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第十一節 互いの動機

 

 ――黙々と食べるだけの夕飯を終え。


「……いちちちち……」


 いつも通り閑散とした廊下に、俺たちの足音とリゲルの声が響く。食事でカロリーを補給したことで、こうしてどうにか動けるようにはなっているが。


「……大分派手にやられてたな」

「おう。まああのおば……姐さんのお蔭で大体の怪我は治ってんだがな。それでもまだやっぱ身体のあちこちが(いて)えわ」


 関節の動きを確認するように手足を回しつつ、言葉の途中で呼称を言い直す。……本人のいないところで自分から呼び直すとは、一体今日だけでどれほどの恐怖が肉体に刻まれたのだろうか。


「そういや、お前は大丈夫だったのかよ?」

「……何がだ?」

「最初の方、親父にナニカされてなかったか?」

「ああ……」


 あれか、と。俺も気になっている前で、ジェインはやや思案気に語り出す。


「自分でもよく分からないんだが、あれをされている最中と前後の記憶がないんだ。気付いたときには本の山を読み終えて、エアリーさんの治癒を受けていた……という感覚だな」

「……なんだそれ」


 想像以上に恐ろしい現象だ。まさか、記憶が丸々飛んでいるとは……。


「魔術の訓練もしたんだろ? そんなんでちゃんと身になってんのかよ」

「……いや、集中すると今日学んだ内容が思い出せる。思い出す度、頭の奥に鈍痛が走るが」


 それはヤバいんじゃないか? エアリーさんの治癒を受けたとはいえ、相当の負担が脳に掛かっていそうだと案ずる俺の横で。


「蔭水こそ大丈夫なのか? 考えてみれば最後の方は、最早修行というより何かの拷問かと思うようなあり様だったが」

「……」


 全身の力を使い果たして動けないでいる人間にひたすら掌底を打ち込んでいたのだから、傍から見ればそう見えてもおかしくはなかっただろう。……否定しようとしたが、正直自分でも否定できない。


「……まあ、何とかな。エアリーさんの治癒のお蔭で動けてるって感じだ」

「そうだろうな。全員消耗の度合いは同じくらい……か」

「……」

「……」

「……」


 ――訪れるのは沈黙だ。……今日味わった壮絶な訓練の疲労、痛み。治癒を受けてなお、それらが俺たちに圧し掛かっていることは疑いようがない。


 だが、今訪れている沈黙はそのせいとは違っている。――これだけの重さを背負わなければ、俺たちが選んだ道は進めない。


「……なあ」


 その過酷さを改めて知った、そのことが原因だろう。足音の響く中、リゲルが言い出す。


「お前ら、なんで修行しようなんて思ったんだ?」

「……え?」

「いや、今回たまたま俺ら全員が修行を頼むってことで、似たような行動を取ってたわけだけどよ……」


 足りないと感じたのか、ニュアンスを伝える為に言葉を補う。


「各自のそのモチベーションってのが、少し気になってな。あー、勿論、言わなくても良いぜ。そこんとこは人それぞれで――」

「……」


 ――動機(モチベーション)


「……僕は単に、このまま守られているだけでは何の解決にもならないと思っただけだ」


 考える俺の横で、意外にすんなりと口火を切ったのはジェイン。


「こうしている間にも時間は過ぎていく。僕らは一刻も早く、普通の日常を取り戻さなくてはならない」


 確固たるその意志は、初めて協会に来たときにも言っていたこと。


「そのためにはやはり、自分自身で動くのが一番だろう。可能性がある限り試してみる。せめて、諦めがつくまではな」

「……ジェイン」

「へっ、なんかカッコつけた台詞だな」

「ふん。――なら、そういうお前はどうなんだ?」


 いつもなら間違いなく何か言い返すタイミング。だが、あの訓練のあとでそんな気力も無かったのか、はたまた別の理由からか。ジェインはただ同じ問いをリゲルに訊き返すに留まる。


