第一.五節 三大組織
「――以上が、魔術協会における今回の襲撃の全容です」
報告を終え、壁際へと戻る協会員。このような場で発言役を務めたことへの緊張からか、告げた事態の重さから来る興奮か。その身体はどことなく震えているようにも見える。
「「……」」
最後の報告が終わったにも拘らず、この場にいる誰も口火を切ろうとはしない。……三大組織全体を襲った今回の襲撃。その規模の大きさに、未だ頭の中での整理が完全には追い付いていなかった。
「――惨事だな」
溜め息交じりの声と共に……配布された資料が投げ出される。
「こうまで後手に回らされることになるとは。……危機管理を徹底すべきだった」
発言は執行機関の若き長、緋神景時。今回の襲撃に際しトップの中では唯一死を免れた彼だったが、その発言は重苦しい響きに支配されている。
資料を読み込んだリアにもその心境は容易に想像することができた。――此度の襲撃。執行機関本部とそこにいた数十の執行者、及び緋神以下数名のナンバーズは、ただ一人の魔術師の手によって攪乱され、封印への鍵を奪取されてしまったのだから。
報告書によれば、執行機関は本部を丸ごと包み込むほどの大掛かりかつ巧妙な幻術にいつの間にか陥り、騒乱の最中にある隙を突かれて鍵を収めた一室への侵入を許した。事態に気付いた緋神が対処に向かったものの、術によって混乱状態に置かれた他の執行者たちの妨害を受け、失敗。そのまま逃走を許してしまったのだと言う。……魔術犯罪を怨敵としているはずの執行機関が、よりにもよってその魔術師の手に取られたという恥辱。
「こんなもん、誰だって予想しちゃいないさ」
長である緋神当人が下手人と対峙していながら事態を防げなかったという失態も、いつもの冷徹さを失わせている原因の一つだろうとリアは推測する。いつもであれば絶好の突き所なのだが、こちらも同様以上の失態を犯している今ではそうもいかない。三組織の何れも強く出られないという状況を鑑みて、フォローへと回り込んだ。――今この席ではリアは協会の代表者。
かつての秋光と同じ、四賢者筆頭という立ち位置で列席している。『アポカリプスの眼』の強襲により長を喪った聖戦の義、そして魔術協会の二組織は、この会議に臨むに当たりそれぞれ長の代理が立てられることとなった。四賢者の残りは三人。過去に大賢者経験があったことも考慮に加わって、リアが適任として選ばれた次第。
「全くその通り。このような災禍を、果たして誰が予測できたことでしょうか」
上げられた声にリアは左正面、聖戦の義の一席を捉える。先日会ったばかりの女性の姿はそこにはなく、応えるのは聖戦の義の第四使徒、フェイディアス・ビヒザード。声に滲む紛れもない哀悼の色からは、長であるペテロ、そして良き知古であった秋光の死が多くの経験を積む彼にとっても堪えるものであったことが窺える。二組織における長の落命――。
このことが齎す意味合いは言うまでもなく大きい。組織の象徴ともいえる使い手の消失に、加えて各々の組織が幹部級の人間を何人かずつ失っている。魔術協会では裏切り者となった三千風零、執行機関ではナンバーズの一人が錯乱する仲間たちの手によって殺害されたと聞いた。
特に聖戦の義において被害は著しく、十二使徒の中で戦闘能力では一、二を争うと言われた第六使徒、『剛克のバルトロマイ』が死亡するという手痛い損失を被っている。準幹部級の構成員である救難守護聖人までもが何人か命を落としたらしい。……先日のヨハネの発言からすれば、彼らは前以て襲撃の事実を掴んでいたのだろうに、だ。
「……」
「バロン・ゲーデ……」
この場での問い質しはできないとはいえ、余地の上でこれだけの被害を出したのだとすればその思惑は自身から最も遠いところにある。黙考を進めるリアの前で、事後調査で判明した敵方のリストを手にその名を呟く緋神。
「……死亡は確認したはずだったが」
