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第二十三節 思惑

 

「――おや」


 凡そ目で追えない猛速の輪舞。死と生とを分かつ境界線を間断なく引き続ける作業の最中、不意に賢王が動きを止める。……後方へ遣られた視線。


「時間切れですか。惜しいことです」

「……」


 その言葉が耳に入ったのか、続けて冥王も雰囲気を変える、それに合わせてそれぞれと対峙していたレイル、エアリーもまた闘気を収めた。


「……やはり本気ではありませんでしたか。所々に遊ぶような所作が見られたので、もしやとは思っていましたが……」

「――今日は様子見ということかな? 諸々の」


 喉首と左目の下。腿の内側に刻まれた傷を癒しつつ、考えを呟くエアリー。銃をしまい、切れたスーツの襟元を整えて尋ねたレイルに、賢王は一つ鼻を鳴らし。


「正直な話、警備が手薄なら軽く何人か屠るつもりでいたのですがね」


 告げられた見立てに概ね同意しながらも、冷淡な眼をレイルへと差し向ける。


「それ以上に苛つく輩がいたので致し方なくです。――正直なところ、失望させられました」


 口にされた評価は辛辣。


「かつて《救世の英雄》と謳われた者たちが、まさかここまで落ち込んでいるとは。嘆かわしいことです」

「……言ってくれるね」

「殺されたいのでしたら、残って相手をしてあげても構いませんが」

「いや……」


 賢王の申し出に、レイルは然程間を置かず頭を振る。


「謹んで遠慮しておこう。生憎だがまだ、命が惜しい」

「あのレイル・G・ガウスが。腑抜けたものですね」

「……その言葉は甘んじて受け止めておくよ」

「退いてくれるのは、素直に有り難いですね……」


 緊張と共に息を吐くエアリー。弛緩した身体へ影法師――冥王が顔と思しき部位を向けてくる。


「……」

「〝動きが鈍すぎるな。まず余計な肉を切り落としてから来たらどうなんだ? 行き遅れ〟だそうです」

「……!」

「なにか、もの凄く否定したがっているような印象を受けますが……」


 ぶんぶんと頭と手を振っている影に、気のせいでしょうと返す賢王。溜め息を吐くエアリーの側方で――。


「ちょい、ちょ、ちょっ待てっての‼」

「ハハハハハハハッッ‼」


 なおも繰り広げられている戦闘の喧騒。広々とした決闘場の一角にて、東が狂覇者に追われて逃げ惑っている。


「――逃げるな英雄‼ もっと、もっと戦え‼」

「お仲間を見ろよお仲間を! もう帰るつってんぞ‼」

「――いつまで遊んでいるのです」


 狂喜染みた声。見方によっては喜劇とも言える狂騒を差し止めたのは、厳とした賢王の言の葉。


「約束でしょう? 行きますよ、狂覇者」

「おっと、もうそんな時間か――」


 狂覇者は声掛けに足を止める。名残惜しそうに東を眺めると、存外素直に体を引いた。


「存外気が乗ってしまった。――次会うときは、そうだな。せめて得物くらいは本領に戻しておいて欲しいものだ」

「……そんときは吠え面かかせてやるよ」

「楽しみだ」


 ぜはぜはと息をする東へ余裕のある笑みを零し。三者は、決闘場から姿を消した――。









「――終わりか」


 言葉と同時。深紅の目を持つ少女に繰られていた魔力が止まる。同時に形を失う緋。


「今回は痛み分けということにしておこう。リア・ファレル」

「……ふぅい」


 視線の先に立つリア。身体に負った傷こそないものの、額から流れ落ちる大粒の汗は紛れもなく相当の消耗を示している。息を整えつつ。


「……もうちょいやんちゃな小娘なら、ババア嘗めんなとでも言ってやったんだがね」


 変わらない傷無しの身にて。威厳を持って立つ、少女を見た。


「《魔王》ってのはまったく、どいつもこいつも……」

「それはお互い様だろうな。元大賢者」


 含みのある言葉。暫し眼底をかち合わせたのち、魔王はその厳粛な面持ちを僅かに崩し――。


「――余命を大切に使うことだ」


 声の直前。血煙に包まれたその姿が掻き消える。……禁呪による転移法。


「お前ほどの術者はそういまい。無駄に命を散らすには惜しい」

「……言ってくれるねい、マセガキが」


 悪態を吐きながらリアはエコーの掛かったそのボイスを受け止める。魔力の付与された声。本体は既に離脱している。感知にて脅威が去ったことを悟り――。


「ふぅ~……」


 大きく。全身で深々と息を吐いた。


「年寄りには堪えるよ、ホント。若けりゃもうちょい違ったんだろうが……」


 あいてて、と。死闘の余波で痛む肩腰を叩きつつ、意気を入れ直すリア。


「さあて。他の若造たちの様子も、見ておかなきゃならないね」









「……ここまでだと?」


 耳にした永仙の言。聞き捨てならないと言うように秋光は訊き返す。


「そうだ。――結界の保全機能が働き始めた」


 既に腕を下ろし。神器の守りだけを残した状態で答える永仙。


「中心に近い位置に仕込みをしたとはいえ、長くは持たんな」


 そう言って笑う。――自浄作用。大結界には、外部からの改竄を自動的に取り除き、正常に戻そうとする機能がある。永仙と凶王が本山に侵入を果たしてから既に二十分余り。仕掛けた抵抗の措置も持たず、遂に大結界がその本来の役割を取り戻そうとしていた。


「約束の時間も過ぎた。このまま残る四賢者に来られても困るのでな。今日はここまでにさせてもらう」

「待て、永仙――!」


 秋光の意思を受け追い縋ろうとする黄龍。だが燦然と輝く神器の光をチラつかせられ、やむなくその動きを止めざるを得なくなる。……握り締めた拳。


「――さらばだ。秋光」


 永仙が去りゆく。その後ろ姿を、見つめていることしかできない。


「願わくばまた、会える日の来ることを……――」








 

「……」


 ……消えた。


 永仙が。そのことを理解してなお、直ぐには安堵の念が湧き起こっては来ない。……秋光さんは。


「……」


 俺たちの。俺とフィアの視線の先で、龍の背に乗ったまま。少し俯くような動作をして。


「きゃ――⁉」

「っ⁉」


 途端に動き出す腹の下。俺たちを乗せた麒麟が、四足を器用に折り曲げるようにして跪く。黒々とした瞳から向けられた視線に降りろと言われているのかと思い、リゲル、ジェインを順番に背から降ろした、眼の前に。


「――無事か」


 いつの間にか降り立ってきていた秋光さん。……龍は既にいない。あれほどの巨躯からは考えられないほど静かに、素早くその姿を消している。


「……はい」

「……その……」

「心配はいらない」


 掛けられた言葉は、俺たちの言わんとするところを汲み取るようで。


「直ぐにレイガスたちが駆け付けてくる。その二人の怪我も、問題はない」

「……そうですか」


 言われて安堵する。命に別状はないらしいとはいえ、二人の意識が戻っていないのは事実。早く本格的な治療が受けられるに越したことはなく――。


「――さて。敵はどこですかな?」

「油断するな。細心の注意を払って行動しろ」

「はい。師匠」

「――先生!」


 早くも喧騒と共に飛び込んでくる人々の声。それを耳にして、全てが終わったことを知りながら――。


「……っ」


 それまでの疲労が一挙に押し寄せたのか、俺の意識は唐突に闇へ沈んでいった……。



この節で五章は終わりです。次節から第六章に入ります。

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