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第八節 修練への道

 

「おや――来たね」

「来ましたか」


 スタスタと歩いて行く小父さんと共に。決闘場に入るや否や、聞き覚えのある声が飛んでくる。レイルさんにエアリーさん。


「……来たか」

「へっ、ほら見ろ。言った通りだろ」


 眼鏡を上げるジェインに、言いつつ拳を握り込むリゲル。……二人とも。


「エアリーさんと……レイルさんに頼んだのか?」

「まあな。つっても俺らは頼んだ相手が逆で――」

「僕がレイルさん。リゲルが神父に頼んだんだがな」


 言う二人。……互いに決意を固めて来ていたらしい。その事情も訊きたい気分だったが。


「さて。これで三人とも集まったわけですし……」

「訓練の前に、まずは君たちの力を訊くところから始めようか」


 エアリーさんとレイルさんが本題を進め始める。……訊く? 立慧さんたちのときは――。


「模擬戦とかはしないんですか?」

「そこまで気張る必要はねえよ。お前らも凶王との戦いとかで疲れてんだろうし、あとに修行も控えてっからな 」

「まずはそれぞれ何ができるのかを訊いて行こうか。――では、ジェイン君から」

「――はい」


 言われてジェインが一つ咳払いする。息を吸い。


「僕が使えるのは【時の遅延】と【時の加速】。二種類の時の概念魔術です」

「概念魔術か……」


 何か琴線に触れるものがあったのか、顎を撫で摩りながら反応した小父さん。


「かなりのレアもんだな。噂じゃ聞いたことはあるが、実際に使ってる奴は滅多に見たことがねえ」

「加速と遅延ができるとのことだが、それぞれどれくらい上げ下げできるんだい?」

「加速は三倍、遅延は三分の一倍までです。持続時間に関しては――」

「ああ、そっちの方は大丈夫だ」

「……分かりました」


 レイルさんの微笑みにジェインが口を噤む。……他意はないのだろうが、この人の笑顔は本当に雰囲気があって恐い。向けられた相手を嫌でも委縮させるというか。


「じゃあ、次は貴方です」

「おっす! 俺はこれまで鍛えてきたボクシングと、【重力増加】が使えるっす! 上げられんのは大体四倍までっすね」

「重力魔術ですか」

「こっちも中々に珍しいな」

「そうだな。――では次、黄泉示くん」


 一言ずつのコメントだけでレイルさんから進行を促される。それだけで良いのかと思うくらい早いペースで――。


「ボクシングがどの程度できるかってのは言わなくていいんすか?」

「口でそれを言っても分かり辛えだろ。一応、身のこなしを見りゃ大体のレベルは分かるからな」


 ――見れば分かる。その言葉こそが何より目の前の人たちが相当の実力者であるのだということを感じさせる。……先輩たちと比べても恐らく。本当に力量が分かっているのかという、多少の疑念はあるが。


「――貴方の番ですよ」

「は、はい」


 今はそれを考えているときではない。エアリーさんからなされたのは穏やかな催促。ええと……。


「俺は――……【魔力解放】と、居合いみたいな技が――」

「――【魔力解放】?」

「ああ。まあそれに関しちゃあとで見せてやれや」

「みたいな技というのはなにか、もう少し詳しく聞かせてもらっても良いかな?」

「はい。ええと――」


 どう説明したものか。


「本当は鞘がないといけないんですが、俺のこの刀には元から鞘がないので……」


 ――影の太刀における奥義である【無影】は、元来が居合いの技。


 父から教わった正確な型通りに行う為には刀身を収める鞘が必要になるが、鍛錬用の刀で刃の付いていないこの『終月』には生憎鞘がない。よって、抜身のまま行うしかないのだ。


「ふむ。なら、あとでそれも見せてもらうとしよう」


 ――そこは見るのか。


 リゲルのボクシングのときと扱いを変えている基準が今一つよく分からない。これまでは左手を刀身に乗せるようにして一応の鞘代わりとしてきたから、その点についてなにか指摘されるのかもしれない……ともあれ。


「……うーむ」

「ふむ」


 これで一通り俺たちの側の説明は終わった。緊張して待つ俺たちの前で、聞き終えた小父さんたちは皆、何やら思案顔をして。


「やっぱ、これじゃ駄目だな」

「――ええ。駄目ですね」

「駄目だろうな」

「……!」


 全員一致で胸を抉るような発言が飛び出してくる。駄目、ということはつまり……。


「考えてみりゃ、俺らん中で魔術に詳しい奴っていねえしな……」

「私は多少の知識はありますが、専門は少々毛色の違う技法ですからね。……此処で無闇に披露して目を付けられるのも不味いでしょう」

「ふむ。困ったな。どうしたものか」

「……そういうことか」

「――んだよ。驚かせやがって」


 眼鏡の位置を直すジェインに、あからさまにほっとした表情を見せるリゲル。――俺たち自身に何か問題があると言うことではなく、指導の内容を考えての発言だったのか。そのことに胸を撫で下ろしたものの――。