「こちらもですな。まさかあの逆徒が、『アポカリプスの眼』に所属していようとは」
嘆息と共に言葉を吐き出したフェイディアス。――バロン・ゲーデ。執行機関でナンバーズに次ぐ栄誉である『二つ名持ち』。《法上の騎士》の二つ名を持つ名誉を受けながら、ある日衝動的に仲間の執行者十数名を殺害し、その後機関に処理されたとされていた異常者。
聖戦の儀からの離反者であるアデル・イヴァン・クロムウェルもまた、かつて『特例使徒』である《拳聖のパウロ》として名を馳せた実力者だった。今しばらく経験と実績を積み上げれば次代の十二使徒入りは確実と噂されながらも、数年前に突如としてその姿を消し、今回の襲撃に至るまで聖戦の義の粛清対象になっていた人物。
「現行の組織連中から離反者を出しちまったうちに比べれば、あんたらのとこはまだマシだよ」
「それはそうかもしれないが――それぞれの組織から内部事情に通じている者を集めていたなれば、相当に周到な計画だな」
先んじて弱みを認めたにも拘らずあっさりと肯定されたことにリアは内心軽く舌打ちする。その動向に後になってから気が付いたと言うことが、今回の組織側の最大の失態でもあり。
「まあ、愚痴はここまでにしよう」
書類を置いた――緋神が再びテーブルを見据える。
「目下の問題は『アポカリプスの眼』に対する組織側の活動をどうするかということだ。これについて年長の二方から意見が聴きたい」
「……生憎、こっちが打てる手は幾つもない」
わざとらしい促しに敢えて乗る形で発言するリア。
「奴らの本拠地を見付けて叩くか、奴らが封印を解くタイミングを狙って仕掛けるかの二択だねい」
「潜伏場所の特定は困難でしょうな。我々の情報網を使ってでも、以前にもその足取りは全くと言っていいほど追えなかった」
フェイディアスが続けて言う。となれば残された機会は封印解除のその時しかなく、その点で二人の考えは一致する。
「今回の事態の収拾には、各々の組織が全力を以て事に当たる必要があるでしょう。『永久の魔』の復活などといった、馬鹿げたことを本気で考えている輩が――」
「――待った」
切り込む発言に止まるフェイディアスの言葉。合議の場に於ける意見の提示方としては褒められたものでもないが、今はそれに余計な手間を掛けている場合ではない。
「その点について機関から疑問を呈したい。両人が知っての通り、機関はこの三組織の中では新参だ。例の封印とやらも、武術連盟の壊滅を受けて消去法として暫定的に引き継いだに過ぎない」
両者に向けられるのは些かも揺るがぬ面持ち。
「機関としては、奴らが復活させようとしている『永久の魔』がどれほどの脅威に当たるのかということへの懸念がある。『アポカリプスの眼』が脅威であることは確かだが、残された戦力を総動員してまで阻止しなければならないほどのものなのかどうか」
「……」
――確かに緋神の言い分も理解はできる。
そうリアは思う。多少穿った見方をすれば、稀に見る失態を犯したとはいえ今回の襲撃で一番被害が少なかったのは執行機関。『アポカリプスの眼』討伐後のことも見据えたならできる限り消耗は避けたいところなのだろう。被害が甚大な魔術協会、そして聖戦の義としても、確かに最低限の戦力で今回の事態を打破できるならそれに越したことはない。
だがやはりそれは、『永久の魔』という脅威を知らない人間の考えだ。
「そうだねい。どう言ったもんか悩むが」
用いる言葉を選びつつ、リアはひとまずは説得の体を示しておく。
「まず、『永久の魔』は世界三大脅威の一つに数えられてる。それは良いね?」
「無論だ。だが、三大脅威の中でも『永久の魔』に関してだけは明確な記録が残されていない。被害も戦闘の記録も残っていないのでは、此方としては力の量り様がない」
――そう。特殊技能社会一般ではあくまで眉唾物とされる三大脅威だが、三大組織はその内新しい方から順に二つまでが実在したと言う記録を握っている。その記録に基づけば被害の大きさも、どれほどの脅威であったのかもある程度の推測が立てられる。
