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第二節 見舞い

 

「……」


 個室の中で考え込んでいた俺の耳に、軽いノックの音が響く。


「黄泉示さん。朝食……行きませんか?」


 聞こえてくるフィアの声。徐にベッドから立ち上がり、進む途中に軽く鏡で自分の表情を確認しながら、ドアを開ける。


「――おはようございます」

「おはよう」


 ひとまず挨拶を交わしたものの、それに続く言葉はどちらからも発されてこない。


「……行こう」

「……はい」


 短くそれだけを言って、俺とフィアは、食堂へと向かった。


 ――悪夢のようなあの襲撃から、今日で三日。


 騒動の爪痕はまだあらゆる場所に残されている。……協会内に散らばった鬼と人との遺体。血痕などは収拾が始まってから早々に処理が為され、今では大半が綺麗に消し去られているが。


「……っ」


 残された僅かな飛沫の後が目に入り、思わず目を逸らす。……随所ではこんな風に注視すれば惨状の跡が見て取れてしまう。とはいえそれは全体からすれば極々僅かなもの。寧ろここまで早く処理が行われたことに感謝するべきなのだろう。……当然、それを実際に手掛けた人たちに対しても。


 他方で未だ修復が追い付かず、誰の目にも顕著であるのは建物の損壊。歩くのにも危険な瓦礫や破片などは早々撤去されたとはいえ、壁や天井、床に刻まれた諸々の痕跡は生々しく、あの事態が紛れもない現実のものであったことを俺たちに告げている。どこを見ても残された破壊の後に、目を逸らすことなど出来ない。


「おはよう二人とも」

「おはようございます」

「よ、先に食っちまってるぜ」


 朝食の席――顔を合わせるのは、先輩と田中さん。見たところでは先輩もひとまず、調子を取り戻しているようだった。


 フィアの応急処置が適切だったこと、そして強力な結界のお蔭か傷を浅手に抑えられていたことが幸いし、あの後先輩は比較的早く体調を回復することが出来た。当然協会の健診も入ったが問題ないとの結論に終わり、今はこうして普通に朝食の場に出て来られるまでになっている。


 フィアに関しては魔力の消耗だけ。俺は幾つか手傷を負ったものの、致命傷と言う傷は一つもない。フィアの治癒を受けた事もあって、長めの休息を取ることでほぼ普段通りと言える状態に戻っている。……田中さんについては説明するまでもないだろう。父とあれだけの戦闘を繰り広げたにも拘わらず、最後まで俺たちの中で一番ピンピンしていた人だ。そのタフネスもまた、田中さんが俺たちの中で飛び抜けた力を持つ証のように思えてくる。


 しかし――。


「……」


 ここにいない面々。そのことを思い返し、胸に痛みが走った。――リゲルとジェイン。


 父により深手を負わされた二人だが、フィアの治癒のお陰で協会の検査でも命に別状はないとのことだった。治癒師たちによる入念な治療のあと、今は治療棟のベッドに寝かされている。意識は戻っているが、影響を懸念しての措置だ。


 そして何より一番被害が大きかったのは、――立慧さん。


 あのあと。協会内を散策していた中途、立慧さんは前触れもなく突然地面へと倒れ込んだのだ。呼吸は荒く、顔面は蒼白。


 間違いなくただ事でないと判断した俺たちは、直ぐ様立慧さんを治療棟へと連れ込んだ。……思えば父も指摘していたことではあったが、立慧さんはやはりあの戦いの時点で相当の無理をしていたらしい。暫くは専門の治療を受けなくてはならないため、現在は治療棟、その特別室に入棟している。