「――やはり、そこは彼らに頼むとしようか」


 確かに魔術の指導ができる人間がいないというのは問題だ。これまででも生命線となってきた魔術を伸ばさない手はないという、俺の思案をレイルさんの声が遮る。――彼ら?


「そうですね。やはり本職の方に任せるのが一番手っ取り早いでしょうし」

「餅は餅屋か。――うし! じゃ、隠れてないでとっとと出て来てくれや、嬢ちゃんたち!」

「――?」


 事態の飲み込めないまま、小父さんが声を掛けた部屋の一角に集中する俺たちの視線。……何だ? 俺は気付かなかったが、誰かそこに――。


「……だから言ったじゃねえか。こんなことしても、多分あの三人にはばれてるぞ、ってよ」

「――煩いわね。あんただってぐちぐち言いながら結局は隠れてたんだから、同じ穴のムジナじゃない」

「それとこれとはな――」


 ――入り口付近。部屋の構造のせいで俺たちから影になっているその場所から、二人の人影が姿を現す。立慧さんに田中さん――。


「――聞いてたんすか」

「よう。あくまでも偶然聞いちまったが、なにやらお困りみてえだな」

「……何よ。私がここにいちゃ悪い?」

「いえ……そんなことは」


 この期に及んでなお素知らぬふりを通した田中さんとは裏腹に、俺たちを前にして決まりの悪さを隠せないでいる立慧さん。……先日〝死なせるための指導は付けない〟と、訓練の中断を言い渡されたばかりだから当然だろう。俺としても。


「いい加減素直になっちまえよ立慧。突き放したはいいが、結局ほっとけなくてこっそり様子見に来てんだろうが? ホント険しい顔して、中身はお優しいこって――」

「――フンッ」

「ゴハッッ⁉」

「おや。良い一撃ですね」


 ――立慧さんが俺たちの様子を見に来ているとは意外だった。目の前で容赦なく炸裂した裏拳。的確に鳩尾に叩き込まれたように見えたが、大丈夫だろうか? エアリーさんはにこやかに感心しているが……。


「お前ッ……そこは……洒落になんねえだろうが……っ!」

「――まあ、この状況じゃどの道暇だし。私らが指導の手伝いをしてやってもいいわ。目を離してる間に――」


 あんたたちが無茶したら千景に申し訳が立たないしね、と。地獄の悪鬼の如き苦悶の表情で悶える田中さんをスルーする立慧さんに、俺たち三人が頷く。余りからかい過ぎてもいけない。ほどほどが重要だ。実際ありがたいのだし……。


「いよし。魔術の指導員が決まったところで――」

「先ほど言った二つの技を早速見せてもらおうか」

「――はい」


 魔術の件についてはこれでどうにかなる。小父さんたちの言葉に意識を切り替え、披露しようとした。


「……居合いからやった方が良いですか?」

「そうですね。その方が良いでしょう」


 確認して息を吐く。終月を腰に引きつけ、そのまま僅かに沈める腰と重心。――構えが整ったことを意識した次の瞬間に、全身を一息に稼働させて一閃を抜き放つ‼


「……」


 残心ののち、納刀。――父から教わった剣技、【無影】。父のそれには程遠いが、今の俺としては悪くない一技だったはずだ。


「――なるほどな」

「……うし。次は、【魔力解放】だな」

「……」


 レイルさんの零す呟きは肯定的なのかどうか分からない。小父さんにそのまま促されて精神を集中させる。【無影】のあとで少し高ぶっている呼吸と心。それを落ち着けるようなイメージで、自身の血肉、その中に宿る魔力へと意識を移行。……数秒ののち。


