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第九節 始まる修行

 

「うっし。んじゃまあ、始めるとするか」

「――はい」


 決闘場にて。直ぐに修行開始かと思いきや、用意をしてくるとかで一旦荷物を取りに行っていた小父さんたち。その帰りを待って――。


「……」


 遂に始まる修行。リゲルはエアリーさん、ジェインはレイルさん、俺は小父さんと、先ほど告げられた通りに綺麗に分かれた組み合わせ。立慧さんと田中さんは今のところ端の方に立って、俺たちの修行風景を眺める構えだ。


「いよし。あー……そうだな。始める前に一応、はっきり言っとくが」


 視線が捉えるのは、俺の前に立つ小父さん。話し出しをやや言い辛そうに。


「俺が見たところじゃ、お前に才能はねえ。剣は間違いなく、恐らく魔術に関してもだ。――その辺の了解はいいか?」

「……はい」


 頷く。自分でも思っていたことではあるが、実力者である小父さんからはっきりこう言われると中々に来るものがある。……才能はない。


 だがこんなところで挫けてはいられない。身体の横に下ろしている拳を握りしめる。俺は今よりも、強くならなければいけないのだから――。


「なら良しだ。自分の立ち位置を勘違いするってのが、まず一番に危険だからな」


 心なしか。どこかホッとしたような表情で笑みを見せると、小父さんに一層気合いが入ったのが分かる。


「――なに、落ち込むことはねえぞ! さっきも言った通り、お前にはやれることがある。もし落ち込んでる暇があったら、その時間を使って自分にできることをひたすら磨いてけ!」

「――はい!」


 激励に威勢よく声を返す。……我ながら単純だが、意気を込めて声を出すことに釣られてか、何となくやる気も高まってきた感じがある。初めから良いスタートが切れるだろうと、根拠のないことが分かっている、しかしそんな予感。


「いい返事だ! ――じゃ、まずはさっきの居合いをもう一回やってみろ」

「――はい」


 早速飛ばされてきた指示に従う。――構え、集中し。


「――ッ!」


 吐く息と共に漆黒の刀身を振り抜く。……【無影】。自分で自分の動きは見えないが、全体的には悪くない動きだったはずだ。手応えでそう直感する。


「そうだな。さっき見てても思ったんだが……」


 すかさず返ってくるのは小父さんのコメント。


「体重が前に寄り過ぎだな。決め技だけに逸っちまうのも分かるが、それだと逆に剣速が遅くなっちまう。あと――」


 ――流石だ。たった二回見ただけで俺の技にどこが足りず、どこを直せばいいのかを的確に指導してくれている。元はと言えば蔭水の剣技であり、専門ではないだろうにも拘わらず。


「よし! じゃあ今の点を踏まえてもう一回やってみろ!」

「はい――!」


 これまでの修行では剣術に関して詳しい人がいなかった為に、この技については殆んど上達させられてこなかった。その分ここで得られる伸び白は大きいものになるだろう。


 そんなことを胸の内に思い、注意された点を意識しながら、もう一回【無影】を放つ。……これで今日は三回目。


 元々この技は指先から爪先までの筋肉骨全てを連動させて放つ、全身を一時に使う技だ。そのこともあってか、振るう腕に既にそれなりの疲労が溜まってきているのを覚える。……まだまだ疲れてなどいられない。


 ここまでが試しのようなものである以上、本番はこの先に控えているはず――。


「ふむ。ちょびっとだけだがさっきより良くなったな」

「……っありがとうございます」

「じゃ、早速だがこのまま連続で――」


 ――来た。心の中で思わず口にする。短期間で技を上達させるには、とにかく回数を熟すしかない。そのことは薄々俺も考えていたが、どうやら当たりだったようだ。……何回だ?


 数十回か、それとも数百回か? 先に待つ疲労を思うと震えが走るが、それでも終月を握る手は緩めない。自分から覚悟を決めてきた以上、例えどんな回数だったとしても――。


「――千回。やってみるか」


 こな――……。


 ……――は?


「お、小父さん……?」

「ん? ――っと、そうだ。俺としたことが間違えてたな」


 ――なんだ。……ただの言い間違いか。回数を小分けにするとしても、千回はやりすぎだ。それだけで日が暮れてしまう。きっといつもの小父さんなりの冗談だったのだろうと、気付かず動揺した自らを苦笑い……。


「ただ振るだけじゃ面白くねえからな。ほら、これ」

「……何ですか? これ」


 渡されたのは、黒い布でできた幾つもの太いベルトのような物。――重い。渡されてまずそのことに驚かされる。中に砂鉄でも入っているのか、見た目からは想像し辛い重量が持った俺の前腕に伸し掛かる……。


「俺が昔使ってた鍛錬用の道具でよ。身体の随所に巻き付けることで、素振りがより効果的になるってわけだ」

「……」


 ……これを?


 手の上に盛られた重りたちを見る。……ただでさえ千回は不可能だとしか思えないのに、この重りを身体に付ける?


