当てて掴んだ俺に、隣にいるジェインがそう声を掛けてくる。……落さないよう慎重に持ち上げつつ。


「魔具の方は。順調なのか?」

「ああ。……大体のコツは掴めてきた感じかな」


 口の中へ放り込んだ。――身体能力を高めてくれる代わり、ある程度は負担も掛かる魔具。


 円環のことをフィアたちにはそう伝えてある。負の情念から作られる呪具という道具であること、外そうとしても外せないこと、本来的にリスクのある物であるということなどは、敢えて説明しなくてもいいことだ。少なくとも今のところは。


「そうか。なら良いな」

「――ジェインの方はどんな感じなんだ?」

「ん?」

「いや……【時の加速】のこととか。エリティスさんの指導がどんなものなのかと」


 中華風の味つけがされたスープを飲んでいるジェインに訊く。――数日を留守にしていたこと、今日まで自分の訓練で手一杯だったこともあって、その辺りをまだ聞いていなかった。一応エリティスさんは実力者。教え方は上手いと言っていたし、本来なら心配することも無いのだろうが。


「――指導の方は恐ろしいほどに的確だな」


 器を置き、軽く口元を拭きながら言うジェイン。


「僕以上に僕の魔術に付いて理解しているようだ。倍率も持続も上げられたし、カタストさんもかなり魔術の腕前が伸びた」

「はい。治癒や障壁に関しても、とにかく詳しくて……」

「……なるほどな」


 かなりいい指導者のようだ。ああ見えてやはり凄い人なんだな……。


「――まあ、性根はそれを帳消しにするくらい変態ですがね」

「お褒めに預かり光栄です」

〝二人が留守の間、私と賢者見習いが大分食い止めた〟


 郭に睨まれて微笑むエリティスさんの前に落ちてくる紙。……何を止めたのかは、この際尋ねないことにしよう。


「そういや、郭はどうなんだよ」

「何がですか?」


 いつも通りいの一番に食べ終わっている――リゲルが椅子の背に身体を預けつつ言った先には、髪をかき上げつつオレンジ風味の唐揚げを口へと運んでいる郭。エリティスさん、賢王、郭、ジェイン。この四人は中でも食事時の姿勢が整っている。パリパリと小気味いい音を立てて咀嚼しつつ。


「修行の成果だよ。いっつも一人でやってるから、分かり辛えだろ」

「っ――僕が順調でないとでも? まさか」


 飲み込んでから話す。油モノでも口元が一切汚れていないのは流石。掌を上に向けて。


「悠々と時間を取れたお蔭でかなりの見直しができましたよ。試す機会も変質者のお蔭で事欠きませんし、そういう貴方の方はどうなんです?」

「おっと、俺か? ――ゥエッホン」


 何故か声色をキメた風に変え、喉を整えるように鳴らす咳払い。……気持ちは分からないでもない。


 人形の相手をするようになってからというもの、リゲルはただでさえ高かった近接戦闘の実力をメキメキと伸ばしているからだ。俺の目から見ても明らかに動きの精彩が分かるほど。成長の度合いで言えば、間違いなくこの中でもトップクラスの――。


「聞いて驚くなよ? 実はな……――とうとう、必殺技を編み出すことに成功したぜ‼ 念願のな!」

「――は?」


 ――そう来たか。意味が分からないと言ったような郭。斜め上を行く宣言に危うくカップを取り落しそうになる俺の前で――。


「必殺技……ですか?」

「やれやれ。人形に叩かれ過ぎて、遂に壊れたか」

「違えよ‼ 必殺技だっての必殺技‼ 分かれよそんくらい‼」

「つまり、何か新しい術式を開発したと?」


 三者三様の反応。……中でも郭の問い掛けは実に硬い。リゲルの言わんとしていることから恐らく百三度くらいずれている。というか、必殺技……。


「いや、そういうんじゃなくてだな……フィニッシュに相応しい技っつうか、締めの一撃っつうか」

「修飾は良いですから。内容だけを言って下さい」


 何時の間にそんなものを。考える俺の前で返される言葉は氷のように連れない。男の浪漫――などと言おうものなら即座に玉砕するだろう。それでもめげることなく、熱いジェスチャーを交えて解説に移ったリゲル。


