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第二十.五節 町を守る者

 

「……」


 ――とある一室。


 女性のいる建物から外に出た永仙は真っ先にそこへと誘導され、今決して豪華とは言えないソファーに腰掛けていた。……無論強制的にではなく、永仙自らがそうしたからに相違ない。幾ら数で勝っているとは言え、何の心得も無い連中に後れを取るほど四賢者は甘くは無い。


「――良い。ここは儂が話そう」


 隣の部屋から、話し合う声が聞こえてくる。それが治まったかと思うと、開けられた扉から、一人の人物が姿を現した。


「――先刻振りですな。四賢者殿」


 そう言いつつ丁寧に頭を下げてくるのは、道中で会ったあの老人。


「非礼をどうかお許し下され。私どもは、協会に反旗を翻す心積もりなどただ一片も持ち合わせてはおらぬのです」


 真っ直ぐにこちらを見つめて言う。曇りのない眼で。


「私どもの願いは、ただ平穏に暮らしを続けること……それ以外にありませぬ」

「あの女性の件をひた隠しにしたのも、それが理由か」

「然様でございます。――四賢者殿は――」

「九鬼だ」

「失礼しました。九鬼殿は――」


 永仙の名前を口にし。老人は一瞬、用意を整えるように間を開ける。


「この町の歴史については、ご存知ですかな」

「……詳しくは」

「この町は以前、近隣の諸町の中でもとりわけ魔術に力を注いでいた町でした」


 永仙の知らない過去。それについて語り出した老人。


「多くの魔術師を輩出し、協会からも多くのお褒めの言葉を戴いたものです」

「……それは」

「しかし――」


 感想を挟もうとした永仙をやんわりと止める語り口。本題は、そこにはないと言うように。


「今から四十年ほど前ですかな。この町は魔術協会に有力な術師を提供する供給源として目を付けられ、覇王率いる覇王派の反秩序者たちとの大規模な戦闘状態に陥りました」

「――」

「あれは酷いものでした。町の住民は必死に戦いましたが、かの凶王の一派と矛を交えて無事でいられる訳も無く、一人、また一人と仲間は減り、協会から援軍が到着した頃には……」


 静かに首を振る。瞼の裏に映るのは、当時の情景か。


「生き残っている住人はごく僅か。以前の八分の一もおりませんでした」

「……」

「それ以来生き延びた住民は魔術を捨て、今日まで必死に働いてきました。死した仲間たちを埋葬し、破壊された建物を直し、魔術に依らない産業を生み出して、この町が再び町として生まれ変われるように。……そうしてこの町は、何とか今の様な活気を取り戻したのです」


 ですが、と。そう言いたげな口調で、老人は続きを口にする。


「そんな矢先に、あの子が生まれてしまった」

「……協会の介入を恐れて、ということか?」

「あれが魔術師として稀有な才能の持ち主であることは、私めにも分かります。そしてそれが……」


 普通の魔術師としての道を歩めるようなものでないことも、と。老人はこれまでより聊か鋭い目を永仙へ向ける。確かめるように。


「失礼ながら協会はあれを、魔術師として取り立てるようなことはしないでしょう。新たな魔術の発展のための、実験台……そうなることは想像に難くありません」


 あの女性の持つ力は確かに稀有。しかし稀有が過ぎればそれは育まれる才ではなく、研究の対象となる。そして――。


「そうなった時、果たしてどこがその実験地として選ばれるのか。四賢者様であれば、お分かりのことでしょう」


 秘密保持の為に協会内が利用できればそれが一番となるが、あの女性の力はそう言った類のものではない。研究には相応の被害が付いて回るだろう。そのリスクを考えた時、候補として真っ先に上がる答えは――。


 十中八九。――この町ということになる。


 魔術という観点から見れば特に取り得も無いこの町。……あの女性が嘘でなく、本当に生まれた場所なのだと言うこともメリットになる。如何に強大な力を持つ協会とは言え、吐く嘘は少ないに越したことはないからだ。仮に虚偽だと推理されようが、言い分が通っていればその点はどうにでもなる。その為にも、舞台として出生地という条件は至極大きい。


「私めは前の覇王派との戦いで死に損なった、詰まらぬ老人です。余生など惜しくもありませぬが……」


 深く息を吐いて顔を上げる老人。部屋の中ではなく、どこか遠くを見る。


「この町と、この町のこれからを作っていく彼らには、もう二度と同じような思いを味わわせたくないのです」


 双眸はこの町の全てを見渡しているようで。立ち上がり、背筋を伸ばしたかと思うと――。


「――どうか、お見逃しお願い申し上げます」


 伸ばした背を、ただ深々と低く折り曲げた。


「四賢者殿。……どうか」

「……」


 永仙とて理解できていた。見せられている態度に嘘偽りはない。……この老人が話して見せたことは、全て真実だろう。


 何を隠そう永仙もまた、協会の一部にて行われているような人を人とも思わぬような非道な研究に対しは常々より疑問を抱いていた身である。四賢者と言う高い立場、支部からこの件を一任されていることも踏まえれば、この件そのものを握り潰すことも不可能ではない。


