第三節 これからのこと
「……」
小父さんたちがいなくなった、翌日。
昼飯を終えて。サロンにて俺たちは、なんとなく気の抜けたようなまったりした時間を過ごしていた。朝食のあとで軽く自主練習はしたのだが、それも本当に軽く。今までのように全霊の努力ではない。なんというか……。
文字通り、気が抜けてしまった感じなのだ。これまでにあったような命を狙われているという緊張がなくなっているからだろう。……ある意味では望んでいたことで、それは間違いがないといえ。
「……どうするかな」
予期せずして。唐突に訪れてしまったその時間に、気分が追い付かず持て余している。今の俺たちの状況を示すのに、それが相応しい説明だった。
「そうですね……」
「そういや、図書館には行かねえのかよ」
「レイルさんとの修行でかなりの冊数を読んだからな」
ソファーに寝転がっているリゲルから飛ばされた声に、背もたれに体重を預けるジェインが答える。
「正直、今はいいかという気分だ。……今日くらいはな」
「まあ……そうか」
……確かに。
二日前にあれだけの戦いを経験したのだ。今日くらいは――。
「――これはまた、雁首を揃えていますね」
ゆっくりするかと。そう思って、サロンの中の景色に目を遣ったとき。
「腑抜けたような面構えで。昼寝でもしているんですか?」
「……郭じゃねえか」
背後から現われた人影。――郭を見止めて、リゲルが身を起こす。……珍しい。
「どうした? 何しに来たんだ?」
「あなたと話に来たわけではない、ということを始めに言っておきますよ」
というより久し振りだ。リゲルはあの後も二回ほど会っているらしいが、俺たちにとっては外出試験の為の模擬戦以来。……随分と昔のことに感じられる。訊いたリゲルをやんわりと制した郭は、俺たちを見回すと。
「……ひとまずは労いを」
予想外。意外な台詞から、話をし始めた。
「先日の襲撃、九鬼永仙と直接対峙したとか。相変わらず呆れ返るほどの不幸ですね」
「……嫌味かそれは?」
嫌そうに言うジェイン。――対峙。
一応はそうなるのだろう。そう思いつつも内心に抱えるのは微妙な心境。全力で挑んだ俺たちに対し、向こうは端から手加減していて、最終的には秋光さんが来てくれてもいるわけだが。
「まさか。命があっただけでも儲け物ですよ。なぜ殺されなかったのかは分かりませんが……」
そこでにこりと自然に見える笑みを浮かべ。
「良かったじゃないですか。お蔭であなたたちの希望が漸く叶おうとしているんですから。僕としても、悩みの種が減ってくれるのは嬉しいですしね」
「……?」
……俺たちの希望?
「えっと、どういう……?」
「……気付いていないんですか。まあ、かもしれないとは思っていましたが……」
なんの話だ? 同じくそう思ったらしいフィアの反応を受けて一つ息を吐くと、目線を移す郭。
「あなたなら、今の状況を理解できているのでは?」
問い掛けの先はジェイン。その言葉に答えることなく、ジェインは眼鏡を押し上げる。……否定しない。
「どういうことだよ、おい」
「……あくまで推測だが」
集まる視線にそう前置きして。
「僕たちがここに連れて来られた理由を覚えているか?」
「? ああ」
それは勿論だ。俺たち四人は雷の魔術を使う男に襲われていたところを先輩に助けられ、この魔術協会に連れて来られた。そして永仙と凶王という実力者が俺たちの命を狙っていることを理由に、保護を申し入れられた――。
「――!」
「あっ……」
俺とフィアが同時に気付く。
「何がだ?」
「そうだ」
リゲルを無視して話を閉めに掛かるジェイン。
「仮に九鬼永仙と凶王が僕らを殺そうとしていないのであれば、協会が僕らを保護する理由は無くなる」
「……帰れるかもしれないってことか?」
「一つの可能性としては。……だが」
「あーなるほど。そーゆーことね。完全に理解したぜ」
師きりに頷いているリゲルの前で、ジェインは別の可能性もある、と。
「毛色は異なるとはいえ、僕ら四人は全員紛れも無く特殊な力を持った技能者だ。そして秋光や范さんの話に依れば、特殊技能者の大部分は三大組織と呼ばれる組織の管轄下にある。……となれば」
「協会が俺らを手元に置いときたい、って思うかもしれねえってことか」
追い付いたリゲルが結んだ語。……そうか。
「あなたにしては良く整理できてるじゃないですか」
そういうことか。俺たちの側が了解を得たところで、待ちかねたように口を挟んでくる郭。そのまま――。
「悪くない推察です。まあ、つまりはあなたたちをこのまま協会に置くか、それとも元の場所へ帰すかということが問題になっているわけですよ」
自分で事態の解説をし始める。俺たちの顔ぶれを順々に見て。