 ――正気とは思えない。幾ら何でも、これは……。


「……無理じゃないですか? その……」

「凶王クラスに少しでも対抗するっつったら、最低でもこれくらいはやんねえと話にならねえぜ。ほら、若い頃の苦労は買ってでもしろって言うだろ? あれだよあれ」


 無茶苦茶を言う。だが自分でああ言った手前、下手な反論や食い下がりをすればそこまでということになり兼ねない。どうやって小父さんを納得させるかと思案した――。


「――ガウスさん。質問があるんですが……」

「なんだい? 分からないことがあれば何でも訊いてもらって構わないよ。ジェイン君」


 俺の耳に聞こえてくる声。……そうだ。


 ここで修行をしているのは何も俺たちのペアだけじゃない。他のグループの修行風景を見れば、一目瞭然――。


「……これを全部、今日中に覚えるんですか?」

「まさか。――今日中ではなく、今から五時間以内にだ。魔術の方の訓練もあるから、そのための時間を残しておかなければ困るからね」


 ジェインの前に積まれて聳え立っているのは――本の山。山と言うよりは、塔だ。……見上げているジェインの大凡二倍はあろうかという塔が、目の前に幾つも……。


「簡単に戦術と言っても、まずは知識だ。地形、敵味方の数、扱われる技法、戦闘スタイル、双方の目的……それら全てを分析し、素早く指示を出せるようにならなければいけない。そのための下拵えとしてね」


 ポンポンと本の塔を叩くレイルさん。恐ろしいことに、その表情からは冗談だという雰囲気が微塵も感じられない。笑顔の中に潜む真顔。


「……」

「覚えることはまだまだある。これくらい熟せるようでなければ、修行の成果など夢のまた夢だよ」


 本気で狂気じみたことを言っている。言葉も返せないでいるジェインに、思わず俺が目を逸らせないでいた――。


「――うおっとッ‼ ちょい、待っ――‼」


 ――今度はなんだ?


「――ほら、どーん!」

「ぐわらばがはぁッッ⁉」


 実に楽しそうなエアリーさんの声に続き、耳に飛び込んでくるのは意味不明な文字音の羅列。……何だ?


 幻覚を見ているのか? ……何の変哲もないただのエアリーさんの腕の一振りで、リゲルが、飛んだ――?


「――ごぶほぅッッ⁉」


 高く高く。舞い上がる風船の如く天井付近まで打ち上げられていたリゲルは、錐揉み回転の勢いを止めぬまま傍目にもエグイ角度で決闘場の床に激突する。……死んだ。


「……」


 一瞬そう思い掛けるが、よく見れば手足が動いている。……ぴくぴくと。死んではいないようだが、潰れたヒキガエルのようなその様は下手をすれば死んでしまうよりも恐ろしい。


「――ほら、ちゃんと受け身を取らないと駄目じゃないですか」


 やれやれという風に言うエアリーさん。リゲルの惨状を目にしてなお、その声に心配や同情のような色は含まれない。


「後衛二人に前衛二人。うち一人が仕留め役のパーティなら、敵の大部分は貴方が引き受けなければならないんですから。負傷している暇なんてありませんよ」


 笑顔でその内容を口にするエアリーさん。……あれが、他人を吹き飛ばして床に激突させた直後の人間の顔か? 上手く言葉にできないとはいえ、何かが決定的に間違っているような……。


「あーあーエアリーの奴、調子に乗りやがって。下手するとヤベえんじゃねえのか? あれ」

「心配無用さ。あの程度でどうにかなるような鍛え方はしていないからね。リゲル君は」

「そうか。ならいいんだけどよ」


 視界の端から平然と聞こえてきた会話にゾッとする。……いや、ちょっと待て。幾らリゲルでも、あれを何度も喰らっていれば……。


「――ほら黄泉示」


 小父さんから掛けられた声に、強張る身体。


「いつまでも止まってねえで、千回。俺たちも始めるぞ」

「……はい」


 頷く。――もう何を言っても無駄なのだという、悟りの境地。考えることを止めて、言われるままに黒い帯を腕、脚などに巻いていく。ズシリと――。


「……」


 ――身体全体へ圧し掛かる重さに、嫌でも覚悟を決めさせられる。……こうなったらもう、とにかくやれるところまでやるしかない。


 生き延びる為に。その為の努力の中途で死なないことを祈って、俺がいざ最初の一回を振ろうとしたとき。


「あ、それと言っとくが、構えが崩れてたり要らねえ力が入ってたりした分は千回に数えねえから、そのつもりでな」


 ――なに? ここに来てまさかの追加要素に、刀を振ろうとしていた腕が思わず止まる。


「素振りってのは正しいフォームじゃねえと意味がねえからな。まあ間違ってるとこがあればその都度教えてくから、安心してバンバンやってけ!」


 そう言って小父さんは笑うが――……冗談じゃない。


 ただでさえこの状態で千回【無影】を放つなど無理だと言うところなのに、振り直しまで含めれば間違いなく体力が保たない。……可能な限り集中してロスをなくすようにしなければ。


「ペースが遅いね。どれ、少し手伝ってあげよう」

「……なにをですか?」

「こう見えてもその方面には詳しくてね。まあ間違っても、死ぬことはないさ」

「――はい三かーい! 四かーい‼」

「ふわらばほぇッッ⁉」


 そうでなければ生き残れない。意識に訴える地獄絵図を締め出し、なんとか己の試練へと集中する――‼



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