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第五節 黄泉示の過去

 

「――」


 その申し出に一瞬、時間が止まった気がした。


 ――普段なら断っていただろう。


 他人の過去を掘り返すような質問に答える義理などない。友人だとしても、いや、友人だからこそ知られたくないということもある。……話す動機がない以上、話さないままでいたはずだ。


 だが……。


 ――今は、少し事情が異なっている。


 ジェインとリゲルは俺の父によって切られた。……俺自身もフィアも、何か一歩が間違っていれば殺されていた。


 父は世界の破滅を目指す組織に属し、世迷言でなくその成就に向けて動き出している。小父さんも、エアリーさんも、レイルさんも父たちと戦うために呼ばれている。その中で。


「……」


 少しでも知れることがあるのなら、知りたいと思うはずだ。ジェインの言い分に思いは遣れ。


「……分かった」


 そして何より俺自身が。……少しでも、切っ掛けが欲しいと思っていた。


「話すよ。……父さんの事と、俺のことを」


 思ってしまっていたのだ。自身の記憶の中にある父と、生きて再び会えた父の姿とは。


 余りにも。……信じ難いほど、異なってしまっていたのだから。


 


 


 

 ――蔭水家。


 日本における数少ない術師の家系であり、紛れもない俺自身の生家。


 長い歴史の中で培われた独自の剣技と術法とを操り、日常の裏を生きる一族。かつては代々の天皇にも仕えていた由緒正しい一族らしいが、俺が生まれた頃にはそんな時代はとうに過ぎ去っており、両親はフリーの術師として活動していた。


 俺がその事実を知らされたのは、小学生の頃。学校に入学して間もなく、いつになく畏まった態度の父と母から、その事実を聞かされたのだ。


 ――凄い、と思った。


 父が度々家を空けること、友人とも思えない風体の人が家を訪ねてくることに疑問を覚えてはいたのだ。父の扱う剣技、母の扱う術法。目の前で披露されたそれらは当時の俺にとって衝撃的で、明かされた正体は何よりも眩しかった。持てる力を尽くして、誰かの為に技を振るう――。


 正にヒーローだ。秘密を打ち明けられた当日、興奮で夜中々寝着けなかったことを覚えている。目を閉じると様々に広がってくる想像と夢……。


 次の日から俺は、両親に自分も技を学びたいと頼み込んだ。父と母は始めのうちは迷っていたようだったが、俺の熱意を受けて最後には了承してくれた。


 ――自分もこれから頑張って、将来は父や母のように、困っている人を助けられる人になろう。


 ……それが俺が初めて持った目標であり、抱いた夢。


 それから俺は父が家にいる時は剣の鍛錬に付き合って指導を受け、母がいる時には術法を教わった。


 残念ながら俺に術法の才能は余りなかったようだったが、それでもめげる様なことはせず、その分剣の修行に集中し、父がいない時にもその指導を思い出しながらひたすら反復練習を続けていた。……それまでは度々家を空ける父に対し、不満のような思いがなくもなかったが。


 ――お父さんも今、誰かを助ける為に頑張ってるんだ。


 そう思うと不思議と誇らしい気持ちになってきて。自分も弱音を吐いてる場合じゃないと、一人の庭で剣を振る元気が出てきたものだった。


 ……思えば、あの頃が俺の人生の中で一番輝いていた時だったかもしれない。


 何も疑わず、ただただ懸命に前だけを見つめて、夢に向かって努力を重ねていた。将来両親のようになって、自分もたくさんの人を助けられるように、……助けるようになると、無自覚の内に信じていた。


 ……だが……。


 そんな充実した日々が暫く続いた後、……あの日は唐突に訪れる。


 十年前のあの日、いつになく緊張した面持ちで両親は家を出て行った。初めての二人での出発。心配そうに見送る俺に、父は〝必ず帰ってくる〟と、ただその一言だけを言い残し、母と一緒に何処かへと赴いた。


 あの時引き止められていれば……。今になってさえ、時折そう思ってしまうことがある。意味のないことだと分かっていても、思うことを止められない。


 ――数日が過ぎた後、約束通り父は家に帰ってきた。無事に帰ってきた父の姿を見て、当時の俺がどれほど安堵し、また嬉しかったか分からない。


 だが母は……。……それからいくら待っても、戻っては来なかった。いつになく口数の少ない父からやっとのことで聞き出せたのは、母が例の戦いにおいて殺されたという、ただそれだけの内容だった。


 ――死んだ?


 あの優しかった母が。……死んだ?


