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第十七節 東の戦い 前編

 

 二人の友が行き、囲まれた空間に一対一(サシ)となった今。


「……」


 かつてない緊張感を胸に、東は友――蔭水冥希を注視する。既に抜き放たれた互いの得物。両者の間を支配するのは僅かでも破れれば命を賭けた切り結びが幕を開ける、そんな薄氷の如き静寂。


 ――いや、既に戦いは始まっているのだと言って良い。


 互いに仕掛けの機を窺い読む不可視の攻防。双方手の一部が既知、一部が未知である以上、下手な掛かりを見せれば餌食となることは必定の理。ここでの読みの深さが後に多大な影響を及ぼすことは間違いない。


 ――居合は無し、か。


 剣気を全身に巡らせつつ、確認する。蔭水の剣理は一技必殺。特色ごとに枝分かれした太刀筋は如何な場面、如何な異形であっても最短で切り伏せることを主意としたが所以であり、それは例え対象が人のカタチであっても同じこと。


 だが如何にその為に研ぎ澄まされた技法と雖も、必殺性というのは往々にして初見性、相手が自分の手の内を知らないことに依拠しているものだ。勝手を知る東相手に初撃必殺を決めるのは難しく、避けるべき選択。


 無論それはアドバンテージではない。初手での必殺性が失われるからこそ、繋ぎとして合間の攻防が意味を帯びてくる。如何に隙を作り、如何に己の一撃を叩き込むか……。即ち、剣客としての尋常の勝負が。


「……」


 要素の分析は外せない。――先ずは得物。


 眼の利く者が見れば理解できる。粗雑な数打ちとは比べ物にならない。至高と呼べるほどに澄んだ刀身は紛れもなく、蔭水の至宝――『雪月花』の二振り。


『鬼雪』、『花殱』と銘打たれたそれらは特殊な効力こそ持たないものの、刀剣の格、純粋性能の高さが抜きん出ている。長刀として以上の警戒は不要といえ、特別に付け込む隙もまた見当らない。


 対して東が左に柄を握るのは、『夜月六刀』が一振り――『銀蘭』。六刀内で最高の切れ味と強度を誇る刃。癖のなく扱いやすい一刀ではあるものの、この場面ではほぼ敵方の二刀の劣化と言って差し支えない。……本命は右の腰に差している得物。


 ――第二の分析は概念技法。数打ち用に作られた基本型と六刀各々に合わせて作られた個別型の二種を有する夜月の剣術。概念技法はうち個別型にのみ存在するため、運用は刀に合わせての使い分けとなる。


 蔭水家の概念技法は得物に依存しない汎用型。斬撃を分裂させる【壱の閃】、伸長する【弐の薙ぎ】に、仔細不明となる【参の切】。自由度では冥希、特殊性では東が上回っている。吉凶を分けるのは互いの運用の差、即ち頭脳。


「……」


 共に剣客である以上、まずは歩法より始まるのが定型だが、常外の技能者となれば必ずしもそのセオリーには当てはまらない。緊張と警戒。互いが互いの一挙手一投足から目を離さない状況のうち。


「――ッ」


 起こりなく。東の瞳に映るのは目を奪うほど流麗な一刀。宙を飛ぶ真空の刃――【狂月】。空気を断裂させて進むその衝撃波を、手にした『銀蘭』により受け凌ぐ。鎬から散る銀の輝き。速度、威力、技の冴え。


 全て自分が知るかつてを確実なまでに上回っている。押し切られぬよう腕に力を込め、体捌きを以て斬撃を後方へ送り出した――。


「――」


 見据えた先。その姿勢を見て狙いを悟る。緩やかに脇へ下げられた二刀。僅かに腰を落としたあの構えは――!


