第二十一.五節 襲撃者
「――」
世界に歪みが入る。景色の一瞬の崩壊の後、投げ出されるように姿を現した人影。
「ゴホッ! ゲホッ‼ うっ……!」
手を突き盛大に空気を取り入れるのは、今し方天地の崩壊にでも遭ったかと思うような這う這うの憂き体。色を奪われていたように霞むその姿が、徐々に。
「……最期まで笑顔、か」
色合いを取り戻していく。その中で、男――ヴェイグは微かに口の端を上げた。
「食えない人だ。九鬼永仙」
「……」
唸りと轟音と共に、浮かんでいた映像が途絶えた――。それを機に、四人が着くテーブルに沈黙が訪れる。
「……杭も壊れた。終わったようだな」
テーブルの上に置かれていた、小さな杭――。不気味な脈動を続けていたそれが今、自ら鼓動する力を失ったかの如く、縦から真二つに割れ砕けている。
「……馬鹿な――」
「見せられては信じるしかあるまい。……奴の死に関してもな」
「……」
影は沈黙を守っている。……甚だ珍しいことに、狂覇者もまた、この場では無言を保っていた。
「――休戦を入れる」
暫しの静寂ののち。吐く息と共に呟いたのは魔王。
「受けた被害、今の映像を見せれば三大組織もNOとは言わないだろう。互いの対応に手を回している余裕は、今の私たちにはない」
「……そうですね」
不承不承。敷かれた道筋に乗るのが至極気に入らないという顔付きではあるものの、賢王も魔王のその言を受け入れた。表情を変え。
「私の派から連名での書状を送りましょう。冥王、狂覇者もそれで――」
「――探したぜ」
事態の進捗に取り掛かったところで、唐突に響く声。四人全員が寸前に注意を向けた先から、砂利を踏み付ける足音と共に、何者かが部屋の中へと踏み込んでくる。
「……闖入者ですか。このような時に無粋なことです」
「――おい見てみろよ。こりゃ凄え。壁から天井まで、高度な術式の類がびっしり書き込まれてやがる」
その反応に賢王は眉を顰める。……わざわざ踏み込んできたならば、この場が凶王の合議の場であると言うことは当然承知しているはず。だが響いてくる相手の声からは、戦いを前にしての気負いや緊張といったものが一切伝わってこない。
「これじゃあ一向に見付からねえわけだ……いやあ、中々に苦労したぜ」
姿を現したのは、鎧を身に纏う――騎士。暗黒を塗り固めたかのような漆黒の鎧甲は、字面から想像される清廉な騎士の姿とは凡そ程遠いものだったが。
「1、2、3、4……」
居並ぶ面々を指で指し示し、騎士は満足そうに首を縦に振る。
「頭数も揃ってやがる。探し物で間違いねえな」
「誰です? あなたたちは――」
「そうだな。名乗る程のもんでもねえんだが……」
芝居がかった笑みで。
「あいつとつるんでたんなら予想は付くだろ? 頼まれたんだよ」
西洋剣。腰に刺した鞘から、磨き抜かれた剣身を抜いた。
「影でこそこそうざってえ動きしてやがるてめえらを、――気持ちよく掃除しといてくれってな」
「……ヴェイグの手の者ですか」
「おお? もうあいつの名前まで知ってやがんのか。こりゃ睨まれてておかしくねえわけだ」
黒騎士は楽しげに笑みを漏らす。
「テメエらが思ってる以上に、あいつはお前らの事を危険視してるぜ? わざわざ俺らを呼びつけて処理を頼むくらいだからな」
黒騎士の背後から姿を現す、――二つの影。ボロボロのローブ、いや、ローブと言うよりは布切れの様な何かに成り果てているそれを被り、その場に佇んでいる。共に異様な気配。
「それでこちらの相手をするつもりですか? 嘗められたもので――」
賢王の台詞が再度途切れる。それはただ、立ち上がった一人の行動に依るもの。
「……」
――狂覇者。今の今まで沈黙を保っていた男が、闖入者たちの前に歩み出たのだ。その行動に。
「……何だ? てめえが最初に殺されてでもくれんのか?」
「――黙れ」
おどけたような調子で訊く言を、遮る一喝。
「今の俺は実に虫の居所が悪い。此処に立ち入ってくるほどの猛者、普段なら嬉々として出迎えてやるところだが……」
三者へ向けられる眼差し。込められているのは、怒り。
「――今この時俺の前に立つと言うのなら、容赦はせんぞ」
いつもの如き狂乱ではなく、静かな。青白い炎のような、本物の怒りがそこにはあった。
「……ふむ」
「――ふん」
呟いたのは魔王。直後、賢王が狂覇者の隣に降り立つ。
「少しは王の何たるかが分かって来たようですね? 狂覇者。感心なことです」
「黙れ。余計な口を利けば貴様も殺すぞ。賢王」
「……その戯言を聞かなくていいよう、あなたから始末してあげましょうか?」
「――ははっ。こいつぁ面白え!」
即座に破綻した二人の連繋を目にして、黒騎士が嗤い出す。
「まさか敵を前にして仲間割れを始める馬鹿がいるとはな。最強クラスと聞いてきたが、この分じゃ大したことは――ぐおッ⁉」
迫る何かが黒騎士の右腕を強かに弾く。不意を突く一撃を喰らい、鎧甲に包まれた騎士の足元が蹌踉めいた。
「――敵を前にして独り語りとは、随分とお粗末だな」
掛けられるのは魔王の言葉。即座に引き戻した腕と共に、黒騎士がその方角を睨み付ける。
「てめえ……このガキ……!」
「うーん、違いないですね」
「ソウカモ」
「おいお前ら! どっちの味方だ⁉」
仲間と思しきローブたちからも野次られる有体。問い質しを素知らぬ風でスルーする仲間たちに、チッ、と口の中で舌を打って。
「――まあいい。どの道こいつらはここで全員殺す。そういう話だ」
「まあ、それはそうですけどね」
「……ミナゴロシ」
ふざけていたような三人の雰囲気が変えられる。三者三様。猛々しい殺気、消失する気配。不気味な邪気を発し始める相手方に対し――。
「……賢王」
「分かっています。余計な注釈は無用ですよ、魔王」
賢王は答える。至極不完全な対応といえ魔王の不意打ちに反応し、あまつさえ腕一本でその攻撃を凌いでみせた。魔王からしてみれば試しの意味合いが強かっただろうとはいえ、敵が並みの相手でない事もまた確かだ。
「……」
冥王の纏う影が一段とその濃さを増す。滾らせる闘気を隠そうともしない狂覇者、袖の内で何かに指先を触れさせた賢王へ。
「――それじゃあ、おっぱじめるとするか」
呼応するように。対峙する黒騎士もまた、漲らせる殺気を一段鋭くした。
「激しくも陰惨な、殺し合いって奴をな」
この節で六章は終わりになります。次節から第七章に入ります。




