第十二.五節 報告
「……」
コーヒーの香りが漂う、執務室の中。
二人の人物がその部屋にはいた。
一人は秋光。自らの執務机の前で、何やら考えるように腕を顔の前で組み合わせている。
もう一人は――リア。執務机に座るという年長者らしからぬ振る舞いの元、何やら綴じられた書類の束を読み込んでいる。
「……しっかし、派手にやられたねぇ……」
読み終えた書類をリアは机の上に投げ捨てる。乱雑に投げ落とされた書類は如何なる作用に依るものか、音一つ立てぬ静けさで机の上に降り立った。
「支部襲撃に続き、今度は支部長が殺されちまうなんて。……協会きっての大問題だね、こりゃ」
「……ああ」
リアの声に応えながらも、秋光は彼自身の考えを纏めていた。
彼の頭を悩ませていたのは、先日のある一件。――支部長、ファビオ・グスティーノの死亡。
「……」
幾度と読み返した報告書を見遣り、秋光は分析を続けていく。
支部近く。外出したファビオの帰りが遅いことを不審に思った支部長補佐が、近辺の古城跡地にて戦闘の痕跡を確認した。
ファビオがその場において何らかの敵と交戦したことは明白。彼が得意とした砂礫属性の魔術の痕跡も現場からは発見されたが、ファビオの遺体は何処を探しても見付からなかった。血の跡さえ残されていなかったことと、地面の特定の箇所だけが強く焼き焦げていたことから、対象はファビオの遺体を跡形も残さぬよう焼き尽くしたのだと考えられる。
だが何よりも驚かされたのは、現場の残留魔力から特定できる魔術の使用者が、ファビオを含め二人しかいなかったという事実。
即ちファビオは一対一の魔術戦にて交戦し、そして敗れたということになる。単体で支部長を上回る術者となれば魔術協会が把握している限りそう数は多くない。当然直ぐに調査の手配をし、手掛かりが掴めるかと思われたが――。
数日が過ぎた今も、ファビオを襲撃した犯人の手掛かりは、何一つ掴めていない。
……ファビオ襲撃前の、覇王派の反秩序者による支部の強襲。
――それ自体が陽動だったのだろうか。
その関連性も秋光の気に掛かっているところであった。ファビオに永仙の件を訊こうとした矢先にこの始末。……ただ。
二つの事件は近日に起きた出来事とは言え、手口が違い過ぎる。覇王派による襲撃はそれなりの規模で、支部一つを巻き込む勢い。対して今回の襲撃は支部長単体に的を絞った暗殺に近いものだ。前者が後者の陽動であった……と見れば理由付けができないことはない。
ただ、それならそれでより効果的な術がありそうなものであり、前者については下手人が割れているということが何よりも違う。無闇に両者を結び付ければ誤りを招くかもしれない。覇王派の襲撃に便乗した、『逸れ者』による案件である可能性……。
「……」
そして何よりも、確かめばならない懸念が秋光にはあった。魔術協会の調査網を掻い潜れる組織、術者など、数えるほどしかいない。遠くであるなら良い。それならばまだ、対処の仕様もあるだろう。だが、仮に近くにいたとすれば――。
「手掛かりは、まだ掴めてないんだろ?」
「……ああ」
リアの声で思考を中断される。
「あんた、さっきから〝ああ〟しか言ってないよ」
「……そうだな」
肩を竦めつつ、リアは言う。
「最悪のケースも、考えといた方が良いんじゃないかい?」
「その為にも、まずは狙いを見定めることが重要だ」
リアに。そして自分自身に言い聞かせるように、秋光は呟く。
――そう。今回の襲撃と暗殺が、魔術協会単体を狙ったものであるのか、そうでないのか。それを見極めることが先決となる。前者と後者とでは、取るべき対応がまるで変って来るからだ。
「ま、分かってりゃいいさ。コーヒー、ここに置いとくよ」
そう言ってカップを書棚の前に置き、リアは忽然と姿を消す。彼女なりに自分を気遣っての行動である。そのことを、秋光は長い付き合いからよく分かっていた。
――一先ずは、報告待ちだな。
そう考えて、秋光は席を立つ。
――冷める前に、コーヒーを飲んでおかなくては。