「永仙が貴方たちを殺さなかったことで、保護の名目は薄くなりましたから。他の二組織も解放を要求してきていると聞きます。聖戦の義については、自分たちの組織に組み入れることを見越しているんでしょうが……」
ふっと笑みを浮かべた。……気になる態度。
「あなたたちが技能者である以上、どこかしらの組織に所属することは求められるでしょう。どういった立ち位置になるかは別として」
「……」
「……そうなんのか」
これは……。
「厄介だな。中々」
――思っていた以上に重要な問題だ。俺たちのうち誰も恐らくそんなことは望んでいない。俺たちは一刻も早く元の生活に戻るために戦ってきたのに、どこかの組織に所属してしまうとなればそんな日常など益々遠ざかってしまう。……だが。
果たしてこれが、俺たちが嫌だと言って済む話なのか。思い起こすのはこれまでに見せられ、体感した協会員たちの力。レイガスや秋光さんは言うに及ばず、先輩たちであっても実力は俺たちを優に上回る。仮に力づくと言うことにでもなれば、到底抗い切れるものではない……。
「……仮に協会に所属したとして、その場合にはどうなるんだ? 学園に通うというようなことは――」
「そうですね。――協会の構成員に対しての縛りは、案外緩いんですよ」
先輩たちや秋光さんはそんなことをしないと信じたいが。そんなことを思っている俺の前で、繰り広げられていく会話。
「戦力として期待されるなら話は別ですが、所属しているというだけなら特に何か任務が回ってくることは基本ありません。実際、低級の魔術が幾つか扱えるだけというような魔術師の殆んどは、形の上でだけ協会に属しているということで、後は基本的に好きな生活を送ってもらっていますからね」
有事の際の多少の協力くらいで、と。言いつつ郭が話を続ける。
「勿論魔術を私利私欲に役立てるようなことがあれば処分が下りますが。そうでなければ、あなたたちの言う普通の生活を送ることのできる範囲でしょう」
「そ、そうなんですか……」
「まあ、貴方たちの場合は事情が少し違いますがね」
少しホッとしたようなフィアを追い討つ台詞。……そう。
「貴方たちの力は何れも強力かつ稀有なものです。――固有魔術に目覚めたとの話は僕も聞きましたし」
「……っ」
視線を合わせられたフィアがやや身構える。……そのことは俺も考えていた。
「人材としては優秀。その分、求められるものも大きくなるかもしれませんね」
俺はともかくとして。リゲル、ジェイン、フィアは、非常に稀な力を持っている。単に技能者だからというだけではなく、将来的な戦力として協会が確保したがるかもしれない。
「……郭はどう思ってるんだ?」
「僕はこの件に関しては、正直それほど関心は無いんですよ」
少し気になったことを尋ねてみた俺に、郭は変わらぬ平然さで返す。
「あなた方が平穏な生活に戻ろうと此処で働くことになろうと、どの道僕に大した影響はないでしょうし。それに、決定を下せる立場にないということもあります」
そう言って肩を竦める。――郭は賢者見習い。
「実際のところは四賢者同士の話し合いのあと、あなたたちに通達があるでしょう。恐らくは秋光様からですかね。筆頭の」
協会の方針を決めるのはその上に位置している四賢者。……協会を纏める立場にある秋光さん、二度に渡り俺たちを助けてくれたリアさん、そして、郭の師匠であるレイガス……。
「――そういや、残り一人って誰なんだ?」
「残り?」
「僕らは今まで三人の四賢者には会ったが、残る一人は知らない」
訊き返した郭にジェインが事情を話す。
「どんな人物なんだ? 僕らの件について決定権があるというなら、一応は知っておきたい」
「ああ。それでしたら――」
ジェインの言葉を聞いて、郭が何かを説明しようとしたとき。
「――ス、トオーーーーーーーーップ‼‼」
「っ⁉」
「うおっ⁉」
俺とリゲルが同時に驚く。穏やかなサロンの室内に響き渡った、台風の如きその声の元――。
「待ちたまえ詠愛君!」
開け放たれた扉から入ってくる一人の人物。――四十代ほどの男。凛々しい顔つきの下、よく見れば後ろには付き人らしき人間を従えている。……給仕服を着た少女。
「このバーティン、己に関することは己自身の手で解決して見せよう!」
ストップと言うように掌を突き出しながら堂々と言い放った台詞。……それだけの為に、わざわざあんな大声を出したのか……。
「――承知しました。ガイス様」
驚きの残る俺たちを尻目に、郭は如何にも優等生らしい仕草で礼をする。――いつ目にしても鮮やかな猫被り。一瞬で態度と表情を繕ってみせた。……郭がこんな態度を取ると言うことは。
「相変わらず返事が硬いな! 何れ君の師匠や私と同じところに来るのだから、今から予行演習くらいはしておいた方が良いぞ?」
この男が。……残りの四賢者。そんな眼で見る俺の前で、郭の対応に慣れているような男は快活な笑みを絶やさぬまま台詞を返している。
