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第十三節 修行二日目

 

 ――朝。朝食と食休みを終えて。


「――いよし! それじゃあ、今日も元気に修行の日々と行くか!」

「……」


 決闘場にて、威勢の良い掛け声を無言で耳にする俺たち。……傍から見ればアンバランスな光景に見えたかもしれないが、実際に体験した身としてはこれが至極真っ当な反応なのだから仕方がない。


「何だ何だ? 元気がねえな。そんなんじゃこの先参っちまうぞ」


 発破を掛けるような口調で小父さんが言う。そう言われても態度を変える人間はいないだろう。今はこのあとに待ち受ける地獄を乗り切るため、全員が力を溜めている最中なのだ。


「は、はい! 頑張ります!」


 ――いや。正確に言えば、一人そのことを分かっていない人間がいた。


「……」


 この中であの地獄をまだ体験していない人物――フィアだ。最初は俺たちの間に漂う雰囲気に押されてか声を出さなかったものの、持ち前の真面目な性格が災いして続く発破には反応せざるを得なくなってしまっている。まあ流石に小父さんたち、というかエアリーさんもフィアを相手にそれほど無茶なことはしないと思う。これくらいの消費なら全く問題ないだろうが……。


「良い返事だな。流石は嬢ちゃん、見込みがあるぜ」


 うんうんと頷く小父さん。三人の中で直接顔を合わせたことが無いのは小父さんだけなので、朝食の場では一番多くフィアと話をしていた。結果としてかなり高い評価を得ているようで、そこは一安心と言ったところ。


「フィア君も戻ったことだし、今日から漸く本格的な訓練ができるな。――魔力払底の方はもう問題ないのだろう?」

「は、はい。大丈夫だと思います」

「それについては確認しましたから心配要りませんよ。貴女の体調は全て正常に戻っています」


 フィアに続いて答えるのはエアリーさん。念のための診断も結果としては何も問題無しとのことで、俺もその点について不安はない。治癒魔術に造詣が深そうなエアリーさんが言うのなら、滅多なことで間違いはないだろう。


 ただ……。


「あの、それで私は、何をすれば……」

「まずは個人の指導ですから、そう慌てなくてもいいですよ。最初は私がリゲルの担当をしますから。貴女はその間、范さんから指導を受けていて下さい」

「は、はい」

「……」


 ――結局、フィアには例のことを訊きそびれたまま来てしまった。


 訊くタイミングがなかったとも言える。……訓練が始まることになってしまった以上、様子を見て判断するしかない。そもそもあの工程に着いてこられるのかと言うこともあるし……。


「……組むのは初めてか。宜しく頼むわね、フィア」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 挨拶を交わす二人。何かあればすぐにでも手を上げる心積もりを固める。これで、用意は整った。


「――では始めようか。時は金なりと言うからね」

「よし。じゃあ早速――」


 小父さんが例の重りを手渡してくる。……またこれか。分かっていても憂鬱になる気に息を吐き。


 こうして、俺たちの二日目の修行が幕を開けた――。







「――ぐらばらごがほぇッッ‼」


 意味不明な音を撒き散らして吹き飛ばされていくリゲル。グシャリと響いた音に、またどこかに激突したな、という感想だけが心に浮かぶ。


「レジストに重要とされている能力は? 相反属性の中で複合が可能だとされているペアは? 銃撃を避ける場合注意しなくてはならないことは?」

「――精神力と集中力、暗黒と神聖、跳弾の可能性のある壁を背にしないことと、相手の利き腕と反対の方向に――」


 レイルさんから飛ばされる矢継ぎ早の質問に答えていくジェインの声。その間にも本の頁を捲る手は止まらない。インプットとアウトプットの同時並行。目の前には摩天楼の如く聳え立つ本の塔――。