しかしそこにあっても、最古とされる『永久の魔』の実在を示している記録は何一つとしてなかった。出現が三大組織の成立より遥か以前とされているのだから当然かもしれないが、『永久の魔』に関する情報は殆んどがお伽噺のような伝説と言う形でしか残されていないのだ。……世代の若い緋神がその力を疑念視するのも無理はない。
「……ホントのところを言えば、あたしらもそれがどの程度の力を持ってるのかってことは分かってない」
前提としてその点をまずリアは認める。
「見たことがないからね。当り前さ。ただ、伝統ある魔術協会で以前大賢者を務めた身として言わせてもらうなら……」
そこで言葉と目に力を込めた。……そうだ。
「あの封印の先に相当ヤバいものが眠ってるらしいってことは、嫌でも想像が付く」
「――我々としても同じ考えをしております」
それだけは間違いがない。しわがれた声で賛同の意を示したのはフェイディアス。
「そもそも『永久の魔』の封印自体が、我らが主教の成立、並びに魔術師の出現とほぼ同時期には確認されているものです。そして現存する三つの封印の鍵に共通する点は、どの時代に於いてもあれらがそれ以外に類を見ないような厳重さで管理され守られてきたという事実」
歴史的な事実を語ると、落ちくぼんだ眼を緋神へと向けた。
「取るに足らないようなものに、どうしてそのような手間暇を割く必要があるでしょうか。そのことからしても、その脅威は推して知るべきかと」
「……」
「それに……」
沈黙する緋神へリアが再度言葉を継ぐ。ダメ押しとばかり。
「あたしらの本部を異空間に飛ばすだけの力を持ち、不意打ちとは言え三大組織に甚大な被害を与えられるだけの奴らがその封印を奪いに来たんだ。単なる迷信者ってこともないだろうし、確信に足る何かを握っててもおかしくないくらいの執着を感じる。――勿論見当違いで大した脅威じゃありませんでした、ってこともないことはないだろうが」
冗談めかして肩を竦め。
「それよりも侮って取り返しの付かない損害を被る方が、よっぽど最悪だと思わないかい?」
「……なるほどな」
二人の言葉を受け、緋神がその峻厳な面持ちを僅かに引いた。
「……手間を惜しんではいられない、ということか」
「分かってもらえたようで何よりだよ」
「そうですな。こればかりは我ら三大組織の、力を結集して臨む必要のあること」
各自が居住まいを正す。――同意を得たここからは内容が変わる。
「となると問題は具体的な内容だな。永久の魔が封印されたとされる、場所は分かっているのか?」
「残念だがそいつは分からない。あたしらが受け継いでるのは封印の鍵だっていうあれだけ。伝承に依れば、鍵を全て集めればその場所は自然と姿を現すらしいよ」
「自然と?」
「ああ。なんせあれだけの規模の封印だ。鍵が全て揃ったとしても、その効力が働くまでに多少の時間が必要なんだろう」
「それがどれくらいになるかは分かっているのか?」
「そうさねい。あくまで鍵からの推定になるけど……」
考える素振りで一拍を置き、確認を済ませてからリアは用意しておいた答えを返す。
「――早くて二週間。少なくとも三週掛からない内にはその場所とやらが出現するはずさ」
「……改めて聞きますと、中々に分の悪い内容ですな」
溜め息を吐くフェイディアス。大きな組織が三週間弱で用意を整えるのはそれなりに手間が掛かる、対して敵である『アポカリプスの眼』は少人数の精鋭を集めた組織。フットワークの軽さ、立ち直りの速さで言えばこちら側の比ではない。
「だが、それは相手も同じ条件のはずだ。今の話から察するに、鍵を集めただけではその場所とやらの特定はできないのだろう?」
「その通りだね」
