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第二十.五節 死闘の記憶

 

「――ッッ‼」


 渾身の力を込めて抜き放った【無影・弐の薙ぎ】。幾重もの魔術障壁ごとその身を両断しようとした一閃を、あろうことか《赤き竜》は右腕を用いて受け流す。……負わせられたのは僅かな切り傷。下手な相手であれば反応すら許さぬ神速の居合い。強化魔術を用いているとはいえ、それを素手で凌ぎ切るとは――!


「〝新たな――〟」

「させんッッ‼」


 時間を稼いだつもりだった【三千世界】の詠唱。腕の一振りで現われた無数の高位魔術が永仙に嵐の如く襲い掛かる。咄嗟に発動させた【四角四堺結界】により防御したが、そちらに魔力と意識を注いだせいか完成間近だった詠唱が中断されたことを理解する。


「死ね――!」


 術師としての感覚でその危険性を理解しているためか、続けざまに《赤き竜》が拳撃を打ち放つ。――躱せない。圧縮した幾つもの魔術を乗せたその巨大な拳圧が、抗おうとした永仙の身を飲み込んだ――。


「――ッ」


 攻撃を放つ一瞬の機。それを狙い魔術弾幕を掻い潜って《赤き竜》へ接近する。擦れ違う魔術の内幾発かは身を掠めていくが、【咎武罪装】状態の今なら大事までは至らない。皮膚が焼け、割かれる痛みなど意に介さず、《赤き竜》が再度魔術障壁を展開し終える前に間合いへと到達。


「ッ‼」


 仕掛けるのは二刀を用いての【釽嵐・壱の閃】。圧倒的な手数を誇る奥義に斬撃の分裂を重ね、空間を埋め尽くすほどの密度を持った刃の結界を作り出す。刀身に纏わせた魔力も相俟った、鉄塊すら刹那に削り取るだろう死の乱撃。


「小癪なァッ‼」


 それに《赤き竜》は同じく無数の拳撃を以て応じてくる。一合、二合、三合――。各所で拳と刃がぶつかり合い、その度無刀取りの如く受け止められ手応えが空に帰す。あれだけの技法を連発しながら、まだこれだけの絶技を――‼


「――ッ……!」


 手に持つ二刀、その動きが止まる。訪れるのは刹那の静寂――。


【釽嵐】の何太刀かは確かに《赤き竜》の身に届いていたものの、魔人の域にまで強化された身体を切断できるまでには至っていない。与えられたのは精々が中手の切り傷。その状態で、『鬼雪』と『花殱』の刃が諸手により止められている。


「終わりだ‼」


 二つの刀身を強引に片手へと纏めに掛かる《赤き竜》。逆らおうと力と技の限りを尽くすが、鬼神もかくやという凄まじい膂力を前に抵抗虚しく――!


「【護身破敵――一閃】ッッ‼」


 続けざまに拳を繰り出そうとした《赤き竜》の側方から、符を携えた永仙が姿を現す。如何な技法によってかは知らないが、あの拳撃を凌いだ上で気配を隠し爆煙に潜んでいた。同時に放たれたのは【護身破敵剣法】。【三千世界】に次ぐ、永仙の奥義――‼


「小賢しい真似を――ッ‼」


 不意を突いたはずのその挙動。だがそれにも《赤き竜》は即座に反応してみせる。瞬時に生み出した魔術の壁で術法の勢いを止め、刀を抑えたまま私へ撃ち出そうとしていた拳の軌道を変えた。


 ――しかし。


「ッ⁉」


 流れるように織り成されたそれらの所作。その動きが一瞬の間隙により滞る。


 ――呪法【六界】。刀に纏わせた自身の魔力。傷口から敵の血に溶けたそれを引き金に、敵自身の魔力を暴走させる蔭水の術法。レベルとしては精々上位魔術に匹敵する程度であり、魔力操作について一定以上の域に達した者なら難なく無力化することができる。この《赤き竜》についても同じことが言えるのは疑念の余地がないが――。


 それでもこの刹那が命取りとなる状況下で、針の孔ほどの隙は生まれた。


「――オオオオオオオッ‼」


 刹那の後に拳を繰り出す。だが機に遅れた拳撃では、如何に強大であろうとも突破力に優れる【護身破敵剣法】を相殺することなどできはしない。――拳撃を穿つ魔力の波動。強大な術法に身を晒し、《赤き竜》が動きを止めたその数瞬。