「今日も行くのかよ?」

「当たり前だろ」


 静かな朝食を終え、身支度を済ませた後。


 俺たちは揃って治療棟へ向かう。飽きねえなあ、と欠伸をする田中さんと共に。見慣れた廊下を進み、目的の部屋へと入った。


「――お前のいびきが五月蠅いと言ってるんだ。安眠妨害で訴えるぞ」

「こっちこそ、テメエが遅くまで本読んでる灯りが邪魔なんだよ。だから睡眠が浅くなっちまうんじゃねえか」


 途端に出迎えるのは馴染のある言い争い。その喧騒を前にして、どこかホッとしている自分がいる。


「……またやってるのかお前ら」

「――先輩。おはようございます」

「うっす先輩方。よう黄泉示、フィア! 良い朝だな」


 リゲルに片手を上げて応える。……身を包む白無地の患者衣が、二人の普段の印象との差異を殊更に強めているようだった。


「……二人とも、元気そうだな」

「元気だぜ? ったく、いつまでこんなとこにいなきゃなんねえんだか」


 どさりとベッドの背もたれに身を投げ出したリゲルが愚痴を零す。


「駄目ですよ。治っているとは言え、深手を負ったんですから……」

「……それも痕すら残さず消えてしまっては、中々実感が湧かないがな」


 ジェインが自らの肌――父の刃が通ったはずの場所を見る。恐らくそこには、何の傷痕も残されてはいないのだろう。


「協会の治癒技術は凄いものだな。……つくづく驚かされる」

「まあな。今入ってる治癒師は魔導院時代、あのレイガス様に鍛えられた連中だからな」


 以前にもそう聞いた。な、と言う様に見た先輩に、壁際の治癒師が苦笑いのような笑みを浮かべる。先輩が入った時もそうだったが、治癒棟では面会時、予期せぬ事態が起きた時の備えとして担当の治癒師が一人付いている。皆清潔感に溢れた白衣を着ているのが特徴だが……。


「あの人間の世話になったかと思うと今一釈然としないな」

「そう言うな。確かにレイガス様は厳しい指導で有名だったが……」

「……鬼ですよ。鬼」


 治癒師がなにかボソッと呟いたような気がしたが、そこは気にしないでおこう。


「――調子の方は良いのか?」

「ああ。時間は掛かったようだが、目が覚めてからはすこぶる快調だ」


 そう言うジェインのベッドの脇に積まれているのは、本の塔。……昨日来た時にはなかったはずだが、一体……。


「謝るのはなしだぞ。蔭水」


 俺の視線の意味を別な方向に解釈したらしい、ジェインの台詞。


「……分かってるよ」


 苦い思いを噛み締めながら、俺はそれに答えた。昨日――。


〝……おう〟

〝二人とも、無事なようだな〟

〝リゲルさん、ジェインさん……〟


 田中さんからリゲルとジェインの意識が戻ったと聞かされた俺たちは、直ぐに治療棟へ駆け付けた。目に涙を浮かべているフィア。……喜びと共に、俺の胸の中にはもう一つの深い感情が上がっていた。


〝……リゲル、ジェイン〟


 一歩前に出る。二人のみならず、その場にいる全員の注目が集まるのを感じながら。


〝――済まなかった〟


 そう、偏に頭を下げた。


〝……俺は動けなかった〟


 ――他にやりようはあったはずだ。


〝見ていることしかできなかった。……済まない……ッ〟


 父は俺を目当てに来ていたのだから。前に出て話をするなり交渉をするなり、やり方は。……それなのに。


 俺は、何も。……父を前にしての衝撃が大き過ぎて、どうすることもできないでいた。胸に蘇ってくるのはかつての永仙の台詞。父がもし、二人を殺す気でいたならば。


〝……黄泉示〟

〝……やれやれ〟


 どう顔向けすればいいか分からない。目を瞑って頭を下げ続ける俺に対し、ジェインは一つ溜め息を吐いて。


〝君もリゲルに負けず劣らず、大馬鹿だな〟

〝っ⁉〟


 言われたその言葉に、思わず頭が上がってしまった。


〝……ああん?〟

〝あの時の君がいつになく動揺していたことくらい分かる。僕もリゲルも〟


 そこでチラリと隣を見て。


〝自分の判断で動いたんだ。その結果どんな傷を負うことになったとしても、自業自得だ。気にすることはない〟

〝――そうだぜ黄泉示〟


 ジェインへの物言いをいったん飲み込むようにして、頷いたのはリゲル。


〝大体俺らが怪我したのは黄泉示の親父のせいで、黄泉示のせいじゃねえ。もしそうなんだったら、俺なんてうちと抗争があったファミリー全部に頭下げて回らなきゃならなくなるじゃねえか〟