「――重力を――ッ、こう、拳に集めてだな。パンチングと共に一気に解き放つ‼ その名も――‼」

「ああ。複合技のことですか。貴方らしい雑な技ですね」

「単純な発想だな。聞くだけ無駄だったか」

「……」


 にべもない反応に静止するリゲル。……やるせない。木の葉を巻く一陣の旋風が通り過ぎていくような情景に、見ていられず――。


「……どんな名前なんだ?」

「お、おお。――【覇者の剛拳】っつうんだ。かっけえだろ?」


 訊いた俺に気を取り直して再度披露されたドヤ顔。覇者……。


「なんだか、凄く強そうですね……」

〝必殺技なら私も持ってる〟


 フィアは真剣な表情で頷いている。どう言ったものかと迷っている最中、意識を引いたのはヒラリと落ちてきた紙切れ。冥王がこの話題に割り込んで来るとは……。


「お! マジかよ。どんなん持ってんだ?」

〝【心臓一突き】とか、【動脈大切断】とか〟

「――」


 ワクワク顔でリゲルの訊いた直後に示された文言。


「……ええと」

〝【延髄割り】とか、【血達磨首飛ばし】とかも――〟

「あー、……そういうのとはちょっと方向性が違えな。うん」


 紙面に乗せられないショッキングなモザイク掛けの光景が頭の中に浮かび上がる。……そういうことか。舞い落ちてきた紙を遮って神妙に首肯したリゲル。文字通りの必殺技と言う意味でならその方が適切なのだろうが、流石に温度差があり過ぎる……。


「……な、名前はカッコいいんじゃないでしょうか」

「――盛り上がっていて結構ですね」


 どうにかフォローしようとしたフィアの発言に、悠々と割り込んでくる声。――賢王。


「修行の方も五人とも実に順調な様子……喜ばしいことです」

「からかっているんですか?」

「いえいえ。褒めているのですよ、これでも」


 俺たちに含められた郭が抗議するようにギンと睨む。その下手な相手なら射殺せそうな眼差しを、口元の笑みで軽く受け流して。


「私たちから見ても貴方たちの力が伸びていることは事実です。――そろそろ、頃合いかも知れませんね」

「――」


 賢王のその言葉に、休憩気分でいた心臓が一つ跳ねる。……思えば今日で既に八日目。ということは、つまり。


「外部と連絡を取る、ということですか?」

「必要な力を付けるためとは言え、いつまでも身を隠しているわけにもいきません。――いずれは攻勢に出なければならぬ身」


 同じく緊張感を以て発された郭の台詞に、賢王は変わらずに優雅に返す。


「可能であれば早い方が良いことは言うまでもないでしょう。まだ及第というところですが、今の貴方たちなら私と冥王の助力を受けずとも自分の身くらいは守れるはず」


 送られた視線。――認めたのだ。賢王が遂に、俺たちの力を。


「貴方たちは協会、私たちは反秩序者。残された戦力を集結させる必要があります。――落ち合う場所はここ。それで動きましょう」

「――分かりました。異存はありません」

「午後の訓練は軽めにします。確認をして問題がなければ、明日から動くと言うことで」









 

