第十五節 すべきこと
「――ふう」
協会員からの通達を受け――その姿を見送って葵は息を吐く。難儀はしたが、どうにかなった。
内容を伝えなければならない。判断を下して、葵は彼らを呼び集めに掛かった。
――数分後。
「――どうだったの?」
集まった三人の中で真っ先に尋ねるのは立慧。支部長であるはずの彼女だが、ここ最近はすっかり本山にいる姿が板に付いてきたように思える。
「……両組織とも被害は甚大です。目ぼしい人材は、殆んど残されていないと」
「……そうか」
告げた中身に、千景が悲しげに視線を伏せた。
魔術協会の臨時の長として聖戦の義、並びに執行機関へ取った連絡の内容。……両組織とも島からの帰還者はゼロ。残っていた幹部が謎の三人組の襲撃を受けて死亡したと言うところまで、なぞるように事の顛末は同じだった。
葵の連絡に応じたのも地位が高いとは言えない構成員のみ――。幹部に比べれば応じるのは楽な相手だが、仮に幹部が残っていてくれたなら内部状況を訊き出すのにここまで苦労はしなかっただろうとつくづく思わされる。始めの連絡については判断者がいないということで追い返され、再三再四に渡る使者を送って自分たちを取り巻く状況を説明し、相手方がそれを飲み込み始めた頃、漸くその事実を訊き出すことができたのだ。
とはいえ無理からぬことでもある。三大組織は平時から表だった敵対こそしていないとはいえ、互いに牽制し合う間柄。襲撃に際し合同で討伐部隊を結成したことまでは知っていたとしても、その後の対応までそれを拡張させるかは大いに別の話である。……幹部以外には自分たちの状況をおいそれと他組織に話す権限などない。残っていた幹部が殺され、討伐隊に行った幹部らも誰一人戻らないのでは他組織への応対に尻込みするのも当然。端からこちらの情報を鵜呑みにしてくれるはずもない。故にこの時まで時間を必要としたのだ。それでも機転の利く人間がいなかったならどうなっていたかは分からないが。
「まあ、この時期じゃ流石に対応も追い付いてないでしょうしね」
「だな。当てにはできねえか」
立慧と田中。連絡を受けた葵の印象では、両組織とも短期間での幹部の壊滅という異常事態への収拾が追い付いていないようだった。事情を知る者たちの間で情報を差し止め、対応策を模索しているらしい。……とても協力を頼める雰囲気ではない。仮に助力が得られたとしても、幹部を失っている以上、今回の敵に対してはさして有効な助力も得られないだろう。
「機関は国連への通達、並びに協力要請を検討すると言っていましたが……」
「軍を動かすってことか?」
「ええ」
「そりゃ見物だな。近代兵器を扱う軍隊が、あれ相手にどこまでやれるもんか」
「そうね……私たちもそっち方面に付いては詳しく知らないし」
「人的な戦力ならば機関がその最先端であったはずです。国連軍が動くと言うことは即ち、大量破壊兵器の使用が視野に入れられているということでしょう」
門外とはいえ、葵とて人並み程度の知識はある。――化学、生物、核。投入されるのは隠匿や秘密裡など爪先ほども考慮しない広域破壊兵器。非日常のものを非日常のままに閉じ込める防波堤の役割を担う三大組織、中でも国連の特殊技能者への対抗手段だった執行機関が機能しなくなった以上、彼らとしても最早形振り構ってはいられない。世界の破滅を防ぐため、例え周辺にどれだけの被害を出そうとも確実に禍根を断ちに動くだろう。
「つっても、アポカリプスの眼がどこにいるか分からないんじゃどうしようも無さそうだがな」
――そう。田中が口にした通り、葵たち組織側はアポカリプスの眼の本拠地を掴んではいない。
