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第八節 離別 ジェインたちの場合

 

「……」


 黄泉示からの話を聞いたあと。


 ある目的を以て連日ジェインは書庫に通っていた。二日を徒労に費やし、進展があるとすれば今日。その期待の分意気込んで臨んだ――。


 ――はずだったのだが。


「……どうしてお前がいるんだ」

「それはこっちの台詞ですがね」


 げんなりとした視線を迎えるのは郭。同じほどジトリとした目付き。


「ここは協会の書庫ですよ。本来なら、部外者は立ち入らないべきでは?」

「そちらから禁止されていない以上、何を言っても意味がないな」


 半ば挨拶のようになっている掛け合いを数秒で終え――手元の資料にジェインは視線を戻す。期待していた内容が無いことを確認し、次へ。


「しかしまた、どうしてそんなことをしてるんです」


 単なる世間話か、何かを探ろうとしているのか。どちらにせよ無視と言う選択肢を取ることなく、郭は懲りずに話しかけてくる。


「僕からすれば今の貴方たちにすることなどないような気もしますがね。前にも言いましたが」

「……物事に絶対はない」


 流れる文章に眼を通しつつ、答える。


「万が一という可能性もある。備えはしておいた方が良い」

「……三大組織が破れると?」


 疑わしげに訊いた郭。答えないジェインの態度を、鼻で笑い。


「あり得ませんよ。確かに『アポカリプスの眼』の襲撃は見事でしたが、それも彼らが奇襲を成功させたからこそ」


 語られる見立ては、賢者見習いとして三大組織の力の大きさをよく知っている者のもの。


「正面からまともにぶつかり合えば、力量的にも物量的にも組織側が圧倒的に有利です。向こうがあれだけの大掛かりな仕組みを敷いたわけでもある」


 ――確かに。


 そのことはジェインとて理解している。情勢を巡る概ねの考えは、郭と一致していると言って良い。


 だが……。


「……」


 湧き上がる記憶。恐らくは郭が知らずに、ジェインが知っていること。


 ――一度だけ迎えに来る、か。


 蔭水冥希が黄泉示に残したという台詞。言葉自体はただ単に息子への勧誘を示すもの。状況から考えてもそれ以上の意図はないだろうが。


 ――今回の組織側の反攻を、アポカリプスの眼が予測していたとすれば?


 その上であの台詞を口にしていたならば。……決して無視することはできない。少なくとも蔭水冥希は既に、後を見据えていることになるからだ。


「……」


 勝算がある、ということか?


 物量差を覆す何か。切り札、奥の手。そう呼べるような何かしらが。


 その手掛かりの片鱗でも掴めればと思ったが……。


「……」


 ――やはり駄目だ。


 そう判断してジェインは溜め息と共に資料を置く。当然と言えば当然だろうが、前回のアポカリプスの眼との戦いについても殆んど詳細な記録がない。


 部外者の立ち入れない別の書庫にはあるのかもしれないが、郭に尋ねてもそれを答えはしないだろうとジェインには思えた。そもそも黄泉示の父、蔭水冥希が所属している時点で今回のアポカリプスの眼と前回とでは構成員が違っている。過去から幾ら情報を得たとしても、それが役立つ保証はどこにもない。


 蔭水冥希については名前が割れていること、元は特殊技能社会でかなりの有名人だったことから考えてもそれなりに記録はあるような気がしたのだが、あるのは漠然とした記述ばかり。……これについては黄泉示の方が詳しいのだろうが。


