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第二十節 冥希の戦い

 

 ――【逆波】。


 蔭水流【波の太刀】における奥義であり、引きに重点を置いた独特の柄繰りと体捌きによって密着状態から相手を深く切り裂く技法。本来なら手遅れであるほど近間への接近を許した敵に対して用いる守りの要素が強い技だが、その真価は仕掛け技としての運用にあると冥希は考えていた。ゼロ距離で役に立たないはずの長刀が、本来の間合いさながらの威力を発揮する。これほど敵の意表を突くのに適している技があるだろうか?


 ――正に今、自身が身を以てそうしたように。


「――」


 膝に走る衝撃。咄嗟の判断か、冥希が奥義を繰り出したのとほぼ同時、その膝頭を蹴り飛ばす形で東は刃との距離を離していた。初見にしては悪くない対応だが、最善手には一歩遠い。――手応えはあった。


「グッ……」


 足を止めた東から漏らされる、呻き。一瞬追い討とうかとも考えるが、『紅桔梗』を盾にしているのを見て判断を返す。得物として格上の『鬼雪』、『花殱』といえ、あれを正面から叩き切るのは骨が折れる。既に充分な傷を負わせた以上、下手にリスクを冒す必要も消耗する理由もないだろう。


 斃すべき敵は東以外にもいる。最小限の労力で勝ちを捥ぎ取れるならそれに越したことはない。


「……んな技まで持ってんのかよ」


 苦笑するように発された弱々しい呟きを前に、冥希は冷厳な視線を東へと送った。


 手足を覆う具足の断片――初めにそれを目にした時から、冥希は東が全盛期を越えて夜月六刀の全てを携えてきただろうことを理解していた。自分の前に現われた以上それは半ば当然とも言えることだったが、それでも推測が確信に変わったならばより具体的な方針が立てられる。――『銀蘭』、『夢桜』、『紅桔梗』。


 夜月家の象徴と言える六振りの宝刀の内、冥希が情報を握っているのはかつて東が見せたその三刀のみ。残る半数については全くの見聞がなく、リスクのある対処を強いられることは確か。


 強引に押し込むことも不可能ではなかったかもしれない。この十年の修行で磨きを掛けた自らと、戦いを離れ平穏な暮らしに浸っていた東とでは当然差は存在する。魔道具にて補おうともそのことは如何ともし難い事実であり、隠している手すら切る暇を与えないような怒涛の攻めとはつまり、己の力と技とを頼み置いた一つの策。


 しかし――。


 それは逆に自らから余裕を失わせることにもなると、そう冥希は断じていた。一対一の戦いなら良いかもしれない。だが、現実にはこれは三大組織と『アポカリプスの眼』との抗争である。


 たまたま東との一騎討ちのような状況になっているとはいえ、それはいつ崩れてもおかしくはない砂上の城。……リスクが高過ぎる。敵に一手の猶予も与えないような攻めとはつまり、自身に対しても咄嗟の対応力という余地を奪っていることになるからだ。


 そうした東と自らを置く状況を鑑みて、冥希はこの戦いにおいて自らが採るべき方針を選択した。……一つ一つ。隠している手を全て引き出させた上で、一本ずつその刃をへし折っていく。単純ではあるが、難度の高い戦術。初見である夜月の宝刀三本に、自身なら対処できると踏んだ上での。


 無論、様子見に徹するといったわけでもない。既知の宝刀で対処できないような状況を少しずつ作り出し、追い詰めながら切らせた札を冷静に処理していく。新たな宝刀で対処するなら一時息を継がせ、出来ないのならそのまま止めを刺すだけのこと。今の自分と東であればそれは決して不可能な事柄ではないと、そう断じ――。


 ――そして目論み通り、今この光景を前にしている。


「……」


 昔と変わらぬスーツの生地。それが内側から染み出す鮮血によって見る間に紅へと塗り替えられていくのを目にしながら、読み通りに進行した状況の中で冥希はそのことを追認する。……ここまでの戦いは大凡予測通り。経過として東は重傷、自身は軽傷のままに留まっている。仕留め切れなかったのは確かだが、首尾としては重々。――これで今までの宝刀は全て潰した。


 後は、残る三振りの宝刀のみ。……東も分かっているはずだ。


【壱の閃】と【逆波】によって負わされた傷は、通常であれば間違いなく趨勢を決するだけのもの。ここから東が戦況を変えようと思うのならば、それは当然彼のアドバンテージたる未知の手札を切り出すことが必要になってくる。……変えられれば、の話だが。


「――」


 視線の先。東が新たな二対の刀を現出させたことでその疑問は意味を成さなくなる。……あれが真に起死回生の力を持つ刀剣かは分からない。だが抗う姿勢を見せたのであれば、自分が為すことは一つのみ。


