第二十一.五節 苦闘の記憶
「はあッ! はあっ……!」
――刀を手に。
一人、東は戦場に立っている。全身は正体も分からぬような無数の傷で覆われ、最早自らの身体を支えることさえ苦痛であるほど。
「……しぶといな」
目の前の人物が、言う。彼女の身体で、彼女の声で、彼女の意志からでは、決して口にされないはずのことを。
「はっ……生憎、こちとら諦めが悪いんでね……」
言いつつ周囲の気配を探る。……仲間たちが戻ってくる様子はない。それぞれの戦いで手一杯なのだろう。自分たちが今相手にしているのは、そういう連中だ……。
「……言ったはずだ。我に憑りつかれた以上、この女の魂は決して戻らぬ」
「それを決めるのは、てめえじゃねえっつうの……!」
刀を構える。……治癒の力を秘めた宝刀、『梅切』であっても、憑依の類に対しては効果がない。魔術を使えない自ら――剣だけしか扱えない自分を、この時ほど恨んだことは無かった。
「そうか。なら死ぬがいい」
「……ッ!」
放たれた奔流を辛うじて躱す。だが、掠めた瘴気は離脱の遅れた脚先を捉えると、次の回避ができないほどの傷跡を残していく。
「グッ……!」
「それにしても、意外だな」
負傷を目にし、逃げられぬと分かって溢す呟き。
「《異端の最強》……力の為に自らの家を捨てたお前なら、障害となった仲間の命を切ることにも躊躇いなどないと思ったが」
「……」
「嬉しい誤算だ」
切れるはずがない。切れる訳が無かった。
目の前のその女性は、ここまで共に戦ってきた仲間であり、――友。
そして。自身に初めてできた、大切な親友の――。
「……俺が気い抜いたせいで、そいつはてめえに乗っ取られる羽目になった」
心情を悟られぬように、東はできる限り荒んだ語調で言ってのける。
「てめえの失態はてめえで拭う。それが俺の、信条だ」
「信義を通した挙句、何にもならないまま死ぬ……か」
平然と相手はそんなことを言って来る。……何もおかしなことではない。そもそもが紫音との二人掛かりで漸く勝利を収めたほどの相手だ。東単身。しかも殺すつもりがないというのでは、話になどなるはずがなかった。
「では、――死ね」
先刻よりより規模の大きい瘴気が、機動力を失った東に襲い掛かる――。
「ぐっ――!」
咄嗟に『紅桔梗』にて瘴気を防ぐ。だが魔力を吸収する刀身を止め処なく掻い潜り溢れて行く瘴気に、動けぬ状態でいつまでも抗えるはずがなく。
「くそッ……」
東の手が、脚が、胴が。次第に瘴気に蝕まれていく。掴んでいたはずの刀身が落ち。
「――さらばだ」
憎き敵の声で届く宣告。脳が、感覚が。自らに訪れる死を理解している。抗い難く意識の遠のくその中で――。
「――東‼」
聞き慣れた誰かの声が、耳を打ったような気がした。