 今の彼から更に話を聞くことは流石に躊躇われた。どうしたものかと、天井を仰ぎ見――。


「――あら」


 唐突に響いた、耳慣れたその声に振り返る。


「――神父?」

「こんにちはジェイン。お邪魔します、と言った方が良かったかしら」


 エアリーだ。教会にいた頃と変わらない居住まいで郭の方をちらりと見る。その時点でジェインには嫌な予感しかしない。


「……もしかして……」

「神父」


 言わんとしていることの大筋は想像がつく。自分としては全力で否定するしかないその内容が、言葉になる前に押し留めた。


「そういうのは良いですから。本当に何もないので」

「あら。そうなんですか。残念ですね……」


 ――やれやれ。


 内心で息を吐く。エアリーに対しては色々な意味で感謝しており、人格的にも能力的にも敬意を表しているジェインだったが、この点だけは昔から困らせれているところがあった。女子と二人でいると直ぐ恋愛方向へ話を発展させようとするのは止めて欲しい。自分だけでなく相手にも迷惑になりかねないし、それ以上に厄介な面倒を引き起こす可能性もある。


「彼に会いに? エアリー女史」

「はい。少しお借りしても構いませんか?」

「それはもう。願ってもないくらいです」

「……なんですか神父」


 相変わらずの郭の台詞を記憶に留めつつ……ジェインは本を開いたまま、立ち上がる。このタイミングでの話。余り良い予感はしないと言うのが本音だが。


「ここではなんですので。少し、外に出ましょうか」


 悠然と踵を翻すエアリーに続いてジェインは書庫を後にする。浮かんでくるのは幾つかの想定。それらを確定させるために。


「それで――話とは?」








「……」


 過去の告白から三日。未だ、俺は部屋で一人悩んでいる。気に掛かっているのは当然、父と小父さんが共に参加するという次の戦いのこと。


 ――小父さんは、父と戦うつもりなのか?


 あの時に訊きそびれてしまった、その疑問が頭から離れてくれない。かつて父の友であり、仲間であったという小父さん。それがもし、そのつもりでいるのなら。


「……」


 ……仲間だったのなら、それは互いにある程度手の内を知っていると言うことでもある。志願したのではなく組織から助っ人として呼ばれたのだとしたら、戦力と言うよりそんな戦略上の事情が大きいのかもしれない……。


 ……いや。


 逃げるような思考を止める。……小父さんは間違いなく戦力として呼ばれている。だとすれば、やはり。


「……」


 ――どうすればいい?


 俺は。決戦に参加できない身で。この状況で、何ができる?


 いや、それ以前に……。


 ――俺は果たして、何がしたいのか。


「……」


 父が本当に『アポカリプスの眼』の一員となり、世界の破滅を志しているというのなら。


 それは止めなければならないだろう。……今の父の誘いに乗る選択肢は俺にはない。だが。


「……」


 ……漠然と止めると言っても、それはどういうことだ?


 戦ってということであればそれは無理だ。俺では父の足元にも及ばない。立ち向かっても勝ち目がないということは、以前挑んだことでそれこそよく分かっている。……そもそも。


