第十四.五節 戦いの前
「……」
双眸の先へと見据えたその男を前に、永仙は悠然と歩みを進める。……静かな足運び。焦りも緊張も感じられないが、見る者が見ればその所作には一片の隙すらないことが窺い知れる。警戒を最大限にまで高め、今。
「――仲間は散り、極大規模の術式を維持する為にお前は力を割かれ続けている」
九鬼永仙はその人物と相対した。置かれている状況。自らの優位を淡々と口にして。
「――機は熟した」
七十を越える齢にしてなお輝きを失わない瞳が、得物を前にした狩人の如く鋭さを増す。その視線を真っ向から受け止めた相手。
「――待っていたよ。九鬼永仙」
――待っていた。
敵であるはずの自らをそう出迎えた男に、永仙は特別驚く様を見せない。……予測していたからだ。自らが待ち構えられていることを。
可能な限り悟られないようにはしてきたつもりだが、警戒心があれば当然想定していたことだろう。自分が、相手を止めるために今まで動いてきたということは。
「僕を狙って来るならこの時だと思っていた。見込み違いでなかったようで嬉しいよ」
そう男は永仙に笑い掛ける。……害意や邪気などない、どこまでも自然体の笑顔。だがそれをこの状況下で出せると言うことが、何より永仙の前の前にいる男の特異性を表している。
「……」
その平静振りには永仙も思うところがあった。……既に【世界構築】は完了している。
この男もそのことは当然分かっているはずだが、まるでそのような素振りを見せない。対峙する前と後とで変化のまるでない雰囲気は、自らが持つ力への自信の表れか。
「いつから気付いていたんだい?」
脈絡なく振られた話題。当然何かしらの狙いがあると考えるのが普通。凡百の相手ならいざ知らず、この男に対しその意図に悠々と乗ってやるだけの余裕はない。
「……」
だが――。永仙は思考する。発言の意図を読み切れなかったためだ。……時間を稼いでも相手方に利点は無い。寧ろ術式の維持に力を割いている分、男の方が不利だとも言える。【世界構築】は構築にこそ一定量の魔力を必要とするが、維持に関してはほぼ無消費と言って良いほどに効率の優れた魔術。話を長引かせることによって恩恵を受けるのは、どう足掻いても永仙の方だ。
「……十年前」
永仙は答えを返す。中途にも魔力を探るが、特に男が何かしている様子はない。
「あの戦いでお前に気が付いてから、ここまで随分と苦労をした」
「……やはりあのときか」
男は合点がいったと言う様な顔で言葉を返す。
「他のメンバーが自分たちの戦いで手一杯になっている時に、鋭いことだ。つくづくその慧眼には驚かされるよ。それにまさか……」
感心したような、それでいてどこか寂しげな表情で。
「凶王を味方に付けるとはね。――考えもしなかった。これも、あなたの人徳のなせる業ということかな?」
「……そんなことはどうでもいい」
益体なく続くその言を遮り。
「『アポカリプスの眼』の首魁、ヴェイグ・カーン。お前を此処で倒し、世界は今一度危機を逃れる」
「……僕の名前まで調べ上げているとはね」
男――ヴェイグはそう苦笑し、再度永仙を見遣る。その眼に――。
「恐い人だ。――あなたは強い。人の歴史の中でも間違いなく、有数に数えられるほど」
深い、何色ともつかぬ色合いが影を落とした。
「あなたは強過ぎる。その力を以て貴方は確かに、僕の前に障害として立ちはだかれてしまうだろう。――だから」
言葉の終わり際に、にこりとヴェイグは笑う。場にそぐわないその行為。
「大事を取って、直接片付けることにさせてもらったんだ。下手に彼らと当てれば消耗する恐れがあったからね」
一点の曇りも無い、どこまでも真っ直ぐな眼でヴェイグは言い放つ。
「それは避けたい。何せ彼らには、三大組織から鍵を奪うという大事な役割がある」
「……狙いはやはり、『永久の魔』か」
問い掛けに微笑みで以て返す。言葉を介さずとも、その答えの是非は理解できた。
「――そろそろ始めようか」
戦闘の開始。何気ないことのように口にするヴェイグ。
「もう話すこともないだろう。互いの目論見通り、此処まで来たからには」
――答えるまでもない。
無言の肯定を受け。今、両者の戦いが始まる。




