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第二十六節 幹部の運命

 

「く……」


 過ぎ去った衝撃にリアは首を振る。……圧倒的な破壊の跡。


「――無事かいあんたら‼」

「……叫ばなくとも聞こえている」

「そう大事ではありませんが」


 島の半分にまで及んだ瘴気の波。最初に上げられる声は推測の通り、緋神景時、そしてアイリスが応えている。……割れ砕け散乱した地表の影から姿を現した二人。出で立ちが乱れ掠り傷程度の損傷を負ってはいるものの、その他で特に目立った問題はない。リアと同じく最小限の力だけを使って己の身を守ったようだ。


「いやはや……これが、『永久の魔』ですか」

「……く……ッ」

「大丈夫ですか、玲華サン」


 続けざまに瓦礫の中から姿を現すのは聖戦の儀のメンバー。幹部であるフェイディアスの盾により致命傷を免れた状態。それなりの損傷は負っているが全員が無事。そして――。


「……おお⁉ ここは⁉ 吾輩は⁉」

「……ここは」


 同時に近くで身を起こすのはアル。……ネイ、それに、救世の英雄の二人。


「……空間魔術か。有り難い」

「何人かは拾っといたよ」

「……礼を言う」

「感謝します。ファレル殿」

「別にいいさ。あんなところにいたんじゃ、命が幾つあっても足りやしない」


 ――【空間転移】。十八番とするそれにより、リアは危険域にいる組織側の人間をなるべく近くにまで引き寄せていた。具体的には永久の魔の近く、高台にいたバーティン、レイル、エアリー、ネイの四人。距離と直前の消耗からして、あの一瞬ではそれともう一つを行うのが精々だったが。


「……」


 感知できる範囲で欠けた人間はいない。あの『永久の魔』の攻撃に対してはそれだけでも僥倖と言えた。……例えそれが、撫でるに等しい粗雑な一撃であったとしても。


「……転移法での離脱は?」

「無理だねい。今になって島全体に妨害用の結界が張られてるし、幹部のあたしらを逃がしはしないだろ。どの道」


 息を吐く。……恐らくは時限式。そうでなくとも【ラストステージ】が解除され、【魔滅の王】に魔力を注いだ今では先ほどの分が既に限度。支配級の風系魔術に頼るしかない。


「望みがあるとすりゃあ、乗って来た船に近い連中さね。それ以外は――」

「……挑まざるを得ないと言うことですな」


 重々しい中にもでき得る限りの剽軽さを出して、ファイディアスが言う。……なおも自分たちを見下ろしている、永久の魔を見据えながら。


「あれに。……全く、神も酷なことをなさる」

「……嫌な役回りですね」

「仕方がないさ。こうなった以上は」


 続くエアリーとレイル。場に訪れかけた諦念の如き空気を。


「――我らは使徒」


 ヨハネの口にした言葉が払拭する。


「この身と心とは全て信徒の安寧のため――退くことなど許されません。……元より」

「そうですね。最後にひと踏ん張りいきましょう、玲華サン」

「……ああ」

「――来るぞ!」


 緋神が吠える。永久の魔が平地に降り立つ。響き渡る重音と共に、大地に入る深き皹。


「――行くよ‼」


 リアの声を機に。振り向かぬまま、彼らは駆けた。








 

「く……」


 混濁する意識の中。


 千景はどうにか身体を起こし、状況を確認しようとする。……周囲に広がっている破壊の痕跡。


「……櫻御門!」


 直ぐ傍に倒れ伏した仲間の姿を見付け、思わず駆け寄る。


「おい……しっかりしろ……!」

「……」


 葵は答えない。……飛んできた瓦礫にぶつけでもしたのか、その額には真新しい打撲の痕と染み出る血液が纏わりついている。脈はあることからして一命は取り留めているようだ。


「……他は――?」


 周囲を見渡す。……竜巻が駆け抜けたかのように散乱する瓦礫。大地にはあちこちに亀裂が走り、異常な力で砕き割られたかの如く断層を作り上げている。――誰もいない。自分たちと同じく戦っていたはずのメンバーが、誰一人として――。


