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第三.五節 動き

 

「――それが妥当な判断ではないか?」


 執務室。机に着いた秋光を前にして、レイガスは重ねてそのことを主張する。


「彼らを、正式な協会員として迎えろと?」

「全員ではない。三人だ」


 即座に為すのは内容の訂正。……あの少女。


「あの蔭水の遺児が戦力になるとは思えんからな。まあ、揃ってでなければ本人たちが承諾しないと言うのであれば、それでも良いだろう」


 固有魔術を発現したとの情報はレイガスも聞いた。……永仙を相手に、それを意図的に発動させたのだとも。一度なら偶然。定着しないと言うこともあり得るが、自分の意思で二度目ができたのなら話は別。稀有な能力の持ち主として確保しないという手はない。


「荷物を一人抱え込んだとしても三人の優秀な人材を入手できるなら充分に見返りはある。――今までは永仙と凶王の狙いを明らかにする鍵があると思われていたからこそ、奴らには特別な待遇を下してきた」


 掘り返すのはその事情。無所属の技能者に対する協会の原則。


「だが今となってはそれも不要。通常一般の技能者への対応に切り替えることは、当然だと思うがな」

「……」

「幸い騒ぎ出しそうな『救世の英雄』も一時協会を離れている。機としてはこれ以外に無いほどだ」


 続けて東たちの不在を言い立てたレイガスに、秋光は静かに首を振る。


「そんなことをすれば、彼らから間違いなく反感を買う。公平なやり方ではない」

「かもしれんな。だが、奴らには何もできん」


 レイルとエアリーの言葉を事前に伝えられてなお、レイガスはその点を強く言い切る。恐れる必要はない。


「アルや郭との手合せでも確信したが、今の奴らの力はそう高いものでもない。不満を抱えられたからといって協会にとって脅威になるとはとても思えんな。――重ねて言うが」


 そう言って再度秋光へと提示する。今回に限り、一番の切り札とも呼べる事実を。


「これについては単なる私の一存という話ではない。――アルも私と同じ見解だ。将来的に貴重な戦力になるだろう彼らを、今この時点で協会に迎え入れるべき、とな」


 ――そう。着任時からレイガスとは何かにつけて犬猿の仲と言って良いバーティンだったが、こと今回については自分との意見が奇跡的に一致している。


 成立しているのはそんな特異的事態。――信念も何も持たぬ俗物ではあるが、状況を見る目だけは確からしい。腐ってもそこは四賢者かとレイガスは思う。かくいう自分も能力的には充分と見たために、彼が四賢者に就任する折、渋々ながらもそれを認めるに至ったのだ。……いつも害を負わされている分、偶には此方の利益にならねば帳尻が合わない。


