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第八.五節 零と秋光

 

「――何があったんです?」


 執務室。いつものように机に着く秋光に、投げ掛けられる声。


「……上守支部長と葵補佐官が治癒室に運ばれていると聞きました。治癒師から聞いたところによると、二人ともかなりの重傷だったとか」


 不意の来訪者――弟子、三千風零の姿がそこにあった。事態の重大さを理解した真剣な声音。いつもは見せることのない険しげな表情で、秋光へ問いたげな視線を送る。


「それになぜ《救世の英雄》が協会に? 彼らは中立の『逸れ者』であるはずです。このまま滞在を許せば――」


 これまで修行途中にある零の心を乱すことを案じ、秋光は蔭水黄泉示たちの件の詳細については零に伝えては来なかった。


 担当の支部長たちについても当初から本山へ特別措置で入山した協会員だと告げるように言い含めてある。邂逅があった以上零とて彼らがただの協会員でないことには気付いているだろうが、課題に向かう弟子の気をそれ以上に散らされなければそれでいいと。


 しかし――。


「……それについては既に対応を進めている」


 永仙と凶王による二名の被害者。今回の一件については、流石に隠すには事が大き過ぎた。賢者見習いである郭は協会内での人脈と一定の権限を持っている。耳にした話から事態の概要を知り尋ねて来るまでに、そう時間は掛からない。


「二組織から特別な反応もない。案ぜずとも大丈夫だ」

「……そうですか」

「……」


 質疑の終わりと取れる秋光の返答にも、零は動く様子がない。――納得していないのだ。机の前に依然として立ち続けるその態度からは、真相を秋光の口から聞きたいとの思いがありありと伝わってくる。……秋光も。


 伝えないわけにはいかないと言うことは理解している。零には、自負がある。


 四賢者である秋光の弟子であり、やがては協会を率いていく身であるという自負が。……協会員たちへの仲間意識も強い。だからこそ二名の重症者を出すに至ったことの経緯についても、知りたいと思うはずだ。


 ……だが。


「……」


 その自負は危うさの裏返しでもある。仮に包み隠さず全てを伝え切ってしまったならば。


 ――零は、自ら前に出ることを厭わないだろう。それだけの責任感と覚悟、能力と力とは、今の時点でも充分に持ってしまっているのだ。


 そのことを考えるならば――。


「……外出時、永仙と凶王に依る襲撃を受けた」


 やはり全てを語るわけにはいかない。変わらぬその判断から、秋光は言葉を選んで口にする。


「協会の戦力低減を狙ったものだろう。上守支部長と櫻御門補佐官は凶王と相対したが、幸いなことに一命を取り留め、私とリアが出向いたことによって事態は終息した」

「……」


 零は沈黙している。話の続き。語られぬ真実を待つようなその眼差しを断ち切るため。


「――以上だ。お前に伝えなかったのは、今の課題に影響が出るのを案じてのことだった。済まなかった」

「……いえ。先生のお気持ちは、僕も重々承知しています」


 明確に告げた台詞に、郭も徐に態度を変える。


「……凶王派と九鬼永仙が手を組んだといえ、これほど早く強硬な手段に訴えてくるとは意外ですね」

「そうだな。今後は今以上に警戒を強める必要がある。――そのためにも」


 秋光は、今一度弟子の眼を正面から目にした。


「今は自身の修行に専念してくれ。あの課題を達成することが、今のお前の一番の仕事だ」

「……耳が痛いですね」


 先ほどまでの気負いの抜けた、穏やかな表情で。


「分かっています。まだ先生の言葉の意味は分かりませんが、近い内に必ず成果を出して見せますよ」

「焦る必要はない。間違いのないよう、じっくり時間を掛けて取り組むことだ」

「はい。……貴重なお時間を割いて戴いて、ありがとうございました」


 丁寧な一礼。目で答える秋光に踵を返し、執務室を出て行く零。失礼します、との一声ののちに、扉が閉まり――。


「……」


 静かな音と共にその隙間が無くなったとき。自分以外には聞こえぬよう、秋光は息を吐く。……零の修業は難航している。


 自身の修業の最終と言える段であり、また幼少期からこれまで逐一丁寧に手解きをされてきた者が、いきなり一切の指導を取り止められたのだから当然と言えば当然なのかもしれないが。


 それでも当初の秋光の見込みより時間が掛かっていることは確かだ。零ならば、さほどの時間もかからずに気付けることだとは思ったが。


 それだけ無自覚な態度になっているということかもしれない。だとしてもそれを明示的に言葉にできないのであれば、正式に要職を務めるにはやはり若干構えが足りないと秋光は考えていた。――どのみち。


 自らの弟子、そして一人の召喚士として。三千風零ならばその内容に気付くことができるということを秋光は疑ったことはない。零が修行を終える日はそう遠くないはず……ここからはまた、例の案件についての時間だ。


「――」


 そう考えて秋光は机の上の書類を見遣る。……協会戦力が前に出る為の、保護対象の護衛――。


 苦労の甲斐あって、秋光は東たち三人をそう位置づけることに成功していた。当初は三大組織共通の戦力として前に出そうという向きもあったが、凶王らを相手取るにはブランクが開き過ぎていること、追加戦力の恩恵をどこが受けるかで不本意な差の生じる恐れのあること……等々が考慮された結果としてだ。


「ふう……」


 思い返してひとまずは思惑が叶えられたことに息を吐く。……前に出るのはあくまで三大組織(自分たち)


 東らにそれを負わせるわけにはいかない。絶対に。



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