「……」


 ――思考でそう断じていてなお。


 軽くない傷を負った身で戦う意志を見せた東の姿を前にして。冥希の心の内に沸き上がる、一つの思いがあった。


「……なぜ……」


 不意に。分かっていても止め切れない言葉が、口を突く。


「なぜ、ここに来た?」


 世界の破滅に対する抵抗――普通ならそれだけで充分であるはずの動機も、しかしこの戦いに関して言えば東がそれだけの動機で来ているわけではないだろうことを冥希は知っている。


 考えてみれば分かることだ。仮に三大組織の要請に従って戦線に加わっているだけなのであれば、自分を前に単騎で挑むなどという真似はしない。荷が重いと見て他の幹部に任せるか、挑むとしても最低限数人のメンバーと共に挑んできたことだろう。……それだけの力の差があることを、理解していないはずがない。


 にも拘らず、東は単独で自らの前に立った――。事ここに至るまで横槍が入らないことを見るに、三大組織もそれを了承している節がある。本人が掛け合ったと見るのが自然だが、果たしてそれが如何なる動因に依るものなのか。


「……」


 疑問に思った訳ではない。ただ、確かめたい気持ちがあった。


 恐らくは自身の勝利で幕を閉じるこの戦い。――決着は遠くない。ならば最期に他ならぬ東自身の口から、その言葉を聞いておきたかったのだ。


 自分と紫音に対して、彼が何を思うのかを――。


「……昔のダチが無茶苦茶やってるってのに、それを止めない理由でもあんのか?」

「……」


 その返答を冥希は冷厳な視線で送る。……明らかに今のは本心ではない。時間稼ぎの戯言……答える意志はないということか。


「――そうか」


 言葉と共に、冥希は構えを直す。――ならばいい。


 元より過ぎ去った日の郷愁。心の内を明かさないというのであれば、速やかに引導を渡すのみ。十年前の友情――。


 冥希からしてみればその動機は有り得ない。……有り得なかった。自分と東の、紫音の間に起こったことを考えれば――。


 ――友情などと言う動機で、此処に立っているはずがない。


「……」


 最早言葉は要らず。冥希はただ如何なる一手にも応じられるよう、東の全身を俯瞰する。握られているのは小太刀、それに直刀。


 ……視界に収めずとも伝わってくるような禍々しい気配。直刀の方は間違いなく呪具であるとそう判断する。怪異を討つために呪われた力を手にすることは破滅的ではあるが、別段特異なことではない。そして大抵の場合、呪具はリスクを秘める代わりに通常の魔道具より強力な力を有している――。


「――ッ‼」


 予感を覚えた直後。


 東が仕掛ける。手傷を負っているとは思えぬような、敵の目を翻弄する瞬速の足捌き。目端に残像を残していくそれをしかし、冥希は一寸の焦りもないまま二刀を手に待ち構える。……多少機敏な動きを見せたところで自身の目は誤魔化せない。浅くない傷を負わされている分、消耗が激しいのは東の方だ。神色自若とした相貌を崩すことなく、ただあらゆる攻撃を万全に迎え撃てる体勢を用意。――左、左、右――。動きは全て見えている。必要なのは冷静な対処、それだけだ。


「――」


 ――来る。直感の警告に付き従うように、東が今まで以上に脚に力を込め――。


 跳び出す直前。どこか見る者を不安にさせるその直刀を、自らが流す血の上へと滑らせた。


「オオッ‼」


 これまで以上。冥希が予測し、想定していた以上の加速を以て東が距離を詰める。――力を出し惜しみしていた訳ではない。明らかに、東の動きが先刻よりも上がっているのだ。血を糧に扱う者の力を上げる妖刀――!


「――」


 唐突な力の変調を目の当たりにしたにも拘わらず、それを迎える冥希の眼に動揺の色はない。呪具それ自体の効果内容は多岐に渡るが、形体が刀となればある程度の目星は付けられる。使い手の能力強化程度であれば想定の範囲内。あくまで虚静とした態度で東の強襲へと応じ。


「――」


 直刀の刺突を左の『花殱』により受ける。――鋭い。使い手だけでなく、刀自身の切れ味も増しているような手応え。下手な守りであればそれごと突き通されているだろう尖突。


 だが刀剣として凡そ最高級の格を持つ『花殱』に対し、妖刀如きが傷を付けられるはずもない。乗せられた力を契機にその体躯を回転させ、間髪入れず同じ刃を東へと走らせる。霞の太刀における奥義、【破霞】。先に『紅桔梗』を引き出させたのと同じ一閃――。


「――っ」


 それを東は他方の小太刀を用い、剣撃の力点をずらすようにして受け止める。長さが短い分取り回しに優れる小太刀は守りに向き、長刀の攻めで生じた隙を補うのに最適な働きを見せる。受けられる寸前、東は自ら放った刺突の勢いを殺していた。その所作で威力が落ちていたせいもあるが、それでも小太刀で【破霞】を受け切るとは大したもの。予想外に膂力の強化が為されているらしいと判断。