「……どうするにせよ、彼らの意思確認が先だ」

「確認してどうする? あれだけの才能がある以上、協会以外の組織も奴らを手が出るほど欲しがっている。――巻き込まれることは最早必至」


 優勢は自分にある。それを知ってレイガスは畳み掛ける。秋光の立場からしても。


「お前が奴らを少しでもマシに扱おうと思うなら尚更だ。ここで、我々が確保に先んじておかなければ――」

「――待ちな」


 勢い込んだ言葉の続けられる最中。両者にとって聞きなれた、低く乾いた声が論舌に割って入る。――声の主。


「リア」

「――っ」


 視線の先。最長老の四賢者、リア・ファレルの姿がそこにあった。空間魔術にて唐突に現れた姿に、思わず内心で舌を打つレイガス。


「……悪いが、今私は秋光と話をしている。用件が有るのならこの後にでも――」

「――ああ、良い。良い。あんたらの話の内容は分かってる。私が持ってきたのはそれに関連する話さ」

「……何?」

「あいつらを戦力として抱え込もうってんだろ? 戦略的に見りゃ、あたしとしても賛成だが……」


 レイガスの問い返しに正面から答えていく。手に持っていた書面を、二人に向けて突き出した。


「どうも近頃、先日の襲撃に関して良くない噂が立ってるみたいでね。そいつを伝えに来た」

「噂……?」

「ああ。――曰く、〝九鬼永仙、凶王の同盟と、魔術協会は裏で手を組んでるんじゃないか〟って内容さ」

「――何だと?」


 差し出されているリアの手から書面を受け取り、レイガスはその事実を確認していく。……記されている内容。


「あの襲撃でこっちに大した被害が出なかったってのが原因だろうね。本来凶王に侵入されたとなりゃ、それこそ本山半壊くらいの被害が出てなきゃ普通じゃない」

「……」


 全体として短い書面であることもあり、数秒で内容を読み終える。……無言のまま秋光へと手渡された書面。思案しているようなレイガスの前で。


「根も葉もないな。事実無根の下らん噂だ」

「それでもさ。特に死人が一人も出てないってのが、裏目に出ちまってるみたいだねえ」


 秋光もまた書かれている内容を読み込んでいく。リアが語る内容の通り、聖戦の義、並びに執行機関に於いて。一部でそのような噂が広まっているとの報告が記されていた。


「上はそんな話信じちゃないだろうけど、下は別だ。それに――」

「それを利用して仕掛けてくる可能性もある、か」

「その通り。そんな中でこれまで永仙や凶王に狙われてるからってことを理由に保護してた奴らを、うちに招き入れるなんてことになりゃあどうなるかは分かるだろ?」

「……」


 更なる口実を相手に与え、焚火に小枝の束を放り込むも同じ結末を招く。そのことが分かっているレイガスとしては、リアの言葉に沈黙を以て答えるよりない。秋光たちが見つめる前で――。


「……下らん横槍が入ったな」


 小さく呟く。――その一言で早々思考を切り替えたのか。


「――早急にその噂を消し去る必要があるか。秋光」

「ああ。分かっている」


 話を振ってきたレイガスに秋光は頷く。……切り替えの早さは見事なもの。その行動原理が単なる私情からではなく、真に協会を第一に考えるところから来ているからだろう。――だからこそ自らと進む方向性が一致していないことが、度々秋光を悩ませるのだ。とはいえ――。


「――レイガス、リア」


 今はそうした事柄に思考を割いている状況ではない。リアからの報告、協会の置かれた現状、為すべき対策。それらを頭の中で素早く組み立てる。行動は、早ければ早いほど良い。


「各組織の上層部に話を付けて来てくれ。その旨は私が二組織に連絡する」


 三大組織ほどの規模ともなれば下部の構造は多岐に渡る。その一つ一つに当たっていくよりは、直接上に働きかけた方が収拾は早い。……協会から出向く人間として、同じ立場にはアルもいるが。


 彼は四賢者となってまだ日が浅い技能者。二組織からしても余り重きを置いているような人物ではないこともある。こちらの態度が誠意あるものであることを示す為には、なるべく権威が知れている者を前面に出すべきだ。


「分かったよ。――それで、結局あいつらはどうするんだい?」

「彼らの処遇については一度保留することにする。今の状況を下手に動かさない方が良いだろう。……言い分は幾らでも立つ」

「検査の為とか、まだ狙われてないってことが確実になったわけじゃないとかね」

「そういうことだ。……レイガスもそれで良いか?」

「……構わない。状況がこうなれば致し方のない事だろう」


 あくまで事務的に言葉を返してくるレイガス。……切り替えが早いとはいえ、内心の感情までをそう器用に変えられるものではないだろうと。そのことを慮り、秋光もその件に関してはそれ以上口にすることにしないでおく。――リアも。