 ――話がしたいという気持ちもあるのだ。もしかすればあの態度は演技かもしれない。


 かつての父の行いを考えるならその方が余程自然に思える。復活した『アポカリプスの眼』を内側から崩壊させるために、自ら潜り込んで……。


〝――お前が、私の何を知っている?〟


 脳内で展開される、そんな都合のいいフィクション(妄想の筋書き)が。耳に残っている、父本人の言葉によって掻き消される。


〝子どもだったお前に、私が全てを見せていたとでも思うのか?〟


「……」


 ……駄目だ。


 否定しようとする度に父のあの言葉が。二人を呆気なく切り捨てた、あの刀が、あの眼が思い起こされてくる。……嘘や演技とはとても思えない。だが、しかし……。


「……っ」


 分からない。父の余りの変わりように、受け入れが追い付いていない。なんでだどうしてだと、疑問ばかりが頭の中を渦巻いている。ぐちゃぐちゃだ。心の中が。


 俺は、一体……。


「――」

「――黄泉示さん」


 軽いノックの音。続けて聞こえてきた声に、ベッドから起き上がる。


「フィアです。……いますか?」


 ――フィア。……気は重い。だがいる以上そうも言っていられない。気力の欠けた身体に内心で喝を入れて、ドアを開ける為に立ち上がる。――開き。


「……どうしたんだ?」

「その……」


 開けた扉の向こうに立っていたフィア。今の俺たちの間にしなければならないような要件はない。訪ねてくるような動機も、特になかったはずだ。


「立慧さんのお見舞いに、クッキーを焼こうと思ってるんですけど……」


 おずおずと言い出す。……そんなことを考えていたのか。


 俺が悩んで、動きを止めていた間に――。


「自分じゃよく味が分からなくて。……味見してもらえませんか?」

「え?」


 予想外の言葉に視線を移した先。手に握られている袋に、小麦色をしたお菓子が詰まっているのを見止める。――一瞬。


「あ、ああ」


 遅れてから漸く事態を飲み込んで。扉を押さえ、フィアを中へと招き入れた。


「……」

「……どうですか?」

「……美味い」


 テーブルの前に座り。初めに手に取ったクッキーは丸型。その他の形は星や四角など、手で形を作ったのか所々少し不格好なものもあるが、味は文句なしに美味しい。焼き加減も丁度良い感じだ。


「良かったです」

「……こっちのは?」

「あ、それはゴマが入っていて――」


 加えて味にもバリエーションがある。香ばしいゴマの香りが、プレーンとはまた違う触感を生んでいる。……どれも美味い。料理上手なのは知っていたが、こういったお菓子も作れるとは。


「……よく作れたな」

「先輩に話したら、協会の方々に言って材料や厨房を貸してくれたので……」


 本山の厨房を貸してもらったのか。見ている人間がいればフィアの手際に驚いたに違いない……そんなことを考えながら、暫く無言でクッキーを齧る時間が続く。


「……悩んでるんですか?」


 掛けられたその一言は、丁度飲み込んだ口の中の甘さが掻き消えた瞬間だった。


「お父さんのことで、なにか」

「……」


 ――一瞬、黙っておこうかと迷う。


 これは俺の問題だ。フィアに語って聞かせたところで、彼女の時間を奪ってしまうだけかもしれない。……負担を掛けてしまうだけかもしれない。


「……ああ」


 それでも、俺は頷いてしまっていた。……自分では。


「……自分でも、何をしたらいいのか分からないんだ」


 今の俺ではどうしようもない。幾ら考えてみたところで埒が明かない。答えが出ない。


「父が余りに変わり過ぎていて。……なんであんなことをしてるのか訊きたい。話をしたい」


 出すことができない。……これまで一人で悩み続けたことで、そのことだけは良く分かってしまっていた。


「けど、もう協会や小父さんたちが準備を進めてる。俺が行っても、どうにもならない」


 現状を変えるには余りに俺は弱く、無力だ。その方向に望みはない。……俺の抱えている問題なのに、俺は。


「何もできない。今の俺には……」

「……」


 本当なら聞かせるべきではない思いを、フィアはただ黙って、しかし確かに聴いていてくれている。……今なら。


「……小父さんが」


 この思いを口に出せるかもしれない。一度表にしてしまえば戻れない。そのことに躊躇いを覚えながらも、フィアがこうして来てくれたことを何かの切っ掛けにしたくて、迷いを断ち切るように言葉にする。


「小父さんが、何か、知ってるような気もするんだ」

「……東さんが、ですか?」

「ああ」


 三日前。フィアたちに自分の過去を話していて気が付いたこと。……父が自殺を装って家を出たのは、以前の『アポカリプスの眼』との戦いのあと。


 十年前の戦いの直後だ。あの戦いは俺にとって、これまでは母を殺し、父の自殺の要因を作った忌まわしい出来事でしかなかった。『救世の英雄』などという通り名で持て囃される代わりに、俺の両親を終わらせた出来事だと。そう信じて疑わなかった。


 だからこれまでの間それについては訊かなかったし、小父さんも恐らく俺に話そうとはしてこなかった。……だが父の自殺が事実ではなく、あれ以来、実際には世界の破滅を目指して動いていたのだとすれば。


