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第七節 決意

 

 フィアを部屋まで送り届けたあと。


「……」


 部屋の中。一人俺は考えている。腰掛けた膝元で指を組んだ姿勢。動きを止めた身体でひたすらに反芻しているのは、胸に渦巻く、この感情。


 ――あのときもそうだった。


 郭との模擬戦で障壁を展開したフィアが倒れたとき。あのときも、似たような感情が起こったことを覚えている。……恐怖と悔しさが綯い交ぜになったような、遣り切れないこの情念を。


 ――フィアが倒れたわけ。今回も、それは間違いなく俺のせいだ。


 永仙からフィアを助けようとして失敗し、結果的にフィアが自身の身を省みずに魔力を使う原因となっている。全く前と同じ。


 ――何だ、と思う。何も、変わってないじゃないか。


 郭との模擬戦、レイガスに見せられた幻。あのときから俺は何も学んでいない。傷付いているのは、いつだってフィアや――先輩、葵さん。俺の周りの人々だ。抱くこの気持ちのわけなど、とっくに分かっている。


「……」


 ――弱いからだ。


 俺が弱いから、誰かが代わりに戦おうとする。俺が弱いから、守ろうとして誰かが傷付く。


 立慧さんは言った。凶王の攻撃を躱せただけで御の字だと。だがそれだって、ジェイン、リゲルの必死の援護があってこそ成り立った事だ。俺一人だったなら、間違いなくあの時点で俺とフィアは死んでいた。……俺は何もできていない。ただ徒に力の差のある敵に突っ込んで、場を混乱させただけ。


 ――なら、戦わなければいいのだろうか。


 脳裏に浮かぶのはレイガス、そして小父さんたちの言葉。……そうかもしれない。降って湧いたような不幸に自分で無理に抗うような真似をせず、力のある人たちに――秋光さんたちに、立慧さんたちに、そして小父さんたちに任せておけば、いつかは終わる話なのかもしれない。……俺が何もしなくても。


 だが――。


 脳裏に浮かぶ、立慧さんの表情。凶王の攻撃に吹き飛ばされた、先輩の姿。


 ――ただ他人任せなだけで、本当にそれでいいのか?


 永仙と凶王は俺たちを狙っている。理由は分からないがそれだけは確かなことで、故にこの戦いの原因は俺たちの側にもあることには違いない。……それがどんなに理不尽な事情だとしても。


 奴らは強い。幾ら秋光さんや小父さんたちに実力があるとはいえ、戦う以上ただでは済まないだろう。先輩のように大怪我を負うかもしれないし、――死者が出る可能性だって充分にある。


 なら、今の俺がやろうとしていることは――。


 他者に危険を押し付けて。……他人を犠牲にしてぬくぬくと守られている、あの――。


「……」


 記憶が疼く。……それだけは、駄目だ。


 それだけはできない。――何もせず、俺のせいで誰かが死んでしまうことだけは――。


 あの日の光景が頭の中に過る。……そうだ。


 自分の中でずっと持っていた違和感。戦いは嫌だ。傷付くのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。それらの思いは確かなのに、なぜ俺は戦いを止めることを拒むのか。


 その正体に、今、気付いた。


 自分が関わる戦いを人に押し付けること。……自身の身代わりになって、誰かが傷付き斃れること。


 ――俺は、そのことも嫌なのだ。


「……」


 我が侭と言われればそれまでかもしれない。少しでも罪悪感を受けないよう、都合の良い選択肢だけを見ていると言われればそうなのかもしれない。


 ……それでも。


 あの日から抱き続けている、この思いだけは――……。


「……」


 ――だが、どうすればいい?


 立慧さんたちから修行を受けた俺たちの力は、奴らに全くと言って良いほど通用しなかった。……今のままでは駄目だ。今のままでは、奴らから自分の身を守るだけの力すら手に入れられない。入るとしてもそれこそ何年も掛かってしまうだろう。それでは遅過ぎる。


 ――強くならなければならない。それもできる限り早く、事態に通用するだけのものを。だがそれを可能にする手立てが、一体どこに――。


「――!」


 ……不意に。被さる厚い雲を切り裂く霹靂のように、一つの考えが頭の中に浮かぶ。発想に昂ぶる心情を抑えつつ。


「……」


 検討した内容。……画期的なアイディアじゃない。むしろこれ以上ないほど泥臭く、今までの延長線上でしかないような考え。


 ――しかし。


 今の、俺には――。


「……」


 ――本当にこれでいいのか?


