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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第一章 新しい日々の始まり
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第十四節 ミッション開始

 ――休憩後。


「……」


 徐々に混み始める喫茶店をあとにした俺とフィアがまず来たのは、家電売り場。ベッドや棚などの必須かつ大型となる家具は殆んどが揃っているが、家電については幾つか足りない物がある。掃除機や電子レンジなど、まずはそこから見て行こうという算段。綺麗に並べられた商品たちを見ていき……。


 ……どれがいいのか。


 普段はこうした買い物になど来ない。小父さんとデパートを回ったのは大分前。箒と塵取りを振り回して埃と格闘している小父さんの姿を見かねて進言し、俺の方が連れて行くような形で買いに行ったのだが。


 十年前(あのとき)とは商品事情が流石に大分違っている。俺にとって馴染み深い形のものから、コードのない充電式のもの、棒状のもの、片手でも扱える小型のもの、果ては自律式の円盤まで。


 形が同じでもパック式、サイクロン式などで違いがあるようだ。……それぞれ違いがあるというのは分かるのだが、それがどんな風に実際に作用するのか……。


「――」


 歩き回り、説明書きや外見を見比べ、手に取って重さなどを確かめていたところで、ふと気付く。……いない。


「……」


 フィアが。はぐれたのかと慌てるより先に、見回した視界に映り込む姿。俺の後ろに着いてきていたはずのフィアはいつの間にか、一つ離れた列で掃除機をじっと見ていた。近付く俺にも反応がなく、どこかぼうっとしているような眼差し……。


「……どうした?」

「えっ? ――あ、いえ、あの……」


 何かあったのか? そう思って尋ねてみるが、あやふやなフィアの返答は要領を得ない。立ち位置をずらして戸惑っているフィアの身体に隠れていた掃除機を見てみる。……何の変哲もない、小父さんの家で使っていたのと同じような、スタンダードな形のものだ。


「これを見てたのか?」

「……はい。何となく、気になってしまって……」


 肯定するフィアの声を受けて今一度説明書きをよく見てみる。……性能は悪くなさそうだ。値段も見た中では中くらいで、想定していた予算の中にすっぽり収まる。思えば……。


 このタイプの掃除機を使っていて特に不満を感じたことはなかった。アタッチメントも充実しているようだし、これ一つで色々なところの掃除に使える。外れを避けるという意味でも悪くないのかもしれない。


「すみません。その……」

「……いや」


 謝ってくるフィアに応えつつ考える。いつまでも迷っていても仕方がない。この辺りが決め所として妥当だろう。


「これにしよう」

「えっ?」


 戸惑っているフィアの前で店員を呼ぶ。値段などについての説明を受け、会計を済ませた。





 ――それから調理器具、ハンガーなどの必要品を順々に買い揃え――。


「……ふう」


 大方の買い物を済ませた俺たちは、エスカレーターで上の階へと上がっていた。俺の手には大きな三つの買い物袋。掃除機などの大型の品は後日配送して貰うよう頼んであるので問題はない。一段低い段に立って下を見ているフィアを眺めながら、小さく一息を吐く。……あのあとも。


「……」


 あとを着いてきているはずのフィアは時折、俺とは別の場所に立っていることがあった。大抵はそれほど離れていない、探せばすぐ見つかるような場所。その度に、目の前にある商品を見つめているのだ。明らかにおかしな行動だが。


〝えっと、何となく、これが良いような気がして……〟


 何度目かに突っ込んで訊いたフィアの説明によればそういうことらしい。俺の方でも確認したが、確かにフィアの見ていた商品は同種のものと比べてバランスの良さそうな、正に俺が探していたようなものばかり。選び方が分からずに迷っている俺に回答を与えてくれるような形になるため、今袋に入っている品の多くはフィアが見ていた物になっている。思わぬ特技と――。


「……」


 そう言えるのだろうか。フィア自身もよく分かっていなさそうなのが気になるが、もしかすると無くしている記憶に関係があるのかもしれない。家電売り場で働いてでもいたのだろうかと、そんなことを取り留めなく思いつつ上がり終えた先は五階。黄色身を帯びた柔らかな照明が広がる光景はファッション、女性服のフロアだ。


「――」


 ――さて。


 意気を改める。ここまでは回るのにも気楽なところばかりを巡って来たわけだが、フィアの生活用品を揃える目的で来た以上、避けては通れないフロア。なるべく自然な動作に見えるようにと願いつつ、一つ深呼吸をして振り向いた。――まずは。


「どこから見たい?」

「ええと……」


 着る当人の希望が肝要だ。問われたフィアはすぐ傍にあった地図を目にする。……店名を見ても分からないと見えて、少し前に出つつきょろきょろとフロアに広がる各々のエリアを見回し。


「あそこのお店から行っても大丈夫でしょうか?」

「――分かった」


 指し示したのはその内の一店。……落ち着いた親しみやすい雰囲気。いかにもと言った高級ブランドではなく、俺たちが入っても大丈夫そうな店であることを確認して頷きを返す。できれば一人で行って買ってきてもらいたいところではあるが、これまでのフィアのどことなく不安気な様子を見ているとそうもいかない。


