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第二十節 帰還 後編

 

「……」


 ――賢王との試しを終え。


 息絶え絶えといった体で俺は地面に倒れ込んでいる。……身体の各所が軋みを上げ、内部には鈍痛。耳鳴りと頭痛、吐き気さえしている。ここ一週間ほどでは間違いなく最悪の体調だ。


「……貴方が蔭水の出自であることを忘れていました」


 言いつつ傍に腰を下ろしているのは賢王。……本来なら訓練後に不死鳥の力で負荷を取り除く腹だったらしいが、暗黒の魔力を宿す俺にとって不死鳥の持つ聖属性は天敵。治癒は出来ないとのことで、今のこの状況がある。


「エリティスが今彼女を起こしに行っています。暫しの辛抱ですよ」

「……」


 誰のせいで……と言いたい気分もあるが、賢王が善意から俺の力試しに付き合ってくれたのは明白だ。そうした言葉は黙って胸の内に飲み込んでおく。


 ――シンシアさんから渡された呪具、『破滅舞う破滅者の円環』の力を様々な観点から検討した結果。


 俺の身に負荷が発生するのは、呪具の力を使った直後からだと言うことが分かった。……初めに試した時はごく軽いものだったために気付くのが遅れたが、実際の負担は力を使用している最中から俺に掛かってきている。長時間、過度に呪具の力を使えば使うほど、より早くより強い苦痛が俺を襲うというわけだ。


 負担が掛かるのは力を引き出した部分だけ。凄まじい勢いで地を蹴って攻撃を避ければ脚や腰、終月を振るえば肩や腕に負荷が掛かる。


 更にどうやらこの呪具は、通常の鍛錬では鍛え辛いような能力でも問題なく引き出すことができるらしい。動体視力だけでなく単に視力を上げることもできたし、聴覚を高めたり触覚を鋭敏にしたりすることもできた。――思考力でさえ上げられたのだ。尤もそれは閃きや発想が得られるということではなく、単に思考の速度が上がるというだけのようだったが……。


「多岐に渡る自身の潜在能力を引き出せる」


 疲労に耐える中で耳に入るのは賢王の呟き。


「思っていた以上に強力な呪具ですね。シンシアも悪くないものを渡してくれました」


 ……確かに。引き出せない能力を探す方が難しい有り様。何にせよ賢王やエリティスさんの推測は当たっていたわけだ。


「それも想像以上に馴染んでいるようです。蔭水の血筋であることも関係しているのでしょうが……」

「……どういうことだ?」


 意味有り気な台詞……開くのも億劫な口を動かし、尋ねる。


「貴方の生家である蔭水家は、代々その血肉に暗黒の魔力を宿す家」


 立板に水。淀みなく紡がれる賢王の解説を耳に留める。


「其処に属する者が持つ属性は自ずと暗黒……正負で言えば負の方向へ傾きます。同じ負属性を持つ呪具とは、何かと相性が良いのですよ」


 負の属性に傾く……言葉尻だけ聞くと妙に印象が悪い。そういう意味ではないだろうことは、俺とて想像が付けられるが。


「……まあ、侵食に抗体が無いということでもありますが。この呪具に関して言えばその性質は持っていないようなので気にすることは無いでしょう。概ね利点として働くはずです」

「……」


 呟かれた侵食、などという不穏な言葉の意味を訊く気力も、今の俺には残っていなかった。……この呪具に関係が無いのであれば今はそれで良い。これ以上体力を消耗しない方が優先だ。


 ――何はともあれ、これで呪具の使用に関して一応の目処が立ったわけか。


 内心でそのことに息を吐く。とはいえ、全てが知れたというわけではない。まだ一部には謎が残っている。結局この試行では完全に把握できなかった部分。


 ――この呪具は、果たしてどこまで能力を引き出せるのか。


 分かるより先に俺の負担が限界まで来たために訓練は中止したが。それまで賢王が指示した全ての課題に応えられる力を、この呪具は俺から引き出してきた。そのことを考えると嫌でも気になるというのが事実だ。――この呪具の、限界というものが。そんな俺の思考を読んだかのように……。


「――上限を敢えて知る必要は無いでしょう」


 釘を刺すように、賢王は告げてくる。向けられる眼差し。


「どの道貴方が耐えられるまでがその呪具を扱える限度なのですから。引き出す力に応じて負荷が増える以上、不用意に力を使えば相応の結末が待ち受けるのは必然。それに――」