「あんた、どっちが良い?」

「特に希望は無い。好きなように決めてくれ」

「――なら、あたしが聖戦の義の方に行くとしようか。知り合いもいることだし、良い話ができるだろ」


 既に別件の方を本題とする構え。秋光の前で速やかに話は進められていく。滞りなく、先ほどの膠着が嘘であるかのように。


「……直接赴くよりも、代表を立てさせた方が安全だろうな」

「それについても私から話を通しておく。なるべく近日中、一対一の状況に持ち込めるよう配慮しよう」

「頼んだよ、秋光」

「ああ。――日にちと場所の決定が済み次第、連絡する」











「――協会は中々大変なようですね」


 メスに似た魔道具。丁寧に血糊を拭き取ったその道具を袖口へと戻しながら、賢王が声を発する。


「何でも先の襲撃の件で、我々との繋がりを疑う声が上がっているとか。相変わらず彼らの内輪揉めは醜く、滑稽で愉快ですね」

「……それは皮肉か? 賢王」

「とんでもない。私たちはこうして、良好な関係の下に手を結んでいるではありませんか」


 響く声は魔王。いつになく上機嫌な声色の賢王だが、それには当然の如く事情がある。血に濡れた台の上で動いた影は。


「――おや。漸くお目覚めですか」

「……」


 ――九鬼永仙。上半身を露出した男は置き上がると、先ほどまで切り開かれていたはずの部位に手を当てる。……抵抗のない、滑らかな感触。


「術の施しは終わった。お前との取引は成立している」

「……見事なものだな」


 傷一つない自らの左胸を見ながら、今一度永仙は心臓の上付近を撫で摩る。あのレイガスであっても相当に困難な術式だったはずだが、それをこの短時間、この手際で遣り遂げるとは。


「心臓に打ち込んだ楔は、対となる楔と呼応して常にお前の居場所を我らに教えてくれる」


 賛辞は無視し、自らの掌に置いた楔の片割れを示しつつ言葉を続ける魔王。光る紅玉の眼。


「その生存もな。そしてお前が我らと交わした約を破る行為を取れば、楔に刻まれた術式が作動し――」

「――私は死ぬ、ということか」

「その通りだ」


 頷いた。――禁呪の中でも古くから存在し、本来は〝命を盾に当人に術者の命令を遂行させる〟ために生み出された術法。


 力の劣る者に行動を強制させるなら単なる脅しや精神系統の魔術で事が足り、必須となる術具の作製に掛かるコストと手間。施術に当たり心臓に直接楔を打ち込むという余りに原始的な手法を用いる必要があるなど、現在では禁術師からであってもまず見向きもされないでいる。


 それこそが永仙に施された術法だった。だが反面原始的な手法を用いている分、この術は被術者がいかに優れた魔術師であろうとも自力で解除することはまずできない。仮に心臓を露出させることに成功したとしても楔に働きかけを行おうとすれば自動的に術が作動し心臓を打ち貫く仕組みになっており、そういった意味での信頼性は高い。今回凶王が永仙と取り決めを交わすに当たり、採用された最大の理由。


「もう一つの方の術式は?」

「そちらも滞りない。お前が望めば、お前の視覚は映像となってこの楔から映し出される」


 魔王の言葉が終わるのとほぼ同時。その掌に置かれた楔から、暗い一室の壁面が映し出される。


「……確かに」


 術式の効力を確認し、永仙は映し出されていた映像を切る。……既存の魔術に対する新たな術式の組み込みと付け加え。さほど困難なものではないとはいえ、それをこの骨董品の如き禁術に向けて行ったとなればその手腕を認めない者はいない。魔王、そして賢王の腕のほどを今一度思い知らされる。


「数時間程度なら楔に付与しておいた魔力で持つだろうが、それ以上はお前自身の魔力を削ることになる。留意しておけ」

「ああ」

「やっと邪魔者ともおさらばというわけですか。随分と手間を取らされましたが、漸く肩の荷が下りた心持です」


 賢王の声を背に受けつつ、永仙は着物を羽織る。不足がないかどうかを今一度確認し、出口へと歩を進め――


「――」


 その前に立つ、一人の人物に足を止めた。本来なら今日この場にはいないはずの人間。


「――狂覇者」

「九鬼永仙。お前は俺が認めた強者だ」


 覇気を纏い。百獣の王の如く獰猛に笑う青年から差し出された右手。その行為に、一瞬永仙の動きが凝り。


「何れまた会おう。お前との再戦、楽しみにしているぞ」

「……ああ。いつか、また」


 応じて手を伸ばした。……一度、一秒にも満たない間だけの握手を交わし、それ以上言葉を交わさぬまま、永仙は出口へと進んでいく。光との境界線で。


「――私の言を忘れてくれるなよ」

「約束は違えん。お前から送られてくる映像を見て我らの行動を判断すること、この魔王が保障しよう」


 後ろから送られてくるのは魔王の言葉。


「くれぐれも頼む。……世話になった」

「何を今更。世辞の一つでも言っている暇があるなら、早くこの場から立ち去りなさい」


 追い払うように手を振る賢王。その仕草を気配で察した永仙は、僅かに口元に笑みを浮かべ――。


「――さらばだ」


 そう言って。暗がりから、照らされる光の下へと歩み出て行った。



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