そのことが状況を限りなく難しくしている。そもそもが三大組織の情報網をフルに使っても発見できなかった相手。襲撃に備えるならともかく、此方から攻め込むとなると途方に暮れるのが関の山なのだ。対策の打ちようがない。
「――この際、手段を選んじゃいられねえんじゃねえのか」
田中が言う。携えられた新たな杖。今までのそれよりも若干表面が暗く見えるそれ。
「頼れそうなとこに片っ端から声掛けてみるしかねえだろ」
「それは……」
「【大結界】の復旧にはまだ時間が掛かるわ」
本山で葵と共に指揮を進めている、立慧が言う。
「皆の頑張りもあって作業自体は進んでるけど。何しろ古典から近世までの術理が山盛りだから。切れ目を繋いで結び直すだけでも相当の時間が掛かるでしょうね」
「……」
――そう。アポカリプスの眼による三大組織同時襲撃の際、地脈と切り離された影響で機能を停止させられた【大結界】。本来なら本山内の者に鉄壁の守りを約束するはずのそれも、現在は未だ復旧の途中にある。……こちらもまた数世紀ぶりに行われる作業。四賢者を欠く今では作業の進行も遅く、復旧の見通しはまだ立っていない。手の空いている協会員が全力で進めている段階だ。
加えて建物自体の損壊を受け、緊急障壁など他の自衛機能も現在で七割方が機能不全に陥っている。あの襲撃からここに至るまで、大した時間を空けられていないことが何よりも痛い……。
「……国家機関へ連絡を取ります」
葵の発言に、三者の注目が集中する。
「リスクの少ない『逸れ者』にも片端から。具体的な協力を取り付けるまで詳細の開示は伏せますが」
取り出した書類から候補をリストアップする。討伐前にも使者を送っている凶王派は依然として連絡が付かない。……残された目ぼしい戦力は国家機関と逸れ者のみ。名のある組織ならある程度は今回の事態を掴んでいるかもしれないが。
「……まあ、この際仕方ないわね」
「支部への通達は済みましたか?」
「ああ。問題はない」
頷く千景と田中。二組織への打診を取りつけていたこの期間。二人には各支部支部長への事態の伝達を頼んでいた。
「下に怪しまれてる様子もねえな。単なる爺さん婆さん同士の、茶飲み話くらいに思われてんだろ」
各地域の問題対応を任せている支部に動揺が広がるのは不味い。支部長で留めておくことは必須。
「では、貴方たちにも担当を割り当てます。……手数を掛けますが」
「気にしなくていい。この状況で私らが動かなくてどうする?」
「……ありがとうございます」
礼を述べる。補佐官時代には色々と思うところもあったが、いざ上に立ってみれば、彼女たちのような人員は素直に頼もしかった。
「ま、任せとけよ。数打ちゃ当たる。中には一つくらい、協力的なとこもあんだろ」
「一つじゃ足りないんだけどな」
「――しっかし、驚いたぜ」
朝の訓練場。先ほどまで食卓でエリティスさんの作ってくれたパスタを目一杯頬張っていた、リゲルさんが言う。
「目が覚めたと思ったら、いつの間にかいなくなってるしよ。せめて一言くらい言ってけってんだよな」
「こればかりは同意だな。相変わらずあの賢王は、非常識にもほどがある」
「そう……ですね」
〝このことは他の人間には秘密ですよ〟
頭の中に思い返されてくるのは唇に指を当てている賢王さんの姿。……昨晩の賢王さんとの会話は、リゲルさんたちには言っていなかった。
「……不覚です。僕とした事が、気付けなかったとは」
「致し方ありませんよ。詠愛嬢」
歯噛みするような郭さんをエリティスさんがフォローする。
「賢王嬢はかの《賢王》の名を冠す女性。自分を含めた二人の気配隠匿など、造作もない事でしょう」
「……貴方たちも気付かなかったんですか?」
