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第九節 問題発生

 

〝ど、どういうことですか?〟


 ――現在。遅々として進まない問題を前にして、思い返されてくるのは先刻の会話。


〝言葉通りの意味です。貴方たちには、自力で戦えるだけの力を身に付けて貰います。――正確に言えば、自分の身程度は戦って守れるだけの力を〟


 フィアの問いに毅然として答える賢王。考えるように頬に指を当て。


〝そうですね……大凡一週間程度。これくらいのロスならば許容範囲内でしょう。このように隠れているだけならともかく――〟


 俺たちを一瞥した賢王が小馬鹿にしたようにふっと笑む。……分かっていても癇に障る仕草。湧く反発をグッと堪える。


〝人を集めるとなれば、衝突のリスクを冒してでも積極的に動かなければなりません。仮に今のまま敵方と邂逅したならば易々と潰されるのは明白。――エリティスを訪ねると言うのはその意味もあるのですよ〟


 言われていることの筋は通っている。耳を傾けている俺たちの前で、賢王は力強く頷いて見せた。


〝力を蓄えるのに最適な拠点の確保。例え彼の直接的な協力が得られずとも、匿ってもらうことは可能でしょう。この面子なら〟

〝だとしても、それだけの時間相手に見付からないかは――〟

〝心配は要りません〟


 ジェインの指摘をそれも考えてあると言う風に一蹴する。微笑んで。


〝彼――エリティスの根城に潜り込むことができれば、例えレジェンドと言えど私たちを発見することは不可能です。まあ、詳しい話はエリティスの家に首尾よく入れてからということで〟


 話を打ち切り、そう言葉を締めくくった。……戦えるように、俺たち自身の力を上げること……。


 それは確かに必要だ。賢王の言うように今のままではただの荷物。組んだ側に益などあろうはずもなく、俺たち自身としてもそれは望んではいない。……あんな風に逃げることを、繰り返さないで済むのなら。


 だが、目下のところで問題となっているのは――。


「――受け入れられません」


 今後の方針と見通しについての話が一段落してから数時間後。大した問題もなく夕食が終わり、後は風呂と就寝だけになった時刻。


「なぜ凶王たる私と冥王が寒々しい仮の寝床で休まなければならないのですか。仮にも味方である以上、全員に同じ待遇を設けることは信頼を築く最低限の条件なのでは?」


 語る賢王が執心しているのは部屋割りの件。俺、フィア、リゲル、ジェイン、郭。五人で既に個室が埋まってしまっているので、二人には代わりにリビングを自由に使ってもらおうと思ったのだが……。


「自分たちだけ真っ当な寝床でというその精神がまず不届きですね。――なんと嘆かわしい」


 個室がないことが相当不満なのか、賢王は納得できていないらしい。さっきからあれやこれやの理屈で冥王と自分の二人、少なくとも自分には個室が与えられるべきだと主張している。


「昨今の若者はああ言えばこう言う理屈馬鹿が多いと聞いていましたが、年長者への労わりすら無くしてしまっているのですね」

「――なんと言おうと、この家にある個室の数は変わらない」


 どこの知識だ、それは。思う俺の前で、腕組みしつつ手厳しく告げるジェイン。


「年長者なら年長者らしく、下に威厳を見せることも必要だと思うが?」

「仮初めの威厳など取り繕ったところでどうにもなりません。威厳とは行動で示すものではなく、あくまで内から滲み出るものなのですよ」

「……」


 部分的に見れば間違ったことは言っていないはずだが、それでも何かが根底から違う気がする。


「……冥王もそう言ってるんですか?」

「当然です。〝私に個室を寄越さないと、お前たちと近隣の住民を皆殺しにしてやる〟。そう言っていますよ」

〝ちが――〟


 俺たちの前に落ちてこようとした紙。それらが全て猛速で引き寄せられるように賢王の袂へと回収されていく。……何が起きているのか全く分からない。というか王の技をそんなことに使うなよ……。