 それにあの力は、扱うには危険過ぎる。下手に協会と関わりを持たせるよりは、いっそのこと此処で静かに潰えて貰った方が良い……。そんな冷徹な考えがあったのも確かだ。


「……頭を上げてくれ」


 だが永仙には、それらの事情を差し置いて気になっていることがあった。頭を下げたまま微動だにしない老人へ言葉を掛ける。


「お前の言い分はよく分かった。私としても、徒に一つの町を不幸に陥れるのは本意ではない」

「……」


 老人は静かに永仙の話を聞いている。最後まで聞かなければ結論は分からないという、そのことを知り得ているかのようだ。


「この件は不問にしても良い。支部には私の方から上手く伝えておこう」


 そこで永仙は暫し言葉を切る。どう言い出したものか、その切り出し方を迷ったからだ。


「……あの女性はどうなる?」

「九鬼殿がこの件を報告なさらないで下さるなら、このままあの中で暮らすことになりましょう」


 漸く面を上げた、老人が平静に徹しているかのような表情と声で答える。


「それがあの子の為でもあり、町の為でもあるのです」

「……あれが持つかどうかは怪しいな」


 永仙はその分析を述べる。先にあの女性の牢の内部を観察した時に、気付いていたこと。


「既に術式の一部に綻びがあった。見事な術法ではあるが、変質の影響は避けられていない」

「さすればまた、書き直すだけのことです」


 何でもないといったように老人は言う。固く指が食い込むほどに握り締められたその拳を、永仙は視界の端で目ざとく捉えた。


「死ぬまでそんなことを続ける気か?」

「……それしか、無いのですよ」


 一瞬覗かせたのは、深く沈み込んだ諦めの顔。それを目にした瞬間、永仙の心の中に灯る炎があった。


「――私が請け負おう」

「――」


 その言葉に、老人は僅かに眉根を寄せる。想像からそう遠くない反応。


 ――この老人の腕前はかなりのものだ。


 内心で永仙は判断を呟く。協会の等級に当て嵌めるなら間違いなく支部長は超える。老年に依る衰えを加味するとすれば、仮に四賢者の候補としても遜色ないほどの物。協会の目の届かぬところにこれほどの術者がいるとは、自分たちの認識の雑さを再確認させられる気分だが。


 それが無理だと些事を投げた案件なら、十二分に挑戦に値する。そう永仙は考えていた。あの処置も、親族であることから他人事でなく本気で打ち込んだ末としての結果だろう。何にせよあれだけの特異な力を前にして、何もせずに帰ると言うのは余りに惜しい。


「あの女性が外に出ても問題が無いように、私が何とかしてみせる」

「……それは……」


 永仙の提案に一瞬、老人は微かな表情の機微を覗かせたが。


「……四賢者殿にそう言われては、私として断る理由もありませぬ」


 全てを飲み干したような顔で、そう言った。今の時点で信頼などあるはずもない。警戒も疑心もあるだろうが。


「決まりだな」

「どうなされますか? 早速今から……」

「いや。今日はもう遅い。また明日改めて彼女の元を尋ねることにしよう」


 それを知っていてなお気にせずに永仙は言葉を紡ぐ。今後の行動で示せばいいだけのことだと、そう断じて。


「そうですか。……でしたら名前だけでも伝えておくべきでしょうな。あの子の名は――」

「――いや」


 告げようとした老人の台詞を、永仙は言葉と手で以て遮る。


「それも良い。名前は本人に訊く」

「……そうですか」


 言葉を引き込める老人。――特に断る理由があったわけではない。


 ただ何とはなしに、言葉が出てしまったのだ。……これから幾許かの時間を向き合っていく相手。当人としても自分のいない所で話が進められていたとなれば、それは今までと何も変わらなくなる。それは仕方のない事かも知れないが、決して良い事とは言えないはずだ。


 ――だからせめて名前くらいはと思ったのかもしれない。そんな風に後から自分の心情を分析してみても、結局のところ永仙にはなぜ自分がそんなことを言ったのかの明確な動機は分からなかった。


「分かりました。――では、宿の方に案内させて頂きましょう。この町の特産物をふんだんに使った、自慢の料理が振る舞われる名宿がありますので」

「それは楽しみだな」


 老人に導かれて部屋を出ながら、永仙は思う。……後で支部には滞在の旨を伝えておかなければならない。勿論、その横に適当な理由を添えて。


 縦並びで二人が出て行った後、数秒後に照明が落ちる。部屋の中に残されたのは。


 月明かりが射し込む闇と、鼠の這い回る静かな物音だけだった。



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