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第七節 不意打ち 後編

 

「テメエッ‼」

「フィアッッ‼」


 俺とリゲル――咄嗟の一撃が、それぞれの背後に迫っていた化け物に叩き込まれる。――フィアとジェイン。


「……えっ?」

「なっ……⁉」


 反射的に振り向いた二人から上がる声は、攻撃を受けて吹き飛んだ化け物に対するもの。反射的に身体全体をぶつけるようにして叩き込んだ一撃。即座に終月を取り出した俺の前で。


「……!」


 多少ふらつきながらも化け物は立ち上がってくる。……何事もなかったかの如く。【魔力解放】状態でないとはいえ、咄嗟の全力で放った体当てはかなりのダメージを与えたはずなのに。


「――ちっ!」


 響く舌打ち。――リゲルと化け物の交戦。拳をぶち込まれた新たな化け物は衝撃の分距離を開けるが、その間にも最初の一撃を受けた化け物が立ち上がってきている。……何なんだ?


 こいつらは――!


「何だってんだよこいつらは⁉」


 俺と一分も違うこと無き感想をぶつけつつ下がってきたリゲル。……赤黒い皮膚。筋骨隆々とした身体つき。中には金棒――武器の様なものを持っている奴もいる。その外見から、頭の中に即座に浮かんでくる言葉は――。


「――鬼」


 思い出す。小さい頃、母から聞かされた話。


 だが今俺たちが目前にしているその凶悪さは、子ども心に聞いた昔話などから推察できるようなものではない。……目の前の獲物を、殺す。何も言わずとも、目と纏う雰囲気だけでそのことが明確に伝わってくる。こんな奴らが、どうして突然に――。


「鬼……か」


 信じられない。だが認めるしかないといった口調でジェインが呟く。レイルさんに知識を叩き込まれたジェインからしても、目の前の存在はそうとしか呼べないようなものだったらしい。なるべく迅速に視線を巡らせ、置かれている状況を把握する。……俺たちの周囲は完全にこの化け物たちに囲まれている。


 どこへ行こうにもこいつらを倒さずには先に進めないだろうことは疑い様がない。だが――。


「……」


 俺の、そしてリゲルの一撃を受けたはずの化け物は、もうそんな事実はなかったかのように平静を取り戻している。――凄まじいタフネス。


 ――マズイ。即座にその判断が脳裏に浮かぶ。……こいつらは少なくとも肉体的にかなりの耐久力を備えている。


 俺とリゲルの攻撃は有効打にならない可能性が高く、ジェインはサポート能力こそ一級だが戦闘力は低い。フィアもそれは同様だ。今のフィアならこいつらの攻撃をある程度は防げるだろうが、敵の数を減らすことは出来ない。


 ――ジリ貧なのだ。一方的に攻撃を受け続けてしまう以上、限界が早く訪れるのはどうしても此方の方になる――。


【時の加速】、並びに【重力増加】を当てに逃げるという手もないわけではない。が、目の前の化け物たちが果たしてどれだけの速度で動けるのかは全くの未知数。分かるのは捕まればその時点で詰みという事実だけ。……この密度では、幾ら俺たちが素早く動けたとしても接触は避けようがない。最悪出口を塞がれてしまえばそれで終わりであり、賭けとしては余りに分が悪い。


 ジェインが未だ【時の加速】を発動していないこと、俺たちに指示の一つも飛ばしていないという現状がそのことを暗黙裡に示しているようだった。――打開策が無い。少なくとも、今の俺たちの持ち手では。


「……一点突破だ」


 そんな俺の思考を遮るように、ジェインの呟きが耳に届く。


「僕が【時の加速】を掛けるのを合図に、カタストさん、全員の周囲に障壁を」

「は、はい」

「……俺たちは?」

「蔭水は【魔力解放】を発動した上で先頭に立ち、敵陣を切り開いてくれ。リゲルはその後ろで追い打ちを掛けて進む道を確かなものに。後は最初の合図で【重力増加】を周囲に掛けて、敵の動きを鈍くして欲しい」