「ちぃッ‼」


 触れ合う『花殱』と小太刀。そこを通じて掛けた体を崩す力の流れに、東は手遅れより一瞬早く対応する。引き戻した直刀による一閃――。通常直刃の刀は切りに向かないが、この妖刀であれば話は別。強化された切れ味、加えて一度傷を負わせればそこから流れ出る血により更に能力が上がるとなれば、半身となった自らを切り付けるその一刀を冥希も『鬼雪』で受けざるを得ない。仕掛けた【夜霧】の崩しは中途で止まり、『鬼雪』の鎬の上を紫紺の直刀が走り滑る。


「フッ‼」


 奇しくも互いに互いの剣を抑える形となった体勢で繰り出したのは、体当たり。【雲の太刀】における奥義、【八重雲】。敵の守りを弾き崩し刀身で圧し切る八連撃。強化されているといえ、骨を揺るがす衝撃は確実に東の気力体力を削り落とす。……その猛攻に敢えて逆らうことなく後ろに跳んだ東の所作。それを見越し息も継がせぬ踏込みで体当てを放ち続ける。――受ければ崩れる。まともに喰らうことを避け、後退を続ける東に――。


 ――【弐の太刀】。


 刹那に後方へと跳び退き、距離を空けた冥希が狙い定めた一撃を繰り出す。下がると同時に振り上げた『花殱』による【絶花】。退く東の動きに合わせて振り下ろされたその刃が、過たず標的の肩口へと食い込んだ。


「グウッ‼」


 舞う鮮血。……肉を食む刃が止まる。直刀と小太刀。膝を折り、二刀を以て半ばでその勢いを食い止めた東だったが、負わされた傷の総計は紛れもなく生死を分けるだけの重傷。荒い呼吸を繰り返す東を情の籠らぬ目線で見遣る。……どうだ?


 数瞬の後、動きがない事に判断を決める。――捨て置けば敗着。あの傷をして動きを見せないと言うならば、それは敢えてでなく可能でないというだけのこと。


「――」


 未だ小太刀の能力は定かではない……が、少なくともこの状態では用を成さない類いの何か。此処まで来れば最早猶予など与えはしない。仮に手が有るとしてもそれを出す前、確実な手で押し潰すのみ。構えた姿勢は神速の居合い術、【無影】――。


「オオッ‼」


 その姿を目にしただろう――東が吼える。己の傷口に『死椿』を突き立て抉り、血潮を吸う妖刀の力を借りて再び立ち上がったその姿。


 ――愚かな。


 その足掻きを冥希は冷ややかに断罪する。血を糧に使い手の能力を上げる妖刀。満足に動けるようになるには最早それしか術がないとはいえ、その行為は余りにも無謀。辛うじて立てるようになったところで所詮は死に体。刀を振るえるのはどう足掻いても一度が限度だろう。


 その一刀に勝機を見出しているのなら、それはそれで侮りが過ぎた。


 ――【壱の閃】。


 【無影】と共に発動する概念技法。神速で放たれる十の斬撃を受けることは愚か、あの身体では回避することすら不可能に尽きる。――これで、詰みだ――!


 既に間合いは互いの圏内。その身を刻まんと襲い来る十重の【無影】。それを東は躱そうともせずに直刀を走らせる。その身体で良く反応したと言うところだが、遅い――。冥希の冷徹な剣閃が最期の力を宿す紫紺の刃を押し込み、東の肉体に到達した。


「カッ――‼」


 声にならぬ断末魔。肉を裂き、骨を断ち割る黒刀の感触。最期の抵抗を受けて両断までは至らなかったものの、食い込んだ一十(ひとそじ)の裂傷は消えかけた命の炎を消すに充分過ぎる要因。


「……」


 目の前の標的が刹那の後に絶命することを結論付け――臓腑の絡み付く刃を冥希は淀みなく引き抜く。崩れ落ちる身体を前に続くのは血糊を払う機械的な所作。かつての友の死にも一切の感情を傾けることはなく、ただ淡々と結末だけを享受する。……戦いは各所で続いている。手が空いた以上、他の加勢に向かうのが最善であることは考えるまでもない。


「……」


 既に決着を過去のものとし、冥希が次に向かうべき戦場を見定めた――。


 ――その瞬間だった。


「――ッ‼」


 貫くが如き殺気。反射として動いた身体が見せたのは、咄嗟に攻撃の芯をずらすような体捌き。


 だがその反応と身体能力を以てなお、埋め合わせの付かなかった隙の代償として、鋭い一筋の痛みが冥希の首筋を掠める。――しまった。


 流れ出る血に反応する。迎撃の姿勢を整えた時には、既に時遅く――。


「――」


 視界に映る東。その左手に握られた、小太刀の刃が振り抜かれた。



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