「――ッッ‼」

「左腕が遅れたな。ノーカウント」


 それらを気にしている余裕も今現在の俺にはなかった。指摘された点を意識し、もう一度。


「ッ――‼」

「今度は踏み込み。――偏らせんな。常に全身に同じだけの注意を払わねえと」


 重りと共に圧し掛かる疲労のせいもあってか、ミスが続く。……昨日は同じ訓練を乗り終えた。額から流れる汗を袖口で拭いつつ、それだけを拠り所に今一度終月の刀身を振るい出す。散る汗と動きとでぶれる視界の端に――。


「……」

「……気持ちは分かるけど、こっちに集中してないと意味ないわよ?」


 俺たちの様子を茫然とした様子で眺めているフィアが映る。……修行内容がこんなものだとは想像だにしていなかっただろう。俺たちだって、始まる前は考えてもいなかった。


 だがこれが必要だと言うのなら、今はただ乗り越えるしかない――!


「――ッ‼」

「いよし。四十五回目」


 カウントを告げる小父さんの声。……まだ百回も行っていない。先の長さに押し潰されそうになりながら、ただひたすらに一刀を振るい続ける。


 ……そして。


「っ、っ……」

「あら……?」


 困憊し。荒れる呼吸音の中で耳に入ってくるエアリーさんの呟き。その意外そうな声の色に、思わず眼がそちらへ流れる。


「……へっ、どうよ」


 視線の先にはこれまで同様に吹き飛ばされたと思しきリゲル。……伸びていない。手足の四点を使って着地したと思しきリゲルは、動ける体勢を保っている。


「いつまでもやられてばっかじゃないぜ? 俺だってよ……」

「順応が早いですね。流石はレイルの息子と言うところでしょうか……」


 息も絶え絶えに言ってのけるリゲルに、エアリーさんが慈母のような微笑みを向けた。


「――漸く全力で殴れますね。スッキリできそうです」

「……へ?」


 間の抜けた声の直後にリゲルが宙を舞う。天井すれすれ。髙く高く打ち上げられ――。


「――これは驚いた」


 床に激突する派手な音と共に、レイルさんの声が聞こえてきた。


「知識の定着についてもだが、このペースで読み進められるとはね。手を抜いていたのかな? 昨日は」

「いえ。ただ昨日レイルさんにされた記憶法が、手掛かりになったので」

「――ッ!」

「――九十八回」


 歯を食い縛って終月を振るう。カウントを耳に留めながら聞いていく遣り取り。


「思い出せたあのときの感覚を参考に、暗記法を作ってみたんです。まだ細部が雑ですが……」

「いや、見事だ。流石、あのエアリーの血を引いていないだけのことはあるな」

「――あっと、手が滑りました」


 棒読みにもほどがあるといったエアリーさんの声。連れて、どうやら半ば意識を失っているらしいリゲルがレイルさん目掛けて砲丸の如くに飛ばされてくる。目を疑うような速度を出しているそれを――。


「おっと」

「――」


 驚くことに。レイルさんは腕で受け止めるのではなく、受けた腕ごと瞬時に身体を回転させることによって力の方向を変え、淀み無く元来た方向へと投げ返した。


「……」

「――グエッ⁉」


 飛来するスーツの襟首を事も無げに掴み取ったエアリーさん。鴨が締められるような声と共に勢いを失い、沈黙したリゲルの両手足がダラリと下がる。……七十キロはあるだろうリゲルを、微動だにせず片手で止める?


「困るなエアリー。リゲル君は私の大切な一人息子なのだから、もう少し丁寧に扱って貰わねば」

「投げ返した貴方が何を言いますか……」


 キャッチボールをしているのではないのだ。どういう筋力をしているのかと疑問に思う俺の視線の先で呆れたようにそう返すと、ぶら下げられていたリゲルが軽く放り投げられ――。


「――百! 折り返しだぜ、黄泉示」

「……っ」


 半ば無意識に振っていた一刀。小父さんに言われて、漸く五百回まで来たことを自覚する。……そうか。


 あと半分だ。疲労に引き摺られる身体でそのことを次なる支えとし、終月を振るい出した――!