「ならば話は簡単だ。要は、どちらが出現したその場所に速く辿り着くかが優位を左右することになる。必要となるのはどの時間帯でも即座に動けるような準備体制と……出現する〝場所〟を即座に確認できる監視体制の構築だな」
――流石――リアは内心で手拍きを送る。組織としての年月はまだ浅いとはいえ、人は確かなものが揃っている。『永久の魔』を巡る状況を受け入れてなお冷静な思考を回す緋神を前にして、リアも本腰を入れ直す。
「後者に関しては今ある情報網をそのまま転用すればいい。専用の探査法も幾つか考えてある」
「すると残る問題は、他勢力の動向……」
暫しの間。言われて即座に思い浮かぶのは一つしかない。
「……凶王は抑えなければまずい。奴らと今回の件とを同時に敵に回すことは不可能だ」
「それについちゃあたしから連絡しとくよ。賢王の奴とは何度か顔を合わせたことが有るからね。適任だろう」
「では、お任せしましょうかな」
「しかし襲撃の件はとっくに知れ渡っちまってるし、それ以外にもちょいちょいちょっかいを掛けて来そうなのがいそうだねえ……」
「あの転移の影響で、本部の防衛機能にも影響が出ているからな」
地脈は建物や地面が元の位置に戻されたからと言って即座に回復するものではない。一度切り離しを受けた地脈が自然に元の流れを取り戻すまでには、魔術的な措置を用いても相応の時が掛かる。『アポカリプスの眼』討伐へのリミットを考えれば到底それまでに修復することは出来ず、力の供給源を地脈に拠っていた魔術協会と聖戦の義ではその間鉄壁の護りが失われる。当然簡易的な対応は施してあるが。
本部への襲撃が平時よりも遥かに容易くなるのだ。そこに幹部の一人も残しておかない訳にはいかない。……別の供給源を持つ執行機関は話が違うとはいえ、通常の業務も決して疎かにはできない。法の番人が働かなければ何のために機関があるのかということにもなってしまう。
「何人かは本部に残す必要がある。最低でも幹部一人は――」
完全に全てを傾けるわけにはいかない。そのことを考慮すれば。
「……戦力を掻き集める必要がある、か。万全を期すためには」
「中立勢力に連絡を取る。『落陽』、それと……」
「――『救世の英雄』」
リアの声に緋神が視線を移す。
「隠居したとはいえ、どいつもそこそこの戦力は持ってる。なにせこの間まで散々うちで迷惑を掛けてくれた連中だ。使わない手はないだろう」
「……確かにな」
「レイル・G・ガウスは執行機関、エアリー・バーネットは聖戦の義」
担当を述べるのはフェイディアス。同数である以上、三組織で分担することは暗黙裏の了解。以前の所属から――。
「夜月東は魔術教会ということで、宜しいでしょうか?」
「構わない。その方が用件も早く済むだろう」
「こっちもだ。あと、こいつはあたしからの提案なんだが――」
提案と言うより念押しという意味を込めて、リアは言う。
「あの空間転移を行った奴は、間違いなく過去あった脅威に匹敵してる」
「……」
「……」
「それと同じくらいの備えをしていかなけりゃ、到底こっちの勝利は望めないと思うけどね」
「――この期に及んで遠回しな言い方をする」
場にいる幾つかの視線が素早く泳いだ中――明言に及んだ緋神。
「それはこちらも考えていた。……『混沌の魔女』」
挙げられる名前は、この場にいる者たちにとって忘れ難い脅威。
「今回の件は奴の復活と同程度、若しくはそれ以上の非常時に違いない。我々も、それに全てを注ぎ込む必要がある」
「……ここまで事態が進んでしまっては、却って自らの首を絞めることにもなりかねませんな」
苦しい内容をどこまでもにこやかに言ってのけるフェイディアス。
「御両人の仰る通りだ。暖めてきたモノがあるのなら、今こそそれを注ぎ込むべき時なのでしょう」
「――なら、約が取れたってことで良いね」
「ああ」
「勿論です。思うところはあれど、互いにこの世界の秩序を守り維持する者同士――」
フェイディアスが微笑んで言った。
「――全力を当てようではありませんか」




