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第十七節 呪具師シンシア 前編

 

「――こっちこっち!」


 俺たちを呼ぶ女性の声。後を追うままに、案内された先には――。


「……」


 巨大な岩の合間にできたような空間。幾つもの物品が至る所に置かれ、混沌とした様相を作り上げている。……なんだここは。


「さあさあ! 座って座って?」


 所狭しと置かれた品々の間を通り……中央付近にある木造りの椅子とテーブルへ通される。どちらにも何の装飾もない、至ってシンプルなもの。


「……失礼します」


 そのことに心のどこかで安堵を覚えながら席に付く。賢王、シンシアさんと、続けて二人も腰を下ろした。


「……」


 周囲を見渡す。……なぜだろう。物に溢れている空間。雑然とした印象はあれど、賑やかだと感じておかしくないはずなのに。


 ――それとは程遠い不気味さのような感覚が、胸に湧き上がって来ているのは。


「ここは相変わらずですね。もう少し景観を整えようとは思わないのですか?」

「うん。私なりにちゃんと分かるようになってるから、それで良いの」


 話す二人はそんなことをまるで気にしていない。知り合いと言っていたからにはここを訪れるのも初めてではないはず。一見して異様と映るこの光景も、賢王にとっては見慣れたものということか。


「……さて」


 咳払いするように一つ喉を鳴らした、賢王が俺を向く。


「紹介しましょう。彼は蔭水黄泉示」


 目線で軽く指し示し、直ぐに女性の方へ瞳を戻した。


「そしてこの女性が、私の知古であり、この世で数少ない呪具師の一人――シンシアです」 

「わ~! 私、紹介してもらうの初めて!」


 よく分からないポイントで手を叩いている女性。……シンシア。先ほども賢王の口から零された名前。勝負はもう始まっているのだ。万が一にも相手の気を損ねないように、聞いた名前を何度か頭の中で反芻し――。


「……呪具?」


 だがどうしても気になったのはその事柄。問題はないだろうかと考えながらも、賢王の方を見て小さく口に出す。


「魔力や魔術を以て、特別な能力や性能を付与された道具を魔具と言います」


 俺の不理解を見て取った――賢王が、淀み無く解説に掛かる。


「呪具はその内の一種。……魔力でなく、人の負の情念から特殊な性能を付加されたものです」


 負の情念……?


「そうですね。――貴方もフィクションで妖刀や、呪われた武器などの話は聞いたことがあるでしょう? ざっくり言えばああいったものです」


 今一つ理解を得ない俺に賢王が付け加えてくれる。……妖刀村正、のようなものだろうか。知識がないので他に例えが浮かんでこないが、正直余り良いイメージではない。持っているだけで所有者に不幸をもたらしそうだ。


「呪いの品は現実に存在します。そして本来、そうした道具は長い年月の中で念が蓄積された結果として生まれたり、使い手の強い感情を受けて突発的に誕生したりするものですが」


 其処で再度、賢王の視線が女性――シンシアさんへ移る。


「このシンシアはそれを意図的に作ることを可能にした人物。私の知る中でも、唯一と言って良い呪具師なのですよ」

「やだなあもう。そんなに褒めないで賢王ちゃん」

「負の情念って、……その」


 ニコニコ顔のシンシアさんだが、俺としては到底そんな気分で聞ける話でもない。黙ってもいられず発した疑問に。


「そうだねー。そう聞くと悪いものみたいに聞こえるけど、要は強い感情の力を得た道具ってこと」


 答えたのは俺が気を回した当のシンシアさん。クルクルと所在なさ気に指を回しながら話してくる。


「呪具は普通の魔具に比べてちょっとクセがある分、持ってる能力は特別なものが多いの。だから私は呪具が好きなんだ」

「……なるほど」

「黄泉示クンも見たでしょ? 私の作品たち」


 はい、と頷く。……俺と賢王目掛けて投擲されてきた斧や槍、あれらがそうだったのか。理解と同時に再発した疑問。


「……それで、さっきのは一体……」

「あれはただの挨拶です」


 事も無げに答える賢王――挨拶?


「久し振りだったからね~。腕が落ちてないかどうか、ちょっと激し目に行っちゃった」

「構いませんよ。こちらとしても良い運動になりますから」


 脳裏に映し出される光景は、二人の会話から想像されるのどかな雰囲気とは似てもつかない。……傍からすれば命を失いかねないような危険な攻防が、挨拶なのか。この二人にとっては。


「でもあれはズルいよね? ――不死鳥の炎には浄化の作用があるの。だから、負の属性で結び付いてる呪具にはさっきみたいに――」


 俺への説明を兼ねてか、そこで腕を勢いよく広げ。


「効果抜群ってわけ! そうやって特攻みたいなのを持ち出すなんて、賢王ちゃんったら卑怯なんだから」

「……はあ」


 一応言っている意味は理解できる。……正直、俺にそんなことを言われても困るとはいえ。


「まあ、互いの力を確かめ合う儀礼のようなものです。そこまで気にすることは――」

「――あっ!」

「っ⁉」


 ――なんだ?

