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第十三節 力の差

 

「――ッ!」


 刀の振り終わりを目にし、何度目かになるか分からない息を飲み込む。……肌に一筋の傷が刻まれ、首元に血を滲ませるのは立慧さん。にも拘わらず、眉を(ひそ)めるのは父の方だ。


「ハッ‼」


 ――発勁と共に打ち出された掌打。負う傷を厭わず攻撃後の硬直を狙ったそれはしかし、洗練された足捌きの前に空振りに終わらされる。


 ――それは正に見る者が思わず見入ってしまうほどの攻防。


 訓練の時とは速度も勢いも文字通りの段違い。強いことは当然分かっていたが、まさかここまで動くことができたとは……。 


「――なるほどな」


 一頻りの攻防を終え。距離を空けた父が、刀を手に頷く。


「それがお前たちの二人分ということか」

「……さあ、どうかしらね」


 嘯いて見せた立慧さんの周囲。今は何も見えないが、父の攻撃が近付く瞬間、ほんの一瞬だけその身体のごく近くに薄い膜の様なものが現われるのに俺は気付いていた。――先輩が施した防御呪文。そう捉えて間違いないだろう。


「……」


 だが戦況を油断なく見つめながらも、先輩から一々障壁を張り直しているような様子は伝わってこない。……恐らくは戦いが始まる前。事前に先輩が立慧さんに掛けておいたものに違いない。確かにこれだけの速度で両者が動く中、障壁を最適なタイミングで展開することは先輩と雖も困難に思える。事前に用意を整え、父との戦いに臨んだ――。


 そしてその作戦はここまで上手く嵌まっているのか、目下のところ立慧さんは父から致命的な一撃を受けずに済んでいる。目を見張る様な身体能力も相俟って幾度かは一撃を決めそうになる場面もあったほど。運勢を自らに傾けると言っていた仕込みの力もあるのかもしれない。


 ――だが。


「……」


 再度距離を詰め、戦闘を再開する二人。それを見る俺の心境に安堵と言う感情は少しも浮かび上がっては来ない。――寧ろ攻防が繰り返されるほど,立慧さんが父の一撃を逃れ、父が攻撃を喰らいそうになる場面を見る度に実感させられていた。……この二人の間には、明確な格の違いがある。


 ――立慧さんは紛れもなく強い。今までに見せたことの無い高さの身体能力に、技の切れ。運を操る技法に、何より先輩の援護が付いている。それらの要素が重なってか実際あの父にこれまで何とか食らい付いて行けていることは事実であり、それだけを見れば勝機はあると考えても良かったのかもしれない。


 だが――。


「……」


 ――まただ。


 狂いなく心臓を貫かんとする刺突。それを肌一枚掠らせる紙一重の差で躱す立慧さんを見て、思う。


 立慧さんが父の攻撃を避ける時、そこには常に緊張に満ちたギリギリの幸運が働いているように感じられる。見切って躱していると言うよりは、手遅れになったものを何かに助けられて受けずに済んでいると言う印象。事実父の刀はこれまで何度か立慧さんの肌を掠め、肉を浅く切り裂くまでには至っている。――今肌を伝う血が、雫となって指先から滴り落ちたように。


 ……他方。父が立慧さんの攻撃を受ける際に、緊張というものは一切認めることができない。常に一定の余裕を保ち、無理のない所作で必中と思われる様な快心の一撃をも躱して見せる。


 ――危うさがないのだ。どんな攻撃を繰り出したとしても後一歩で届かない。それが端から決められているかの如く、必然であるかのようにそうなっている……。


「……」


 悠然と刀を携える父は未だ無傷。手先どころか着物の端、髪の毛一本にすら攻撃を掠らせてはいない。……俺たちの時と立ち回り自体は明らかに異なる。より遊びの無い、だが到底全力は出していないということを、優に感じさせる態度だった。


「支部長風情では、話にもならないと思っていたが――」


 俺の思考を父の視線と言葉が追う。


「出し惜しみがなければ、どうして中々持つものだな」


 ――出し惜しみ――?


