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第三節 生き残りし者

 

「ここは――」


 上体を起こす。……見慣れた内装。ここは、協会の治癒室……?


「……うっ」


 更に身体を動かそうとして、肩の痛みに気付く。……衣服の下に巻かれているのは、治癒の術式を施された包帯。これもまた葵のよく知っている備品だ。


「あ――」


 声に顔を向ける。視線の先にいたのは、治癒師の一人である若い女性。


「あ、葵様……!」

「……」


 表情から読み取れるのは驚愕と感激。葵が目を覚ましたことに衝撃を受けている様が見て取れる。


「……どうして私はここに?」

「あ、はい。ええと――」


 葵の問いに、治癒師は困惑したように目を泳がせ。


「す、直ぐに支部長殿を呼んで参ります!」


 そう言って、一目散に部屋の外へ駆けだして行った。 


 ――数分後。


「――よう」

「……起きられたのか」


 軽い挨拶と共に部屋に入ってきたのは、田中支部長と上守支部長の両人。相変わらずの髭面。どこかほっとしたような上守支部長の表情を見て、微かに安堵に似た感覚を胸中に覚える。


「気分はどうだ?」

「……悪くはありません」


 随所の調子……爪先から手の指までが動くことを確認して、答えた葵。


「多少の気怠さと強張りはありますが。充分に動ける範囲です」

「まあ、あれからまだ一日しか経ってねえからな」


 一日――。


 その言葉で急速に脳裏に思い起こされてくる情景。三千風零との戦い、そして――。


「……戦いは」


 自分でも硬さが分かる声で問う。


「戦いは、どうなりました?」

「……」


 受けた二人。田中と千景は、共に一拍の間を置いて。


「――完敗だ」


 そう、はっきりと千景が告げた。


「あのあと出てきた『永久の魔』に。……私たちは、逃げることしかできなかった」

「……」


 重苦しいその表情に。葵は、言うべき言葉を見付けられないでいる。


「……そう、ですか」

「――此処で良いの?」


 聞こえてきた声。覚えのあるその声の主に、思わず顔を向ける。


「――范支部長」

「はい葵。久し振りね」


 扉から入ってきたのは范立慧。『アポカリプスの眼』による協会襲撃時、蔭水冥希による重傷を負わされ、療養していたはずの。


「……傷はもう良いのですか?」

「まあね。万全じゃあないけど、この状況下で悠長なこと言ってらんないでしょ」


 って言うか今正にベッドに寝てる人間に言われると変な気分ね――と、平然とした顔で近付いてきた立慧は述べる。……その立ち姿も歩き方も、少なくとも無理はしていないように葵には思えた。


「事情は千景たちから聞いたわ。『永久の魔』が復活したってことも、三大組織の側が壊滅したってことも」


 事の重大さを噛み締めるように言う立慧を前にしつつ、先ほどから葵には気になっていた。今この場にいておかしくないはずの人物の有無。


「レイガス様は?」


 口に出す名前は今や最後となったはずの四賢者。リアたちが留守にする間、本山を任されていたはずである人物の名だ。レイガスだけでなくその弟子である郭もいるはず。事態がこうした運びを見せた以上。


「……あんた、立てる?」

「……ええ」


 リアクションがあって当然のはずだ。そう思う中で返された、答えにならないはずの問い掛けに内心戸惑いながらも頷く。


「――立慧」

「分かってる。でも、見せた方が早いでしょ」


 物言いたげな千景を押し留め。ベッドから出した両足を付いた葵に、立慧が促した。


「こっちよ。着いて来て」









「……」


 立慧に先導されて歩くこと数分。


 目に映る光景は葵も勿論よく見知っている、……今歩いているのはホールへと続く通路。この先を曲がれば吹き抜けのある空間が広がっている。そう思いながら、角を曲がった直後――。


「――⁉」


 予測を百八十度裏切る光景が葵の目に飛び込んでくる。……ホール全体に見られるのは亀裂、陥没、皹割れ、明らかな破壊の跡。そして強烈な残留魔力と――。


 随所に飛び散っている、鮮烈な血の跡だった。


「……これは」


 動揺。穏やかでない心境の最中でなお葵はそれを確認する。……乾き切りこびり付いた大量の血痕は、例え明確な知識がなくとも致死量と思うに充分な濃度と広がりを見せており。


「私たちがここに来たとき」


 押し黙るしかない葵に向けて。最初の目撃者と思しき千景が、口を開いた。


「レイガス様は血溜まりの中で動かなくなってた。……酷いもんだったよ」


 語られる情景を想像して、思わず込み上げてくる何か。


「全身がズタボロに刃物かなにかで引き裂かれて、最初は見分けるのも苦労した」


 ……まさか、まさか。


 足元が揺らいでいくような感覚。秋光の側仕えとして勤め上げてきた葵でさえ――いや、秋光の傍にいたからこそ、彼と反目するレイガスの力量は事ある毎に理解していた。……傑物揃いの四賢者の中にあって決して才気溢れる人物ではなく、しかしそれ故に最も固く厳密さを持った術師であるのだと、そう葵は見て取っていたのだし、思わされてもいた。揺らぐことなしと信じていた柱。