 ――夜。


「――お疲れ様でした」

「はい。御疲れ様です。――では、私は夕食の用意を」

「あの……」


 いつもより軽めの修行と賢王たちの確認を問題なく終えて、俺たちは訓練場に立っている。慣れた様子で夕飯の準備に取り掛かろうとした、エリティスさんに声を掛けたフィア。


「どうしました?」

「もしよければ……今日の夕飯は、私に作らせていただけませんか?」

「――」


 意外な発言。汗を拭いていた、俺の視線がフィアの方へ向く。エリティスさんも意外そうに。


「――カタスト嬢が?」

「はい。いつもエリティスさんに作っていただいているので、今日くらいは……」

「――っと、なら俺も作るぜ」


 フィアの言い分を聞いてリゲルが手を上げる。……確かに、考えてみればエリティスさんには世話になりっぱなしだ。行動のインパクトもあって忘れがちだが。


「今日は余力があるしな。部屋とかもいつも掃除してもらってるしよ」

「……世話になっているのは事実か。僕も作ろう。そこのゴリラよりは役に立つ」

「なら俺も――」


 ジェインと俺が加わったことで四人になる。揃い踏みする俺たちを見て、エリティスさんはそうですか、と顔をほころばせ。


「ではお任せいたしましょうか。食材と、調理器具の案内だけさせていただきますね」

「――言っておきますが、私は作りませんよ」

〝私も〟

「僕もです。貴女たちの場合、作れない、が正しいんじゃないですかね」


 動く様子のないのは賢王と冥王、それに郭。分かっている、と言いたいところだが……。


「……郭は作れるのか?」

「勿論。賢者見習いの仕事ではないのでしたことはありませんが、やればできるはずです」

「なにをまあ。経験もないのに良く言えたものですね」


 呆れたように溜め息を吐く賢王。……正直どっちもどっちだと思うとの旨は、口には出さないでおこう。


「僕にできないはずがないでしょう。玉座にふんぞり返っている、貴女たちの方こそ怪しいものです」

〝私は食べる方専門だから……〟

「元より王とは評価する者。自ら厨房に立つ暇などありません」

「……さ、準備を始めるか」

「はい。ではこちらへ」


 やいのやいのと言い争う三人を置いて。エリティスさんのあとに続き、俺たちは階段を上って行った。久々となる料理に、気合を入れながら。









「――いよし! できたぜ‼」


 リゲルの威勢良い声がキッチンに響く。試行錯誤の末、俺たち四人が協力して作り上げたのは――。


「――カレー、ですか」


 置かれた料理を前にして言うエリティスさん。……カレー。ルーにとろみのあるタイプのもの。炊き上げたご飯は鮮やかな黄色味の掛かったサフランライスで、芳しい香りも相まって食欲を誘う。付け合せにはサッパリとした野菜のマリネ、トマトサラダを用意し……。


「見た目は悪くなさそうですが……」


 具はじゃがいも、人参、タマネギなどの野菜にイカ、エビ、ホタテ、タラを使ったシーフードカレー――と思いきや。


「……斬新ですね。中々」


 豚肉、牛肉、鶏肉までもが入っている謎のチョイス。正しくごった煮としか言えない具材の面々に、スプーンでルーを掬い上げた郭が何とも言えない表情をする。


「その、最初はシーフードカレーにしようかと思ったんですけど……」

「……肉も入れた方が美味いって話になって、それで」

「――テメエがトリ肉なんか入れっからだろぉ⁉」

「お前が豚肉と牛肉をぶち込むからだ。あれで味の纏まりがバラバラになった」


 隣にはまだ言い合っている二人。……カレーの方針を巡って意見の割れた二人が、早い者勝ちとばかりにそれぞれの用意した食材を鍋にぶちこんだのだ。


「……一応、味見はしたので」

「普通には食べられるということですか」

「まあ……そういうことなら」


 言いつつも、賢王と郭はカレーに口を付けようとしない。サラダや付け合せの野菜の方から食べて時を凌ごうとしている。そんな中――。


〝いただきます〟


 一言そう言って冥王が席に着く。手を合わせると、早速スプーンで一口を口に運び――。


〝うん。悪くない〟


 正直に感想を言ってくれた。ホッとした空気。続けて興味深げにルーを眺めていたエリティスさんもカレーを食べると。


「――中々に面白い味わいですね」

「いの一番に食べるのは止めた方が良いと思いますよ。腹を壊され兼ねません」

〝毒は入ってないから大丈夫〟


 それを皮切りにしたかのように、手を止めていた二人も食べ始める。……触感が妙ですね、などの声が聞こえながらも、賑やかに進んでいく食卓。失敗に終わらなくて良かった……。


「ふん。やはり鶏肉の方が合うな。どこぞの味音痴のせいでこんなことに」

「はぁ? 混ざっちまったあとで合うも何もねえだろうが。テメエが邪魔さえしなけりゃいい話だった――」

「――ジェインさん、リゲルさん?」


 争いを続ける二人に対して飛ばされたフィアの凄み声。……二人が食材を入れたあと、味を纏めるのに一番苦労していたのはフィアだったのだ。流石にバツが悪いのか、即座に黙り込んだ二人。


「大変ですね。あの二人を纏めるのは」

「二人とも上手なんですけど……今回はちょっと、疲れました」

「……作ってもいねえ奴に言われたくはねえけどな」

「全くだな。作る側の苦労も知らないで――」

「――ふふ」


 唐突に零された笑い。再度別の話題で争いを始めようとしていた全員が、思わずその声の主を向く。……俺も。


「――珍しいですね、エリティス」

「申し訳ありません。つい、楽しくなってしまいまして」


 賢王に言葉を返した声の主――エリティスさんが視線を移す。……俺たち四人の方へ。


「料理の出来栄えは、決して完璧とは言えないかもしれませんが」


 いつも以上に正された姿勢。机の上で軽く指を組み、品のいい笑顔を浮かべたその表情。


「私にとっては大変楽しい食卓です。――ありがとうございます、皆様方」

「いえ! こちらこそ、その」

「お、おう。……どういたしまして?」

「……反応に困るな」

「……」


 ジェインの言葉通り。……明らかな不手際にこの返しをされてしまっては、言えることがない。こういうところはこの人も、流石と言うべきか……。


〝うん。美味しい〟

「……気に入ったんですか?」

〝うん。今度からお願いしてみよう〟


 その間にも黙々と食べ続けていた冥王たちの会話。――何はともあれ、明日からが本番だ。


 食事へ戻ったエリティスさんを視界の端に、俺はカレーを口へと運んだ。隣にいるフィアと、苦笑いで感想を交わしながら。


「……微妙だな」

「……ですね」



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