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第十九節 無力 前編

 

「――」


 ――見事なものだ。


 自らに向けて放たれた一閃を意識しつつ、永仙は心の内で首肯する。時の概念魔術を用いた仲間の援護と、初見の魔術でさえ見抜く知識によった確かな判断力。指示や誘導のタイミングも優れている。


 本職でないとはいえ、自身が暫くの時を観察に費やさなければならないほどの速度と技術を備えた格闘術。妨害として重要になる重力魔術の使いどころも良い。障壁を同時に二枚、瞬時に発動する少女の集中力も驚きだ。自身の術を防ぎ切る頑強さは短期間の地上げにしては充分に過ぎるもの。そして――。


 ――固有技の強化。恐らくは止め役として練り続けてきた一技の練度。以前とは比較にならないほど鋭い一撃が、その背後にある膨大な鍛錬の量を示している。


 誰について何一つ取ったとしても、目の前の彼らがどれだけの努力を積み重ねてきたのかが分かる。師を信じ、仲間を信じ、何れ来る危機の為に、それを乗り越えられる強さを身に付けようとしてきたかが。……どれ一つ欠けていてもあれを相手にここまでの戦いを演じることはできなかっただろう。これから先に待つ状況を考えれば、それでもなお到底信じるには足りないが。


 あの状態から短期間でここまでの成長を見せた。そのことに関しては、容易に切り捨てることのできない一考の価値がある。


 ――力の確認についてはこの辺りで充分か。


 だとすれば、次は――。


 勝敗を分ける攻防の最中。永仙の思考がそこに及んだのは、正に青年の一撃が自らの胴体を捉える、その瞬間だった。










「――ッ‼」


 確かな手応えと共に終月を振り切る。……小父さんたちとの鍛錬で分かった。


 この人たちは、今の俺たちが仮に殺そうとしても殺せない。なればこそ、全力でこの刀を振り抜ける。


「グフッ……」


 息を吐き出す音に連れて、衝撃に従い身体をくの字に折り曲げる永仙。――完璧に決まった。この威力に耐えることは、幾らこの老人でも不可能なはず――。


「うっしゃあッ‼」

「――よし」


 その様子を見届けたであろうリゲルとジェインの声が、俺の感覚を更に確信へと変えて行く。……終わった。【時の加速】が消えるのを感じつつ思う。続くフィアの声も、二人の後に聞こえてくるだろう――。


「――よ、黄泉示さん……!」

「――」


 そんな俺の耳に届いたのは、震え声。どう考えても勝利にはそぐわないその響き。――胸の内に湧いた違和感の。


「――大したものだ」


 要因に気付かされたのは。伸びる通路の奥から響いてきた、その声を耳にした時だった。


「――っ⁉」

「テメエッ! どうやって……ッ‼」


 ――馬鹿な。


 確かに何もなかったはずの通路の奥から。悠然と俺たちの前に歩み出て来たのは、九鬼永仙。確かに今俺の目の前に倒れているはずのその男が、戦い始める前と何一つ変わらぬ体で其処に立っているという異常。……意味不明な光景に、思わず足が一歩下がり。


「符が一撃で破られるとは、中々に良い威力の一撃だった」


 ――符――?


「……っ⁉」


 思わず移した俺の視線の先で、倒れた永仙の姿が徐々に薄らいでいく。完全に消え去った姿の背後。足元に残されていたのは、中ほどから真横に破かれた一枚の紙切れ。永仙が俺たちに飛ばしてきたものと似たような物に見えるが。


「『形代符』と言ってな。原型は祭事の際などに、厄払いの道具として用いられるものだが……」


 此方の方がより複雑な輪郭をしており、人型を象っているように見える。目の離せないでいる俺の前で、永仙が悠然と声を響かせた。


「呪を刻み、魔力を込めて起動させることで術者の映し身として機能させることができる。死に至るか、意識を失うほどの損傷を受ければ術は解けてしまうがな」

「――⁉」


 その言葉に頭を殴られたような衝撃が走る。……つまりは。


「……まあ、所詮予め付与した魔力の分しか動けぬ身代わり用の道具だ。思いの外よく働いてくれたと言うところか……」

「そ、そんな――⁉」


 俺たちが今まで戦っていたのは、魔術によって生み出された永仙の分身。その事実にフィアが声を上げる。……当然だ。


 今の言葉が事実なら、俺たちが相手をしていたのは永仙本人よりも遥かに弱体化したものということになる。ただの身代わり用の分身で、あの実力……。


 ……これが、九鬼永仙の……‼


「……馬鹿な」

「――余興は終わりだ」


 ジェインが呟きを漏らす。動けないでいる俺たちの前で、永仙が懐から新たな紙切れ――一枚の符を取り出し。


「形代を斃したお前たちの成長ぶりに免じて、私も一つ、九鬼家の秘術を見せることにしよう」


 翳された符。其処に刻まれた文字と紋様が、今までのものとはどこか違っている。


「――あらゆる生物は陰陽の気の調和の上に成り立っている。中でも人は、そのバランスが極度に厳密だ。男女で多少の差異はあるが、陰と陽の気は人という生体の中でほぼ並立の関係を保っている」


 講釈を述べるように発された台詞。節くれ立つ指に挟まれた符が魔力の光を帯びる。……動けない。ただその光景を見つめている俺たちの前で。


「この『太陽符』はその陰陽の調和を一時的に崩す力を持っている。陽の気を陰の側へ傾けたとき、果たして何が起こるか――」


 永仙が、自らの腕。身体に符を張り付けた――。


「――体感してみるが良い」

「っ構えろ‼ 蔭水‼ リゲル‼」


 叫びと同時に、ジェインの【時の加速】が作動したのが感じられる。――感覚から伝わってくる速度変化は三倍速。この加速を二人同時に掛ければ、ジェインとて長くは魔力が持たないはず――。