「――」


 解放された魔力が肉体を覆う。……暗い輝きを放つ魔力の波。この技も当初に比べれば、大分素早く発動できるようになった。


「面白い技法だ。……率は二割から三割といったところかな? リスクは大きいようだが、純粋な強化系の技法として見れば中々だ」

「魔力の滞留による防御面の強化も悪くないですね。質量の大きい攻撃には然程意味がありませんが、それ以外でしたらそれなりの軽減効果が見込めるでしょう」

「持続時間は五、六分ってとこか。昔に比べりゃ大分上達したじゃねえか」

「……ありがとうございます」


 褒められていると思っていいのだろう。何か言われるのではと思っていただけに、安堵の感情が胸を過り――。


「んじゃ解除してくれ。取り敢えず、今見た限りでお前らの指導方針を話してくから――」

「――あ」

「……どうした?」

「あー……そいつ、その技自分で解除できないのよ」

「なに?」


 疑問に答えたのは立慧さん。レイルさんが一瞬、耳を疑うような目付きを見せる。


「だからこうやって――っ」

「……っ」


 近付いてきた立慧さんが俺の胸に打ち込んだ掌打。……痛みは余りない。一瞬息が止まりそうになる衝撃が走ると同時、俺の周囲に溢れていた魔力が栓を閉め直されたかの如く治まり消えていく。……そう。


「今まではこうやって止めてたってわけ」

「見事なもんだな。気脈を操る東洋式の技法か」

「……それは不便ですね」


 これが実情だ。感心している小父さんの隣で、忌憚ない意見を漏らすエアリーさん。


「強化法としては悪くありませんが……流石に使い勝手が悪過ぎます。少なくとも自力での解除ができない限り、今の技は基本、実戦での使用には耐えないと見ていいでしょう」

「――っ」


 ――やはりか。


「意表を突く切り札としては悪くないがね。――ということで、頼んだよ。支部長のお嬢さん」

「……まあ、そうなるわよね」


 分かっていたというような顔で立慧さんが頷く。……【魔力解放】に関してはこれまで通り、立慧さんの指導を受けろと言うことだろう。今までは魔力の拡散を抑えるのが精々だったが、今度こそ放出状態の解除まで漕ぎ付けることができれば。


「なら方針の説明に入るか。――これからお前らにやってもらうのは、大きく分けて二つだ」


 密かに意気込む俺を余所に、小父さんがビシリと立てて見せたピースサイン。


「一つは言うまでもねえが、各人の長所を伸ばすこと。そしてもう一つは、戦闘における仲間同士での役割分担をすることだ」

「役割を……?」

「分けるんすか?」

「ジェイン君から事前に聞いたところ、君たちは今まで状況に応じてそれぞれがその場その場でできることをするという、実に自由度の高いスタイルで戦ってきたらしいね」


 俺とリゲルの疑問に答える形でレイルさんが解説してくれる。


「このスタイルなら確かにできることは多くなるが、難易度も相応に高くなる。良く言えば臨機応変、悪く言えば場当たり的ということかな。そこでは各人の持つ総合的な能力が嫌でも相手と比較されることになり、逆にパーティとしての力は余り活かされてはいない」

「早い話が、遥か格上を相手取るなら圧倒的に勝率の低い戦い方だということです。今後は方針を変え、土壇場以外ではこうしたスタイルを選ばない方が良いでしょう。それに……」


 今回は、と。表情を引き締めるエアリーさん。


「あればまた話は別ですが、時間もそこまであるわけではありませんので。短期間で大きな力量差のある相手に最低限通用するような力を身に付けるには、修行内容自体をハードなものにするのは勿論のこと、何より目標を絞ることが大切です」

「その為の役割分担でもあるってことだ。各人が何でも屋じゃなく、それぞれの強みを生かした役割に特化させる」

「時の概念魔術を使い、戦況を読む力が高いジェイン君は仲間のサポート役、兼司令塔」


 レイルさんからジェインが言い渡された役割。――なるほど。


「魔術と肉体技能とで選択肢が多い貴方は、前に立って戦う切り込み役とサポート役を」

「そんで黄泉示。お前には仕留め役をやってもらう」


 リゲル、俺と続けて。――仕留め役?


「お前は蔭水の人間だけあって、鍛えてなくても身体能力はそこそこ高い。まだ未熟だが【魔力解放】っつうブーストもあるし、何より練度の高い技が居合い一つときてる」

「敢えて一技に特化した鍛え方をすることで、相手に力量を悟らせないまま一撃を不意打ち気味に喰らわせる――そんな動き方が理想でしょうね」


 俺が疑問を覚えた端から流れるように繋がる説明。もしかすると、この人たちは他人の心が読めるのではないだろうか。


「一人では中々に難しいだろうが、幸い仲間の妨害能力が極めて高い。持ち味を生かすならその選択が一番だろう」

「……」


 聞かされた内容を反芻する。……確かに。


 リゲルと違い、俺は決して近接戦の技術そのものが高いというわけではない。剣術という枠組みで言えば寧ろかなりレベルの低い方。まともな戦い方をしても勝てる相手はごく少ないはず。……思えば今までも、無自覚的にそんなようなことをやってきたような気もする。