〝それは……〟


 ――少し違う気もするが。


〝重ねて言うが、戦わないという選択肢もあったわけだしな。……この馬鹿があんな行動に出なければ、あの場はひとまず従う振りをして遣り過ごそうと考えていたというのに……〟

〝だからそれについては事前に謝っただろうが!〟

〝謝れば済む問題じゃない。だから今実際こうしてベッドにいるわけだろうが〟

〝二人とも起きたばっかりなんですから、もう少し安静にしないと……〟 


 ――その後は結局口論を始めた二人を止めるために治癒師が飛んできて、俺たち二人は外に追い出されたのだ。 


「そうだな。気付いたらこのベッドで寝かされてた、ってのはまあ、ちょいと気に入らねえけどよ」


 自分の周囲を今一度見回して、小さく息を吐きながらリゲルが言う。


「飯も思ってたより美味えし。これでトレーニングできりゃ完璧なんだけどなあ……」

「……退棟してからじゃないと駄目ですよ? リゲルさん」

「おう。分かってるぜ?」


 フィアに答える朗らかな台詞。横に流した視線で治癒師のどこか疲れた笑みを目にしながらそのことを悟る。……少なくとも一回は隙を見て抜け出そうとしたのだろう。見たところ身体的にはかなり元気そうだし、そのくらいのことはやっておかしくない。


「全く、何の為に担当者が付いていると思っているんだ。少なくとも自分から回復を遅くする愚行は避けるべきだな」


 そう言って一冊の本を手に取り、軽く目次を眺めるジェイン。あれだけの本をどうやって運んできたのか気になっていたが、こちらもまた治癒師の物言いたげな視線で察した。……担当の治癒師に言って持って来させたのか。こちらも地味に人使いが荒い。この二人の担当になった治癒師には、かなりの負担が掛かっているな……。


