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第十四節 通告 後編

 

 その中で。


〝――いいか?〟


 不意に。覚えのある誰かの、声が聞こえた。


〝何かを遣り遂げなきゃならねえ時は、正真正銘の本気(ガチ)で挑め。マジの本気でやりゃあ普段できねえことだって、一度くらいできるもんだぜ〟


 耳にも懐かしい響き。修行中の俺に掛けられた小父さんの言葉が、脳裏に木霊す。


〝それを皮切りにできなかったことができるようになるってこともあるさ。何より――〟


 あの強い笑み。そして――。


〝終わってからあの時もっと頑張ってりゃなんて悔いるのは、最高にカッコ(わり)いからな〟


「――ッ‼」


 突き動かされるように更に強く意識を集中させる。――身体を切り裂こうとしている糸。その痛みを詳細に自覚し、それに耐えられるだけの魔力を纏えるよう意識する。……もっと、もっと強く――ッ‼


 ――行ける。


 なぜかは分からない。直感か、思考か、はたまた本能か。


 ――ただ唐突にその思いが頭に浮かび。行けると思った、自分を信じた。


「ッッ‼」


 気合いを以て込める力。一瞬の張り詰めるような抵抗感のあと、俺を縛っていた糸が弾け飛ぶ。


「――っ!」


 支えを一挙に失い――数メートルの高さから床に落下する身体。強かに打ち据えた手足の痛みにも構うことなく、形振り構わずに立ち上がり――。


「――頼む」


 立ち止まってそれを見ていた賢王に、ただ一心に頭を下げた。


「できることならなんだってする。俺を、戦えるようにしてくれ……‼」


 ――当初なら賢王も、俺を含めた四人を戦力に仕立て上げる予定だったはずだ。


 俺の余りの不向きさを見て賢王はその判断を翻したが。それを更に、揺り戻せるとすれば。


「……今」


 出来る限りの覚悟を示すしかない。切れた皮膚のじくじくとした痛みを覚えつつ、ひたすらに頭を下げ続ける俺に。


「何だってと、そう言いましたか?」

「――」


 掛けられた問いに面を上げる。……発言を大袈裟と咎めるような顰め面でも、言質を取ったと勝ち誇るようなニヤついた笑みでもない。――選んで口にしたかどうか。ただその事実を確かめに来ているかのような、粛然とした、最も恐ろしい面持ち。