 あの戦いが契機となっている可能性は大いにある。あの戦いで父と共に戦った小父さんならば、何があったのかを知っているはずなのだ。


 しかし――。


「……恐いんだ」

「……え?」


 赤裸々に。フィアの訊き返しに、浮かぶ思いを告白していく。


「……もう長い間、父は死んだものだと思っていた」


 ――この十年間。俺の人生は、父の自殺の上にあったのだと言って良い。怒りと哀しみと失意の綯い交ぜになったその事象が、小父さんの助けを借りて進む俺の足場になっていた。


 それがそうではなかった。……俺が事実だと思い足場にしてきた出来事は、実際には真実ではなかった。俺の根底が、物語が揺らぐこの感覚。


 ましてや十年前の戦いについては、今なお俺は何も知らないでいるに等しい。――知ろうとすらしてこなかったのだ。今になって小父さんから詳細を聞けば、知らないでいた事実が無知を貫いた俺にそれこそ怒濤の如く跳ね返って来るだろう。……そうなれば。


「……俺と小父さんの関係でさえ、変わってしまうかもしれない」


 不問と沈黙の上に成り立っていた小父さんとの関係は。……少なくとも俺の側は、その影響を免れないことになる。どんな事態が起こるのか、想像もつかない。


 ――退き返せない。小父さんに対する感謝も、これまでの俺の歩みも。何もかもが崩れ落ちてしまうような気がして。


「……」

「……黄泉示さん」


 小父さんの側から俺に話しをしてこないのも、そのせいではないのか? 疑心暗鬼が鎌首を擡げる。……やはり話すべきではなかった。こんなことを話しても、フィアには何もすることがない。手遅れとなった場面で後悔が胸に押し寄せ――。


「……っ⁉」


 ――手を握られた。そのことに霹靂のように驚いて、伏せていた眼を上げる。……フィアが。


「……大丈夫ですよ」


 俺を見ている。翡翠色の瞳で、揺らぐことなく、真っ直ぐに。


「……黄泉示さんのこの間の話を聞いていて、思いました」


 フィアの口から出されるのは、数日前に俺が打ち明けた過去。


「黄泉示さんが、どれだけお父さんと東さんのことを大切に思っているか」


 ……いや。聞いていて気付く。フィアが見ていたのは、語る俺自身。話の内容ではなく、それを話している俺を……。


「だからきっと、大丈夫です」


 言葉と共に少しだけ強く手に込められた力。伝わってくる暖かみに、自然と自分の手にも力が籠る。


「……私はそう、思います」

「……」


 ――きっと大丈夫。


 文面だけ見るならば何とも投げやりな声掛けだ。なんの保障も、根拠も、支えもありはしない。ただ目の前の一人の思いと言葉。


「……」


 ……それでもなぜか。


「……ああ」


 少しだけ、目の前が真っ直ぐになったような気がした。……見つめる翡翠色の瞳。揺らいでいた足場が……。


「そうかも、しれないな」


 元に戻る。その感覚を確かに覚え。


 手を握り合ったまま。俺たちは、暫くの間そうしていた。


 ――


「――済まなかった」


 手を離したのち。フィアに向けて、頭を下げる。


「気を遣わせて。……ありがとう」

「そんな。私は……」


 考えてみれば直ぐに分かる。……あれだけ料理上手なフィアが、例えクッキーといえ味の分からないはずはない。立慧さんのお見舞いの為と言うのが本当だとしても。


 口実を作って来てくれたのだ。俺の話を聞くために、自分から。


「――訊いてみるよ」


 言葉に出す。フィアの行為に報いるためにも。自分の内に生まれてきた決意を固めるように、目の前の相手に向けてしっかりと声を出した。


「小父さんに、父の事を」

「はい」


 できる限り決然と立ち上がる。──もう、迷いはない。


「――行ってらっしゃい、黄泉示さん」



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