第五.五節 用意
「――行くのか?」
暗闇の中から掛けられた声。それだけで心の臓を竦ませるが如き重圧を持った声に、男――ヴェイグは脚を止めて振り返る。見通せぬ邪気の立ち昇るその姿。
「まあね。――抵抗するのに主立った戦力は、これで大体を潰し終えた」
――永久の魔。最古最強と呼ばれたその姿を正面から目にしつつ、ヴェイグは応える。穏やかに相対するその面持ち。
「残る人員で目ぼしいのは逃げ延びた凶王二人。それも彼女に向かってもらったからね」
「……あの小娘にか?」
「貴方からすればそうだろうけど、彼女は優秀だよ。紛れもないレジェンドの一人、実力はお釣りが来る」
その声音、仕草に気負いなど微塵もない。圧倒的な力を持つ脅威を前にして世間話でもするかのような気楽さを湛えている様は、余人から見れば理解の遠く及ばない、別次元での事象であったに違いない。
「他は『アポカリプスの眼』に任せておけばいいとも考えているんだ。――彼らには全員、それくらいの力はあるよ」
「……」
永久の魔は答えない。この自分が他者の力について何を言おうが詮無い事だと、話の途中でそのことに気が付いたからかもしれなかった。
「禁忌領域についてだけど……話した通り、あれは管理者を殺すには不可欠なものだからね」
その音無しを踏まえて、ヴェイグは空気を読むように自らの方から話題を提供する。
「余裕のある内に取得しておくに限る。時間は掛かるだろうけど、万一の際の留守は頼むよ」
「……管理者は」
敢えて頷くことなどしない。そのような些末事など、永久の魔にとっては取るに足りない。
「――なぜ動かない?」
「本意については分からないが……多分、まだ事態に猶予があるものと見込んでいるんだろうね」
鋭く放たれた問い掛けに、ヴェイグは今度は少し、思案するような間を持ちながら言う。
「過去二回の脅威の際にも管理者は動かなかった。……想像するに、人の手が潰えるのを待っているのかもしれない。管理者と雖も全てを把握しているわけではないだろうし」
「私が復活を遂げたのに、か?」
「復活しただけで本格的な動きは見せてないからね。世界の本当の危機にのみ管理者は動いてくるはずだ。どの道――」
告げるのは結論。
「禁忌領域の力を修めれば間違いなく干渉があるよ。……その時こそ、僕たちの悲願が叶う時だ」
その最後の言葉は永久の魔へ向けられたのでなく。まるで、自分自身に向けて漏らした呟きのようだった。
「――それまで英気を養っておくよう頼むよ」
一瞬の間隙の後。打って変わって、ヴェイグはまた人付きの好い口調と表情とを取り戻す。
「管理者の干渉の中で動けるのは、恐らくは僕と貴方の二人だけだろうから」
「……ああ」
「――じゃあ。また、なるべく早いうちに」
会おう、と。そう言ってヴェイグは踵を返す。去っていく後ろ姿が消え、一人残された脅威。
「……」
光のない洞窟の中、瞳を閉じ。
最古最強の脅威。永久の魔は、静かにその時を待ち始めた。