「……ああ」


 それに向かって頷く。俺が戦えるようになるには、一人ではどう足掻いても不可能だ。


 賢王の助力を得ることは俺の望みにとって必須。その可能性が、少しでも生まれるならば――。


「――できることは、なんだってやってやる」

「……」


 無言の内に暫く続けられる相対。表情を変えないまま、賢王は発言の重みを見定めるかのように暫し俺を見つめ。


「――いいでしょう」


 目を閉じて。微かに揺れる睫毛と共に、そう言った。


「その愚かさと、私の糸を破った火事場の馬鹿力に免じて――貴方に一つ、選択肢をあげましょう」


 ニコリともしない。開いた瞳は相変わらず、透き通る水晶のような冷たさを湛えている。腕から服へ滲んだ赤を意識しながらも、話す賢王から意識を逸らすことはしない。


「私の知り合いに、やや特殊と言える技能者がいます。その人物の力を借りられれば、尋常の手段では補うことのできない貴方の力量不足を解消できるやもしれません」

「――!」


 高鳴る鼓動。……力を補える? 今の俺にそれは願ってもない。望んでもない展開だ。


「――但し」


 昂ぶる此方の思考と気持ちを、見透かしたように冷ややかに。


「その人物と手段とは、双方非常に危険なものです。貴方が下手を打たずとも、向こうの気紛れで命を落としかねないほど」


 そう語る真剣な面持ちが。内容と相俟って、浮かれ掛けた俺の心情を急速に冷やしていく。


「無事に済むことは到底保証できません。無事邂逅が済んだとしても、何かを順当に得られるかどうかは分かりません」


 協力してもらえるかどうかにまずリスクがある。協力して貰えたとしても、望むようになるとは限らない――。


「それでも其処に行くことを望むのなら、手を貸すことにしましょう。貴方に」

「……」


 ――それも、そうか。


 賢王の警告を聞き――どこか、納得している自分がいた。……賢王の提示してきたこれは、真っ当な手法ではない。


 当たり前だろう。……才能が無く、使える時間は限られている。そんな状況の内で自分より遥かに上の実力者に対抗できるだけの力を付けるという、それが俺の望み。


 そんなことは不可能だ。考えるまでもない。先に言われたように常道では考えられない望み。それを万一叶えられるとすれば――。


 ――奇跡か、正道外の手段に頼る他ないのだ。そのことを理解して。


「――頼む」


 言い放つ。……此処を逃せば、俺は本当にただ退くだけになってしまう。


 希望があるのなら賭けてみたい。それがどんなにか細く消え入るようなものであるとしても、例えどれだけのリスクを負うことになったとしても。


「その人に会わせて欲しい。賢王」


 フィアたちと共に戦っていく道が、途絶えぬように。ここで背を向けるという選択肢など、俺には初めから与えられていないも同然だった。


「……」


 二度目の静寂。祈るような気持ちで耐える時間が過ぎていく中で。


「……まあ、良いでしょう」


 その声は正に、天啓のように俺の鼓膜に響き渡った。遣られた宝玉のような視線。


「どうやらそれなりには固い決意の様子。死んでもいいという気概があるのなら、こちらとしても気が楽です」

「……」

「――三十分後に出ます」


 気遣われることなどなく、端的に告げられる。


「ここからではその人物の棲家まで二日三日ほど掛かりますので、その為の用意をしてきてください。特別な準備は要りません」

「……分かった」

「他の人間は起こさないように。説明が面倒ですし、特にあの賢者見習いは噛み付いてきそうですのでね」


 ……確かに。


「準備を整え次第裏口に来て下さい。遅れればなかったことになりますので」


 そう言うとスタスタと歩き去っていく。……壁に掛けられた時計で時刻を確認し、俺も、荷物を纏めに部屋へ向かった。









「……」

「――もし」

「……」


 ……なんだろう。


 微睡みの中で覚える違和感。……誰かが私のことを、呼んでいるような。


「起きなさい、フィア・カタスト」

「――」


 はっきりと名前を呼ばれる。そのことに反応して、水底から引っ張り上げられるように目が覚めた。


「……えっ? あれっ……⁉」

「漸く起きましたか」


 感じたのはまず驚き。その後には、一瞬寝ぼけているのかと思ってしまう。……間違いない。暗がりの中、私のベッドの横に立っているのは。


「先ほどから声を掛けていると言うのに……存外寝穢いのですね、貴女」

「け、賢王さん……!」 


 協力関係を結んでくれた実力者。理想的な形に整った小柄な顔が、半分呆れたような表情で私を見つめている。……どうして。


「……えっと、どうして此処に? 時間は――」

「――私には余りありませんので、手短に」


 窓から光が差し込んでいないからまだ夜だ。時計を見ようとした私の動きを、流れるように差し込まれた言葉一つで止められる。


「私と蔭水黄泉示は、今から出立します」

「え――」

「詳しいことは下の階に書き置いておきますが……彼の力を上げる、新たな協力者の助力を得る為です」


 出立? 告げられた内容に着いていけない。混乱する私に向けて説明を続けてくる賢王さん。……いきなりそんなことを言われても、寝起きで働かない頭では辛うじて内容を理解するのが精一杯。だけど。


「助力……?」

「ええ。――蔭水黄泉示が今後を戦い抜くために、不可欠なことです」


 幾分強い語調でそう言われてしまう。……黄泉示さんが。


「修行後の睡眠を邪魔しても悪いと思ったのですが、貴女には伝えておこうと思いましてね。命を救ってもらった恩もあることですし」


 では、と。用件を済ませて流れるように去ろうとするその所作を。


「――待って下さい」


 呼び止める。掛けた私の声に、立ち止まってくれる賢王さん。


「……黄泉示さんは……」


 言い掛けて少し躊躇う。これを訊いてしまったとして、私はどうする気でいるのだろうか?


「また、危ないことをしようとしてるんですか?」


 ――今日の特訓。エリティスさんの魔術のせいで、私はいつも隣で行われている黄泉示さんとリゲルさんの特訓の内容を見られない。……でも。


 でもそれでも。……黄泉示さんの負わされた傷と。リゲルさんの賢王さんに対する態度を見れば、流石に察しは付く。黄泉示さんは特訓で相当の無茶をしている。それか、或いは。


「……」


 目の前の。……賢王さんがさせているのだ。戦えるようになる為に、戦力として数えられるようにするために。


 仮にもしそうだとすれば、私は――。


「――好きなのですか?」

「え?」


 不意に。挑むような意気込みが、耳に入った一言に空振る。


「あの青年。蔭水黄泉示のことが」

「へ――」


 何を言われているのかが分かって、急速に頬が熱くなった。


「ご、誤魔化さないで下さい!」

「済みません。可愛らしい反応が、余りにも懐かしかったもので」


 思わず両手を振った私の反応に、口元に遣った賢王さんの袖口が微かに揺れる。――愛嬌のある仕草。そこにいつものような厳とした雰囲気はなく、まるで私と変わらない齢ごろのように笑った賢王さんは、静かに息を吸って。


「――助力を得に行くことは、彼の意志です」


 真っ直ぐに。私の目を正面から見て、そう言ってくる。


「選択肢を与えたのは察しの通り私ですが。……彼は、自分の手でそれを掴み取りました」

「……」


 ……黄泉示さんが。


「……そう、ですか」


 なぜか。自然と視線が下を向く。そんな私の様子を目にしてか。


「――貴女、戦いを止めませんか?」

「え――?」


 賢王さんから。唐突に言われたその言葉に、俯いていた顔を上げる。……止める?