「――全く――」


 そんな物思いの最中に響いた声。聞き覚えのあるその声に、思わず振り向いた先。


「遠慮のない怪我人ほど、厄介なものもないですね」


 ――郭。レイガスの弟子である賢者見習い。郭詠愛が、入り口近くに背を預けていた。


「お、誰かと思えば。将来有望、才色兼備な賢者見習い様じゃありませんか」

「これは田中支部長。そちらはこの度は大活躍だったそうで。これまでのサボりと相殺して、漸くトントンといったところでしょうかね」

「いやあ。師匠と一緒に蚊帳の外だった割に、また随分と厳しいお言葉じゃねえですかい?」

「それ以上言うと消し炭にしますよ。武人」


 何やら思うところがあるのか。田中さんと一通り物騒な会話を紡いで、そこで俺の視線に振り向き。


「――何か?」

「いや……」


 言葉を濁す。……郭がこの場に来るとは正直意外だった。前回の遣り取りでかなり亀裂が大きくなったと思っていたのだが。


「……で、どうしたんだ郭」

「見舞いですよ。見れば分かるでしょう?」


 先輩の問いに手土産と思しきバスケットを掲げて――郭は事も無げに言う。


「蔭水冥希に喧嘩を売った身の程知らずが連れ込まれていると聞いたもので。その間抜け面を一度、生で見てみたいと思いましてね」


 皮肉気な台詞。その視線が向かったリゲルは。


「おお……よう」


 珍しく狼狽えている。……やはり予想すらしていなかったようだ。


「……その間抜け面は変わりませんね」


 その態度を見て溜め息を漏らす郭。


「本当、馬鹿なんですから。――ほら」


 そう言ってリゲルのベッドの上に郭がバスケットから取り出した何かを置く。


「林檎です。見舞いの品ですよ」

「お、おう……ありがとな」


 互いの間に生まれる微妙な空気。なんだこの光景……。


「リゲルにはそれで、僕には何もないのか?」

「貴方にはこれを持って来ましたよ。好きそうでしたので」


 打って変わってぶっきらぼうに何かを投げ渡す郭。……分厚い。どさりと音を立ててベッドの上に放り出されたのは、漬物石の代わりにできそうな百科事典だ。……四冊も。


「はっはっは。これは良い。中々スパイスが効いているな」

「でしょう? 僕もそう思いまして、これを贈ることを思い付いた自分を褒めてやりたい気持ちですよ」


 笑顔のまま睨み合う二人。高まる氷のような緊張に、言いようのない恐怖を感じる……。


「……よし。二人の見舞いはこれくらいにしてな」


 俺と同じような感想を抱いたらしい、田中さんが言い始める。


「――あいつのとこに行ってやるか。上守」

「ああ」


 硬い声。……そう。今日先輩が来たのは、リゲルとジェインの見舞いが本命ではなく。


「彼女のところですか。なら僕も邪魔はしないでおきましょう」


 察したらしい郭が魔術で林檎を剥きつつ言う。……違ったら邪魔をしていたのか。


「師の治療を受けた上で倒れられても困ります。それに彼女とは、元気になった後にまたきっちりと話を付けておきたいですからね」


 話を聞きつつ――その横でスパスパと刻まれていく林檎から目が離せない。……凄いな。どういう仕組みなのかは知らないが、まるで包丁要らずだ。


「おお……すげえ」

「簡単な風属性魔術の応用だな。時間を掛ければカタストさんや僕にでもできる」

「未熟者の負け惜しみが聞こえますね。習い始めの子どもならともかく、今此処必要な時にできなくては何の役にも――」

「……行きましょうか」


 フィアに頷く。きな臭くなってきた会話を後ろに、俺たちは次の部屋へと向かった――。







「おはよう立慧」

「――あら」


 応えて振り向く姿。先輩の声に、髪が揺れる。


「また来たのあんたたち。朝っぱらから暇ねえ」


 ベッドから半身を起こす形でこちらを見ているのは、紛れもない立慧さん。リゲルたちと同じ、患者衣姿だが。


「なんだ。私たちが来たこと、覚えてたのか?」

「そうじゃないわよ。付添いの治癒師が、〝昨日も皆さん来られてましたよ〟って言うもんだから」

「……」


 ――俺たちの前で突如倒れ込んだ立慧さんは、昨日の段階ではまだ意識が戻っていなかった。青白い顔のままベッドに横たわる姿を目にしていたので、こうして起き上がっている様子を見るとどこかホッとする。心配はないとの説明は受けていたが……。


「千景はもう良いの?」

「問題ない。カタストの処置が適切だったお蔭でな」

「そう。なら良かったわ」


 会話のあと、視線が移る。


「田中……は良いわね。あんたたちも、誰も死んでないんでしょう?」

「……はい」


 ――死んでない。その率直な言い方に少し声が硬くなるが、どうにか返事をしてみせる。今立慧さんに言葉を選んでいる余裕がないだろう事は、俺も分かっているつもりだ。


「なら何よりよ。あの蔭水冥希を相手にして、結果的に死者がゼロ人だった訳だから」

「それで、怪我の方は……」

「ん? ああ、これのこと?」


 そう言って立慧さんは腕――包帯に覆われた右腕を先輩の前に翳して見せる。腕だけでなく、気だるげに投げ出された両脚、患者衣から覗く首元も同様だ。昨日説明を聞いた限りでは、顔以外。つまりほぼ全身にくまなく包帯が巻かれているはずだった。


