第九節 離別 東たちの場合
「……」
探し回ること暫く。
勢い込んですぐに飛び出て来てしまったが、この広い本山内だ。当てもない捜索は外れを引くばかり。……思えばこれまでは大体のところ小父さんたちの方から現われてくれていた。いざ自分から探そうとするとここまで大変だったのかと、そんなことを思う。やはり色々と忙しいのか。先輩たちや郭も捕まらないし……。
とはいえ小父さんがいそうな場所はしらみつぶしに探してきた。そろそろ当たりがあっても良い頃のはずだと、そう思って意気を入れ直し。
「……」
ここか……? 地図で『特殊訓練場』と書かれた一部屋。開け放たれた扉を見て
「小父――」
掛けようとした言葉は、中途で途切れた。
「――」
部屋の中央。両掌を膝に置き、正座の姿勢を取っているのは紛れもない東小父さん。いつものようなラフな服装。出で立ちは何一つとして変わらないが。
その周囲に放射を描くように置かれた六振りの刀に目を引かれる。長さから形状までてんでバラバラの、何れも各々横にある鞘から抜かれた真剣。それに加えて何よりも、空気と小父さんの横顔とに満ちる緊張が違っていた。
「――ッ」
即座に。視線を落とすことなく斜め後ろの刀を手に取り、振るう。刀一本に付き数回。終わりごとに正座へと戻り、次から次へ刀を持ちかえて繰り返していく。――その動きが目で追えない。
「――」
切れ目のないフィルムを見せられているように絶え間なく展開していく白刃。俺のような半端者にさえ一つ一つの動作が極限近くまで洗練されていることを感じられる。……特訓の時などとはまるで違う。これが、小父さんの――。
「――どうした?」
声を掛けるタイミングを見付けられずに棒立ちになっていた俺に対し、止められたその動きの中から声が跳ぶ。……とっくに気が付いていたのか。いえ、と言いつつそう思いながら、小父さんの方へ足を進めた。
「……済みません。鍛錬中だったんですね」
「構わねえよ。そろそろ終いにするつもりだったし、寧ろ丁度良いくらいだ」
言いつつ手にしていた刀を鞘へ押さめる。……見ればいつの間にか、抜き放たれていた刀は全てが元の鞘に納められていた。
「――こいつらか?」
どうしても目が行ってしまう俺の視線を見て取ったのか。置かれていた刀たちを一瞥する小父さん。
「『夜月六刀』――つってな。ざっくり言えば、俺本来の得物だ」
……夜月。その名前は小父さんの生家として知っている。蔭水の『雪月花』と同じように、夜月家に伝えられる宝刀らということだろうか。それにしても……。
「……扱い辛くないですか? 一度に六本も刀を持って戦うのは」
「ぶふッ‼」
――吹き出された。
「……いや、悪い。当然の疑問だな」
一つ咳払いして小父さんは執り成す。……違うのか? 六刀と言うからには……。
「流石に六振りを一度に扱うのは無理だな。こんだけ下げてたら動くのに邪魔だし、第一腕が足りねえ」
「なら……」
使う刀を選んでいた――とかだろうか。
「ま、そいつは別の話だ」
恐らくは話題を打ち切った――小父さんが改めて俺の方を向く。
「用があんだろと言いてえ所なんだが、俺もお前に用があってな。……悪いがこっちの話からしても構わねえか? そう時間は掛からねえからよ」
「はい」
首肯する。……父との話を訊くのはきっと、それなりに重い話になる。ならばその前に、小父さんの用件を片付けておいた方がいいだろう。
「そうか。じゃあ言うぜ」
そう考えた俺の前で。なぜか小父さんは、深呼吸をするように深く息を吸って。
「――【無影】を捨てろ。黄泉示」
傾けていた俺の耳を、予想外の宣告が打った。
「……え?」
「腐ってもそいつは蔭水の奥義だ。はっきり言って、お前に扱い切れる技じゃねえ。それに――」
なぜ。そう思う俺の反応も予想に織り込まれていたように、小父さんは態度を変えないまま話し切ろうとする。
「お前の得物――『終月』は、そもそもこの技に不向きだ」
「え――」
「鞘がねえだろ?」
言われてそのことを思い返す。……そうか。
「蔭水の【無影】は抜刀術だ。鞘があることを想定して作られてるし、お前が習った中にもその動きが含まれてる」
多分な、と。以前に俺の動きを見ていた時から見抜いていただろう内容を付け加える小父さん。……鞘を前提とした技の組立てである以上、そもそも終月を使っては満足に再現できない。
「……」
――衝撃はある。