「【壱の閃】――」


 私の繰り出した【絶花】。分裂し七つの剣撃となった黒刃が、流れる魔力の奔流ごと《赤き竜》の身体を断ち切った。


「ッハッ――ガッ……‼」


 その唇から漏れ出るのは言語の型を成さぬ末期の息。……体躯ごと二つに割られたオーラ。歪な情念を纏っていたそれも、力を失ったかの如く微塵に霧散する。


 絶命により魔力の供給が途絶えたのか――それまで【護身破敵剣法】を耐え抜いていたはずの《赤き竜》の肉体は端から崩壊し、身を飲み込む魔力の波動の中に溶けて消えていった――。


「……っ……!」


 ――斃した。


 理解と共に地に落ちる膝。衝撃を受けて【咎武罪装】が解除される。……互いに死力を尽くした戦い。流石に維持できるだけの魔力と体力とは残っていない。


「……終わったな」


 掛けられた声に振り向く。……視線の先に立つ永仙。私と違いその両脚はしかと大地を踏みしめてはいるものの、額に浮かぶ汗、焼け焦げた服を見ればやはり同様に消耗していることは明らかだった。


「ああ。……立てるとは驚いた」

「『太陽符』の効力だ。まだへばる訳にはいくまい」


 口元に笑みを浮かべながら永仙は言う。……そうか。私より体力で劣る彼がなぜ立てているのか不思議だったが、霊符の支援を受けているのか――。


「っ」


 差し伸べられた手に掴まり、立ち上がる。こうしてみると十全には程遠いものの、何とか普通に動くことくらいはできそうだった。


「使うか?」

「……いや、大丈夫だ」


 出された強化霊符を見て首を振る。永仙とて残された符は少ないはず。頼る訳にはいかない。


「……無茶な真似をする」

「何がだ?」

「《赤き竜》にあそこまで接近するとは。……一歩間違えば死んでいたぞ」


 永仙が魔術師にして珍しく、武術も嗜むことは私も知っている。しかしそうは言ってもそれはあくまで嗜みの範囲。達人の域に達していてなお《赤き竜》の前で無力に等しいことは、この戦場に立っていた者ならば例外なく理解した事実だろう。……端的に見れば、あれは自殺行為と言っても良いほど無謀な賭けだった。


「確かにな。だが――」


 一拍を置き。


「あれくらいのことをやってのけなければ奴を仕留め切るには到底足りなかっただろう。……私のお前の二人掛かりでも苦戦するほどだ。この場で命を惜しんでいても始まるまい」

「……」


 確かに、永仙の言うことも一理ある。


 三大組織の一角である魔術協会。其処に於いて歴代でも最強と称される大賢者……永仙。自惚れではないが、蔭水の技法を全て会得した身として私もそれなりの域には達しているという自覚がある。その二人を前にしてなお《赤き竜》は互角以上の戦いを演じてみせた。どちらにせよ、どこかで賭けを打たなければ決着には及ばなかったか。


 生きて帰る。それが目標だった故に素直には頷けなかったが、永仙の言うことは至極真っ当だ。


「それに……」


 続けられる台詞。


「お前ならあの機会をものにしてくれると、信じていたからな」

「――」


 ……そう言われてしまっては返す言葉がない。現にあの永仙の行動が私たちに勝機を齎したのも確かだ。こうして上手く嵌まった以上、今はそれで良しとするべきか。


「――そうだな。助かった」

「なに、お互い様だろう」


 軽く笑い合う。死闘の疲労も、それだけで少しは軽くなったように思え。


「……さて」


 永仙は振り返る。……そう。戦いはまだ終わってはいない。


《赤き竜》との決着が付いたように、既に力の波が途絶えている方角もあるが……幾つかの場所からは未だ激しい戦闘の気配が伝わってくる。それぞれ秋光、エアリーのいる方向。それに、紫音と東の――。


「私はエアリーたちを援護しに行く」


 そう言う永仙。


「お前は二人の方へ向かってやれ」

「……ああ」


 気を利かせてくれたのだろう。妻のいる戦況が気になっていた私にとって、彼の気配りは素直に有り難かった。


「――生きて帰るぞ」

「勿論だ」


 掛けた声に答える、短い返答を耳に残して――。


 私と永仙は、それぞれの戦場へと赴いた。



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