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第六節 賢者の約束

 

「……どういうことだ」


 昨晩に連絡員から渡された、そのリストを手にしてレイガスは詰問する。


「んな顔して言われても、あたしから言うことはそいつと同じ事しかないよ」


 目の前にいるのは同じ四賢者の一人にして現筆頭。コーヒーを手に机に腰掛けたリアが、些か煩わし気な眼をしながらレイガスを見遣った。


「なぜ私と郭が討伐部隊から外れている? よりにもよって――」

「――あんたが除外を推薦した二人が、メンバーに入ってるのかって?」


 ――そうだ。


 三大組織のような著名な組織ともなれば、対応するべきなのは『アポカリプスの眼』だけではない。現時点でそこが最も重要性が高いことは事実だとしても、他勢力への対処を疎かにしていては足元を掬われかねない。レイガスもそのことは当然理解しており、幹部を含めた幾人かを本山に残すことが必要な措置であることは分かっていた。


「慌てなくとも、理由はちゃんと説明するさ」


 だがそうは言っても候補は自分以外にもいる。レイガスのその反応を見越していたかのように、リアは気負いのない雰囲気を崩さないまま。


「まずあんたの気になってるのは葵だろ? まあ、確かにあの娘は正直、今回で前に出すには色々と不安がある。力量がギリだし精神的にも良いとは言えない。経験の方は言うまでもなく不足してるしね」


 その通り。戦略的な見地から言わせてもらうなら、そこまで分かっていてそれを前に出すと言う判断がレイガスにとってはまずあり得ない。頭数が足りないのなら支部長の中から腕利きを選ぶか、郭を出せばいいだけの話。それこそレイガスが推したプランだったのだ。


「ならばなぜ」

「……あいつは、此処で行かせないと駄目になっちまうからね」


 リアの言葉に、思い当たる節。


「……技能者としてか?」

「人としてだね。分かっちゃいたけど、中々に重症だよ。あれは」


 実感の込められた声でリアは溜め息を吐く。……兆候はレイガスとしても目にしてはいた。リアの意図を理解できなくはないとはいえ。


「……勝てるのか? 奴で」

「無論一人じゃ行かせないさ。お守りとして田中をつけるし、本人の選択で上守が付くことも決まった。二人がいれば早々後れを取ることはないだろうし、零との技能的な相性から言っても悪くない。勝機は充分にあるよ」


 苦し紛れに出した台詞は当然リアの用意していた答えによって打ち砕かれる。……分かっている。だからこそ、レイガスとしては郭にこの機に経験を積ませておきたかったのだ。


 腐っても三千風零は元賢者見習い。同格の術師との戦闘と勝利とは間違いなく、今後の郭の成長の大きな糧となったはずであるのに。


「それにまあ、考えようによっちゃあ好機でもあるさ。これまで秋光の為にしか動いて来なかった葵が、初めて自分から嘆願してきたんだから。少し遅くはなったが、独り立ちとしてはいい機会だろ」

「……補佐官の件はいい」


 遅すぎる。苦々しくそうレイガスは思う。そのツケがこの時になって回ってきていると言うのなら癪に障ることこの上ない。ささくれ立つような苛立ちを意志の力で無理矢理に押し退けて、次の詰問へと移す意識。


「私を差し置いて、この若造を出す理由を聞かせて貰おう」


 そう。レイガスが最も不愉快だったのは、よりにもよってアル――未熟な若造であるその男がリストに名を連ねていることだった。


「確かにあいつは若いけど、今回重要視してる〝数〟って点で一つ明確な強みがある」


 幾許かの威圧のこもることになった問い掛けにも、やはり淀みないリアの返答。


「経験の少なさもチーム戦、かつ後方支援ってことならある程度カバーできるだろうし、……正直本山を任せるにはどうも危なっかしくてね。あんたになら私としても安心して協会を任せられる。それだけの信頼と実績はある訳だし、周辺組織への威嚇って意味でも新参より古参の方が効果的だろう」