「……おっしゃ。任せとけ」


 小声で会話を交わす俺たち。そうしている間にも、化け物たちは徐々に距離を詰めてきている。悠長に話している時間はなく。


「――カウントで行くぞ。一、二」

「ス――」


 ジェインが終わりの言葉の頭文字を言い終えた、――その瞬間。


「――【四諦結界】」


 構えた俺たちを――ほぼ透明の壁が取り囲む。聞こえてきた馴染みある声。一瞬動きを止めたように見える鬼たちの後ろから。


「――ふんッッ‼」


 気勢が響いたかと思うと、数体の異形が纏めてその巨体を吹き飛ばす。互いに激突し転倒し、もんどりうって崩れて行く鬼の壁。その向こう側に見えた姿は――。


「――あんたたち、無事ね⁉」

「――立慧さん!」


 先輩たち。それを理解すると同時に急速に安堵感が湧いてくる。――助かった。俺たちまでの道筋に立ちはだかる鬼たちを立慧さんは手際よく蹴散らし、消し飛ばして。


「――怪我もないようで何よりだ」

「――何が起こっているんですか? この状況は――」

「分からない。今は、ひとまず安全を確保することが先だ」


 辿り着いた先輩の視線の先。……切り開いた道筋を埋めるように、既に新たな異形たちが集まってきている。先の立慧さんの攻撃で消滅した者も何体かいるが、その損失が問題にならないほどの数。……力の差は分かっているはずなのに。


「――あんたら全員に【時の加速】を掛けて。私が邪魔な連中をブッ飛ばしてくから」


 まるで尻込みする様子がない。そのことがなお俺の緊張感を駆り立てる。……殺すつもりでいる。奴らは、未だに俺たちを。


「あとを付いてきなさい。――千景」

「ああ。分かってる」


 同時に俺たちの周りに展開される障壁。先輩の……。


「まず破られることはないと思うが、完全にカバーできるわけじゃない。自分たちでも動けるよう、常に警戒しておいてくれ」

「は、はい!」

「――分かってますぜ!」

「良い返事ね」


 軽く笑んで構えを取る立慧さん。――集う鬼たちを威嚇するように。


「千景が結界を解除したら走るわ。タイミングは任せる」

「ああ。――用意はいいか?」


 先輩の問い掛けに首肯する。……フィア、リゲル、ジェイン。全員が頷いて、走る姿勢を取った。


「――よし、行くぞ!」





 


 


 


「……何だと?」


 ――魔道具。古びた羊皮紙に現れた文字を目に、レイガスの顔色が変えられる。


「……ふむ」


 ほぼ同時。通信端末の画面を目にしていたヨハンが、呟きと共に顔を上げた。


「どうやらそちらも大分大事のようですな。レイガス殿」

「……」

「我々は決して、手放しで友好と言えるほどの仲ではありませんが……」


 沈黙を守るレイガスに、ヨハンは変わらない――穏やかな表情で話しかける。


「維持すべき秩序への姿勢は同じであるはず。どうですかな? ここは一つ、互いの受けた報告内容を話し合ってみるというのは」

「……奇遇だな」


 師の返した言葉。そこに込められたある種の苦肉ともいえる色に、郭の意識が僅かに揺さぶられる。


「私もそれを考えていた。――いいだろう」

「では、礼節としてまず此方から」


 笑顔で応じたヨハン。話し出しのために軽く息を吸い。


「――執行機関の本部が突如消失したという報告がありました。現地には何の破壊の後もなく、建物と地面だけがすっぽりと消えたようになっているそうです」

「――っ⁉」


 口にされたのは衝撃的に過ぎるその中身。動揺から思わず身を震わせた郭に、レイガスから飛ばされるはずの叱責はない。


「本部外の執行者たちが原因を調べていますが……詳細は不明。何一つ掴めてはおりません」

「……似たようなものだな。――魔術協会の本山が消え去った」


 続くレイガスの台詞。弾かれたように顔を上げた郭へ、レイガスは視線を遣ることをしないまま。


「その下と周囲の地面ごと、見事に消えて無くなっているらしい。こちらも原因は調査中……とのことだ」

「……それはそれは」

「……っ……!」


 沈黙が場に訪れる。三大組織の幹部たちをして言葉を失わせしめる異常事態。いかなる態度を取ればいいのかも分からない郭の前で、ヨハンがふぅと溜め息を吐いた。


「――弱りましたな。敵の狙いは間違いなく――」

「護りの引き剥がし……」

「そういうことになりますな」


 ――そうだ。


 魔術協会の誇る不落の防壁。【大結界】も、動力源である地脈から切り離されてしまっては用をなさない。非常時に備えての予備術式が用意されているとはいえ、【大結界】に比べればその性能は言わずもがな格段に劣る。力のある技能者であれば突破を許してしまうほどに――。