「そうだな。俺は――っ」


 威勢の良い滑り出しから、一瞬言い淀み。


「……ま、やっぱこのままじゃ格好が付かねえからよ。いい歳して親父の後ろに隠れてるだけってんじゃ、男が廃るってもんだぜ。まあ……」


 濁すような口振り。


「あとは……何だ。――助けられちまったからな。他人の手を借りたんだったら、尚更止まってるわけにはいかねえだろ」

「何を勿体ぶって言うのかと思えば、結局はただのクサい台詞か」

「るせえな! 悪いかよ」 

「……俺は」


 二人の事情を聴いた中で、話し出す。……できる限り。


「何もしないでいるのが、嫌だったんだ」


 自らの本音に近い言葉を。飾ることなく、生のままで。


「先輩は大怪我をして治療室にいる。フィアは俺を守ろうとして、二回も倒れた。……次に何かあったとき、どうなるかは分からない。そんな中で、自分が何もできないでいたら――」


 そう。あのときと同じように――。


「――悔やんでも、悔やみ切れないだろうから」


 ……もう二度と、あんなことは繰り返させない。俺の周りだけででも、あんな風に死んでいく人を作りたくない。


 一度失ったものは決して取り戻せない。そのことを、俺はあのときに知ったのだから。


「……黄泉示」

「……蔭水……」


 二人が俺の名を呟く。……少し真剣過ぎただろうかと、遅ればせながら面映ゆさのような感覚を覚え――。


「――何か、ジェインの台詞よりくせえな」

「ああ。正直なところ、リゲルより格好つけた台詞を聞かされることになるとは思わなかった」

「――⁉」


 ――なんだって?


「……そんなに、だったか?」

「自覚なしか。まあ、それも含めて蔭水らしいと思うがな」


 顔が熱くなってくる。……引いていたはずの熱が。


「……そうか」

「照れることねえっての! 俺は良いセリフだったと思うぜ今の。くさかったけどな!」


 ぶり返して。直球で来るリゲルの感想がグサグサと心に刺さる。他人からどう見えるかなど、自分では分からないものだな……。


「……あとは」


 傷心の俺をスルーして、ジェインが口にした台詞。


「カタストさんだな。……正直あの過酷な訓練に、着いて来られるかどうか」

「考えたって仕方ねえよ。今日起きて来れたんなら、とりま明日の朝には顔見せられんだろ」


 そのときに訊くしかねえよ、と。尤もなリゲルのその台詞に、ジェインは息を吐き。


「そうだな。他人が何を思ったところで、勝手な想像に過ぎないか」

「……」

「っと、んなこと話してる間に、もう部屋の前か……」


 話に集中していたせいか。リゲルの部屋の扉の前を通り過ぎようとしていたことに気付き、足を止める俺たち。


「――じゃあな! 中々に厳しい修行だが、明日からも頑張ろうぜ」

「ああ。お休み」

「神父のしごきの影響が残らないよう、精々しっかりと寝るんだな」

「テメエこそ遅刻して、親父に追加課題とか出されないように気を付けろよ」


 軽く片手を上げて――目の前の扉が閉まる。掛かる鍵の音を後ろに、再び歩き出す俺とジェイン。


「――じゃ、また明日」

「ああ、また」


 着いたのは俺の部屋の前。リゲルと同じく軽く手を上げ、部屋の中に入ろうと――。


「――黄泉示さん?」


 不意に、それまでとは別の方角から声が届く。


「――フィア」


 寝間着姿で部屋から顔を出しているのは、フィア。充分に寝て体力を取り戻したのか、昼間に見たときより顔色もずっと良くなっているように感じられる。


「……では、僕はこれで失礼しようか」

「あ、ジェインさんも……」

「元気になって何よりだ。カタストさん。――ではまた明日な。二人とも」


 そう言って、手をひらつかせてジェインは自分の部屋の中に戻っていく。……何か要らぬ気を遣われたような気がして、少し釈然としないが……。


「……」

「……」


 今は、目の前のフィアへの対応が第一だった。


「……立ち話も何だし、部屋に入るか」

「……はい」


 どちらからともなく俺の部屋に入る。ゆっくりと扉が閉まったあと。


 廊下に残されたのは、夜に相応しい静けさだけだった。



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