「……」


 引っ掛かりを覚える父の言い回し、それを受ける立慧さんは、無言。


「――五体に五枚の符。疲労を無くし耐久を上げ、身体能力を肉体の耐え得る限界近くまで高めている」


 続く父の解説にも反応を見せないままだ。……肉体の耐えられる限界近く? 額面通りに受け取れば、その事実は。


「一度にそれだけの効力を得れば、何にせよただでは済むまい」

「……何が? これくらいぜんっぜん大したことないんだけど」


 毅然として立慧さんは言い放つ。そこには父の言うような、深刻な代償を背負っている重さなどは微塵も感じ取れない。


「そう見えるってんなら、あんたが弱いってだけでしょ」

「……強気だな」


 挑発とも思える言葉にも表情を変えない父。……今の内容が事実なら、父が立慧さんに勝つ必要はない。致命打を与えられない今の状況。それを続けているだけで立慧さんの側に限界が来るからだ。逆に立慧さんとしては一刻も早く決着を付けなくてはならないということになる。だが父を相手に、それができるかどうかは――。


「――耐えられると思っているか?」


 冷徹な、声。それが二人を傍観者の様に眺めていた、俺の耳に突き刺さる。……今の声。


「……」


 それが俺より一層深く突き刺さっただろう、立慧さんから返答はない。だがその表情を見てか、僅かに口元を緩めた父が。


「ならばそれは――」


 抜く。もう一本の刀を、得物を手にしていない方の手で。二振りの白刃を構えるその姿は、紛うことなき二刀流。


「――誤りだな」


 ――消える。父の姿が、俺の視界の中から。


「ッ‼」


 一瞬にして姿を見失った俺とは対照的に、立慧さんは自らの身に迫る脅威にこれ以上ないほどの速度で反応していた。


 ――だが。


「――」


 声にならない驚愕。刹那に繰り出された無数の斬撃が立慧さんを切り刻む。――見えたわけではない。ただ飛び散った鮮血の数から、事後的に振り撒かれた攻撃の数を見て取ったに過ぎない。……障壁と幸運を頼りに数撃を捌く。だがそれでも今までとは比較にならないほどの深紅の花が、その身体の随所で咲き誇り――。


「ッ――‼」


 内一つが大きく、華奢な腕の上で花弁を散らした。


「立慧さんッ‼」

「……くっ……!」


 フィアの悲鳴。立慧さんが激痛に顔を歪める。……腕の中ほど。鮮やかに割れた傷口から流れ出すのは、止め処ない赤――!


「……落とすつもりだったが、存外に丈夫だな」


 ――声。納められた二振りの刀を目にしたところで、その技の正体に気付く。……風の太刀における奥義、【釽風】。二刀を以て繰り出されるその斬撃の嵐は、敵の行動の全てを潰した上でその身体を微塵に刻む……。