「夜更かしは美容の大敵でして。申し訳ないのですが、昨晩はぐっすり眠りこけておりました」
〝私も。影の中でのんびり寝てた〟
「……どこまでが本当だか分かりませんね」
首を振る。エリティスさんはともかく冥王さんは知っているはずだけど、やはり私と同じようにそのことは口にしない。秘密と言うこと……。
「まあ、いなくなっていたものは仕方がない。今は自分たちのことだな」
「心配じゃないんですか? 貴方たちは」
それを抱えることに少しだけ胸が疼いている私の前で、郭さんが重ねて口を開く。
「彼は今凶王と一緒にいるんですよ? 率直な話、何をされてもおかしくはない」
「心配しなくても、黄泉示はんな柔じゃねえよ」
その疑問に。強い口調で、リゲルさんが答えた。
「やる時にはやる奴だぜ。今回もちゃんと、その逸れ者とやらの協力を取り付けて帰ってくんだろ」
「だな。賢王にしても、自分から戦力を削るとは考え辛い」
眼鏡を上げるジェインさん。いつもと変わらない、冷静な態度。
「蔭水なら大丈夫だ、きっとな」
〝信頼関係。素晴らしい〟
「冥王の口からそんな言葉が漏れると意外ですね……」
「――では皆さん」
溜め息を吐く郭さん。頃合いと見たのか、にこやかにエリティスさんが言う。
「今朝の修行と致しましょうか。郭嬢は今日もお一人で鍛錬。カタスト嬢とMr.ジェインは私が」
「俺はどうすんだ? 賢王も黄泉示もいなくなっちまったけど」
「それについては、此方を預かっておりまして」
エリティスさんが指し示したのは――さっきから気になっていた、一体の人形。上の店に置いてある白いマネキンのようなそれにはけれど、足がない。上半身だけののっぺらぼうの人形だ。
「……なんだこりゃ」
「それと戦って勝つことが修行の内容だそうです。賢王嬢たちが帰って来るまでが期限だそうで――」
「はぁ? マジかよ。こんなのとどう戦えっつうんだ――」
肩を竦めつつ。近くで見ようと思ったのか、リゲルさんが無造作に人形に近付いた――。
「――」
「――どぶろくぐほおうーーッッ⁉」
――瞬間。凄まじい勢いでカタパルトのように発射された人形の腕がリゲルさんのお腹を直撃する。一陣の風と共に吹き飛ばされ、大の字で壁にぶつかったリゲルさん。
〝すごい〟
「……充分戦えそうですね」
「油断大敵だな」
「だ、大丈夫ですか……?」
「……ッ、うぐぐ……‼」
どさりと床に落ち、頭を振る。射出された腕は見えない力で繋がっているかのように、リゲルさんが動けないでいる間に、再び元の身体とくっついていた。一体どういう仕組みなのか……。
「……効いたぜ。やってくれんじゃねえか、人形風情が」
言葉通りによろよろと立ち上がり。頬の唾を親指で拭った――リゲルさんが構えを取る。
「――上等だコラ‼ ボコボコにして、粗大ごみ扱いで出してやるぜぇッ‼」
「――」
眼で追えない速さのフットワークを使って走り込む。その動きを待ち構えている人形は、いつの間にかホバリングでもするように宙に浮いていて――。
「さ、始めましょうか」
「オオオオオオオオラァアアアアアアアッッ‼‼」
絶叫が轟く横で。昨日と全く変わらない様子でエリティスさんが私たちに促す。……始めからこれだけ目立っているとエリティスさんの魔術でも存在感を消すことはできない。どうしても気にはなるけれど。
「は、はい」
言葉に従って構える。私の中に湧き上がってくる魔力――そうだ。
――黄泉示さんも、賢王さんと今どこかで頑張っている。黄泉示さんが戦う力を身に付けて帰ってきたとき、私がそれに後れを取っているようでは駄目だ。あの日賢王さんに言ったように――。
今、私も頑張らなくてはならないのだ。
「――お願いします。エリティスさん」




