表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/415

第五節 楽しい外出 後編

 

「……」


 午後。レイガスはやや不機嫌な面持ちでサロンを訪れていた。


 いや、傍から見れば彼の表情は常に不機嫌なのだが、今の内心は彼自身からしても特別に不機嫌と言えるものだったのだ。


 蔭水黄泉示以下四名を協会に加える交渉。秋光とのそれが失敗に終わったことも原因の一つとしてはある。


 だがそのことをレイガスはそこまで大きな問題であるとは捉えていなかった。……最適といえるタイミングで邪魔が入ったのは腹立たしい。ただあの言い分ならば問題は先延ばしにされるだけ。解決した後は今度こそレイガスの提案を阻む要因はなくなる。


 加えてこの魔術協会が裏切り者の九鬼永仙、並びに敵対する凶王らと手を組んでいるなどと噂されるのは甚だ迷惑な話でもある。特にレイガスからしてみればそのような噂は断じて許せるものではない。……撲滅すべき対象と自分たちが同じだなどと言われるのは、実に癪に障る限りだ。


 とはいえ、それらの事情を全て含めたとしても、今のレイガスを不機嫌にしている理由はそのことではなかった。……秋光のあの態度。


 ――まるで理解していない。協会と、そして彼らを取り巻いている状況について。


 レイガスから見ればそう言える。……彼らは特殊技能者としていずれもその力を示してしまっている。他の技能者が放っておくわけがなく、凶王派に狙われていたという今回の件も含めて既に相応の注目を集めてしまっているに違いないのだ。


 それを庇護のない一般の社会などに放り出せばどうなるかは目に見えている。恥も矜持もない野良の技能者に蹂躙されるか使われるか。そして少なくともうち一人について言えば、被害は出てしまったあとなのだ。


「……」


 ――フィア・カタスト。その事例を思うとレイガスは今でも胸に湧く憤りの情念を覚える。以前レイガスが診たように、彼女の記憶は完全に抹消されてしまっている。


 如何なる術を用いても元の記憶を取り戻させることは不可能であり、二度と失われた思い出が蘇ることはないとレイガスは己の威信に掛けて言うことができた。自らの父も、母も、友人も。仮に会えたとしても誰一人、何一つ思い出すことはない。


 ――また繰り返す気か?


 悪意を秘める技能者たちの影を思いレイガスは奥歯を噛み締める。力のある卵にこそ傘が必要となる。自分たちが技能者を集めるのは単に勢力争いのためだけではなく、その側面もあるということを、秋光が知らないはずはないのだが。


 かつての仲間たちの子息ということで目が曇っているらしい。狂信者の集まりである聖戦の義や、凶王派に取り込まれてもいけない。力の使い方を間違える可能性もある。真っ当な方針を持つ自分たちの元で傘を与え、そして傘を与えるからには協会の理念に則る組織の一員として活動してもらう。それが協会と彼ら、引いては特殊技能社会全体の秩序を維持することにも繋がる……。


 そうレイガスは考えていた。郭はそのことを分かっている。だからこそレイガスは郭を彼らの外出に同行させたのだ。かつて試験員として一悶着のあった間柄。友人とも言えぬ仲で仮にもいきなり深い話ができるものでもないだろう。


 だが自分とでは更に溝が開き過ぎている。幸いにも同年代である郭との話を通じて、彼ら自身が何かを感じ取れれば僥倖。時間のかかる以上、布石は遠回しにでも打っておくに限る。


「……」


 そう自らの意図を反復して。温度の足りない紅茶を、レイガスはガブリと喉へ流し込んだ。












「――というわけで」

「……何だここは」


 立慧さんの説明が終わるより先に、耐え切れないと言うように口を挟む。


「洋服店よ。あんたそんなことも知らないの?」

「……それくらいは見れば分かる」


 苦虫を噛み潰したような、明らかに不満そうな郭。表情を見ずとも声だけでその心情が丸分かりだ。まあ、俺としても恐らくその心中は察せられるところではあるが……。


「僕が訊いているのは、どうしてわざわざこの店を選んだのかということだ!」


 店内に響き渡る怒号。――立慧さんが郭を連れ込んだのは、……実に何と言うか、女の子らしい洋服店。


 俺からしてみれば一体いつこんなものを着るのかと言いたくなるような沢山のフリルが付いた洋服や、何だかよく分からない仕立の服などが揃っている。……世の中にはこんな店までがあるのだとは、立慧さんに連れて来られなければ一生得ることのない知見だったかもしれない。


