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第十二節 船内にて 後編

 

「――なんでまた俺たちだけ別部屋なんだよ……」


 移動する船内の一室で東はそうぼやきを口にする。宛がわれた部屋の位置は、明らかに三大組織らの面々から距離を置くもの。


「まあ良いじゃありませんか。知った顔ばかりで気が楽ですし、それなりに良い部屋の様ですし」

「今回我々は遊撃役として呼ばれているようだからね。大まかな方針以外は事前の打ち合わせも、顔合わせも必要ないと判断されたのだろう」


 答えるのは早速寛いでいる様子のエアリーとレイル。二人の前に置かれているカップの中身は既に半分ほど減らされている。無論中身の飲み物に関しては全くの別物だったが。


「組織同士でしか話せない話題もある。今の我々はあくまで部外者だ」

「それに、私たちにとってもその方が都合が良いでしょう?」

「……ま、確かにな」


 ガス抜きをするように軽く息を吐きつつ、東はソファーに身を沈めた。


「『アポカリプスの眼』……か」


 軽く天井の照明を見上げ、懐かしさを孕んだ声音で言う。


「勝てると思うか? 正直なところ」

「何とも言えませんね。今回の主役は私たちではなく、組織の方ですし」

「総力に近い戦力を動員するのだから、勝って貰わねば困ると言うところだよ」

「……まあ、そうだよな」


 冴えた突飛な答えが返ってくるわけでもない。そんなものだよなと思いながら、東は視線を目の前の二人に戻し、腰を入れる。


「でだ。早速なんだが――」

「冥希をあなたに任せるという話ですか?」

「……そうだ」

「無茶を言うな東。無論、色々な点で、だが」


 レイルが言う。笑みを浮かべているはずのその表情は、しかしなぜかにこやかなものには感じられない。組織にはリア・ファレルを通じてある程度の打診を取り付けてある以上、あとはこの二人を説得することが島に着くまでに東に残された最後の難関だった。


「我が儘を言ってんのは分かってる。だがあいつだけは――」

「勝算はあるのですか?」


 エアリーの短い問いが核心を突く。


「勝ち目のない戦闘に貴重な人員は費やせない。言うまでもなく、これは当たり前のことだ」

「……ないわけじゃねえ」


 答える東の声は、深刻だ。


「借り出してきたのは六刀全てだ。元々の得物四本は揃ってるし、新たに借りてきた二振りは切り札になる。ブランクを埋めるための道具も用意してきた」


 述べ立てられる説明を二人は聞いている。黙ったまま。


「少なくとも互角には戦えるはずだ。だから――」

「いいですよ」

「へ?」


 意気込む言葉を遮る返答。その内容が余りに意外だったためか、間抜けな声を上げて東の動作が一瞬静止した。


「譲ってあげます。今回は」

「貸し一つと言いたいところだがね。好きなように戦うといい。東」

「……いいのか? 頼んどいてなんだが――」

「実はその件については、ここに来る前に二人で話してあったのだよ」


 レイルがコーヒーを口へ運ぶ。湯気と共に溢れ出す香りを、楽しむように回される器。


「あなたの態度が余りにあれでしたので、譲ることに決めたんです。万一土下座なんてされては困りますから。気持ち悪くて」

「ぐっ……」

「但し、最低限の権利は貰っていく」


 カップを置いたレイルの拳から、人差し指と親指が横に突き出された。


「二人でこれです」


 エアリーが作ったのはVサイン。その意味を東が捉え損ねることはない。


「……分かったよ」


 既に最大の権利を譲ってもらったのだ。それくらいは充分に許容範囲だろうというか、言い出されなければ幻術か夢落ちかを疑うところだ。二人の抱えている気持ちは、東とて分かっているつもりだった。