 

「お茶を出すの忘れちゃってた……。――淹れて来るね?」


 そう言って立ち上がると、身を翻してどこかへ駆けて行くシンシアさん。……お構いなくと言う暇もなく、小走りにその背中が遠ざかり――。


「――机の上にあるお菓子は好きに食べていいから。毒なんて入ってないからね!」


 途中で振り返るとそう言い残して。岩陰に入り、俺たちの視界から姿を消した。……ふぅ。


「……」

「どうです? シンシアの印象は」


 息を吐いた俺に賢王が尋ねてくる。……思っていたよりは。


「……あの人がそんなに危険なのか?」


 マシな印象だ。確かに少し、いや、大分変わっているところはあるだろうが、それ以外は概ね好意的なようにさえ見える。人柄も別に悪くは――。


「――そう見えているようでは危ういですね」


 素朴な俺の感想に吐かれた溜め息。


「シンシアの行動の基準は私たちとは違います。解釈を誤れば、そのまま飲み込まれることになりますよ」

「……」


 不吉な言い方に何と返したものか分からない。ひとまず警戒だけは絶やさないようにしようと、心の内で今一度そう心掛け。


「……賢王が俺を此処に連れて来たのは、あの人から呪具をもらうためなのか?」

「足りない力を補うには何よりも、物品に頼るのが早い方策ですからね」


 質問には直接の答えを与えず、間接的に肯定と取れる返しをしてくる賢王。癖なのか目の前に置かれた空のカップを手に取り、その直ぐ後に元の場所へ戻している。


「道具に依った力は付け焼刃にしかならないといえ、その場凌ぎとしては役に立ちます。早急に戦う力を得たい貴方にとってぴったりの方針と思いますが」


 ――言われずとも異存はない。……自分自身の力でどうにかしたいと思ってもどうにもならない状況。そこにいるからこそ、俺はここまでやって来たのだ。無い物強請りなどしている余地はなく、戦えるようになれるというだけでも十二分な幸運。それすらも今の段階で決まってはいない。戦えるようになれるかもしれないという、不確かな希望があるだけだ。


 俺も賢王もまだ用件を切り出していない。この後シンシアさんが戻って来てからが本番と、それを確認して意気を入れた――。


「……」


 俺の眼に。机の上にある、菓子入れらしい物が映る。……食べて良いとか言っていたが、これのことだろうか。狭いテーブルの上に他にそれらしきものは見当たらない。


「ああ。菓子が気になるなら食べてみてはどうですか」

「――ああ、そう――」


 やはりそうなのか。促されるまま容器に手を伸ばし掛け――。


「ッ、賢王は?」

「遠慮しておきます。世の女性たちの例に漏れず、私も近頃はカロリー計算に余念が無いもので」


 直後に思い付いて尋ねた俺に、澄ました顔で賢王はそんなことを口にしてくる。……真偽は服の上からでも分かるほど。十中八九そんな悩みとは縁遠いに違いない。ということは。


「大丈夫ですよ。シンシアも言っていたでしょう? 毒など入っていないと」


 そうわざわざ他人(ひと)の言葉を借りて付け加えてくる辺りが、最高に怪しくて迷っているのだが。


「……」


 ――間違いなく何かあるな。


 そう思いつつも敢えて口に運んでみることにする。……怪し過ぎる賢王の態度は別にして、折角シンシアさんに薦められたものだ。黙って無下にするのも忍びないし、少しでも相手の事を知る手掛かりになれば良い。本気で止めて来ないところを見るに命に関わるようなものではないのだろう。


「……」


 信じつつ取り出した菓子を眺める。……見た目は普通だ。食欲をそそるこんがりとしたきつね色をした、四角いクッキーのようなそれ。表も裏も変わりないことを確認し、恐る恐る一欠け口へと入れた――。


「……」

「――うっ⁉」


 直後に動きが止まる。噛み締めた瞬間、口内に広がった味は。


 ――甘い。


 感想としてはその一言に尽きている。……味自体は悪くない。寧ろ旨いと言っても良いくらいだが、とにかく甘みが強過ぎる。ジャムとシロップと蜂蜜を全てぶち込んで濃縮したかのような、どうやったらこうなるのか分からないほど強烈な甘さ――ッ‼


「はーい。お待たせ」

「――!」


 甘味の暴力に悶絶している最中、正に奇跡と呼べるようなタイミングで戻ってきたシンシアさん。行儀としては悪いが今は緊急事態。気にしている余裕もなく目の前に置かれたカップを掴み取ると、中身を一気に口の中へ流し込んだ。これで――!