「――何をそうごねることがあるのです」


 お前が言うなとの台詞をやれやれといった口調で述べる賢王。


「個室は五つあるのでしょう? なら私と冥王のように、どこかしらが二人になればいいだけの話ではありませんか」

「……いや、それは……」


 突かれて口籠る。確かに理屈の上ではそうなのだが……。


「――僕は嫌ですね」


 真っ先に宣言したのは郭。


「寝るとき傍に人がいるというのは落ち着きません。これまでずっと一人部屋でしたし、目覚めた直後に間違えて攻撃してしまうかもしれませんから」

「そんなことで狼狽えるとはまだまだですね。賢者見習い」

「……貴女に言われたくはないんですがね」


 郭は嫌だと言う。とすると残るのは俺たち四人だが。


「――まあ、カタストさんは除外だな」


 フィアと一緒にというのは論外として、流石に男二人では少し狭い。それに俺は知っているのだ。……この二人の寝相が地味に悪いことを。


「俺は別にいいんだけどよ。寝てる間に蹴っ飛ばしてるかもしんねえんだよな……」


 疲れからゆっくり眠りたいのは誰もが同じ。……そうなら。


「……俺がリビングで寝る」


 先ほどから浮かんでいた考えを口にする。


「二人は俺の部屋を使えばいい。それでいいだろ」


 幸い部屋に置いてある物も多くない。主要な私物だけ動かして、布団やシーツは取りかえれば問題ないはずだ。何はともあれ、この面子でやっていくのだから……。


「ええと、それなら私が――」

「貴女は座っていなさい。――貴方はこの家の主なのでしょう? 流石に主に迷惑を掛けるとなると、私としても心が痛みますね」

「……」


 ……ならどうしろと。


「んじゃ、俺が行くか。割とどこででも寝られる自信はあるぜ」

「いや、僕が行こう。幸い寝付きには自信があるからな」

「いや、それだと……」


 俺の気が引ける。自分が個室で、リゲルやジェインにリビングを使わせるのはどうかというか。


「全く……埒の開かない話し合いですね」

「元はと言えばお前がめんどくせえこと言うからだろうが!」

〝――私に良い考えがある〟


 迂闊に暴言を吐いたリゲルが糸に首を絞められている横で――目の前にヒラリと落ちてきた紙。……考え?