 そこで少し、柔らかい笑みを覗かせて。


「一時的といえこれだけの力が得られるのなら充分です。少なくとも戦場に立てるレベルには、問題なく達しているのではないですか?」

「……!」


 思わず跳び起きそうになる。……痛みのせいで無理だったが。何にせよそれは、俺が一番心待ちにしていた言葉。これで、漸く――。


 その感情を噛み締める。……俺も戦えるようになる。自分の為に。そして何より。


「――黄泉示さん」


 ――声。懐かしいその声に振り向いた、俺の目に飛び込んでくる姿。


「……フィア」

「……」


 起き抜けに降りてきたのか、枝毛の跳ねた髪にパジャマ姿。時の止まったように、暫しの間見つめ合い。


「――お帰りなさい」


 そう、笑顔で言われた言葉に、笑みを返した。


「……ああ、ただい――……ッ」

「だ、大丈夫ですか? 直ぐに治します――っ」


 寝巻のまま足早に駆け寄って来る。その両手から零れ出す暖かな光が、傷付いた俺の身体を実感できる速さで癒していき……。


「おーおー……」


 階段から降りてきた足音に。たった数日いなくなっていただけなのに、懐かしいその姿を見止めた。


「こりゃまたこっぴどくやられてんな。治癒が終わるまで、動かねえ方が良いぞ。……ふぁあ……」

「……昨日散々喚いていた奴が言うと説得力がまるで無いな」

「んだとぉジェイン?」


 こちらもまたパジャマ姿で。欠伸をするリゲルに、眼鏡からやや眠たげな目を覗かせているジェイン。……ジェインはまだあれだが、こうして見ると完全におっさんだな、リゲル……。


「――戻ったか。蔭水」

「ああ」


 短い言葉。それだけで、互いに何かを了解したような気がする。


「無事なようで何よりだ。協力を得た逸れ者のことだが――」

「――そうだぜ! どんなもんを手に入れてきたのか、後で見せてくれよ」

「他人の台詞を遮るな、類人猿が」

「あー、聞こえねえ聞こえねえ」

「いや、悪いがそれはちょっと……」


 マズイ、というか。呪具だということを説明するのは……。


「んだよ。いいじゃねえかそんくらい――」

「やれやれ……騒がしいですね」


 悪態を呟きつつナイスなタイミングで降りてきたのは郭。……今起きてきた体なのに、きっちりと身だしなみを整えているのは流石。こちらもまた郭らしいことが嬉しくて、思わず笑ってしまいそうになるのを堪える。


「おちおち寝てもいられません。……なにか妙な点でも?」

「いや――」


 ――無事に戻って来られた。


「でなければ、他人の姿を見て笑うのは失礼でしょう。どういうわけか――」

「そのセンスが壺に入ったのではありませんか? 色気も何もない貧相な――」

〝――おはよう皆。早いね〟


 何時の間にか加わっている冥王。――喧騒が耳に心地いい。離れていたのはほんの短い間だが、それでも今いるべき場所に自らがいると実感する。……始め。


 俺が誰にも声を掛けることなく、一人で呪具の力試しをしようとしていた時。負担を掛けるのが嫌だったというのは本心で、しかし恐らく、動機はそれだけではなかった。


 ――俺はきっと、怖かったのだと思う。……ここに来て上手くできないことが。見る人間に落胆され、失望されるかもしれないことが。


「――ありがとう、フィア」

「あ……大丈夫ですか?」


 だが今は違う。力にどうにか目星を付けられ、再びこの場所に戻ってくることができた。……フィアも、リゲルも、ジェインも。郭や賢王たちだって居る。


 ――自分が戦えるようになっただけだ。全体から見ればほんの些細な変化であり、事態は何も変わってなどいない。これからの俺たちに待つのは厳しく険しい道。


 そのことが分かっているにも拘らず。俺は心の中でどこか、明るい気持ちを覚えていた――。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


「――カフッ」

「……」


 刃の先で確かな手応えを感じ、冥希は刃を引き抜く。


 そこかしこに走る亀裂と瓦礫。端正な装飾に彩られていた通路に刻まれたのは、人の身には過ぎると思えるような威力の残滓。一方的に苛烈な戦いは時間にすれば十分も経過していなかったが、それは対手の力量の不足を語るというよりは寧ろ、今の冥希。《赤き竜》としての彼がどれだけの力を誇るかを示すものに相違ない。


「……くっ……!」


 蹌踉めくように離れ――零れ出す血を小手で押さえながら、なんとか体勢を立て直そうとする。

 

 しかし、その努力も虚しく――。


「……っ」


 赤く汚れた鎧を纏う騎士。ロレンスは、力尽きるように地に膝を落とした。――当人も気付いてはいるだろう。


 冥希は分析する。最早治癒魔術を行使したとしても癒し切れぬだけの致命傷。鍛え上げられた四肢からは徐々に熱が失われ、意のままに動かすことさえ叶わなくなっていく。……生命から肉の塊へと移りゆく、不可逆の変質。


「……」


 其処に至っても冥希は油断などしない。気を張るのは敵の命、それが完全に尽きるまで。刀は収め、しかし即座に抜刀が可能な体勢を維持しておく。……視界全体を余すとこなく捉える視線の中、片膝を付いた騎士が折れた剣身で辛うじて身体を支え、顔を上げた――。


