第八節 方針 後編
「僕らのような魔術師を始めとして、何かしらの特殊技能を持った人間……特殊技能者の大半は、どこかしらの組織に所属しています。三大組織しかり、凶王派しかり……」
王二人の方をちらりと見る。
「特殊技能社会で最大の勢力を持つのはこの二つですが、その他にも有象無象と言えるような様々な組織が乱立しています。それでも基本的に彼らは三大組織側か凶王派側、どちらかの立場を示していることが普通なのですが」
一旦言葉を切り、コップから水を飲んだ。
「中には例外的に中立を宣言し、それを認められた勢力があります。それが僕たちが『逸れ者』と呼んでいる技能者です。具体的に言えば――」
「――貴方たちの保護者とてそうなのですよ? 夜月東、レイル・G・ガウス、エアリー・バーネット」
言葉を挟んできた賢王を郭が睨む。そんな視線など、全く意に介していないような態度で。
「うち二人は元はと言えば三大組織側ですが……この三人は一線を退いた後ではどちらの立場にも与しないことを宣言し、『逸れ者』としての立場を明確にしていました」
……小父さんが、逸れ者。
話を聞いている中で形作られてくるイメージ。……俺の両親。蔭水冥希と紫音も、そうだったのだろうか。
「――ある程度の力量を持った技能者である場合、例え本人が中立の態度を示していようとも、結局はどちらかの組織に取り込まれるのが常識です」
今度は賢王から解説の立場を奪う形で郭が続ける。
「優秀な戦力になる人間を放って置く理由がありませんからね。対抗組織に取り込まれる危険性を考えれば、尚更の事」
「ならなんでうちの親父とかはそうならなかったんだ?」
「『救世の英雄』の称号は、ネームバリューが強過ぎましたので」
そう肩を竦める。
「特殊技能社会で誰もが知る功績を個人として確立してしまっている。そういった人間を意に背かせて取り込むことは、流石の三大組織でも足踏みするところが大きかった」
「中立の立場を示したとはいえ、私たちからすれば彼らの大半は元三大組織側」
回答を別の立場から補完してくれるのは賢王だ。
「過去に相応の被害を受けたこともあります。抜けたからと言って、直ぐに取り込めるような連中でもなかったのですよ」
「それはそうだろうな」
「そして、これは救世の英雄に限った話ではなく、逸れ者全体に言える話なんですが」
ジェインの頷きを受けて再び郭が説明を続ける。
「何より大きいのは彼らが個々でもある程度脅威になり得る力を持っていたという事実です。排除するにせよ取り込むにせよ、下手に刺激すれば却って仕掛けた側が被害を負い兼ねない。そういう判断が下されているからこそ、彼らは中立と言う不安定な立場を保てるに至っている」
……なるほど。
駆け足の説明ではあったが、何となくは飲み込めたような気がする。つまり――。
「賢王が知っている人物も、相応の実力者だということか」
「その通り」
我が意を得たりと言う様に頷いた賢王。
「そこの賢者見習いの解説にあったように、この時勢で中立を保てている技能者はそれだけでそれなりの力を持っているもの」
そこで意味有り気な笑みを浮かべる。
「ですが、私が会いに行こうとしている人物についてはわけが違います。《非存在のエリティス》との字名を持つ人物で、性格に難はありますが逸れ者の中でも――」
「――《非存在のエリティス》?」
やはり知らない。だが郭のその表情を見れば、賢王の挙げた名がそれなりの影響力を持つものであったことが分かる。
「本当ですか? あのエリティスと親交があるとは……」
「失敬な。賢王たるこの私が、味方に嘘を吐くはずがないでしょう」
気分を害したとでも言いたげな顔付き。……その発言は、全く信頼には値しないが。
「どんな方なんですか? その人は」
「……」
フィアの問い掛けに、暫し、郭は言葉を選ぶように沈黙した後。
「……逸れ者の中でも、かなり古くから名を聞いている人物です」
古く?