 大体会計をするのは俺だ。仕方がないと自分自身に言い聞かせながら、フィアと並ぶ形でスペースへ向かう。……次第に。


「……」


 鮮明に見えてくる店内と、見るも綺麗に並べられた女性服の数々。間近に見えるそれらの彩に嫌でも場違いという感覚が走る。……緊張に早まる鼓動を押さえつつ、境界線を踏み越えて中へ。俺が入らなければフィアも入らないだろうというその事を意識して、なるべく平静を装った状態で前へと足を進めた。


「……ふぅ」

「……ええと」


 小さく息を吐いて溜まりそうになる緊張を追い遣る。俺のあとに着いて中へ入ったフィア。……またしてもきょろきょろしている。服の数が多過ぎて目移りしてしまうのか、あちらこちらへと動いて止まない視線。その姿に。


「好きなものを選んでくれればいい。……五着くらいあれば足りるか?」


 言いつつ確認したのは手近にあった服の値段の札。……やはりそこまで高くはない。昨日『ギムレット』で買ったパジャマの大凡三分の二ほど。それでも痛い出費には違いないが。


「……ありがとうございます」


 この場での遠慮は無用だと分かったのか、素直に応じてくれるフィア。慣れてきたのか徐々に落ち着きを取り戻し始めた視線を止めて、ゆっくりと一つの棚へ近付き――。


「――何かお探しですか~?」

「――きゃっ!」

「っ……」


 その陰から唐突に現われた女性の店員に驚いて、膝を曲げるようにしながら後ずさった。様子を見ていた俺も弾みで少し驚かされる。……完全に腰が引けているな。


「あ、あら……すいません。驚かせるつもりじゃあ、なかったんですけど」


 店員も逆に俺たちの反応に戸惑ったようだ。出てきたところでいきなりこんな風に引かれれば、そうかもしれない。腰を引いたまま固まっていた姿勢を、フィアはゆっくりと崩しつつ。


「い、いえ……こちらこそ済みません」

「いえいえ。――何かお探しですか?」


 改めて訊いてくる店員に、あ、その……と、言葉を濁してしまっているフィア。完全に委縮……緊張してしまっている。フィアのその態度を見て、気遣うように。


「もし何かこんな風な、とかがあればお手伝いしますよ。――それが仕事ですので、ご遠慮なく~」

「……じゃ、じゃあ……」


 にっこりと笑顔を差し向ける店員。流石と言うべきか、あのやり取りのあとで見事なものだ。それに応じておずおずと、フィアも首を縦に振った。……よし。


「ではでは。どんな洋服がお好みですか~?」


 これでミッションは半ばクリアしたも同然。会話のメインとなるのはフィア。俺一人で行った昨晩と違い、本人が来ているのでそこは楽だ。あとはもう店員と話して好きな服を選べばいいだけなので、正直俺はいなくてもいいんじゃないかと思うくらいだが。


「あんまり、派手ではない感じで……あとは、余り高くないものを……」


 人見知りしているのか、明らかにまだ緊張の解けていないフィアの様子。時折いることを確かめるようにチラリとこちらに送られる視線を見ていると、流石に席を外す気にはなれなかった。……何ができるわけでもないが。


 取り敢えず黙って居るだけならそれほど面倒なことでもない。退屈ではあるが……。


「でしたら~、この中からなら、どれがお好みですか?」

「えっと……」


 この様子ならさほど時間もかからないだろう。フィアの要望を聞いて素早く周囲の棚を回ってきた店員の手から、絞り込んだ候補が順番に置かれる。フィアはその一つ一つを慎重に手に取り、真剣な眼で懸命に眺めて。


「これと……これ、あと、これです」

「分かりました。――じゃあ、試着してみましょうか~!」

「え……」


 再び警戒を解くための笑みを浮かべる店員。それとは全く対象的に、はいどうぞ~と手渡された洋服を持ったまま、一瞬茶運び人形のように硬直するフィア。……どうした。


「重さとか着心地とか、実際に来てみないと分からないことも多いですからね」

「そ、そう……ですよね」


 尤もな言葉に抵抗を諦めたのか、連れられて試着室へと向かう。落ちた肩は縄で引きずられていく囚人のよう。助けを求めるような背中越しの視線に釣られて、仕方なしに俺もあとへと続く。……嫌なのか。


「こちらになります。じゃあ、着替え終わりましたら教えてくださいね~」

「は、はい」


 少し意外だが。人前で着替えた姿を見せるというのが恥ずかしいのかもしれない。フィアがブースに入ると共に、店員に引かれた厚手のカーテンが閉じられる。訪れる静寂。これでひとまず落ち着けるか――。


「彼女さんですか~?」


 そう思った直後に店員から話し掛けられる。……フィアが着替えている間はあちらも手持無沙汰なのだろうが、面倒なことこの上ない。話題も相俟って。


「いえ……そういうわけでは」

「あら、そうなんですか。お洋服を買ってあげるなんて、優しいですね~」

「……」


 相槌は打ちたくないというより、打てない。自分が優しいなどと毛ほどにも俺は思ってはいないし、優しくなどありたくはないとさえ思っている。……ただ俺は、決めているだけだ。