「――【弐の薙ぎ】」

「ちぃッッ‼」


 理解と同時に走らせた剣閃。襲い来る漆黒を白銀の刃が弾き、落とす。舞う火花は全てが致死に至る寸前。二刀を用いた高速連撃。圧倒的手数で敵の対応を押し潰し、字義通りに削り殺すは風の太刀における奥義【釽嵐】。


「ッッッッッ‼‼」


 その死の洗礼に反射的に応じた東こそ、衰えてなおその腕を讃えられるべきだったかもしれない。……防ぎ、躱し、薄皮一枚を切らせ、また防ぐ。数えきれぬほどの火花が東の周囲に吹雪の如く乱れては消え、咲き誇る。――一刀では捌き切れない。必死の攻防の中、それでも数瞬ごとに肉へと近付いて来る刃に耐え切れなくなったかのように、東が右手の剣を抜き放った。


「――」


 刹那、反転。何かに応えるが如く身を翻したのは東でなく冥希。片方の刃を八双の如く立て、有利を握っていたはずの攻め手を収めての緊急回避。死の洗礼を抜けて――。


「流石にこんなのは見切れてんな」


 わざとらしく。東の大仰に動かした腕に触発されるのは風切り音。その手に収まった柄だけの刀から、次いで金属の嵌まり切る異音が鳴り響く。


「……『夢桜』か」


 零された呟きを追うようにして、冥希の頬筋を一条の鮮血が伝った。


 ――『夜月六刀』。


 一説によれば様々な武士の家系の集合体とも言われる夜月家。日本最強の退魔機関である『黒紋の八家』の四席に名を連ねる家が長い歴史の編纂を経て受け継いできたそれらは、人が異形を打ち滅ぼすために用いられてきたものであり、通常の刀剣の域を超えた様々な工夫が組み込まれているものが多い。……その点で『銀蘭』などはある意味例外的と言える。


 今東が手にしているその一刀は、『夢桜』。《幻刀》の異名を持つ刃は不可視であると同時に、握りに仕込まれた機構によって最大八節にまで分け伸ばし、節棍の如くに扱うことができる。六刀の中でも最大の奇抜さを持つ奇剣――それを東は苛烈な攻撃の最中から用い、刹那の隙を縫って奇襲を仕掛けていたのだ。


「さあて――次はどっちかなと」


 油断なく二刀を構えつつ東は軽口を飛ばす。――凡そ完璧と言えるタイミングで撃ち放った一刀のはずだったが、それが当然であるかのように対処された。分けられる最大の節数、伸ばした際の全長などの具体的な情報を東は冥希に教えてはいない。『夢桜』について冥希が知り得ていたのはかつて、酒の席で語り交わした漠然とした特徴のみ。


 にも拘らず、攻めに意識を向けた状態でその変則的な軌道を見切り、ほぼ完璧に躱し切るとは一体如何なる芸当であるか。端から勝負を決められるとは思っていなかった東だが、何かしらの起点になるだろうとは見込んでいただけに衝撃は大きい。……冥希は既に『夢桜』の長さと動きを掴んだ。今のような攻撃は二度と通用しないだろう。


 ――実際に危ないところだったのだ。


 奥義の連発に加え、概念技法までを躊躇なく繰り出してきた。初手での必殺は困難という、東の読みの裏を掻く形。……凌いだ以上今の攻防の分は此方だが、それでも優劣は覆り切っていない。目算が確実でないのなら、凌がれることも計算には入れているはず……。


「……」


 ――だがそれを考慮しても、今の攻防は冥希にとって大きな意味を持つだろうと東は推測する。……十年というブランクを抱える身。


 凶王らとの戦闘である程度勘を取り戻せたとしても、十年間技を磨き続けていただろう冥希を前にしてその差は簡単に埋められるものではない。尋常にぶつかれば敗北は必至。そうでありながら、東は冥希による初手の強襲を凌ぎ切った。


 それを可能にしている要因は奇跡でも偶然でもなく、東の手足に付けられた魔具――『修羅調伏手纒』並びに『羅漢武者造足纒』の力。共に武家であった名残として夜月家に伝わっている魔道具。かつては他の防具と共に一個の鎧を形成するものであったらしいが、幾代にも渡る戦いの洗礼を経て、残るはこの二つだけになってしまっている。


 どちらも効力は単純で、着装部位の身体性能を強化するというもの。当然防具としての性能も高く、冥希の側は手足を狙っての斬撃を繰り出し難くなる。腕力と脚力……。二つの要素を魔具で補い、かつ相手の標的の選択肢を減らすことにより、今の東は冥希と対等に立ち回ることを可能にしている。そのことが実証された形になるからだ。そして――。


「――ッ」


 それら全てを踏まえた上で、――初動を消した踏込みにより東は冥希との距離を詰めに掛かる。……斬撃を拡張する【二の薙ぎ】は脅威。


『夢桜』の軌道が見切られた以上、この距離に自らの勝機はない。積極的な攻め手としてではなく、消極的な必然手として選択させられた所作。そう判断を下しながらも、依然として不可視の刃を携えたまま――!