「これでは応援が呼べない。敵ながら大した手口です」


 溜め息をつく。――一方、あくまで外面からの推測になるが、ヨハンはそこまでの焦りを抱いているようには見受けられない。霊的な構造を持たない執行機関の防御設備は元より地脈に依存していず、最新鋭の科学技術により構築されたものであるとの情報を郭は聞き及んでいた。恐らくは――。


「早急に対策を立てねば。――済みませんね、郭君」


 その必要電力を賄えるだけの装置が本部内に設置されているのだろう。そこまで思考したところで、不意にその言葉が自身へと向けられたことに虚を突かれる。郭にまだ咄嗟の返しが思いつかないでいるうちに。


「後学のために来てくれたというのに、参考にならない事例を見せる羽目になってしまった」

「いえ……」

「――行くぞ」


 どこまでも温和な口調。低姿勢に難儀している郭へ、レイガスの声が掛かる。


「本山へ戻る。――悪いが」

「構いませんとも。急を要するのは、互いに同じことでしょうからな」


 了承を受けて踵を返す。扉を開け放ち――。


「――このタイミングでとは」


 廊下へと踏み出しかけていたレイガスに対し、飛ばされたその声音。


「共に同一犯。三大組織全体を狙ってのことでしょうかな? レイガス殿」

「……さあな」


 振り返る目に映るのは穏やかな微笑。その一言だけを残し、レイガスは郭と共に、足早に会議室を出て行った。




 


 


 

「何だって……⁉」


 報告を聞いたリアは信じられないと言ったように声を漏らす。滅多なことでは声を上げない古強者の動揺。その反応を鑑みてか。


「間違いないのですね?」

「は、はい!」


 確認を促すヨハネの台詞に、聖戦の義の信徒は幾秒も置くことなく首肯してみせる。血の引いた顔色。動揺に震えている両手が、告げられた内容が紛れもなく真実であることを示していた。


「土地ごと建物を切り離す……そう来られてしまっては、流石の結界も役に立ちませんか」

「……っ!」

「――四賢者様⁉」


 息を吐いたヨハネ。リアが弾かれたように踵を返したことに、信徒が狼狽の声を上げる。確固たるその足取りに――。


「――どこへ?」

「現地に行く。割り込めるかどうか、目で見なきゃ判断のし様がない」


 ヨハネの掛けた声。意外なほどピタリと立ち止まり、リアは余裕のない顔をヨハネへと向ける。


「――今は悠長に話をしてる場合じゃない。そうだろ?」

「……そうですね」


 リアの眼差しに静かにそう答える。動く素振りのないヨハネを前にして、耐えきれなくなったかのようにリアは言った。


「――あんた、知ってたね?」

「……」

「幾らそっちの守りが地脈に依存してないって言っても」


 理解が追い付かないと言うような信徒の前で、構わずリアは言葉を続ける。


「外部と隔絶された状態じゃ危機なのに変わりはない。なのに今のあんたの態度は、まるで他人事だ」

「……道が示されたなら、それを進むことが私たちの天命」


 口早に告げたリアにそれ以上言う必要はないと言うかのように。ヨハネの口にした台詞。


「全ては神の御心のままにあるのですから」

「……あんたのそういうとこ、やっぱ反りに合わないね」

「お互い様でしょう。リア・ファレル」


 舌を打ってリアは背を向ける。立ち尽くしていた信徒を押し退け、足早に出て行こうとしたところで。


「……一つ、訊いときたいんだが」


 振り向かないまま。渋い声で、背後の使途へと問い掛けを放った。


「結末まで、あんたには何もかも見えてるのかい?」

「……」


 リアの問い。それに対しヨハネは暫し答えを紡ぐことなく。


「……それは神のみぞ知ることです」


 呟くように。まるで独り言のような声で、静かにそう言った。


 

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