「――⁉」


 だが、そんな悠長なことを考えている暇は無かった。――永仙の纏う気配が、爆発的に変化する。


 今までのような落ち着きの中にどこか凄み、威圧感のある雰囲気ではなく、荒々しく、荒れ狂うような暴力的な気配へと。


 ――これは――。


「ッ‼」


 本能的に【魔力解放】を発動した俺の目端に、永仙が突如出現する。――速い⁉


 驚愕したのは何よりもその速度。――狙いはリゲル⁉ 三分の一倍で流れる時間の中でも捉えられないほどの速さ。フィアが展開したであろう障壁を背中に置き去りにし、リゲルに迎え撃つ間も与えることなくその手が伸ばされ――。


「――眠っていて貰おうか」

「うぐッッ⁉」


 静かな声と共に新たな符がリゲルに張り付けられる。弾けるような魔力が熾った瞬間。


「リゲ――ッ⁉」


 ――動きが止まる。反撃の拳を放とうとしたその姿勢のまま、時が止められたかの如く、リゲルは微動だにしない。駆け寄ろうとした俺の視界からまたもや永仙が掻き消える。――マズイ。次に起こる惨状を想像し、反射的にフィアたちの方へ駆け戻ろうとするが――!


「くはッ……‼」

「ジェインさんッ‼」


 身を翻した俺の目に映り込む、ジェインと永仙の姿。リゲルと同じような符を張られたのか、ジェインもまた苦痛に仰け反るような姿勢を固めたまま止まっている。……それは即ち、ジェインによる【時の加速】の援護が切れたことをも示していて――。


「――ッ‼」


 全力でフィアの下にひた走る。何でもいい。動きが見えない以上、身体を割り込ませて盾にするしかない。


「――黄泉示さんッ‼」


 眩い障壁が俺を包み込むように発動する。――俺⁉ 遅れた判断に先んじるように、いつの間にか俺の眼前に移動していた永仙の手が俺へと伸ばされるのが見え――。


「――ほう」


 障壁を間近にして、何かに気が付いたように引き戻される。――助かった⁉ それを本能で感じつつ、永仙とフィアの間、フィアの正面に壁となるように立つ。凄まじい気を纏う永仙と、俺たち二人だけが対峙するような形になる――。


「――やはり、この術法は骨が折れるな」

「……⁉」


 宣言と同時。永仙から覇気が消え、先ほどのような落ち着きのある雰囲気が戻る。……なんの……。


「そう不思議そうな顔をするな。人の本質である陰陽のバランスを崩す術法である以上、そう長くは続けられないということだ」


 つもりだ? 俺たちを見て永仙は苦笑気味にそう言って来る。……長くは続かない? だとすれば、俺たちにとっては有り難い話だが……。


「……っ」


 視界の端にリゲル、ジェインの姿を捉える。……何をされたのかの詳細は分からないが、恐らく二人とも行動は出来ない状態。


 あの術が今の一回限り、短時間しか使えないものであったとしても、その間にこちらの主力である二人が二人とも行動不能に追い込まれた。そのことだけでも充分すぎるほどの不利を俺たちは負っている。状況は、これ以上ないほどに絶望的――。


「む……?」


 そんな分析をする俺の前で、永仙が僅かに眉を顰める。――何だ?


「――オ、オオオオオオオッッ‼」


 そう思った直後に上がる咆哮。魂の奥底から響いてくるようなその叫びは、紛れもないリゲルのもので。


「ダラッシャアアアアアアッッッ‼」


 ――気合い一閃。止めとばかり叫び上げた盛大な雄叫びに、リゲルに張られていた符が文字通り弾け飛んだ。


「ハアッ……ハアッ……」

「――リゲル!」

「リゲルさん!」


 俺とフィアが同時に歓声を上げる。――永仙の呪縛を撃ち破り、リゲルが、戻って来てくれた。


「……漸く破れたぜ。余計な体力使わせやがって……」


 舌打ちして愚痴を零しつつ、それでも鋭い眼差しで永仙を睨んだリゲル。


「やってくれんじゃねえか爺さん」

「……私の縛符を、純粋な膂力と精神力のみで突破するとは……」


 これには流石に意表を突かれたのか。感心したような目つきで応じている永仙。


「素晴らしい執念と気迫だ。それに、もう一方も……か」

「――」


 ――もう一方? 移された視線につられるようにして、横目でジェインの方を見遣る。その先で。


「……ぐっ……うっ……!」


 先ほどまで一切の身動きを止められていたはずのジェイン。それが今は、僅かながらも声を出し、何とか身体を動かそうとしているのが伝わってくる。


「――ジェイン――」

「おら、んなときくらい気合い見せろっての眼鏡‼」

「う……る……さい……っ! 敵に、集中しろッ……‼」

「珍しい護りを持っているな。普段は発露せず、干渉を受けたときにだけ効力を発揮する加護の類か。……いずれにせよ、中々に手が掛かる」


 呟いた永仙が、今一度纏う雰囲気を変えた。


「――少し、手荒な手法が必要なようだ」

「……っ」


 再度殺気を放ち始めた永仙に対し、俺たちも緊張を漲らせて身構える。……状況は先ほどより良くなっている。身体能力を強化する永仙の符の効力は切れた。ジェインの復帰まで俺たちが耐えられれば、立て直しも充分に可能――!



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