「――」


 不意を突くその接近を前段階から見越していたかの如く、これ以上ないタイミングで放たれた【絶花】が間合いに侵入る東を迎撃する。――本来の型とは異なる片手打ち。威力は多少落ちるとはいえ、守りごと断つことを目的とした一刀を正面から防ぎ切ることは至難の業。躱させることによって更に次の行動を限定する、それが冥希の狙いだろう。東自身もまた、現状ではそれが必然手であることを認めていた。


「ッ⁉」


 ――だからこそ――。


 東は敢えてそこで一歩を踏み込む。尋常な手、懸命な一手では力の差は埋まらない。今の自身が勝機を掴み取るためには、自ら死地を渡る必要がある――!


「ウラァッ‼」


 冥希に生まれた一瞬の驚愕、それを見逃さずに技を放つ。風切り音と共に放たれ回るのは『夢桜』の刃。引き絞られた手元にて輝きを放つ『銀蘭』の切っ先に、冥希の目が注がれた。


 ――東の生家である夜月の一族は、通常異様である連携剣術を得意とする。異なった特徴を持つ宝刀それぞれに適応した使い手を育成し、戦場に集う彼らが一糸乱れぬ連携の下に技を織り成す。


 個々の力に於いてそれほど抜きん出た剣士はいないものの、彼我の技術が組み合わされることによってその力は何倍にも跳ね上がり、異形を討つ力となる――。それが夜月家の代々歩んできた道であり、ヒトを脅かす怪異に抗する為選び取った戦い方でもあった。……夜月東。


 後に《異端の最強》として名を知られることとなる彼は、そんな栄えある夜月家の人間としては少々問題を孕んでいた。生来我の強かった彼は他者と息を合わせることを不得手とし、夜月の屋台骨である連携その物に不向きだったのだ。仮に彼の持つ特質がそれだけであったならば、その一生が生家での埋没となったであろうことは想像に難くない。


 だが東にとって、そのことは結果的に大した問題とならなかった。彼は確かに家の方針、戦いに於いて連携すること自体を軽んじ疎んじていたが、こと肝心の剣技と宝刀の扱いに関しては家の誰より優れた適性を持ったからだ。――宝刀の所持者はよりその扱いに長けた者に決まる――。


 一騎打ちでの勝者に対し宝刀の所有権が与えられるという夜月の慣例。より適切な使い手を選び出す意図を持って作られたであろうその不文律は、それを逆用した東の行為によって敢えなく破綻の目を見させられた。……四度に渡る正式な決闘の結末として、夜月家が受け継いできた六振りの宝刀、夜月六刀のうち四本が、東ただ一人の手に渡るという事態を引き起こしたのだ。


 当然夜月家は議論と喧騒に包まれたが、当の本人にとってそんなことは取るに足らぬ些事に過ぎない。……誰に告げるでもない不意の出奔。象徴を失った生家を尻目に各所を渡り歩きつつ、東はただひたすらに己の技を磨くことに専念した。――これまで夜月家の誰もが成し得なかった、単独での宝刀の同時使用という技術を。


 今東の繰り出した技はその一つ。見えぬ八節の刃を以て相手の行動域を狭め、そこを六刀随一の切れ味を誇る『銀蘭』の刺突によって討ち果たす。夜月の『二人掛かり』、【花桜留】を原型とした技であり、本来なら他一人を以て為す『夢桜』の操作を同時にこなすには東も相当の修練を要した。久方ぶりの実戦披露に自身でも驚くほどの冴えを以て冥希を捉える二振りの宝刀。冥希が打ち放っていた【絶花】は刺突でもって受け流す構えだが。


「――」


 刹那の逡巡が冥希の双眸に浮かぶ。……八節に分けられた不可視の刀身は既に周囲を取り囲んでいる。とはいえ位置さえ把握していれば急所を外すことが可能。他方で体重の乗った【絶花】の一撃を銀蘭の刺突で受け流すには無理がある。全身に軽くない傷を負うことにはなるが、致命傷を与えられる以上勝利と言って差し支えない局面。


 ――問題は東にそれが分からないはずがないということを、冥希もまたよく知っているということだ。



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