「なんでって、休日って言ったら洋服とか買うものでしょ。折角あんたが慣れないことしようって言うんだもの。存分にいじり倒――もとい、訓練してあげなきゃと思って」


 にこやかに言う立慧さん。上機嫌のわけは明白。立場上中々に鬱憤を晴らすことのできない郭に対し、この時間だけは思うがまま、存分にからかえることが楽しくて仕方がない……と言ったところか。


 無邪気を装ってはいるものの、その笑顔の裏から滲み出る本心は隠しようもない。これから辿ることになるだろう運命を思い、南無三と心の中で手を合わせた。……諸行無常。


 ――他方。


「……」

「……フィア?」

「……えっ⁉ あっはい! 何でしょう⁉」

「……気になるなら見てて大丈夫だぞ」


 この店の服が気になって仕方がないといった様子のフィア。普段シンプルな服ばかりを着ている印象からは少し意外だが、こういうヒラヒラした服も嫌いじゃないのだろうか? 似合うと言えば似合いそうだが。


「……立慧。流石に郭にこの店はちょっと……」


 困ったような笑顔で先輩が言っている。……先輩としてはあくまでもっと普通の店に郭を連れて行くつもりだったのだろう。郭を打ち解けさせるには半ば強引に接するしかないとは思っていたようだが、流石にこの店の洋服は郭には合わないと判断したらしい。


「ものは試しよ。普段とは違った新しいことにチャレンジするのも、休日の醍醐味なんだから」


 最早体の良い建前として使われている休日の語を盾に、立慧さんが目を光らせる。……恐い。


「さ、時間も限られてる事だし、早速試して見ましょ」


 ――――

 ――


「……ッ……!」

「……ぷッ! いや、似合ってるわよ……っ!」


 くくく、と。抑え切れない笑いを指の端から零れさせつつ、口に手を当てた立慧さんが身体をくの字に曲げる。……取り繕いも何もあったものではない。


「……いっそ殺せ……ッ!」


 カーテンの開いた試着室にて晒し物にされているのは、当の郭。フリフリのスカートが落ち着かないのか、隠すようにやや内股で、裾を握り締めた手を震わせている。……まあ、これまでに見た郭の服装は常に男装と言っていいほどシンプルなものだった。趣味に合わないだろうことは俺でも想像が付く。そんな郭に対し……。


「んだよ、似合ってんじゃん。普段着用に一着くらい買ってってもいいんじゃねえの?」

「確かにそうだな。包んでもらうよう、頼んでおくか」

「天然ゴリラと性悪の眼鏡とは黙っていて下さい……‼」

「……まあ、郭の雰囲気には少し合わないかもな」


 本気か冗談か分からない台詞を口にするリゲル、明らかに悪意のあると見えるジェイン。オブラートに包みつつ言った先輩は、なおも溢れる笑いに腹を抱えている立慧さんをその焦げ茶色の眼でチラリと見つつ。


「あー……おかしい。写真機でも持って来れば良かったわね」

「――立慧は今日は良いのか? 普段ならもう、三、四着は試着してる頃だが」

「今日はね――って千景ッッ⁉」


 目元の涙を拭う所作から一転して上げられた叫び。……これは。


「……ハッ⁉」

「……ふふ」


 狼狽する立慧さんを前にして、試着室から零された不気味な笑い。可愛らしいロリータの衣装に身を包んでいる郭から立ち昇るのは、実体化して見えるほどのどす黒いオーラ……。