「僕は協会のリストで名前を見ましたが、師匠も支部長になったあとで彼のことを知ったと言っていました。少なくとも六十年以上前からその地位を保っている古強者」
――六十年。
それで言葉の納得がいった。それだけの長い間中立を保ち続けて来たとするならば、確かにそれは実力があるのだろう。だが……。
「それは――」
「それじゃヨボヨボのジイさんじゃねえか。大丈夫なのかよ?」
「心配せずとも、エリティスは年若い偉丈夫ですよ」
失礼ながらも的を射た発言をしたリゲルに答えるのは、見越していたような賢王の声。
「え? でもさっき――」
「……やはりその類いの手合いですか。貴女はそうなる前の彼と面識が?」
「私と出会った時は既にその状態でしたから。いつからかなど、そのような無粋な会話は私と彼との間では成り立たないのですよ」
また二人で話を進めている。今一つ話が見えてこない。
「類いの手合いってなんだよ」
「ああ、済みません。逸れ者は中立の技能者なわけですが……」
郭が俺たちの方を向く。
「その典型には協会の秩序を外れて禁呪・禁術を研究している禁術研究家がいます。そういった研究の代表格として、最も欲されているとされているのが」
「――不老不死」
意外なところから上げられた声。
「寿命がある限り時間は有限だ。だがもしそうしたものから逃れられるなら、無限に研究を続けることができるからな」
言葉と共に眼鏡を上げるジェイン。レイルさんから、その手の知識も教わっていたのか……。
「その通りです。尤も本物の不死までは彼らの間でも土台無理だと言われているので、大抵の場合は老化を克服した上での長寿、不老長生となるわけですが」
台詞が留まる。少し、考えるようにして。
「エリティスはその数少ない成功例と言って良いでしょうね。加齢とともに衰えていく人間も、老化がないのであれば話は別です。力量は寧ろ生きてきた歳月に比例し、そしてその分だけ扱い辛い技能者でもある」
賢王の方へ向けられる視線は、多分に問い質しを含んでいる。一分の抜かりも許さないように厳格なその目付きを。
「先ほど性格に難があると言っていましたが、協力を得る算段は付いているんですか?」
「でなければこんなところにまで来ないでしょう」
あっさりと切り捨てる。平然とした言の葉で、賢王は。
「算段はあります。この面子ならば猶の事」
「どういう意味ですか?」
「私が今此処で言わずとも、邂逅の時となれば自ずと分かりますよ。それはそれとして――」
話すつもりはないという意思表示なのか、強引に話題を逸らしてきた。
「驚きました。その若さ、賢者見習いと言う道半ばの身でありながら、冥王の隠匿技術を看破するとは」
述べ立てられたのは郭への賛辞。賢王にしては珍しく――。
「あの凡骨レイガスの弟子とは思えぬ如才振りです。誇っていいのではありませんか?」
「……僕じゃありませんよ」
そう思った直後に当然の如く入れられた嫌味。不味いのではないかと俺を含めた何人かの視線が集まる中で、郭は思いの外冷静な態度で答えを返していて。
「この近くを逃げていく無様な二人組を捉えたのは僕ですが、そのあと気配を消した貴女たちを見付けたのは彼女です」
「それは――」
「……貴女が?」
しっかり返しを入れての台詞に珍しく、半信半疑と言った面持ちでフィアを見やる賢王。またも凶王の注目を受けたフィアはええと、と少しわたついて。
「その、何て言うか、あの時はちょっとあの方向が気になって……」
「……ふむ」
〝むむ……凄い才能だね〟
「――あと、付け加えておきますが」
そこに来て唐突に変わる声の調子。刃物のような鋭さを秘めた郭の声音に、思わず背筋が凍るような錯覚を覚える。……これは。
「貴女がどんな才能に優れた人間だとしても、師匠を侮辱することは赦さない。その暴言のツケは払ってもらいますよ」
「……」
――氷の如く冷たい怒り。実力差に怖じることなく、ともすれば冷静さの徴とも理解できるその宣告はしかし、かつて決闘場で突き付けられた烈火のような怒気以上に恐ろしい何かを内側に包み込んでいる。無言のまま郭を見た賢王。その瞳に主立った感情の色は窺えない。……無理だ。
「……ッ」
「おい……⁉」
「郭……!」
