第十二.五節 夜会話
「――精が出ることです」
――夜分。
耳に届く鈴声に内心舌を鳴らす。……時刻は一時半。メンバーの大半は寝静まっている時間だ。
「……師匠に追い付かなければならないですからね。その為には、寸暇を惜しんでなどいられない」
「殊勝なことです。貴女の才能なら、追い付くまでに然程苦労はしないと思いますが――」
意趣返しのつもりで言った言葉の内容に、気付いてすらいないかの如く会話を繋いでくる賢王。高みから見下ろすようなその言動に苛立ちを感じながらも、努めて平静に郭は答えた。
「前に言ったことをもう忘れたんですか?」
「今のはただの賛辞です。他人の発言を一々深読みし過ぎていては、小皺が増えますよ」
「……」
相手が凶王の一人、賢王などでなければ深読みもしない……。郭としてはそう返したいところだったが、それを言っても状況を悪くするだけだと思い、鍛錬へ意識を戻す。力量以上に対人経験という点において自身と賢王とでは明白な差がある。口先で相手をしても詮無い結末に終わるだろう。
「……詰まりませんね。やはり冷静さが美徳とされるのは日常から離れた場面だけ、ということでしょうか」
「……」
賢王の戯言は耳にも留めない。生返事すら返すことなく、ただ自らの行っている作業に精神を振り向ける。
「一時的な関係と言え、折角このような機会を得られたのです。今後の研鑽、貴女が協会を率いて行く時の為にも、何か尋ねておいた方が良いのではないですか?」
白々しい真似を……。
胸中で郭は苦々しく言葉を吐き出す。本心から気になる問いを掛ければ、それは即ち此方が何者であるかについて相手に分析するための情報を渡していることになる。よしんばその点を無視したとしても、賢王が此方の問いに正直に答える保障などどこにもない。あくまで問いとは飾りであり、自らの得意な土俵に引きずり込むための方便だと言うことは、郭にも想像が付けられた。
しかし――。
「……なぜ」
気にならないことが無いわけではなく。危険と知りつつも、郭はその問いを舌の上へ滑らせる。
「なぜ、ここまで僕たちに協力するんですか?」
「――どうしても何も、貴女が自分で言ったのではないですか」
台詞の終わりをそのまま継ぐように。予め返答が用意されているかのように、淀み無く賢王は言葉を返す。
「私と冥王はあの少女に窮地を救われた身。王としてその恩に報いるために、わざわざ手間を掛けてまで貴女たちに力を貸しているのですよ。――私たち自身の為でもあります。私と冥王がレジェンドに借りを返す際、貴女たちも陽動程度にはなって貰わねば困りますから」
「……理屈は分かります」
流れるような賢王の返答を受けてなお、郭のその疑念は霧散していない。
「ですが、本当にそれだけなんですか?」
今一度賢王の目を正面から見据えて――言い放った。
「――賢王である貴女は、今の凶王の中でも最も歴の長い王のはず」
「齢に繋がる話題は無粋ですよ。同じ女性として、そのくらいのことは弁えて欲しいものですね」
「……以前貴女自身が語っていたように……」
茶化すような賢王の言にも、郭は話すことを止めない。
「後に『救世の英雄』と呼ばれるようになった者たちとの戦い。そこにおいて最も被害を受けたのは、貴女の派閥ではないですか?」
「……」
問題の核心。其処に来て、賢王の唇が今までのような動きを止める。
「彼らの内三人は、『救世の英雄』の関係者。そんな僕たちに力を貸すことが……恩義といえ、僕には不思議に思えてならない」
「……」
暫しの沈黙。表情の無い面で郭を見つめる瞳からは、些細な感情の機微も読み取ることができない。
「……ふっ」
零れる笑い。意図的と言うよりは、思わず漏れ出たかのような笑みを一つ浮かべて。
「――命知らずですね? 賢者見習い」
「――ッ‼」
突き刺す殺意。気の弱い者ならそれだけで殺せそうな無形の脅威に、本能的に身構えた郭――!
「頭が回るのは良いことですが、そのように人の過去に土足で立ち入るような真似はしないことです。長生きしたければと、忠告しておきましょうか」
「――」
だが次の瞬間には既に、賢王は放った畏気を収め終えていた。……自身の反応が空振りに終わらされたことを自覚しながらも、残滓と言える感覚に押され、未だ緊張を解けないでいる郭をおかしそうに眺め。
「――仮にも賢王と呼ばれる身。過去の確執は多々ありますが、それに縛られていては最善の判断など下せません」
あくまでも穏やかに、微かに笑みを浮かべて賢王は言う。
「今は貴方たちを利用するのが上策と見込んだからそうしているまでのこと。それで良いではありませんか。それともアポカリプスの眼らの討伐に成功した暁を考えている余裕があるとでも?」
「……」
「まあいいです。私としても、貴女と話をするためにわざわざ降りてきたわけではありませんから」
フッと息を零し、沈黙したままの郭から逸らされた視線。足先の方角を変え。
「知人との親交を暖めておこうとおきまして。久方ぶりですからね、顔を合わせるのも」
「……あの男は本当に信用できるんですか?」
気を取り直した郭が呼吸を整えつつ、向きを変える直前の姿に問いを投げ掛けた。
「力量の方に文句をつけるつもりはありませんが、あの態度は問題です。下手をすれば仲間内で不和を齎しかねない」
「心配要りませんよ」
提示された懸念に賢王はあっさりと答える。進めていく歩みの最中に、振り返らずに。
「エリティスは手出しだけは決してしない男です。――大半の行動はフェイク。今日没収したカメラにも、実際には何も映っていませんでしたから」
「――本当にお久し振りですね。賢王嬢」
誰もが寝静まったような深夜。小さな丸テーブルを囲んで、賢王とエリティスは共に持ち上げたカップを置く。……アンティーク。
「ええ。再会がこのような形になってしまったこと、知古として心苦しく思います」
「いえいえ。まだ見ぬ女性を連れてきてくださったことに、感謝すらしている次第でして」
「……」
白い磁器の器を楽しみながらエリティスの発言を賢王は聞き過ごす。……半分は既に病気と言えるような習性。まともに取り合っても意味がない事はそれなりに長い付き合いの中で良く理解している。
「しかし、実に興味深い素材を連れてきたものです」
「ええ」
真面目な声音――そちらの方には相槌を返す。技能者としての観察眼、力量については十二分に認めているが故。
「どう思います? 今回の試みについて」
「ギリギリ、摺り切り一杯というところでしょうか」
下される見立て。それも賢王自身のものからそう遠くない。確認をする心積もりで。
「Mr.ジェインは無問題ですし、カタスト嬢も見込みはあるでしょう。しかし――」
「その件については分かっています」
言い淀み。予期していた台詞を、賢王は静かに遮る。
「貴方が動く必要はありません。……私から告げますから」
「そうですか。なら、お任せしましょう」
心得たと言う笑みを浮かべて。再びカップに口を付けるエリティスを、賢王は静かに見つめていた。