「はっはっは。これは良いことを聞きました。范支部長、もしこのことを誰かに話したりすれば、僕も貴女の趣味を――」

「煩いわね! 千景も、どうしてよ⁉」

「いやまあ、多少やり過ぎかと思ってな」

「では范支部長もこの服に着替えてもらいましょうか。観衆の前で、僕と同じ辱めを――」

「……あちらのお客様はお知り合いですか?」

「……まあ」

「は、はい」


 尋ねてくる店員に、少し離れた位置でお茶を濁す俺たち。店内の注目を一手に集めているあれとは関係ないです、と答えたいところだが、一緒に入ってくるところをばっちり見られているので言い逃れもできない。注意されるか、最悪追い出されるかと。


「……頑張って下さい」


 構えた俺に店員はそう言って、グッ、とガッツポーズ。どうぞ、とフィアに何かを渡したのち、ファイトです! と言って去っていく。……意外な反応。


「何を貰ったんだ?」

「……これです」


 差し出されたそれを見る。それほど大きくない半券に黒々とした文字で書かれているのは、〝全品10パーセントオフ! ――会計一回に付き一枚のみご使用可能――〟。


「……有り難いな」

「……そうですね」

「ちょっと! それじゃなくてこっちのにしなさいよ‼ んなヒラッヒラの――!」


 割引券を手渡してくれた店員の優しさを感じつつ。響いてくる喧騒を耳にして、俺たちは静かに息を吐いた。


 ――――


 ……その後。


「――見てよこれ! ほら、絶対コイツの方が似合ってるわよね⁉ こんなゴージャスな裾してるし!」

「お似合いなのは范支部長の方でしょうね。自分の趣味と合致していますし、僕にはやはり、もっとシンプルな服の方が――」

「いいんじゃないっすかね。……どっちでも」

「……ノーコメントで」


 互いにユメカワゴシックな衣装を押し付け合う二人のバトルは続き。……品評に付き合わされているリゲルとジェインも、流石に辟易してきているところだった。正直幾らかは自業自得だろうが、ここまでくると不毛としか思えなくなってくる。


「――ふぅ」

「……」


 そんな凄惨な様相を呈しているバトルフィールドから離れた位置で、試着室から出てきたフィアに目を移す。試着した衣服は既にこれで八着目。楽しんでいることは明らかだったが。


「……買ってくのか?」

「ええと、そうですね……」


 値札を見比べる。少なくとも向こうにいる二人より似合っていたとは思うものの、それでもやはり普段使いには辛そうな服装だ。果たしてどうするのかと思い……。


「割引の紙も貰いましたし、……結構試着してしまったので、一着くらいは……」

「そうか」

「――次はこれにしましょう。着いて来られますかね? 貴女に」

「勿論よ。こちとら趣味で着てるんだからね!」

「あー……」


 それくらいがいいのかもしれない。少し眼を離した隙にも例の二人は完全にエスカレート。完全にやけっぱちになっている状態を前に、先輩はチラリと店内の時計を見て。


「……そろそろ時間だな。品定めは終わりにして、帰らないか? 二人とも」

「そうね! ――せっかくだから、これこのまま着て帰ったらいいんじゃない⁉」

「な――!」


 ……とんでもないことを言い出した。


「……いや、それは流石に……」

「……本気か立慧?」


 思わずという感じで口を挟んだジェインに、正気を問う意味で尋ねた先輩。その優しさにも立慧さんは間髪入れずええ! と返してくる。……毒食わば皿までと言うか、最早自分の身を省みずにどれだけ相手に大きなダメージを与えられるかの勝負になっている。どう? と物理的に上から目線で立慧さんに言われた、郭は――。


「――いいでしょう」


 自身にとっても劇薬であるはずのその台詞を、勢いに任せて口にした。


「受けて立ちますよ、その勝負。賢者見習いに挑んだことを後悔するんですね……!」

「上等じゃない。支部長の底力、見せてやるわ」


 正しく売り言葉に買い言葉。そんなものにプライドを賭けないで欲しいと思うものの、最早当人たちでも収拾のつかなくなった勝負を前にして。


「……会計を頼む」


 千景先輩は。諦めたように、控えていた店員にカードを渡した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