「お気遣い有り難いですが、僕もまだ修練の途中にある身。――その時まで対等な口調は取っておきます。ガイス様」
「そうか。なら仕方がないな」
それでもなお応対を崩さない郭の態度に、男もそれ以上何かを言おうとはせず。会話を取りやめて、俺たちの方へと顔を向ける。
「……っ」
「ふむ――」
じろじろと見回す。記憶の中にある何かと照らし合わせるように考えると、男が大きく頷いた。
「君たちが例の四人か。話は聞いていたが、こうして会うのは初めてになるというわけだ。――吾輩はアル・バーティン・ガイス」
流れるように自己紹介。
「この魔術協会で四賢者に名を連ねる一人だ。尤も、中では最も最近に選ばれた若輩者だがね! はっはっは!」
「……」
何と言ったものか。テンションの高さについていけない。そんな俺たちの反応をどう受け止めたのか。
「――おっと、これは失敬」
気が付いたような口調でパチリと指を鳴らすと、自らの後ろに控えていた少女を横に立たせる。膝前で重ね合せられたまま、微動だにしない掌。
「これから協会の未来を担うことになる若き友たちだ。挨拶なさい」
「……」
身長はフィアよりもやや低いくらいだろうか。バーティンさんにそう言われて、メイド姿の少女は無感情な瞳のまま軽くお辞儀をした。……そのまま頭を上げる。
「よ、よろしくお願いします」
「……よろしく」
「……」
果敢なフィアに連れて挨拶をするものの、全くの無反応。
「あー、具合でも悪いんっすかね」
「済まない! どうもこの娘はそういった部分が上手くできなくてね。気に掛けないでくれると嬉しいのだが……」
「……気にはしませんが」
「そうか! ありがたい!」
ジェインに満面の笑みで言う。……やはりやり辛い。これまでの三人とはまた違ったタイプの四賢者……。
「――では、次の仕事があるのでね。済まないが、今日はこれでお開きと言うことにさせてもらおう」
「あ……はい」
俺たちが特に何も言えないでいるうちに。さらばだ! と服の裾を翻して、付き人の少女と共にバーティンさんは去っていった。……あれが。
「今のが……」
「最後の四賢者、アル・バーティン・ガイスです」
リゲルの呟きに対し、既に素に戻っていた郭が言う。
「なんて言うか、その……」
「……変わっていたな」
「ええ。あの人は四賢者の中ではかなり庶民派の人でしてね。就任直後も新顔で親しみがないからと、本山の部署の他、支部を一通り回ってきたほどです」
「それは珍しいのか?」
訊くジェイン。
「普通の四賢者ならまずしませんね。四賢者になった時点で名前くらいはどこの支部にも伝わりますし、支部長ならともかく、それ以外の支部の人間と四賢者が顔を合わせることなど滅多にありませんから」
なるほど。ならば、それは随分。
「気さくな方なんですね」
「どうでしょうね。師匠も言っていましたが、支部巡りにしても多少はポーズでしょう。人気取りの為に余り軽薄な態度を取らないで欲しいものですが」
「……あれは良いのか?」
肩をすくめてみせる郭に気になった点を尋ねる。バーティンさんが連れていたあの少女……。
「何がです?」
「いや、バーティンさんが連れていた……」
その俺の言葉に、郭はああ、と言う様に頷いて。
「問題ありませんよ。まあ、詳しくは言えませんが」
「……そうなのか?」
「んだよ。いいじゃねえかそんくらい」
「……あなたたち、自分が部外者だということを忘れてませんか?」
何気ない調子で言ったリゲルに、釘を刺すように郭が言った。
「四賢者に関する情報は協会でも保持すべき機密の一つです。よりによって僕の口からそれを語ることは出来ません」
「さっきは随分ペラペラと喋っていたように思えたが」
「あれくらいは別に構いませんので」
サラリと流す郭。……とはいえ気にはなると、その心境が顔に出ていたのか。
「――そんなに知りたいのなら、いっそ協会の一員になってしまえば良いんじゃないですか?」
「え――」
俺たちの顔を見た郭がそんなことを言う。思わずと言った風に声を上げるフィア。
「……それは」
「冗談ですよ」
この状況下では洒落にならない。言葉を出した俺に郭はさらりと執り成しつつ。
「でも今のあなたたちを見ていると、本当に元のような生活に戻ることが適切なのか疑問に思えてくるのも事実です。ここにいるあなたたちは――」
笑顔を消し。真面目な顔で俺たちを目にした。
「実によく馴染んでいるような気がしますのでね。協会の、場の空気というものに」
「……」
「まあ、考えて、態度と覚悟だけは決めておくことです」
黙っている俺たちに、郭の告げる声が響いた。
「協会に所属しようとしまいと。既に貴方たちの状況が、変わったことだけは確かでしょうから」