「……そんなことないです」

「えっと、こ、こんな感じで……」


 本当に伸ばされた手を払わないことを。返答としてそれだけを絞り出した丁度そのときに、不安気な声と共にフィアのいるブースのカーテンが内側から開かれる。奥から現れた姿――。


「……っ」

「わあ~! すっごく似合ってますよ!」


 目を惹かれる。……確かに。


 似合ってはいる。服の意匠は可愛さを前面に押し出したものではなく、どちらかと言えばシンプルな感じだが、それが却ってフィアの控えめな素振りに合っている感じだ。……こんなことを言っては悪いのかもしれないが。


 ピッタリだと言える。少なくとも俺から見れば。


「どうですか? 着心地とか~、サイズとか、動き易さとかは」

「あ、はい。ええと……」


 質問に対してフィアが述べる答えを聞き、ふむふむ、とメモに書き止めていく店員。先ほどから堅実な仕事ぶりを見ているにも拘らず、喋り方のせいで適当なようにも思い兼ねないのが恐ろしい。そんなことを思う俺の傍ら、店員は書き終えたメモを片手に手近な洋服の陳列を幾つか見回し。


「それじゃあ、次はこれで行ってみましょう。どうぞ~」


 前以て用意していたのとは別の洋服を渡している。受け取ったフィアが再びカーテンの奥へ引っ込み、訪れる静寂。先ほどと同じパターン。


「でも、本当に綺麗な方ですね~」


 それに沿って話し掛けてくる店員。……そこまで同じでなくてもいいという、届かないであろう願いを胸に小さく息を吐く。


「お化粧とかはしてないみたいですけど、凄く整ったお顔ですし。初め見たとき私、モデルさんが来たのかと思っちゃいましたよ~」

「……そうですか」


 幾分大げさな台詞。客へのリップサービスも含まれているのだろうとはいえ、女性である店員からしてもフィアはやはり相当に可愛い方であるらしいということは伝わってくる。……スタイル抜群というわけではないので、モデル、とは少し的外れなような気もするが。どちらにせよ、俺にとっては余り喜ばしいことでも――。


「え、えっと……」


 ないと。そのタイミングで届いてきた、カーテンの開く音に顔を向ける。こちらも同じように、新しい服を着たフィアが姿を見せているはずだが。


「……?」


 なぜかフィアはカーテンを少しだけ開け、顔だけを隙間から出している。何か不都合があったと判断したのか、素早く速足で近寄る店員。耳に手を当てて。


「……こういうのは、ちょっと……」

「あ、あら~、そうでしたか」


 ともすれば消え入るくらいの声量で交わされる会話。……耳を澄まさずとも聞こえてしまっている内容からするに、どうやら薦める服のチョイスを間違えたようだ。医者の不養生……と言うべきか。気のせいか頬を赤くしたフィアの耳打ちに、一瞬だけしまった、というような表情になりながらも。


「済みません。面目ないです……。では、改めてこちらの方を――」


 棚へと手を伸ばした店員は直ぐさま次の候補を手渡している。……用意が良いな。再び閉じられるカーテン。姿勢を正した店員が俺に話し掛けることもしないで見守る中、微かな衣擦れの音のあとでカーテンが開く。どうやら。


「……大丈夫でしょうか?」

「あ、はい。結構いい感じです……」


 失態は無事取り戻せたらしい。今度の服もまた似合っている。しっかりと着替えられたことにホッとしたような顔で良かったです~、と言う店員の前で、言葉通り気に入ったのか、改めて鏡を見ているフィア。背中の方を見たり、軽く裾を摘まんで生地の感触を確かめたりなどすると、次いで俺の方へと視線を送ってくる。……なぜか。


「どうですか~? お連れ様」

「……本人が良いならそれで」


 続けざまに振られた伺いにそう答える。フィアが選んでいる服はどれもワンピース。簡単かつ質素な感じではあるが、普段着にするならこれくらいの方が楽で良いのかもしれない。始めに言っていたように、値段を強く意識してのことかもしれないが……。


「では、第一候補ということで。……因みに、今日は何着くらいお求めの予定でしょうか~?」

「あ、できればその、五着くらい……」


 ――なんにせよ、どうにかなりそうだ。


 店員とフィアが言葉を交わす光景を目にして。安堵の情と共に、俺は目の前の二人から視線を逸らした。



 ――その後。



 服の買い物は無事終わり。流石に下着売り場には入れなかったので、フィアに必要な金額だけを渡してエレベーター前で待つことにした。……他にも買い物の連れと思しき人たちが待っているのを横目にしつつ、ぼんやりと。二十分ほど掛かりはしたものの――。


「お、お待たせしました……」


 紙袋を手にフィアは無事戻ってきた。幾分ぎこちない態度で合流を果たしたのち、事前に用意しておいた買い物リストをチェック。足りない物や抜けがないことを確認して。


 ここまで来ればあと少しだ。事前に用意しておいた買い物リストをチェックすると、俺たちは足りない物を買いに、階上へと向かっていった。


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