「……ありがとうな」


 小さく。しかし聞き落されないような声量で感謝を告げる。気恥ずかしさはあるといえ、この厚意にせめてそれくらいは返すのが筋と言う――


「――今何か聞こえましたかレイル?」

「いや? 齢のせいか最近耳が遠くてね。悪いが念のため復唱して貰おうか。さあ、大きな声でもう一度」

「てめえら……」


 肩を震わせる東の様子を、レイルは愉しむように眺めやり。


「――何はともあれ、この戦いには全力を尽くす必要がある」


 それまでと違う低い声音で、そう言った。


「――ああ」

「事情がどうあろうとも、世の滅びを願う組織を野放しにしては置けません」

「全くだ。リゲルくんには山あり谷あり断崖ありの順風満帆な人生を歩んでもらいたいし、抱え込んでしまった部下たちもいる。障害は排除しておかなければならないな」


 ――言われずとも。


 今の自分たちには、背負っているモノがある。現役時代と比較して、東は強くそのことを感じていた。


「いずれ私が裏社会を牛耳るためにもな」

「……んなこと考えてたのかよ」

「初めて知りました」

「まあね。そう難しいことでもないさ。要はここさえあれば――」


 自らの頭を軽く指で小突き。


「君たちにもできることだろう」

「――無性にイラッとくる言い方だな」

「つまり、私たちには無理だと言いたいのでしょう?」

「その通り」


 直後に放たれた拳と蹴りを笑顔のままレイルは躱す。船を揺らさないよう、互いに加減し合ってのことだったが。


「……ま、実際どう転ぶかは分かんねえが」


 全員が元の位置に戻るタイミングで、やや乱れた襟を整える東。


「お互い用意はしてきた。やるだけのことをやるしかねえだろ」


 その目に映るのはエアリーの傍に置かれているメイス、レイルの銃器。共にそれぞれの元の所属組織より戦いに参加する見返りとして渡されたものだ。東と同様、二人も全盛期の頃の得物を取り戻している。それだけでもかつての凶王戦のようにはいかないが。


「……」


 東は気付く。自身の言葉を受けたエアリーが、思案気な顔を見せていることに。


「どうした。珍しく覇気がねえな」


 反応を見る為に声を掛ける。……然したる返答はない。


「そっちの方がしおらしくて俺好みだぜ。帰ってきたら一杯付き合ってくれねえか」

「――殴りますよ」

「冗談だよ冗談。大人しいお前なんてゾッとしねえ。で、何が気になってんだよ」

「……」


 溜め息を吐いたのち、暫しの間沈黙が続く。……話したくないのではない。恐らくは話すべきかどうかを判断している。そうエアリーの様子を見て取って、東は話し出されるのをただ待った。


「……例の、三大組織が襲撃された件ですが」


 暫しののち言葉を紡ぐ、始めの口調は平坦。


「三大組織の本部が同時に数十分もの間、異空間へ飛ばされたことかな?」

「ええ。……あれがどうしても気になってしまって。こんなときに言うのもなんですが」


 エアリーの告白に東は直ぐには言葉を返さない。言葉にこそしなかったが、東も内心では同様の思いを抱えていたからだ。恐らくレイルも。別室にいるはずの三大組織幹部、メンバーたちについても、或いは。


 あの事象において働いたのは、技能者としての彼らの常識から大きくかけ離れた力。異常に属する類いの代物。詳細は不明とはいえ、少なくともその慮外を現実に起こせるだけの力と技量とが向こうにはあるということになる。それとこれから一戦交えようという時分に、気にするなと言う方が無理な話だった。


「……ここに来てそんな気にすることでもねえだろ。協会にいるとき俺も少し打診してみたが、あの婆さんたちがなんか策を持ってそうな感じだったぜ? 代案もねえし、そっちは組織に任せとくしか」

「いえ、それはそうなんですが……」


 迷った挙句に出した気づかいは、エアリーの言葉で呆気なく意味を失わされる。空ぶった気まずさから、ワシワシと頭を掻き。


「じゃあ何だっつうんだよ」

「今の『アポカリプスの眼』のメンバーは、組織からマークされていた人間が殆んどでした」


 事前に配布されたリストの内容。それを聞いて、東もエアリーが何を言いたいのか察しが付く。


「あの五人が潜伏できたことが不思議だってのか?」

「はい」


 東に対しエアリーは頷きを返す。――思えば、冥希の死からして不自然なのだ。


 救世の英雄にして元より名高い逸れ者が自殺したという事件は、特殊技能社会においてかなり有名な話だった。……影響の大きさを考えれば三大組織も当然確認を取ったはず。その上で、蔭水冥希の死は真実のものとして皆に捉えられていた。


 それが実際にはフェイクだった。言ってのけるのは簡単だが、実行に掛かる手間がどれほどのものかは想像もつかない。十年間ただ閉じ籠っているわけにもいかないはずだ。腕を鈍らせないためには鍛錬と少なくとも実戦に近いレベルの模擬戦闘が必要で、そのためには場所の確保と、術技を扱ってもそれを悟らせないだけの入念な隠匿が必要になる。……至る所に張り巡らされた、三大組織の眼を掻い潜った上で。