「大丈夫よ。多少時間は掛かるみたいだけど、問題なく元に戻るって」


 元気づけるように言う。包帯に描かれているのは、ともすれば呪いとも思えてしまうような……生地を埋め尽くすように記された術式。


「ま、今回みたいな無茶は二度とするなって、担当の治癒師にこってり絞られたけどね……」


 溜め息を吐いて呟く立慧さんの仕草に、胸中で鋭い痛みが走った気がした。


 ――一昨日の戦闘。父と渡り合う為に限界を超えた出力での【神行法】を用い続けたこと、そして同時に短時間で同じ個所への損傷と回復を極度に繰り返したことにより立慧さんが負った負荷は甚大なものだった。……身体全体が重度の衰弱状態にあり、放置すれば死に至る一歩手前の状態であったとは昨日担当の治癒師から聞かされた話。通常の治癒魔術が想定している外面上の傷を超え、根幹となる生命機能そのものにまで影響が及んでいたらしい。フィアの基礎的な治癒魔術では治せないほどに。


 結果としてレイガスが手ずから治療を施したことで立慧さんは一命を取り留め、山を越えて現在は順調に回復経過にある。……個人的には正直いけ好かない相手だが、こうしてみると俺たちの受けている恩恵は頭が上がらないほどになる。とてもではないが……。


「ちょっと無茶したくらいで大袈裟なのよ。大体無茶するなって、ああする以外どうしろって言うんだっての」

「まあ、それが治癒師の仕事だからな。流石に無茶を推奨するような発言はできないだろ」

「だけどね――」

「……立慧さん」

「ん?」


 立慧さんの目がこちらを向く。


「その……」


 呼び掛けたものの、フィアと共に二人で黙り込んでしまう。……何を言えばいいのだろう。


 立慧さんがこれだけの負担を負うことになったのは間違いなく俺たちのせいだ。父の言が確かならば、二人は自らの命の危機を知りながら俺たちの前に立ってくれたことになる。しかも立慧さんは、その為に命すら投げ出すつもりで――。


 ……済まない。申し訳ない。胸に浮かぶ率直な情念。気を抜けばそれらが口から出てしまいそうになる。昨日リゲルやジェインを前にした時と、同じ心境。


 だが――。


「……」


 謝罪は侮辱だ。立慧さんの覚悟を、決意に土を付けることになる行為。俺たちの為になんて傲慢な台詞は口が裂けても吐くことはできない。……立慧さんはあの戦いで自分の信念を貫いた。その事由の一端が俺たちにあったのだとしても、そこは誰にも汚せない立慧さんだけのものだ。


 だからここで言うのに、相応しい台詞は――。


「――」


 頭を下げる。深く、頭を垂れて。


「「ありがとうございました」」


 台詞が一語一句被ったことに驚きつつも。真摯な気持ちを込めて、感謝した。


「……あんたらねえ」


 息を吐きつつの言葉に顔を上げる。俺とフィアを見た立慧さんは、何やら難しい表情をしていたが。


「……ま、ありがたく受け取っとくわ」


 少し柔らかな笑みを浮かべて、そう言った。


「――皆さま、そろそろ」

「ああ、分かってる」


 治癒師の合図に先輩が答える。山を越えたとはいえ未だ立慧さんは回復の途中。会話で体力を使わせるのは良くないのだろう。


「――また明日も来るからな。立慧、今はとにかく、しっかり休めよ」

「はいはい。また明日ね」

「ま、俺も気が向いたら来てやるよ」

「あんたは仕事しなさい。できるって分かったんだから、もう言い訳は聞かないわよ」

「マジかよ」

「お大事に。立慧さん」

「……お大事に」

「そんなに気にしなくていいわよ。私が好きでやったことなんだし」


 別れの挨拶をしつつ、順番に外へと――


「――蔭水」

「はい」


 掛けられた声に、振り向く。


「色々と大変だとは思うけど、頑張んなさい」

「……はい」


 ベッドの上から。患者衣を着た立慧さんに言われ、一瞬、胸の奥が疼いた。


「ありがとうございます」

「ホント礼を言うのが好きね。ま、もう慣れたけど」


 じゃ、と手を上げる。その姿を最後に……。


 今度こそ、俺たちは立慧さんの病室を後にした。



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