「今回の討伐に私の力は必要ないということか?」

「そうは言ってないだろ。部隊の一員としていてくれるなら心強いけど、そうするだけの人的余裕が今のうちにはないってことだよ。それに……」


 注目させるように一拍の間を置いて、リアが二つ指を立てた。


「あんたの得意は基本的に治癒と幻術。どっちも特に集団戦じゃあ重宝する技能だけど、聖戦の義と執行機関の協力を得られる今回ならその両方に代わりがある。割れてる連中の能力からしてもその二つが決定打になるような要素は少ないし、要は向き不向きの問題さ」

「……」


 レイガスは再度内心で今耳にした話を検討する。……リアの説明には筋が通っている。討伐部隊として必要な力量、技能、個々が置かれている状況。それらを如何にも総合的かつ客観的に判断して見せたという印象だ。反論の余地はない。そのはずだが。


「まあ、これはもうあとの二組織にも伝えた決定事項だからね。今更あたしに何か言っても無駄ってもんさ」


 その発言が重ねてレイガスの直感に触れる。……確たる根拠がない以上確証を得ることは難しい。しかしレイガスにはどうしても、そこに今述べられたのとは異なる意図が潜んでいるような気がしてならなかった。


「……理屈は分かった」


 だからこそ、己の直感のままに言葉を口にする。


「そうまでして私を討伐に参加させたくないのなら、此処で反論して見せたところで確かに無意味なことだろうな」

「……」


 一瞬。敢えて空けられた間ではなく、その一瞬だけ、リアが黙る。そのことで漸くレイガスは、自らの直感を確信と成した。


「……何故だ?」


 それを問う。凡そレイガスの知っている限り、賢者としてのリア・ファレルは私情を挟んでくるような人間ではない。かつて協会の長である大賢者を務め、その後も四賢者、思わぬ動乱があったとはいえ、今は筆頭を務める身だ。自分と同じかそれ以上に的確な判断を下せるはずなのだし、現に今のリアはそのような一面を見せていた。


 だからこそレイガスには納得が行かなかったのだ。確かに今のリアの説明は筋が通っていたが、仮にバーティンとレイガスの立場を逆転させたとしてもそれだけの説明をできる自信がレイガスにはある。一応の理屈にはなっているのだが、バーティンを殊更に選んだという強い意味がそこにはないように感じられた。つまり――。


「……あんた」


 本命は別にある。それを伝えることについてリアがどう思っていたのだとしても、気付いて問わないという選択肢はレイガスには最早なかった。


「自分で自分の状態に、気付いてるかい?」

「……なに?」

「あの襲撃以来あんたがやけにピリピリしてるって、皆言ってるよ。顰め面はいつものことだけど、それにも増して怖いって。ほら、アンケートもある」


 それ自体が答えとなってしまっている問い返し、続いてリアがどこからか一枚の用紙を取り出す。見覚えのある名前も並んでいるようだったが、そんなことはどうでもいい。


「……私が、秋光の死を気にしているとでも言いたいのか?」

「あんたが今そう思ったなら、そうなんじゃないのかい?」

「ふざけるな」


 ここにきて煙に巻くような――謂れのない言い分に、レイガスの声色に怒気が滲む。


「奴が死ぬことなど分かり切っていた。思うことなど何もない。私が言っているのは――‼」

「ならあんた、自分が討伐部隊に参加したがってる理由を理屈で説明できるかい?」


 言葉の最中で激化しかけたレイガスの感情を。リアの、どこまでも落ち着いた台詞が塞き止めた。


「奴らを許しておけないだとか、戦いたいからだとかそういった事情じゃなく、自分が参加することが討伐隊にとっても利点になるっていう明確な根拠だ。あんたにも敵方の資料は渡してあるだろ」

「……」


 無論の事。そう相手の思惑に乗る形で探した言葉が、出てこない。――当然自分が出るべきだ。


「いつものあんたならそれくらいのことはちゃんと考えてあるだろうさ。なのに今、それが出てこないってことは……」


 レイガスはそう思ってしまっていた。……それについてなぜかと自問するならば。その答えは。


「まあその話は一旦置いとくとしても、こいつが最大の理由なんだが」


 自覚し始めたレイガスに対し、リアはどこかそれまでとは違った面持ちを向けてくる。


「――あんたには今、弟子がいる」


 硬い岩の隙間に染み入る、清水のごとき声。


「幾ら今のうちに余裕がないっつっても、次代を担うはずの連中までこの戦いに駆り出してちゃお仕舞いさね。……どうしたっていつかは、あたしら以外の連中がここを支えてかなきゃいけない時が来る」