 それが、まさか……。


「……それと」


 葵の様子を慮りつつ、千景が更に言い出した何か。


「あいつらがいなくなってる。全員な」

「……蔭水黄泉示たちですか?」

「郭もよ」


 千景があいつらとそう呼ぶ、心当たりは一つ。付け加えたのは立慧。


「ゲートに使用した形跡があったの。多分襲撃の際に近くにいて、協会の外に逃げたんだと思う」

「では――」

「無事だってことね。まあ、多分ではあるけど」


 ――それでも紛れもない朗報だ。


 最後の四賢者であったレイガスが殺された今。賢者見習いである郭は協会にとって失えない貴重な戦力となっている。秋光の補佐官、レイガスの弟子。互いに言葉すら交わさぬ淡泊な間柄ではあったが、今はその生存が葵にとっては素直に喜ばしかった。首の皮一枚で繋がった、というような、そんな瀬戸際の安堵感さえ覚えるほど。


 あの四人。協会に保護されていた彼らが逃げ延びたと言うのも、決して小さなことではない。何れも奇特な才能の持ち主。経験と力量に不足はあれど、用い方次第ではやはり軽くない戦力になるであり、それ以上に。


「それで、急な話だけど」


 葵の思考を、立慧の発言が遮る。 


「レイガス様が亡くなって、賢者見習いである郭も今はいない」


 葵は理解する。その発言の方向性。


「今協会の指揮を執れるのは、――葵。あんたよ」

「……」


 葵とて分かってはいた。


 目覚めてから告げられた事実を整理して行けばおのずと明らかになる事柄。……そうは言っても逡巡があった。自分は……。


 葵はあくまでも特別補佐官だ。これまで秋光の賢者としての業務をサポートしてきたことは確かだが、傍から眺めるのと当事者になるのとでは全くの事わけが違う。寧ろその内容を知っているからこそ圧し掛かってくる。仮初めとは雖も、この魔術協会の上に自らが立つ重責――。


「――ま」


 千景が軽く息を零す。


「誰もこんな状況で全部上手くやれるなんて思ってないだろ。遊び半分じゃ勿論困るが、気楽にやれば良いんじゃないか?」

「そうだな」


 相槌を打つのは田中。


「櫻御門なら、大丈夫だろうよ。いざって時はまあ、ウケのいい格好でもして上目遣いで謝りゃ――」

「そうね。その時は一緒に服でも選びに行ってあげるわよ」

「――っておい、マジか」

「半分だけね」


 目の前で繰り広げられる遣り取り。それに少しだけ気持ちを楽にされたような感触を覚え――。


「……まずは現状の把握に努めます」


 取り戻した冷静さで。そう言って三人に目を向ける。


「聖戦の義、執行機関の面々がどうなったか貴方たちは把握していますか?」

「逃げるので必死だったし詳しくは知んねえよ。ただ、俺たち以外に船で脱出しようとしてた奴らはいなかったな」

「途中で会った連中は死ぬ気だった。……恐らくだが、私たち以外に生き残ってる連中はいない」

「……そうですか」


 聖戦の義、執行機関の幹部陣の壊滅――。かつてであれば垂涎の情報として響いただろう内容も、今となっては気落ちに拍車をかけるものでしかない。自身の変わり身の早さ、利己的な態度に葵は内心で苦い感想を漏らす。彼らはあの場で身命を賭して戦った。それだけでも、敬意を表するに値する。


「であれば確認が必要ですね。後ほど両組織に連絡を入れましょう」

「郭たちはどうするの?」


 ――それもまた問題だ。ゲートを使用したならある程度の行先は分かるといえ、隠れ潜んでいるだろう彼らをすんなりと見付けられるとは思えない。やや穿った想定ではあるが、葵たちの動きに敵方が合わせてくることも充分考えられる。郭たちの具体的な状況が見えない中で不用意な行動は避けたかった。


「向こうから接触があるのを待ちましょう。私たちは、下手に動かない方が良い」


 居場所も分からない郭たちと違い、葵たちのいる魔術協会は厳然として此処に在る。敵方の目を出し抜けると信じ、待つ方が得策。


「支部への通達は行いましたか?」

「まだよ。あんたが眠ってるのに勝手にんなことできないっての」


 立慧の返し。……千景はそうだろうが、立慧や田中なら充分に可能性はある。そんな考えはあくまで胸の内に留めておく。


「分かりました。では私の方から残りの支部長には通達しておきます」

「協会員への開示はどこまでする?」

「本山内は致し方ないと言え、支部まで情報が出回れば他に嗅ぎ付けられるかもしれません。混乱を招かない為にも支部長で今回の件は止め、業務も通常通り稼働してもらうつもりです」

「……まあ、勘付かれるわけには行かないわよね」

「だな」


 葵の答えに頷く二人。反秩序者や魔術犯罪者など、協会には敵として扱わなければならない者たちも多い。仮に協会がこのような現状にあることが知られてしまえば、それらの勢力は嬉々として各地で日頃の鬱憤を晴らしに掛かるだろう。仔細は分からないが聖戦の義、執行機関も恐らく同様の被害を受けたと思える今、そのような事態を招けばアポカリプスの眼に対抗するどころではない。何もかも破綻してしまう。


「本山各部署、設備の被害状況を纏めてきて下さい。手数ではありますが」

「はいはい。分かってるわよ」



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