「……頼む」


 ――擦れ声。時折混じる荒い呼吸音が、その命が既に瀬戸際に瀕していることをより明確にしている。


「陛下は。……彼らだけはどうか、見逃してくれ……!」


 切実な嘆願。自らが守れなかったものを、守るべき者を、守る為の――。


「……どうか。どう、か……――」


 頭が落ちる。誇りを捨て、最後まで自らの命を断った敵に懇願を続けた唇も。もう音を発することはない。


 騎士。ロレンスは、それきり動かなくなった。


「……」

「――流石だな」


 敵の絶命を見届けて【赤き竜】、並びに【咎武罪装】を解除した冥希に――アデルから声が飛ぶ。


「あのロレンスをこの短時間で片付けるとは」

「……剣筋は見事だが、動きの端々に愚直さがあった」


 仲間からの賛辞にも、冥希はあくまで淡々とした語り口調で答える。昂ぶりはなく。


「時間を掛ければ決着に持ち込めただろう。咎めるべき点を咎めただけの事。何も難しいことではない」

「刹那を争う殺し合いの中で、それをやってのけられる人間が果たしてどれだけいるか」


 苦笑気味にアデルは言葉を返す。――何人にも汚すことは出来ないと謳われた純白の鎧、『騎士の誉』。あらゆる穢れを撥ね退ける【純白】の概念特性を備えると言われたそれを、一刀の下に汚すことなく貫き切り裂いた剣の冴え。例え相手の欠点を見抜いていたのだとしても、そんな芸当ができる人間をアデルは幾人も知らない。知る理由も無かっただろう。


「――追うか。あの騎士たちの足ならそこまで離れてはいないだろうが、止まっていては距離を稼がれる」

「……」


 沈黙を肯定と見做し、アデルが騎士たちの逃げていった方角へと歩き出した。擦れ違い様――。


「――戻るぞ」

「……なに?」


 交わされる二言葉。その間に冥希を追い越し、更に前へと歩み出ていたアデルが振り向く。


「女王と共に逃げたのは下位の団員。お前と私で『白き手』の主力は潰してある」


 今し方息絶えたロレンス……並びにアデルが屠った団員の死体を横目で見つつ、冥希は言う。


「奴らを先導できる女王も、この状況下では自分たちの身を守るのに専念せざるを得まい。連携を取れるだけの国家機関も既になく、脅威となる恐れがないなら手間をかける必要もなくなる」

「……」


 感情の籠らぬ理性的な語り口。耳にしたアデルは数秒、相対する男を見つめ。


「――それもそうだな」


 そう言って足先を逆の方角へ翻す。……閉じた口の端には微かな笑み。ともすれば離反とも受け取られかねないような冥希の言葉を、あくまで合理的な提言として受け止めているようだった。


「なら戻るとするか。早ければ奴らも帰っている頃合い。成果を語り合い、悲願の訪れを間近にすることも悪くない」

「ああ」


 頷いた冥希。その方へアデルが歩き出す。追跡を取り止めた今では急ぐこともなく、一足一足。気負わぬ足取りで数メートルと離れていなかった距離を順当に縮め、そのまま横を抜ける――。


「――下手な人情は己の身を殺すだけだ」


 擦れ違いざま。静かに、しかし明確な重みを込めて告げられた言葉。


「これ以外の方策など有り得ない。そう確信したからこそ、お前はここにいるのではないのか?」

「……」


 ――そうだ。


 是認する声。考えてみるまでもなく、自らの思考がそう返すよりないと教えている。自分は――。


「……当然だ」

「……ふ」


 思考に引き摺られるように――言葉を口にする冥希。再び歩き出したアデルから一瞬の間を置いて、同じようにまた歩みを進め始める。


 ――分かっている。


 自らの言葉が脳裏に木霊す。……だからこそこの道を取った。友と仲間を捨て、己の為すべきことの為に身を捧げると。選び取った覚悟もわけも、確かにこの胸の内にある。あの時と同じように。


 だが――。


「……」


 過ぎ去った日の記憶。それが予想外なほど克明に浮かび上がるのを感じ、冥希はその情景を追想する。……覚えている。


 紫音と共にこの国を訪れた日。幾人もの人間を救い出し、先代の国王から賞賛を受けたこと。……助け出したその中に、一際目を輝かせる一人の少年がいたことを。


「――」


 ――強い目をしていた。脳裏に浮かぶのは、先ほどまで切り結んでいた敵の眼差し。……真っ直ぐな目だった。世界が善きものと信じ、疑わずにここまで来たであろう者の。そしてそれを終わらせたのは――。


「……」


 突き付けられるその事実に、言い知れない感覚を覚えたまま。


 一度も歩みを遅らせることなく。……振り返らずに、冥希は王城を後にした。



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