 立慧さんはそれを耐え切った。だが俺の目から見ても、その傷は致命傷一歩手前と言った重傷。戦闘を続けることは愚か、次の父の攻撃は確実に躱せないだろう。


「辛うじてとはいえ即死も避けている。支部長にしては見事なものだ」

「……ッ」


 先と変わらぬ距離を空けて立つ、父を睨み返す。しかしそれは同時に、他の行動が今の立慧さんには不可能であることも示していて……。


「だが流石に、幕切れか」


 そのことはまた明らかに、父も理解していた。


「次で終わる。――言い残すことがあれば、聞くくらいはしてやるが」

「……」


 置かれる間。……何かないのか? 何か? 必死に考えを働かせるが、この状況を打開できるような手立ては何も思い浮かんでこない。先ほどから先輩も黙ったまま。


「――五月蠅い」

「……何?」

「立慧さん……?」

「――五月蠅いって言ったのよ‼ この陰険根暗男‼」


 フィアの呟き。その後に続く、初めて聞く立慧さんの叫び声。


「――あんたらも、あいつらも! ホントムカつくのよ! 途中から私たちの前にしゃしゃり出て来て、全部任せろですって⁉ 何様のつもり⁉」


 怒りをぶつける。だがそれは、向ける相手が違う様な……。


「――私は認めない。あんたみたいに力を持ちながら、平気で人を傷付けるような奴を」


 立慧さんが、父を睨む。


「そういう奴らを片っ端から止めるために、私は魔術師になった。誰も傷付かなくていい世の中を――私たちが、作って見せるんだから‼」


 発された叫び。それはきっと、何よりも純粋な本心から放たれた言葉で。


「――虚勢だな」


 それを父は、冷徹と言えるほど冷静な言い回しで切り捨てる。


「言葉だけでは何も変わらない。お前とて、その地位にいるのなら分かっているはずだ」


 淡々と紡がれる父の言葉が、一言ずつ立慧さんを刻んでいく。そんな錯覚に襲われる。


「持つ者と持たざる者との合間に隔たる、埋めようのない差というものを。――現にお前では私を止められない。お前は私に殺されて終わる。……それが事実だ」

「……っ」

「先輩――ッ」


 見守るように言われていた俺が、これ以上は無理だと先輩に助けを求めた時――。


「――え?」


 先輩の周囲を覆う、無数の紋様。……なんだ? 立慧さんの言動に気を取られる前までは、こんなものは無かったはず――。


「……」


 その異変に父も気が付いたようだ。冷たい目が此方を向いたかと思うと、その脚が一歩踏み出され――。


「何処見てんの?」

「!」


 手負いとは思えぬ俊敏な動きを見せた立慧さんに、歩みを止めて迎え撃つことを余儀なくされる。父をその場に縫い止めるように動き回る立慧さん。その傷が、いつの間にか半分ほど回復している――?


「がはッ‼」

「――ッ!」


 鮮血と共に地に倒れ込む。……投げ出された両脚。立慧さんの腱に当たる箇所が双方とも切り裂かれている。回復はしているようだが、あの脚では回復し終えるまで身動きは取れない。今度こそ障害を排除した父が、――先輩。俺たちの方へ向き直る。


 だがその時には既に、先輩は件の所作を終えた後だった。


「……礼を言う。立慧」


 俺とフィア、倒れているリゲルとジェイン、そして先輩を内包するように、複雑な図像の書かれた透明の壁が俺たちの周囲を覆っている。これは一体――。


「お前が稼いでくれた時間は、確かにこれを発動する余地になった」


 ――先輩の声。静かな音が、耳を打つ。染み入るような声音はいつに無く静謐。……形容し難い何かを秘めたその声に、思わず俺が居住まいを正し。


「上守流結界術・奥義――【厭離穢土結界】」


 戦いの最中にも拘わらず、すでに決着がついたと言うように。ここに来て初めて父に語り掛ける先輩。


「蔭水冥希。お前もかつての八家の一員なら、上守のことくらい聞き及んでるんだろ」

「……」


 俺は知らなかったが、先輩も父と何か関係があるのか? 言葉を受けた父が無言で俺たちの側へと踏み出す――。


「――無駄だ」

「――っ」


 その中途。先輩の警告とほぼ同時に、伸びた父の足先がバチリと音を立てて弾き返された。接近を拒絶されるように。


「【厭離穢土結界】は干渉系統を含めた一切の敵性の侵入を拒む守護結界。お前はそこから、一歩たりとも此方側に踏み入ることは出来ない」

「……そういうことか」


 零された父の声。見れば、先ほどその足が踏み出した先の床が微かに燐光を放っているのが分かる。……俺たちを中心に優に十メートルほどの距離。この光を発している部分が先輩の結界の範囲であり、その中に父は立ち入れない……。


「――これで、あんたにあいつらは殺せない」

「……」


 どこか勝ち誇った表情でそう言い切るのは、立慧さん。倒れたまま睨みつけるその姿を父は無言のままに見下ろす。不意を突いての強襲すら躱したのか、やはり身体には一片の負傷も見て取れない。……それまで無傷だった衣服の裾が、僅かに破れているのを除いては。


「予想もしてませんでしたって顔ね? ざまあ見ろだわ……」


 捨て台詞を無表情に受け止め、父は静かに立慧さんへと視線を注いでいる。――この結界を発動させる時間を稼ぐために、立慧さんは徹底して俺たちから離れた位置で戦っていた。父を自分の目の前に釘付けにし、結界を構築する範囲内に立ち入らせないため。