「――方針は分かりました。具体的な指導内容はどうするんですか?」

「ああ。まず君たちの訓練は個人での修練とパーティでの特訓との大きく二種類に分けて行い、個人訓練ではそれぞれの指導担当を決めておこうと思う」


 答えたレイルさんが、質問の主であるジェインをにこやかに見返す。


「――黄泉示は俺と居合いの、それと相手の隙を見極める訓練」

「ジェイン君は私の下で戦術、戦況を見渡す勉強を」

「そして残る貴方は私と、前衛としての心構えを――ですね?」


 各々が担当の相手から指し示された。……加えて。


「私らはこいつらを交代で見ればいいってこと?」

「その通り。支部長として魔術に秀でた君たちには、三人を順番に見て行ってもらいたい。――リゲル君とジェイン君はそれぞれの魔術の上達。そして黄泉示くんは先ほどの【魔力解放】の改善が主になるだろう」

「……あー、分かりやしたぜ。イチチ……っ」


 立慧さんに、復活してきた田中さんが鳩尾を抑えながら頷く。なんにせよ、これで大凡。


「うし。――で、フィアはどうすんだ?」

「――」


 一瞬俺の動きを止めるのは、リゲルの口から出されたその名前。……フィア。


「そうだね。それについて訊かないといけない。――カタスト君はまだ起きては来られないのかい?」

「……いえ。さっき、起きては来たんですが……」


 ふらふらでまだとても普通に行動できる状態ではなかったこと、魔力はある程度回復したが二度目、それなりの深さと言うこともあって身体への影響がまだ残っているであろうことを、立慧さんの合いの手を受けながら説明する。


「……そうだったのか」

「悪い。伝えるタイミングがなくて……」

「なんで謝んだよ。ま、無事回復してんなら何よりだぜ。あの爺さんにも感謝しないとな」

「――なるほど。事情は理解した」


 ……それはと。反応を渋る俺の前で、レイルさんが二、三頷く。


「無理はいけないが、そういうことなら遠からず訓練には参加できそうだね。――で」

「その嬢ちゃんは何が得意なんだ?」

「使えるのは治癒と守りの魔術」


 小父さんに立慧さんが答えていく。俺たちが口を挟むまでもなく。


「典型的な後衛タイプね。身体能力も高くないし、それ以外にできることはあんまりないけど」

「でしたら私が担当を引き受けましょう。その方面でしたら、魔術に関してもそれなりの知識がありますからね」


 そう決まった。……先ほどは魔術について微妙だというような内容を言っていたが、教えられるものもあるらしい。先輩がいない今、フィアに教えられる人がいて幸運だったと思うべきだろう。


 ――本来ならば。


「役割としては、彼女には支援役をやってもらうことになるでしょうね。後方から仲間を守り、戦いの最中やあとに傷付いた仲間の負傷を癒す」

「非常に重要な役割だ。実戦ではそういったメンバーが一人いるかいないかで、生存率もかなり変わってくるものだよ」


 だな……と合わせてどこか遠い眼になる小父さん。……確かにそれはその通りなのだろう。傷を治療できる人間がいるかいないかで生死を分ける場面は、俺でも容易に思い浮かべることができる。


 だが……。


「……そうだな。メンバーが一人足りねえんじゃ、パーティでの動き方をやんのは今んところは無理だろうが……」


 ――少し待って欲しい、とは、今の俺からは言い出せなかった。……フィアがいてくれる。そのことで俺たちの死なない確率が高くなるのなら、確かにそれは良いことなのかもしれないが。


「……」


 フィアを、このまま戦わせていいのか?


 とはいえ、今ここでそのことを口にしてもどうにもならないのも事実。……どうしても確かめたければ本人に尋ねるしかない。


「個人の訓練なら今からでもできる。――こちらの準備ができ次第、早速始めるとしよう」

「ええ。善は急げといいますしね。……ふふ。腕が鳴ります」


 にやりと笑う小父さん。なぜか凄みのある微笑みを浮かべるレイルさんに、本当に腕を大きく回し始めるエアリーさん。……準備?


 その言葉と三人の仕草に、何か恐怖にも似た感覚を覚えるが――。


「――お願いします」


 ――ここで立ち止まってはいられない。こうして、俺たちの新たな修行が幕を開けた――。


 

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