考えるまでもなく肉体がそう結論付ける。二人の制止にも闘気が止まない。――郭は、本気だ。
〝……〟
割って入ることなど出来ない、真剣を交えるかのような空気。お茶を濁して一先ずの場を執り成そうなどという、そんな軽々しい動きを優に封じ込めるだけの緊迫が今の両者の間にはあった。賢王の応対次第ではこのまま殺し合いが始まってもおかしくなく、唯一の望みである冥王も動いてはいない。ただ目の前に一枚の紙片が落ちて来ただけ。……大分余裕があるなこっちは……‼
「か、郭さ……」
「――頭の固い老骨も、弟子に慕われるだけの分は持ち合わせていたようですね」
フィアが震える喉からどうにか声を絞り出した時、賢王がそう沈黙を破った。郭の宣告を端から聞き流したかのような台詞に振り向いたフィア。膨れ上がる怒気に、これから始まる惨状を思い描き――。
「仲間の言い分なら、これ以上は止めておきましょうか」
「――……」
だが続けて発されたその言葉に、郭の放つ殺気が爆発寸前といったところで治まったのが分かった。
「……そうして下さい」
数瞬の後。まだ低さの残された声で郭が告げる。その頃にはもう――。
「……ふう」
「……どうなることかと」
「話を戻しましょうか」
二人の間の緊迫感は完全に拭い去られていた。どことなく安堵感が漂う中、早くも冷静さを取り戻したと思しき郭が続ける。……切り替えが早すぎる。
「アポカリプスの眼、レジェンド、『永久の魔』、そしてヴェイグ・カーン」
気疲れを覚える前で挙げ連ねられるのは俺たちが対峙する相手。……倒さなければならない、相手。
「彼らを止めることは今此処にいるメンバーだけの力では不可能です。どこかしらに協力を仰ぐ必要があることは明白。候補としては……」
三本。立てた指を、順番に折って数えていく。一本目。
「――まずは魔術協会を始めとした三大組織。総力戦を経た今どれほどの戦力が残されているかは分かりませんが、協力を取り付ける労力は最も少ないはずです」
俺たち全員を見回し、次いで二本目の指が折られる。
「次に当たるべきなのは逸れ者。生憎僕たちの側では繋がりがありませんが、これについては取り敢えず《非存在のエリティス》を数に入れましょう。そして――」
最後に残った指が折られたと同時。それが本命だと言うことを示すように、郭の双眸が王二者を射抜いた。
「貴方たちがいるならば、反秩序者たちに声が掛けられる」
嫌悪を振り切るように強く言い切られた台詞。
「凶王以外にも中には腕利きの技能者がいるはずです。協力を仰げれば越したことはない」
――反秩序者。三大組織の提唱する秩序に異議を唱える、無法者たちの集団。
「まあ確かに。私と冥王がいれば、少なくとも残された反秩序者たちを掻き集めてくることは可能でしょう」
レイガスからはそう聞かされていた。少し緊張もあるが、今俺たちには凶王二人が味方として付いてくれている。反秩序者たちとの協力を模索するのに、これ以上追い風となる条件はないだろう。きっと。
「魔王派、覇王派の連中はごねることでしょうが、その時は脅してやれば済むことです。一旦連れ出せば直ぐに現状を思い知ります」
暴力的――もとい頼もしい言葉。また随分と強引な手法だが、今はとにかく頼りにできるだけの味方が欲しかった。
「大丈夫なのか? それで」
「ええ。心配など要りませんよ。元より属する派が一つ違えば他人同然。あくまで三大組織に対する自己防衛として固まっているようなものですし」
「話には聞いていましたが、そこまでですか。つくづく貴方たちも纏まりがありませんね」
「組織ほどではないでしょう。いつ寝首をかこうかと互いの顔色を窺っているくせに良く言います」
〝話のペースが速くて着いていけない……〟
「……ドンマイ」
「なにがですか?」
落ちてきた紙片。浮かんできたしょんぼりした情景に、ついそう言ってしまい。
「――まあ、今の話についてですが」
丁度同じそのタイミングで賢王が話を戻す。
「大体は纏まっていますが、見落としがありますね。最も重要な点が抜け落ちているではありませんか」
「……見落とし?」
「ええ」
言い切った賢王の目が――スッと静かに流され、俺たちを見遣った。
「――この四名に、戦えるだけの力を付けてもらうことです」