それでも言われている内容は理解できた。俺の使っている【無影】は複数の意味で俺に合っていない。そういうことなのだろう。小父さんの力量を知っているからこそ、その見立ては信用できる。
「……だけど」
声に出す。俺の中に浮かんでくる、一つの懸念。
「俺は、これしか……」
「習ってねえってか?」
図星だった。向いていないと言われようとも、【無影】は仕留め役である今の俺の唯一の強み。そう簡単に捨てることはできない――。
「だろうと思って一応、考えてはあんだ」
そう思う俺の視線の先で。小父さんが、置かれた刀の中から一般的な形をした一振りを手に取った。
「――見とけよ」
そう言って取られた構え。【無影】のように浅く膝を落とし、抜身の刀身を腰元に引き付ける。全身を縮み込ませ、そのまま一気に――。
「――」
振り抜いた。空気を断裂させる輝きの弧を描く白刃。遅れて届いた風圧が、俺の髪を僅かになびかせる。
「……」
……どう言ったものだろうか。
俺の眼に間違いがなければ。今見せられたのは……。
「どうだ?」
「……」
分かったか? という意味なのだろう。先に目にした光景をもう一度考えながら、言葉を紡いだ。
「……全力で、刀を振るう……?」
「そうだ」
半信半疑で言った見立てに、小父さんがはっきりと頷く。――やはり。
「お前の強みは蔭水の血筋で、高い身体能力を持ってるってことだ。この間の特訓で更に高めたそれを、一発に全て注ぎ込む」
間違ってはいなかった。言いつつもう一度。引き絞られた体躯から一息に放たれた抜身の刃は、天井から降り注ぐ光を受けて一瞬、瞳に煌めきの残滓を映した。
「小難しいことは気にせずに、思いっきりな。下手に技に気を使うよりも、こっちの方が威力も速度も上がると思うんだが……」
「……」
物は試しだ。背中に掛けた袋から終月を取り出し、小父さんの見よう見まねで中腰に刀身を引き付ける。数度の息で呼吸を整え、思いっきり――。
全力で、振り抜く‼
「――ッ――」
……確かに。
自分でも随分我武者羅だとは思うが。姿勢や刃の角度にまで注意を払っていた【無影】の時と違い、却って力を乗せやすい気がする。終月がより前へと延びていくような、そんな手応えも感じられる。
「どうだ?」
「……良い感じです」
「そうか」
なら良かったぜ、と。どこか安心したように、小父さんが小さくも朗らかな笑みを見せた。
「注意しとくのは、その技を使うのはできる限り本当に決めの一回だけにしとけよってことだ」
「……?」
「この先もしそれを使う機会があるとすりゃあ、格上相手ってことになるだろうからな」
「――」
使う、機会。
「力量が上の相手に、一度でもトップスピードを見切られりゃあお終いだ。通用するチャンスは一度。それまではひたすら粘って守って、敵の隙を見抜くことに注力しろ。――とにかくまずは死なねえことだ。攻撃ができんのはそれからでも遅くはねえ」
「……」
その言葉の意味合いを。……敢えて、俺から尋ねることはしない。
「……俺から言っとくことは、それで全部だな」
どこか覚悟を決めたように、小父さんが息を吐く。
「――でだ。用があるんだろ? 黄泉示」
「……はい」
軽く握りしめた拳。何も言うことなく小父さんは待っている。その態度に、今一度心を決め――。
「東さん」
あの頃に戻ったように。父の息子として、そう言った。
「――十年前の戦いの事を、教えて欲しい」
「……」
全てを話し終え。一人となった訓練室で、東はタバコを吹かす。……十年ぶりになるそれは、いつになく苦いと感じる味。
「――臆病ですね、東」
「……うるせえな」
扉近くからひょこりと顔を出したのはエアリー。気配を察していた東に驚きはない。
「お前の方こそ、話は済ませてきたのかよ?」
「……まあ、一応は」
その表情に、引っ掛かりのあるものを覚える。……まさか。
「……やらかしたのか?」
「そうではありませんが……」
自分でも分からないかのような、どっちつかずなエアリーの答え。
「近いかもしれませんね。難しいものです。本当に」
「――」
いつになく沈んでいるようなその姿を前に、東が迷いつつも口を開こうとした――。
「――なんだ。大戦を前にして辛気臭い」
丁度そのタイミングで。戸口から揚々と入って来たのは、レイル。
「まあ、二人とも戦闘能力の代わりに、言語による表現能力が今一つだからな。知的な営みはゴリラには難しい――」
「――」