「――ヵッ――⁉」


 ――助かった。そう思えたのはほんの一瞬。口に触れた温い液体の感触に続けて苦々しい渋みとえぐみとが広がっていく。……容易には消し去れないと思った先ほどの甘さが、暴力的に捻じ伏せられ上書きされていくほどに。――エグイ。


「――……っ‼」


 そうとしか言いようのない凄まじい不協和。……果たして味で人が殺せるだろうか?


「……‼」

「あらら? お口に合わなかったかな?」

「前にも言いましたが、貴女の作る品はどれも味が極端過ぎるのですよ」

「ええ~美味しいんだけどなあ」


 頭の隅を過るそんな問い掛けに逃避しながらも、吐き出すわけにもいかず。飲み込もうとして無理だと悟る。……手で口を押さえながら目で示す必死のジェスチャー。信じられないことを口にしたシンシアさんから、こちらを見ないままグラスが差し出された。


「はい、お水」

「……っ!」


 コップに入れられた無色透明な液体――それを認めた瞬間、奪い取るようにして一息に飲み干す。……水にくるまれて胃へと流し込まれていく味の暴力。後味は完全に消えはしないものの、先ほどより遥かにマシな状態にはなり。


「ごほッ! ……ありがとうございます」

「いいのいいの。私のせいでもあるしね」


 咳き込みつつ礼を述べる。俺の様子がおかしかったのか、軽く笑いながら手を振って応えくるシンシアさん。……ひとまず悪印象にはならなかったようで、それは良かったが。


「やっぱり食べられるのは私だけか~。残念残念」


 椅子に着き。手にしたクッキーとお茶を平然と飲み食いしていくシンシアさんを信じられない目付きで見る。……大丈夫なのか? まさか倒れはしないだろうがと不安になる俺を余所に、いかにも美味と言った様子でシンシアさんはそれらを頬張り続け。


「――本題に入りましょう」

「どうぞどうぞ。ちゃんと聞いてるよ」


 場を執り成す賢王の台詞に、俺より早く瞳と手を向けた。……そうだ。


「……単刀直入に言います。この青年に、貴女の呪具を授けてはくれませんか?」

「――」


 これが本命だ。申し出た賢王の台詞。身構える俺の前で、なにか。


「……それは賢王ちゃんの意志? それとも」


 ――気配が変わった。それまで湛えられていた柔らかな雰囲気は消え、緊張が空気に満ちる。……指先に付いたくずを払い落としながら。


「貴方の?」


 俺を向くシンシアさん。……顔面に貼り付いたかのような笑み。その打って変わった様子に、気圧されて言葉を失う……。


「っ……」

「――無論、当人の意志です」


 話せない俺に代わって答えた賢王。……何だ?


「……うーん」


 あの表情は。よくは分からなかったが、一瞬凄まじい寒気を感じた。どうにか気を取り直そうとする俺の前で腕を組み、倒れるのではと思うほど深く椅子の背に身体を預けるシンシアさん。天井に向けている視線。横顔はどこか思案気で。


「そうだな~。……あげてもいい。あげても良いんだけど……」


 元の姿勢に戻り、そこから俺と賢王を交互に目で行き来する。迷っているのか勿体を付けているのか、意図までは分からない。審判を待つ罪人のような心持で、俺が唾を飲んだ……。


「――やっぱりその前に、貴方の色を見てみたいな」


 そう言ったシンシアさんの栗色の瞳が、俺を捉える。落ち着いた色合いのはずなのに、暖かみをまるで感じない……。


「私の作品をあげるのに似つかわしい人かどうか。そんなわけだから――」


 ――似つかわしい? 言葉選びに疑問を覚えていた俺の前で、シンシアさんが軽く左手を上げた。


「賢王ちゃんはちょっと、あっちに行ってて?」

「――⁉」


 聞き捨てならない台詞と共に翻された手がこちらを向く。――頬を撫でる風。唐突な空気の乱れに思わず横を向き――。


「……ッ⁉」


 いない。そのことに戦慄する。ほんの数瞬前までそこにいたはずの賢王の姿が、どこにも。衝撃に弾かれるようにして周囲を見回すが。


「よしよし! さっきは上手いことやられちゃったけど、これでお相子だね!」


 そのどこにも文字通り賢王の影も形もありはしない。……座っていた椅子は端から誰もそこにはいなかったかのように取り残されたまま。テーブルに置かれたカップ。中途半端に中身の入っているそれだけが、賢王がこの場にいたことを示す唯一の痕跡だった。狼狽える俺を余所に、子どものようにはしゃいでいるシンシアさん……。


「――安心して?」



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