「彼らの後ろに、いるのではないでしょうか」


 ――そんなことができたのはなぜかという疑問について考えるならば、東たちとしても、思い描かないわけにはいかない。


「三大組織を欺けるだけの力を持つ、ナニカが」


 慮外の力を秘めた得体の知れない脅威。その力は恐らく、世界三大脅威とも――。


「――そうだな」


 重い思考に答えを返しかねた東に代わり口を開いたのは、レイル。顎に手を当て、身を乗り出す。


「エアリーの上げた点に加えて私が気になっているのは、今回の襲撃者たちがわざわざ『アポカリプスの眼』を名乗っていることだ」

「……ってえと?」

「私たちがよく知っているように、以前の『アポカリプスの眼』は志半ばで壊滅した。その滅びた組織の名を、なぜ敢えて背負う必要がある?」

「単なる模倣犯とかじゃねえのか? 似たようなことをやった連中に験担ぎであやかろうとしてるとか――」

「それだとまた壊滅させられることになりませんか?」

「……そうだな。意外と間抜けな奴らなのかもしれねえ」

「まあ、間抜けな東が口にした可能性もあるにはあるが」


 東のボケを流した後、レイルは一瞬悩むような顔つきを見せて。


「機関を襲撃した魔術師は、高度な幻術の使い手ということになっているね」

「ええ、確か。それが?」

「襲撃に関する機関の報告書では、機関を襲った内容はそれだけではなかったようだ」

「……相変わらずサラリと言いますね」


 討伐に参加するに当たり、東たちには組織側から『アポカリプスの眼』について現時点で判明している分の情報が渡されている。各々の素性、来歴、生存者や被害状況から見た使用技法の推測などが記されていたのだが。


 東たちがあくまで部外者である以上、知られるのが望ましくない情報については削られている可能性がある。レイルが見たと言うのは機関内におけるその原本。それでも共通の敵を相手にする以上、戦闘に必要な事項は遺漏なく載せられていると思っていた。


「んな大事な情報をどうして載せねえんだか。これだから組織って奴は……」

「あの襲撃時、執行者を含む本部の職員全体で殺し合いが起こっていたらしい」

「……は?」

「ナンバーズが複数人いながら事態に対処できなかったのも見たところによるとそれが大きい。幻術も含めた二重の混乱に陥れられた結果、術師一人にしてやられることになった」


 まるで予想外の内容を告げられて、東は考えを新たにする。……それは。


「……機関としてはどうあっても表沙汰にはできないでしょうね。しかし……」

「何かに似ていると思わないか? エアリー」

「……《赤の戦禍》」


 エアリーが零す。それはかつて、彼女が討伐した『アポカリプスの眼』のメンバー。


「彼が使っていた能力に似ています。……確かに。……ですが……」

「彼らが使っていたのと、同じ能力を扱う人間がいる」


 東にとってもその内容は衝撃だった。――あり得るのか?


「残念ながら私の方に覚えはないが、他に怪しいと踏んでいるのはこの辺りだ」


 そんなことが。続きレイルが指し示したのは聖戦の義の被害記録。


「襲撃から五分後に、信徒十数人が見たことのない病によって死亡したとある。襲撃後の調査でも詳細は分からなかった。別方面では襲撃直後に黒い獣が現われ、信徒数十人を食い殺した。心当たりはないか? 東」

「……」


 渡された資料に東も一通り目を通してはいた。……そのときには気付かなかった。いや、気付こうとしなかったのかもしれない。


「……ある」


 自分でも驚くほど色を失った声で、言う。


「《十冠を負う獣》だ。……俺たちは、奴の喚び出した魔獣と戦った」

「つまりこういうことですか?」


 半信半疑。自らの言葉の内容を確かめるように、慎重にエアリーは台詞を紡ぐ。


「彼らが使ってた力は、彼ら自身の力ではない。誰か、若しくはなにかによって、与えられていた」

「あくまでも考えられる一つの可能性としてだがね」


 レイルが息を吐く。火付け役となった資料の束を冷厳な視線で見遣り。


「奇妙な一致が確認できたのは六人のうち二人だけだ。黄泉示くんたちの話によれば冥希はなにも特別な能力は使っていなかったらしいし、他のメンバーについては情報が漏れて来ていないから確かめようがない。……秋光が生きていれば違ったかもしれないが」


 重い沈黙が場を支配する。話された内容にそれ以上付け加えられることはなく。


「……どの道」


 口を開いたのは東。闇の中を手探りで進むように、慎重に紡がれた語。


「俺らにできんのは戦いだけだ。ならとにかく、敵を倒すしかねえ」

「脳筋の貴方と一緒にされては困る、と言いたいところですが」


 東が思う限りこの中で一番の脳筋であろう――エアリーが指を鳴らす。


「ことこの場に及んではそうですね。世の平穏を守るため、全力を尽くしましょう」

「……そうだな」

「はっ、平和の為に戦うとか、お前ららしくもねえ」

「同じ台詞を返すとしよう」


 口元に笑みを浮かべながら、三人は向かい合う。先ほどまでとは違った、和やかな時間が流れていた最中――。


「――あんたたち! もうそろそろだよ!」


 聞こえてきた声が場に満ちる空気を破る。


「……行くか」

「行きましょう」

「行くとするか」


 誰からともなく。ほぼ同時に三人は立ち上がると、それぞれの得物を手に外へと退出して行く。


 残された室内には――まだ熱を持ったままのカップが三つ、テーブルの上に置かれていた。



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