言葉で返す間もなく振るわれる重戦棍。唸りを置き去りにして迫ったその柄頭を、レイルは見越していたように上体のスウェーで躱し。
「ッ!」
更にその動きを見越していたように下腹部へと抉り込まされた左拳に、弾かれるようにして宙を飛んだ。
「――危ない危ない」
空中で一回転。スーツの短い裾をはためかせつつ、レイルは軽い靴音と共に片足から華麗な着地を決めてみせる。
「もう少しで内臓を持って行かれるところだった。恐ろしいね」
「なにを白々しい。きちんと流したではありませんか」
拳が完全にその威力を伝える寸前、レイルは身体の軸をずらし、自ら上方に跳ぶことで衝撃を抑えていた。完全にとはいかずとも、七割近くは殺されたと思って良いだろう感触。それに迎えた腹筋の手応えは。
「軟弱かと思いましたが、ある程度は鍛えてあるみたいですね」
「エアリーが加減してくれたからさ。古代の類人猿の本気は、高度に知的化した現代人類には厳し過ぎる」
「もう一発いっておきますか?」
「あー、そろそろ話戻していいか?」
にこやかに拳を固めたエアリー。東の発言を受けて、警戒距離を保っていた二人が近付いてくる。
「珍しく怒らないんですね、東」
「タイミングがタイミングだからな。ちょっと時期が違ってりゃあ、そこの六刀でレイルの奴は今頃お陀仏だったよ」
「はは。それは面白い。嘘八百でないかどうか、是非また今度頼むよ」
まるで本気にしていないかのような顔付きにイラッと来るが、わざとだと分かっているので敢えて耐えることにする。東の思惑通り、乗って来ないと分かるとレイルは直ぐに表情を変え。
「――まあそれはさておき、私はこういう時の為に事前に話す内容を纏めてあったからね。備えあれば憂いなしと、確か君の国の諺にもあるだろう」
「へいへい。事前に準備もしてこない頓着野郎で、悪うござんしたね」
「なんですかその喋り方」
突っ込みに口をとがらせたエアリー。一拍を置いて、頬の力を抜いた。
「まあ、やれるだけのことはしたと思いますよ」
「まあ……な」
……やれるだけのこと、か。
自嘲気に東は思う。自分にはそんな事を言う資格はない。自分はできなければならなかったし、そうしなければならないだけの責任があるのだ。……そうは言ってもそれを果たせたのかは、やはり東にも分からなかったのだが。
「まあ何だ。ひとまずこれで――」
声の調子を上げたレイルが、一瞬、その端正な頬立ちをニヒルに歪めた。
「……憂いなく決戦に臨むことができるなどとは、とても言えないがね」
頭を降る。その様はまるで、我が子について悩む一人の親のようで。
「心残りはそれこそ山のようにある」
「当然です。一度引退した身で、こんな呼び出しに応じることになるとは思いもしませんでした」
「……全くだな」
しんみりした空気。それに釣られるようにして思い浮かんでくる事柄があった。
「秋光の奴も、まさかこうなっちまうとはな」
「……本当にそうですね」
二人して息を吐いた。――弟子による裏切り。よりにもよってあの秋光がそんな最期を迎えることになるとは。……先のことは誰にも分からない。そうとはいえ、なぜここまで……。
「――その件も踏まえて、今日は腰を据えて飲もうじゃないか」
立ち込める暗鬱な空気。それを弾き飛ばすように広げたレイルの手の内に手品の如く現われたのは、最高級ワインのボトル。
「お前、それ……」
「……またレイルは」
「少し借りてきただけさ。無断でね」
頭を抱える二人に、レイルはどこまでも笑顔で言う。窃盗を犯したという屈託など微塵もなく。
「生きて帰れれば利子を付けて返そうと思っているよ。厨房で聞くところによると、此処には他にも結構良い酒が揃っているようでね。下の倉庫には、ウォッカから日本酒まであるそうだ」
「――」
「――」
それを聞いた二人の目の色が変わる。抱えていた頭から降ろされる二本腕。
「そりゃいいな」
「付き合いましょうか。ばれたら全部レイルのせいにすればいいんですし、乗り得ですね」
「勝てないと分かっている相手を敵に回すのは利口とは言えないな。――それより内部の人間を犯人に仕立て上げた方が良い。そこらの協会員なら証拠も入手しやすいし、オススメだ」
「あー、止めとけよそれは。どうせばれるんだし、ゆっくり飲み交わそうぜ。――つか覚えてるか? 秋光の奴、会った頃はよ――」
花の咲く過去話と酒の奪取とで賑やかに騒ぎ立てつつ。東たちは、訓練場を後にする――。