〝賢王と私は私の影で寝る。それで解決〟

「影……?」

〝うん〟


 落ちてきた紙に書かれた、その文言を見るが早いか。


「――っ⁉」


 ソプリと。……一瞬で、冥王と賢王の姿が消える。思わず繰り返す瞬き。


「え……⁉」

「――どこに」


 元から狭いこの室内だ。どこかに隠れられる余地などなく、残された俺たち全員が、当惑の視線で周囲を見回した。


「……次からは一声かけて欲しいものですね」

「うおわッ⁉」


 叫び声にそちらを向く。……飛び退いたリゲルの足元。電灯に照らされて伸びた影から、賢王と冥王の頭だけが覗いている……。


「え、ええ……」

「……そんなことができるんですか」

〝そう。これが私の能力〟


 紙片が落ちて来ると共に、影から競り上がってくる二人。……先ほどの光景は生首が二つ影に浮かんでいるようで心臓に悪かったので、それは有り難いが。


「……どうなってんだ?」

〝私は、影に入り込める〟


 平静を取り戻したリゲルの問い掛けに、答える紙片の文言。


〝影の中に人を連れ込むことも。……こんなこともできる〟

「――なっ」


 再び冥王の姿が消えると同時。突然、組まれていたはずの郭の右腕が高く上がる。


〝あそれ、あそれそれそれ〟

「なっ――止めろ!」


 音のないリズムに合わせて踊り回る郭。……盆踊りか何かか? 淀みなく動かされる手足とは別に激しく歪んでいる表情。光景としてはかなりシュールだ。


「おおー……!」

「――なにを感心してるんですか‼」

〝と、こんな感じ〟


 そこで冥王の操作が止んだのか、唐突に郭の動きが止まった。直後に巻き起こされた風に吹き飛ばされ、天井近くの壁に激突したリゲル……。


「ごふッ⁉」

「リゲルさん⁉」


 肺の中の空気を吐き出してずり落ちてくる。郭相手にまじまじと見ていたので半分くらいは自業自得かと思うが、痛そうだ。


〝疲れた? ごめんね〟

「ごめんで済むなら協会は要らないんですよ……‼」

「――おやおや」


 目の前に落ちてきた謝罪の紙にギロリとメンチを切った郭に対し、ここぞとばかりに賢王が挑発を飛ばす。この面子で……。


「まさか一般人に手を出すとは。余裕が足りないのではありませんか? 賢者見習い殿」

「煩い口ですね。縫い付けられるのが望みなんでしょうか」

「ま、まあまあお二人とも」


 ……やっていけるのか? 本当に。


「今はそんなことをやっている場合じゃない。郭も賢王も、落ち着いてくれ」

「いつつ……腰打ったぜ」


 フィアとジェインとがどうにか仲裁に掛かる様子を見ながら。俺は、そんなことを思って息を吐いた。










「……ふう」


 お風呂上がり。乾かした髪の感触を確かめるようにして部屋に戻る。


 ――さっきまでは、お風呂に誰がどう入るかの順番でまた一頻り揉めていた。結局まず黄泉示さんたちが先に入ってから、私、郭さん、賢王さん、冥王さんの順番で入ることに。……正直に言えば、私が一番あとでも良かったのだけれど。


〝一番には貴女が入りなさい。貴女より先に私が入るわけにはいきませんので〟

〝〝その通り〟〟


 拘る賢王さんと冥王さんにやけにそう押されて。……結局その順番で入ることになったのだ。私としては仲間になってもらっただけで充分。それ以上に助けたことをどうこう言うつもりはない気持ちでいる。


「……」


 それでも、賢王さんや冥王さんにとっては違うのかもしれない。火照っている身体を冷ますようにパタパタとノートで扇いで空気を当てる。気持ちのいい涼しさに、少し目を細めて――。


「――」


 不意に。音もなく開いた扉から、二人の人物が入ってきた。――賢王さんと冥王さん。二人の姿を認め――。


「け――」

「――静かに」


 自身の唇に指。名前を呼ぼうとしたところで止められる。……どうして二人が。


「そこまで手間を取らせることでもありません。一言で済む用事ですので」

〝そう〟


 賢王さんの声と共に目の前に落ちてくる紙片。……一言で? 私が戸惑った直後。


「――感謝します。フィア・カタスト」


 目の前にいる賢王さんと冥王さんが。深々と、私に向けて頭を下げた。


「貴女の行為がなければ、私と冥王は今無事であったのかどうかでさえ分かりません。よく私たちを助けてくれました」

〝――助けてくれてありがとう〟

「――え、い、いえ……」


 予想外の謝辞。やり過ぎではないかと思うくらい改まったお礼に、私の方が恐縮してしまう。


「別に、そこまでしていただかなくても……」

「受けた恩には礼を以て返す。それが王というもの」


 顔を上げた賢王さんの目は、真剣だ。……同じく顔を上げた冥王さんの方は表情が分からなかったけれど。


「あの賢者見習いに聞かれるなど御免ですからね。風呂の順番を納得させるのには苦労しました」

「あ――」


 合点がいく。さっきの悶着は、わざわざそのために。


〝風呂場に厳重な結界を張ったみたい〟

「貴女にちょっかいを出されるのを考えればそうでしょうね。しかし――」


 軽いやり取りののち改めて私を見る賢王さん。……なにか凄く、まじまじと見られているような気が……。


「――貴女の髪は実に綺麗ですね。どんなケアをしているのですか?」

「け、ケアですか?」


 突然そんな事を訊いてくる。……言われても思い当たることは特にない。私の髪は長いので、一応痛まないようにはしているけれど……。


〝肌もすべすべ。きめ細かい玉子肌、凄い〟

「め、冥王さん――」


 頬の上を滑る影の指。唐突な褒め殺しに何が起きているのか困惑する。……そうだ。ケア、ケア……。


「え、えっと。……そこまでお金に余裕があるわけじゃないので、ケアとかは特に――」

「――まさか、素でこれだと?」

〝……なんと〟


 私の返した答えが衝撃的だったのか、一瞬二人の動きが止まる。少し間を置いて。


「――どうです? これを機に、色々と試してみると言うのは。幸い私なら大抵の用品を揃えることができます」

「――え?」


 ――試す? 言う賢王さんの手元に現われたのは、なにやら高級そうなクリームの容器。お洒落なガラスの小瓶、複雑な模様の入った櫛。


「いえ、その――」

「分からなければ使い方なども教えてあげますし。なに、この賢王の恩人なのです。気にすることなどありませんよ」

〝賢王の教え方は上手。心配要らない〟

「えっと、そういうことじゃなくて――」


 迫りくる二人。……全然一言で済んでいない。心の中で助けを求めつつ。


 ――その後どうにか二人に戻ってもらえたのは、結局郭さんがお風呂を出る直前だった。



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