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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第一章 新しい日々の始まり
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第十一.五節 葬送

「……かふっ」


 なに――。


 ファビオは胸部に今まで感じたことのない衝撃を受ける。ぐしゃり、と、纏った砂の鎧の内側から、何かがひしゃげるような音が響いた気がした。


 痛みは、ない。


 ただ言いようのない熱さだけが、胸の辺りで渦巻いている。


 ――これは、何が――


 目線を下に向け、自らの砂鎧を染める鮮紅を目撃したあと……。


 己の身に何が起こったのかも分からぬまま、ファビオの身体はそこで崩れた。







 ……屈み込み、倒れ伏した死体に手を触れる。脈拍なし、呼吸なし……。そこにある確かな死を確かめると、男は立ち上がり振り向きざまに声を放つ。


「終わったぞ」


 ――声を投げかけた方角。鬱蒼とした木立の中から、呼び掛けに応えてローブ姿の人物が姿を見せる。今の今まで隠れていたその人物は、そのまま静かに男の方へ歩み寄ってきた。


「……流石ですね。支部長を相手に、まるで危な気ない戦い運び」


 フードの下から響くのは、若々しい男の声音。支部長の死体にちらりと目をやったあと、ローブ姿の青年は言葉を続ける。


「どうでしたか? 感想は」

「悪くはなかった」


 そう言うと、男は再び倒れ伏す死体に目を向ける。 


「だが、存外に脆いものだな。この齢で経験もないと見える」

「どうしてもその辺りは仕方ありません。これでも相当にマシな方だと思いますが……」

「まあ、悪くない経験だったことは違いない。……礼くらいはしてやらんとな」


 男が死体の上に手を(かざ)す。と、その掌から紅蓮の炎が迸り、死体を舐めるように焼き尽くしていく。


「……お礼と言ったので、てっきり天国に行けるようにとでも祈ってあげるのかと思いましたよ」


 肩を竦めながらローブの青年が男に語り掛ける。その口調からは皮肉や嘲笑ではなく、本当にそう思っていたのだというような印象を受けるものの、どのような思いからその言葉が口にされたのかは分からなかった。


「……」


 その言葉に男は特に答えようとはしない。ただその手から発せられる炎が肉を焼く独特の臭いと、炎に巻き込まれた枝木が時たま爆ぜる音だけが二人の間に響く。


「――不完全な神に祈るほど、救われぬことはない」


 幾許かの間が空いたあと、押し黙っていた男が唐突に言葉を口にする。……静かに、ただ自身が操る炎のみを見て呟くその姿は向けられた問いに対する返答と言うよりも、自分自身にその言葉を言い聞かせているようにも感じられる。


「救いの無い営みから先んじて逃れることが出来る……それがこの男に与えられる、せめてもの救済。私はただ、この世からこの男自身を離す、その手伝いを務めているだけだ」

「……」

「――と、以前の私なら言っていただろうがな」


 ローブの青年が口を噤んだ直後、変えられる声調子。屈みこんだまま、視線を青年へ遣り。


「どうだ? それらしかったか?」

「ええ、かなり。一瞬本気かと思って焦りました」


 青年も軽い苦笑を交えながらそう返す。幾分冗談めかした口調で。


「神を捨て、今は別の道を……というわけですか」

「そう言うお前は、何の為に此処にいる?」

「――」


 ――男が問いを投げ掛けてくるとは思わなかったのか、それとも単に自分が問われる側に回ると思っていなかったのかは定かではない。


 しかしそれまで回りの良かった青年の口は、彼が男の問い掛けを耳にすると同時に静かに閉じられていた。……まるでその問いにどう答えたものか思案しているように、自分の中に答えを探して迷っているように。


 二人の間に暫しの沈黙が訪れる。男の手から放たれる炎が尚も地面を焼き、死体が最早その原型を留めぬ形に変わった頃。ローブの青年が重たげな様子で口を開く。


「……変わりませんね」


 そこで一旦言葉を切ると、内心を吐き出すかのように言葉を続けた。


「――戦いたい相手がいる。今は、それだけです」

「ふ……」


 青年の言葉を聞いた男が微かに笑う。否定か、それとも肯定か。それが如何なる心の機微から(もたら)されたものであるのかを推し量る術を、まだ年若い青年は持ち得ていなかった。


「なすべきことは済んだ。……行くか」


 男が腕を翻し、炎を消す。見れば短時間に高熱の炎を受け続けた地面はいつの間にか白く灰化し、肉や装飾品も葉枝と共にただの塵芥へとその姿を変えていた。……一陣の風でも吹けば、残された灰さえも散り去ってしまうだろう。


 歩き出した男のあとに続いて、青年もその場から歩み去って行く。


 あとに残されたのは、戦いが行われた爪痕。……それに誰のものとも分からぬ、白い一塊の骨だけだった。


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