 幾ら圧倒的な力量を持つ父と雖も、剣が届く距離に近付けないのでは打つ手がない。指定された範囲そのものが父の侵入を拒むように働く結界なら刀による物理的な破壊もできず、正に父が剣士であることの隙を突いた最良の策。……先輩たちは、始めからこれを狙っていたのか。


 ――だが。


「……」


 脳裏に無視できない、半ば確信に近い疑問が浮かんでくる。……なるべくなら考えたくは無い。先輩たちが、それを最初から見据えていたなどとは。


 しかし、俺が目にしている今のこの状況は。


 紛れも無く――。


「……先輩」

「……」

「立慧さんは……?」

「……」


 俺とフィア。二人から言葉を受けた、先輩が押し黙る。それだけで――。


「……他人の為に命を捨てるか」


 俺たちにもその答えが予期できてしまった。思う所があったのか。動けないでいる立慧さんに、父が声を飛ばす。


「己の夢も。そんなことをして一体、何になる?」

「――知らないわよ、そんなこと」


 眼も合わせずに。吐き捨てるように言う立慧さん。


「誰かを見捨てて尻尾巻いて逃げ出すってのが、どうしようもなく気持ち悪いってだけ。……私たちはこの力を、人を助けるために使う」


 そこで顔を上げ。血に濡れた表情で、凄惨に嘲笑(わら)った。


「ただの人殺しになったあんたには分からないでしょうけどね。蔭水冥希」

「……そうか」


 呟きと共に顔を上げた父。その視線が、俺たち――結界を張った先輩の方へ向けられる。


「――随分と強力な結界を張ったな」


 確かめるように一瞬その目を細め、続けざまに言葉を紡ぐ。


「指定範囲への概念的な処置――それに自分たちを守る狭範囲の結界と、五重の障壁。備えは万全というわけか」

「……」


 動かないまま。僅かに身体を揺らした先輩の前方で、空間が覚えのある微かな光を放つ。……別の結界に加えて障壁まで。蔭水流には離れたところへの攻撃手段として【月の太刀】、並びに【雨の太刀】があるが――。


「あの上守の娘も、ああ見えて流石は支部長と言ったところか。だが――」


 これではどうしようもないはずだ。構築した守りに絶対の自信を持って立っている先輩の後ろ姿に、まるで自分まで支えられているような頼もしさを覚えている俺の前で、父が刀を構える。……なんの。


「――」


 つもりだ? 見据える前方で取られたのは俺の時と同じ【絶花】の構え。――切る切らない以前に、この距離では例え刀を振るっても届くものではない。何をしようとも無駄に終わらされるはずなのに。


「【絶花】――」


 ――悠々と。一抹の不安を胸に抱く俺の前で、演武のような優美さを以て繰り出されたその一刀。描き出される軌道は記憶にある通りの【絶花】。蔭水流の誇る最剛の太刀と雖も、届かなければ意味は無く。


「――」


 その事実を構わないように振り抜かれた切っ先。同時に何か違和感を覚える。――今何かが、視界の内を過ったような気が。


 ――いや。


 数舜後に気づく。それは、気のせいなどではなかった。


「え……あっ……!」


 耳に届くフィアの声と共に、目の当たりにされた変化。……ずれていく。俺たちを囲んでいる結界の壁。執拗に重ねられた障壁の盾が、滑るように、同じ向きへ。


「――ッ⁉」


 ――一閃。正に一刀両断と言うのが相応しい形で切り裂かれたそれらの守りが砕け散るようにして消滅する。そして俺たちの前に立っていた先輩は――!