「話し振り、素振り、見せる考え方……」


 どうして? 疑問に思う私の前で、静かに賢王さんは言う。


「見ていれば分かることもあります。傷付き倒れていたというだけの理由で私たちを助けるくらいです。貴女は、戦うには余りに優し過ぎる」

「それは……」

「この先の戦いは、これまで貴女たちが経験してきたのとは比べ物にならないほど過酷なものになるはずです」


 賢王さんの言葉が身を揺るがす。


「恐らく貴女は自分が傷付く覚悟は既にできているのでしょう。しかしこの先は貴女だけでなく、私たちも、敵方も多くが傷付くことになる」

「――」

「ここでは敵味方の区別は問いません。どちら側にせよ目の前で誰かが傷付いていく姿を見ることに、貴女は耐えられるのですか?」

「――」


 ――分からない。


 そのことを突き付けられると。……協会で破壊と惨劇の後を目にしていた時でさえ、傷ついた人たちの叫びが聞こえるような気がしていて、私は哀しく恐ろしかった。


 私たちが戦えるようになると言うことは。……あの場所に、あの渦中に自分たちで足を踏み入れると言うことなのだ。例え今私がどう思っていたとしても、実際にそうなったとき私がどうなるかは分からない。……そう、私には感じられる。


「……できません」


 だけど。胸の内にある、もう一つのその思いを口にする。


「戦いから逃げ出すことは。……私には、できないんです」


 私の大切な人たちが、戦いに身を投じるなら。


「傷付く人を見るのは嫌です。……けれど」


 黄泉示さんが戦うことを望むなら。傷付きながらも、戦おうとしているのなら。


「誰かが傷付いているときに何もできない方が、もっと嫌ですから」


 私は出来る限り、それを守りたい。


 永仙さんとの戦いの時に確かめた、私の思いに恥じないように――。


「黄泉示さんたちが前に立つのなら、私も立ちます」


 ――守れるようになりたい。……大切な人たちを、黄泉示さんを。


「……」


 私の言葉に、賢王さんは少しの間を空けて。


「――愛されていますね。蔭水黄泉示は」 

「――~~‼」

「分かりました」


 見透かしたような台詞。火が出るような思いをする私の前で、軽く笑いながら言う。


「貴女がそのつもりなのでしたら、私から言うことは何もありません。余計な勘繰りをしましたね」

「っいえ――」

「……但し」


 顔の火照りを抑えようと努力している内に、賢王さんが、少し、それまでとは違う表情を覗かせる。表情の中に見える、深い色……。


「――その気持ちを忘れないでいることです」


 その唇から再度言葉が紡ぎ出されたとき、一瞬見たような気がしたその色合いは、既に微笑みの奥に沈んでしまっていた。


「大切な者の。仲間の為に戦うのだとのその動機を、見失ってはなりませんよ?」

「……」


 ……賢王さんの意図は分からない。しかし、そこに秘められた真剣な感情に――。


「――はい」


 迷うことなく。本心から、私は頷いた。


「……良い表情ですね」


 私と視線を合わせる、賢王さんの表情は、どこか晴れやかで。


「やはり、愛の力は偉大だということでしょうか?」

「っ⁉」


 不意を討つ一言。してやったりと言うような笑みに、気恥ずかしい怒りのような感情が込み上げてくる。火が灯されたような胸の内。


「け、賢王さん!」

「冗談です冗談。半分は本音ですが」


 そう言って笑う賢王さんは。


「貴女は反応が可愛らしいので、ついからかいたくなってしまいます」


 これまでで一番、柔らかい雰囲気を醸し出しているように感じられた。


「も、もう……」

「ふふ。済みません。悪気はないのですよ、一応は」


 それは何となく分かる。からかうと言っても、こちらが困るのを見て楽しむような悪意のあるものではない。まるで親が子を目にする時のような、温かい眼差し。


「――」


 過去の記憶のない私にそれは思い出せないけれど。そんな風に言っても差し支えないように、私には思えたのだ。


「……では」


 鈴を転がすような笑いから一転。表情を引き締めた賢王さんが、雰囲気を切り替える。


「宣告通り、蔭水黄泉示は暫く預かります。――貴女もその間に力を付けなさい。彼の努力に応えられるように」

「はい」


 強く頷いて、思いのままに頭を下げる。


「黄泉示さんを、お願いします」

「……」

「……賢王さん?」

「何だか恋人と言うより、夫婦のようですね。そう言われると」

「な、何ですかそれ‼」

〝――どうしたの?〟


 憤慨する私の目の前にヒラリと落ちてくる紙。――紙⁉


「め、冥王さん⁉」

〝なんだか騒がしかったから。何かあった?〟

「何でもありませんよ。乙女の秘密です」

「け、賢王さん!」


 唇に指を当てて言ったった賢王さんに。私はもう、顔を真っ赤にして叫ぶのだった。






 

「……ふう」


 フィア・カタストの部屋を後にして。賢王は小さく、微かに息を吐く。


「中身を知っていると、私と雖も少しは緊張しますね」


 らしくない独り言を呟いて。誰もいない天井へ声を掛けた。


「――留守を頼みますよ。冥王」

〝任せて〟


 どこからとなくヒラリと舞い落ちてきた一枚の紙片。床に落ちて消えるそれを、目端に留め。


 ――賢王は、蔭水黄泉示の待つ裏口へ向かった。



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