 ……

 …


「――さて」


 午前の訓練が終わったのち。昼飯を兼ねた休憩を挟み、決闘場へと戻ってきた俺たち。 


「では、カタストさんの方へ移りましょうか。宜しくお願いしますね」

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 挨拶を交わす二人。ここからは指導役が一部入れ替わる。変わらず小父さんと組んでいる俺の前で。


「――じゃ、昨日の続きで見てくから」

「お願いします」

「ようボウズ。生きてっか?」

「……ま、なんとかな」


 立慧さんがジェイン、田中さんがリゲルに着く。レイルさんは――。


「子どもの成長を眺めるというのも、悪くないものだね」


 言いつつ壁際へ。観察に徹するつもりらしい。片手にビデオカメラを持っているのがなぜか気になるが。


「さあて、んじゃ第二幕と行くか」


 ――


「――おらっ!」

「――ッ‼」


 ――上段。振り下ろされる小父さんの木刀をどうにか終月で受け止める。……重い。俺の方が武器としては重量があるはずなのに、その差を全く感じさせない。


「ほら、今脇腹に隙があったろうが!」


 自身の左脇腹を全力で指差している小父さん。――言われても分からない。矢継ぎ早に繰り出される攻撃を凌ぐので精一杯だ。


「打ち込んで来い! 守ってばっかじゃ、仕留め役になんてなれねえぞ!」

「――ッ」


 掛けられる発破に意識を揺さぶられる。……そうだ。


 個々に役割を任せられる以上、できなくてはならないのだ。俺は――ッ‼


「――っ‼」


 連打される猛攻を防ぎつつ、食い入るように相手の動作を見る両の眼。……速い。


 こうして集中して見てもやはり隙があるようになど思えない。磨き上げた技術の上に立つ、まるで継ぎ目のない、流れるような連撃――。


「――グッ!」


 我武者羅に前へと出ようとした腕を打たれる。……無理矢理では駄目だ。なんとかして、攻勢に出る機を見付けなければ。剣と剣とが触れた瞬間。


「――ッッ‼」

「おっ――」


 それまでより強く、刹那に全身の力を込めるようにして迎え撃つ。諸手に走る重い衝撃。予想外の所作だったのか、もろに力を受けた小父さんが僅かに体勢を崩した。今――‼


「――っ⁉」


 一撃を放とうとして踏み込んだ、その瞬間に腿を押される。――蹴り? 視覚外から伸ばされていた右足にストップをかけられたようになる身体。踏み込めない。


「――ま、惜しかったな」


 その間に体勢を立て直し、木刀を肩に担ぎながら言ってくる小父さん。


「自分から崩そうって発想は悪くねえが……格上相手だと外されちまったり、カウンターを受けちまいがちだ。今んとこは相手の不備を見抜くことに集中した方が良いな」

「……はい」


 ……まだまだか。頷き返す俺。次へ移ろうと構えを取った直後。


「は――ッ」

「次です。壊れたら直ぐに張り直すこと」

「は、はい!」


 聞こえてきた息遣い。視線を向けた先にいるのは、フィア。エアリーさんの指示を受けて、その手の前に一枚の障壁が形成される。……辛そうな表情。


「……ッ……!」

「濃淡を調整して下さい。中心から端にまで、一定に魔力を――」

「――黄泉示」


 映るエアリーさんの態度はリゲルに対するような無茶苦茶なものではない。が、手を抜いてもいない。一切の妥協を許さないと言うような厳しい声音。額から汗の流れ落ちる、その光景に見入っていた最中。


「気になるのも分かるけどよ。今は自分の方だぜ」

「……済みません」


 気にすんなと言ってくれる小父さんに向き直る。……フィアにはエアリーさんが付いてくれている。今は、自分の方を。


「うらッ‼」

「――ッ!」


 考える間も無く。一足飛びに間合いを詰めてくる小父さん。放たれる横薙ぎを受け止めつつ、息も吐かせぬ必死の遣り取りが続いた。



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