「――」

「――先輩ッ‼」


 崩れるように真後ろへと倒れ込む、その身体を支える。胸元に刻まれた赤い線。荒い息。障壁で防いだせいか、一見して傷は浅いが――。


「――この程度の護り、破ることなど容易い」

「――!」


 完全に意識を失っている。――切ったのか? 今の一刀で。思考を駆け巡る混乱を穿つ声。反射的に前に向けた視野の先で再び立慧さんを見下ろしている父。……先輩の渾身の力を込めて張られた結界。それをただの一振りで撃ち破った刀身が、その手の中で静かに光を放っている。


「……っ」


 倒れたままの立慧さんは答えない。答えようがないのだろう。先輩が行動不能になった今、父の次に取る行動は――。


「――さらばだ」

「止めろッッ‼」


 立慧さんの殺害。無駄だと知りながら、俺が叫びを上げて駆け出そうとした。


 ――直後。


「っ⁉」


 部屋のドアがけたたましい音を立てて開け放たれる。飛び込んできたその影は、流星の如く一直線に父と立慧さんの下へ向かったかと思うと――!


「――」


 何が起きたのか。刹那の内に幾多もの攻防が飛び交い、数瞬後、弾かれたように父が大きく後ろへ後ずさる。――父が退いた? 戦いが始まってから初めて目にするその光景に、衝撃で胸が高鳴りを覚える。……俺たちの目の前。


「あんたッ……⁉」

「……よう」


 驚愕に目を見開く立慧さん。その前に、父からその身を守るようにして立っているのは――。


「――無事か? 立慧」


 ……冴えない私服姿に、携えた棒。


 ――俺たちのよく知る、田中さんの姿だった。


「……田中?」

「おう。正真正銘、お前さんが知ってる田中で間違いないぜ」

「あんた、どうして……」


 (ほう)けたような立慧さんの声。中途で声を詰まらせる、その気持ちが今は痛いほどよく分かる。


「ま、気になることがあるってのは分かるんだが……」


 立慧さんの全身を一瞥し、田中さんが倒れたその身体を担ぎ上げた――。


「――ッ⁉」

「酷え傷だぜ。とっとと治してもらいな。――任せたぜカタスト!」


 次の瞬間、二人が目の前まで来ていることを理解する。そう言って立慧さんを下ろすと、再度俺たちに背を向ける田中さん。……速い。


「は、はい!」

「ちょ、ちょっと! まだ話は――」

「悪いがそいつは後にしてくれや。今は、こっちの方が立て込んでるんでな」


 今し方父との攻防で見せた速度。人一人担いでもその動きは一向に衰えることがない。掛けられた立慧さんの言葉に手を振って返し、対峙するのは――父。不意を打つ田中さんの出現に警戒を余儀なくされているのか、今ここに至るまで父は静観を保っていた。


「……お前は」

「どうも。通りすがりのおっちゃんです」

「第十一支部支部長、田中……」


  軽口には反応せず僅かに目の鋭さを増し、田中さんのことも調べが付いていたらしい父は言葉を続ける、


「その身のこなし――武人だな」


 ――武人? 聞き覚えの無い単語を聞き咎める。そのままの意味なら、軍人とか兵士だとか、そういった意味であるはずだが……。


「一発で言い当てちまうとは中々。流石は音に名高い『救世の英雄』ってとこか」


 その言葉を受ける田中さんも、自分がそう呼ばれたことに違和感は覚えていない、どころかそれが適切だと感じているようだ。距離を取ったまま、両者が睨み合う。


「絶えて久しいと聞いていたが、魔術協会に囲われていたか」

「その言い方には色々と語弊がありますがね? 時間もねえし、今はそういうことでもいいぜ」

「武人って……っ!」

「り、立慧さん、じっとしてて下さい」


 その単語に思うところがあるのか、治療中であるにも拘わらず身を乗り出そうとする立慧さん。光に包まれたその身体に刻まれた幾つもの傷が目に入る。こんな身体で、今まであの父と戦っていたのか……。


「……ま、お前さんの言うように、一応今は協会預かりの身なんだわ」


 こんなんでも、と。トーンを落とし、真剣な声音で田中さんが言う。向けられた杖の先端。


「よくぞここまでってことで。――落とし前だけは、付けてもらいやしょうかね」

「……」


 闘気を発し始めた田中さんに応じ、父もまた鋭い気を放ち始める。これまでとは一段質の違う気配。


「……っ」


 息を呑む最中。目の前の二人の間で、及びも付かない戦いが幕を開けようとしていた。



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