 突然突き付けられた母の死。その光景を実際目にしたわけでもなく、ただそれだけを告げられて到底信じられるはずもなかった。……が、その更に数日後に行われた母の葬儀。


 そこで遺体を入れた棺が燃やされ、遺骨が土の下に埋められる光景を目にしたとき。……その頃には、いつの間にかそのことを現実のモノとして受け止めてしまっている自分がいた。――母は死んだ。


 ……もう二度と、帰って来ることはないのだと。


 幼い自分にはそれだけでも充分に衝撃的な出来事だったが、尊敬していた父の変化は更なる衝撃を俺に与えた。父は元から決して明るい性格というわけではなかったが、それでも誠実で冷静で、どんな時でも頼もしくある人だった。


 しかし、帰ってきてから。とりわけ母の葬儀が終わってからというものの、父は常に沈み込んでいるようで、俺が傍にいても自分からは一言も喋ろうとしなかった。日々行っていた剣や術法の鍛錬もしなくなり、俺が話しかけてもどこか上の空で、ただひたすらに真剣な面持ちで何かを考えていた。……あのときの。


 ――あの時の父の精神状態は相当に酷いものだったのだと、今になってなら分かる。恐らく最愛の妻を亡くした悲しみが、父の心に深い傷を負わせていたのだろう。当時の俺は気付かなかったが、一緒に戦っていたのであれば母の死に様も父は目にしていたはずだ。……とにかく、子供の俺がどうにかしようといくら頑張っても状況は何一つ好転しないまま。


 ただ時間だけが過ぎていった。それでも考えてみれば俺にとってはマシだったのかもしれない。変わり果てた父を何とかしようとあの時の俺は精一杯で、その一念で母の死に押し潰されることをどうにか防げていたのだから。


 ……そんな息の詰まるような日々が、何日か続いた後……。


 ――父は自ら、命を絶った。


 遺体を最初に発見したのは俺だった。……庭に面した縁側。赤黒い血だまりの中で、刀で自らの腹部を切り裂き、根元まで刀が刺さるほど深く喉を貫いて、斃れた父は事切れていた。


 ……あの時見た父の顔が。夢の中で何度も繰り返し見せられてきた表情が、今も脳裏に焼き付いて離れない。


 ――ただ深い絶望に、すべての色を喪った顔が……。


 身寄りは当時まだ子供だった俺一人だったため、葬儀は父の友人たちが主導して執り行われた。……その時のことはよく覚えていない。子ども心に、あの強くどんな時でも冷静だった父が自分から命を絶ったということがどうしても信じられず、ぼんやりと立ち尽くしていたことだけを覚えている。


 ――また、同じだ。


 父の葬儀が終わり、遺体が埋葬される頃になって俺が漸く思ったこと。父も同じように棺に入れられ、土に埋められて土に還る。あの時の母と、同じように……。


 ……なぜその時だったのかは分からない。


 だが確かにその時。突如として、俺の胸に沸き上がる一つの強い感情があった。


 ――それは、それまでに感じたことがない、強い怒り。


 ……父は母と共に多くの人を助けた。見ず知らずの人たちのために見返りも求めず、それこそ最期には、自らの命を犠牲にしてまで力を尽くした。


 ――その結果が、これか?


 父と母が助けた沢山の人は、二人に返し切れないほどの恩を受けていたはずの人々は。……父が助けを求める側に回ったとき、誰一人として助けに来てはくれなかった。


 思えばあれほど頻繁に家を訪ねていた組織の人間も、母が死に、父が戦えない状態になってからは一度たりとも姿を見せていなかった。……使えなくなれば用済みだと言い捨てるかのように。誰も、懸命に父を支えようとする俺のところには来なかった。


 結局のところ、見ず知らずの人間をいくら助けたところで何一つ報われることはない。


 ……いや。報われないだけならまだ我慢できたのかもしれない。決して許すことができないのは。


 間違ったことをしてきたわけじゃない。寧ろその逆を懸命にしてきたはずなのに。……その終わりが余りに唐突で、悲惨なものに終わったこと。


 ――自分の為じゃない。他人の為に身を粉にして戦い、努力し続けてきた。……だから、最期くらいはせめて、幸せに満ちたものであって欲しかった。


 ――いや、そうであるべきじゃないのか?


 ……心の中でそう思った瞬間から、それまで目標にしてきたものが全て馬鹿馬鹿しくなってしまった。今まで自分が積み重ねてきた努力も、目指してきた夢も、只々どうでもいい。


 ――こんな。……こんな誰かのためにすることが悲劇に終わる世の中で。ただ助けられるだけの人間が多くを占める世の中で、それでも誰かのために動こうと頑張って、一体何になるのだろう?


 誰かを助けることをしても報われない。世の中は何も変わらない。――ただ救われるだけの連中を善意から救い続けて。……その思いを誰かに利用され続けた挙句、失意に塗れて死ぬ。


 ――そんな生き方は、俺はしたくない。


 それが、俺があの日抱いた思いの全て。



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