 リアの瞳はどこか遠いようで――はっきりと、今を見据えた眼差し。


「ま、葵やアルも本来ならそっち側なんだろうけどね。葵は今言った通りだし、流石に幹部があたし一人じゃ戦力的に厳しいんで、今回はこうさせてもらった」

「……奴自身は良いのか?」

「ああ。割り振りを伝えたら、〝流石リア殿! レイガス殿より私を選ぶとはお目が高い! このアル・バーティン・ガイス、参加するからには獅子奮迅の活躍をしてみせますぞ!〟とか言ってたよ」

「……」


 ひとまずアルには後で何か言っておくこととして。発言の裏となる意図を汲み取り、レイガスは反論の矛先を留める。


「それに、気になることもあるしね」

「……例の件か」

「ああ」


 先日。『アポカリプスの眼』討伐の布石として、三大組織は合同で凶王へと使者を送った。具体的には《凶王の窓》たる賢王派へ向けて使者を出したのだが、なぜか相手方が一向に捕まらないのだ。


 三大組織の情報網を駆使したとしても凶王派の内部事情を探るには限度がある。このようなことはこれまで一度たりともなかったのだが。


「仮に留守中に何かあった場合、アルじゃちっとばかし荷が重いだろ」


 凶王との戦いに於いて問われるのは単なる才覚だけではない。経験に裏打ちされた手練手管。反秩序者とはいえ、王の名を背負う彼らを相手取るには向き合えるだけの重ささえ必要となる。……アルにそれが不足していることは、レイガスからしてみれば敢えて頷くまでもない。


「備えておくことに越したことはないな」

「まあ、そこまで気負わなくてもいいさ。単に凶王から連絡が来る事だってあるかもしれないしね」


 口ではそう言いながらも、リアの態度にはそれが現実となるとは思っていないような節がある。……それについてはレイガスも同意見だった。連絡が来るのならとっくに来ていることだろう。少なくともあからさまに話し合いの体で送った使者たちを今に至るまで黙殺する理由がレイガスには思い付かない。


 ――となればやはり、何かあったのだと考える方が自然なのだろう。


 内紛か、それともこちらへの攻撃の機を窺っているのか。前者であればその動向は当然三大組織にも伝わってくるはず。凶王とて世界の破滅を望んでいるわけではなく、当然今回の一件の内容は掴んでいると思われる以上、流石に後者はないものと考えておきたいとはいえ、それでも可能性は捨てきれないとレイガスは考えていた。……反秩序者の考えていることなど、レイガスにとっては知りたいとも思われなかったが。


「ま、要はしっかり頼むよってこった」


 言い終えたリアが――軽く、レイガスの胸を小突く。


「あたしらの分まで、協会をね」

「……ああ」


 その言葉の意味合いをレイガスはよく理解している。……敵は強大。三大組織が合同で事に当たると言っても、死者が出る可能性は少なくない。それが誰であるかなど、自分たちに知る由もない。


「あの四人を蔭水冥希が狙ってるって話もある。考え辛いとは思うが、別働隊が来るかもしれない」

「――任せておけ」


 だからこそレイガスは、それ以上ないほどの自負を持って頷いた。


「お前たちが戻ってくるまで、私がここを預かろう」


 そう言って――リアの目の前に差し出したのは、硬く形作られた拳。


「心置きなく戦って来るといい。リア」

「……中々殊勝なことも言うようになったね。若造が」


 そこへリアが拳を当てる。……克ち合わされた二つの拳は骨ばっている。染みがつき、皮膚がたるみ、青白い血管が浮き出た老人(終わりゆく者たち)の手。


 そうだとしてもそこには確かに、背負う者としての強さがあった。


「私も歳だ。遠慮なく頼らせてもらおうじゃないか」

「互いにこの齢でよく言える」


 リアとレイガス。二人は不敵な笑みと共に拳を離す。


 ――決戦まで、後数日弱――。



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