「……よう」

「っ、田中⁉」


 届いた声に顔を向ける。杖なしでもどうにか自分の身を守ったのか、岩陰から這い出してくるのは大怪我の見られない田中。腕に刻まれた裂傷をいちち……と。


「ったく。袖が裂けちまったぜ」

「――良かった無事で。他の連中が――」

「そうだな……。――いよし、逃げるぞ」

「――は⁉」


 唐突に言われた台詞に混乱する。


「櫻御門は俺が運ぶ。最速で船まで戻りゃあ、逃げ延びる目があんだろ」

「逃げるって……おい、田中⁉」


 言いつつ葵を抱え上げ、歩き出そうとした――田中に千景が上げるのは、抗議の声。


「冗談言ってる場合じゃないだろ! リア様たちが――」

「――よく見てみろよ」


 それを受け流すように、田中はしゃくる顎で促してくる。


「ズタズタになっちまってて分かり辛えが、ここはさっきまで戦ってた場所じゃねえ。岸の近くだ」

「ッ――⁉」


 言われて周囲を見回す。……景色は依然として変わらない。だが吹き付けてくる風には確かに、僅かに潮の匂いが交ざっているような気がした。


「なんで……」

「――婆さんの転移法だろ」


 千景の逡巡に対し、ズバリと田中は回答を告げる。


「俺たち三人を逃がしたんだ。この状況を見りゃ嫌でも分かる」


 田中が見回す景色。今し方千景も目にしたそれらは、圧倒的な破壊。……これを、あの永久の魔が起こしたのだ。


「ここでこれ以上踏ん張っても無駄死にだ。俺たちは、生きなきゃならねえ。先のことを考えるなら」

「……」


 ――逃げ延びたところで、果たしてどうなると言うのか。


 胸に浮かんだ疑問は声になることはない。……田中とて理解しているだろう。三大組織の総力を挙げての決戦に敗れた以上、考えられる次の機会など――。


「……ああ」


 千景は頷く。


「そうだな。――行こう」


 ――それでも、自分たちは生き延びねばならない。


 ここで誰も彼もが死んでしまったら。……それは、本当に終わりを意味することになってしまう。先の見えない未来へ身を投げ出すことさえも敵わない。


 それだけは避けねばならない。――ないはずの希望を紡げると。今はそう、自らに嘯いて。


「……ッ!」


 ただ最悪を避けるためだけに。千景たちは、戦場を後にする――。











「……中々頑張るね」


 永久の魔と戦闘を繰り広げる生き残り。その姿を一望しつつ、ヴェイグはふぅと息を吐く。その傍らに居並んでいる『アポカリプスの眼』の面々。


「――良いザマじゃない。どれ、少し手を加えてあげようかしら――」


 笑みを零す魔女、セイレスが魔力を滾らせる。戦場の上空に描かれた法陣が、その効力を発揮すべく唸りを上げ――。


「――ッッ⁉」


 ――瞬間。展開されていた障壁を破って飛来した弾丸を、ヴェイグの振るう剣閃が切り裂いた。


「……流石だね」


 零したのは若い女性。再現された達人の絶技の前に敢え無く切り落とされたのは、四片のライフル弾。ヴェイグとセイレスとを狙った、二人の狙撃手による同タイミングでのヘッドショット。


「いや、良い腕だよ。気を抜いていたら危なかった」

「――ということだ。余計な茶々は入れない方が身のためだな。セイレス」

「……っ!」


 含み笑うような同志――アデルの台詞にセイレスは歯噛みするように黙りこくる。展開していた法陣を消し、苛立たしげに遠方を睨んだ視線。


「――狙撃手は良いのか?」

「一人くらいはね。仮に残ったとしても、大した問題にはならない」


 言葉に上がるのは幹部の数。それ以外は端からヴェイグたちの眼中にない。


「あとは彼が戻れば完遂だ。それももう、そう遠くないだろうけどね」









「……これはこれは」


 スコープ越しに見えたその光景を目に、ヨハンは呟く。


対術(Anti Magic)狙撃(Bullet )徹甲(Armor)( Pierce)が通用しないとは……いよいよ万策尽きたようですな」

「……そんな」


 やれやれといった心境のヨハンの隣で、少女が震える声を零す。……対物狙撃銃から放たれた強大な運動量を誇る一撃。あらゆる魔術を無力化し突き通す、魔術師にとって天敵であるはずの今の狙撃を。


「友佳里の狙撃を、見ずに弾くなんて」


 まさか原始武器にて切り落とされるとは。最早半ば脱帽の心持ちでいるヨハンとは対象的に、若きナンバーズの面に映るのは紛れもない恐怖の色。一瞬だけ自分が生き残れる道があるかを思考した上で。


「行きなさい御堂さん」


 ヨハンはその判断を下す。今の自分にできる限り穏やかな笑みを、少女へと向けて。


「私のような老いさらばえた老兵はともかく、貴方たち若者が命を散らす必要はありません」


 言い聞かせるように。諭すように言ったその言葉に――。


「――嫌です‼」


 思いがけないほど強い、拒絶の声がぶつけられた。


「ネイちゃんがまだいるんです。ネイちゃんはまだ、犯罪者を倒すためにあそこで戦っています!」


 友佳里が目を向ける先。ここにさえ伝わってくる力の波動。組織の面々が立ち向かっているのは、天すら裂くような絶望的な力の塊。


「……御ど――」

「なら、逃げるわけにはいかないです」


 引き止めようとしたヨハンの耳に、その言葉は意外なほどの重みを持って響いた。


「――友佳里は、ナンバーズですから」


 はっきりとそう言い放って――。


「……やれやれ」


 その小柄な体躯からは想像も付かない速さで少女は駆けていく。背中を視線で以て見送るヨハン。小さな溜め息と共に声を漏らし。


「――お行きなさい。協会の若者たち」


 立ち尽くしていた千景たちに向けて、そう告げた。


「……」

「連れ戻さねえのか?」


 言葉のない千景の横で、尋ねるのは田中。


「あんたの腕前ならできるんだろ? そいつもよ」

「彼女自身が望み、決めたことです」


 静かに首を振る。その所作は諦念ではなく。


「死の淵でそれが覆るかもしれないとしても、私は彼女の決意を尊重したい。……意に反して生き残る方が、余程辛いこともありますから」


 どこか晴れやかな顔で告げられるその声に、田中も千景も返す言葉を持たない。……不意に感じ取れてしまったからだ。


 ――この老骨のナンバーズが負っているであろう、底知れない業の深さというものに。


「――さ、時間が有りません。今はまだ此方も奮戦していますが、直に押され始めることでしょう」


 言葉を失わせる雰囲気から一転。即座に調子を変えたヨハンは、千景たちに向けて退避を促す。


「ここまで手が及ぶのは時間の問題です。そうならない内に、お早く」

「――ああ」


 短く答えて船へと向かう千景たち。その後ろ姿を一瞬だけ目に留めて。


「……さて」


 ヨハンは向きを変える。死の約束された、行けば帰還の適わない戦場へ。


「行けるところまで行きましょうか。私も、ナンバーズとして――」


 

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