 そんな声が頭の中で響く。……今の俺には、この考えが精々だ。


 保障などない。確証などない。受け入れてもらえるかも分からず、やってみたところで何にもならない可能性だって大いにある。


 だがそれでも、ここで決意しなければ。


「……」


 ……降って湧いた不幸を嘆くのは簡単だ。俺のせいじゃないと言い切って背を向けることも、決して間違ってはいないのかもしれない。


 しかし仮に俺がそうしたならば、ずっと今のまま、この感情を抱き続けたままで終わるだろう。……それを、何としてでも変えようと思うなら。


 ――答えは、とうに決まり切っていた。


「――っ」


 立ち上がる。……部屋を出て暫く。


 ――いた。


「――お、どうした黄泉示」


 協会内を闇雲に探し回り、サロンにて小父さんの姿を見付ける。ソファーに腰を下ろしてこちらを向いている小父さん。一息を入れていたらしく、テーブルにはお茶菓子も置かれている。幸いにして……。


「……小父さん」

「なんだよ改まって。……あー、朝食のときは悪かったな。あいつらといるとつい悪ノリで――」


 レイルさんたちはいない。そのことに感謝しながら言葉を口にした。


「――俺に、戦い方を教えてください」

「――」


 僅かに丸くされた眼。それに対して頭を下げる。本気が伝わるよう、できる限り真っ直ぐに。


「お願いします――!」


 ――今のままでは、無理なのだ。


 現状では余りにも足りないものが多すぎる。……俺の力ではどうにもならない。だとすれば。


「……」


 誰か他の人間の力を借りるしかない。俺よりも見通しがつくだろう人の、俺よりも力のある相手の。……そして。


「……積極的に戦うつもりじゃねえよな?」


 ――これが駄目ならそれで終わりだ。確かめるような小父さんの言葉に、顔を上げて頷く。


「俺らの事なら心配要らねえぜ? 俺と同じで、あいつらも戦いには慣れ切ってる。ブランクがあったとしても、少なくともお前らよりはな」

「……もしそうでも」


 小父さんたちが自分の傷付くことを厭わず、俺を責めないのだとしても。


「何も……挑むこともしないでいることは、俺にはできないんです。……もし」


 内心の示しと共に、こちらの理解を付け加えた。


「小父さんが本当に無理だと思ったなら、そのときには諦めます。だから……」

「……」


 黙考。意志を込めて見る俺の目を見定めるようにして見つめた小父さんは、暫しの間押し黙ったあと。


「……保護者としちゃ、絶対反対な話なんだがな」


 零すように示されたのは芳しくない反応。逸らされた瞳に、駄目かと拳を握りしめる。


「――お前にそこまで言われちゃ、断るわけにもいかねえか」


 直後に俺の視界に映ったのは、参ったぜと言うような面持ち。僅かに上げられた口角に――。


「じゃあ――」

「付けてやるよ稽古。ただ言っとくが、厳しいぜ?」


 意気込んだ俺の気勢へ一旦待ったを掛けるような。飛ばされたのはバチリと音がするような、不慣れな両目でのウィンク。


「直接戦るわけじゃないにしろ、相手が凶王なら尚更な。――着いて来れなきゃそこまで。自分でも言ってたが、そこだけは了承してもらう」

「……はい」


 小父さんの言葉に頷く。……異論はない。望んでやる以上、何としてでも食らい付いていくだけだ。


「しっかしあれだな。俺らと違ってお前ら、息ピッタリだな」

「え?」

「あの二人も同じようなこと頼みに来たって聞いたぜ? ついさっき、別々にだけどよ」

「……!」


 リゲル――それに。


「仲間同士バラバラに指導すんのもあれだし、どうしようかって話してたとこだが……」


 ジェインも? 驚いている俺の前で、小父さんがニヤリとした笑みを浮かべた。


「全員覚悟ありってんなら悪くねえ。――じゃ、行くとすっか!」


 よっこいせと立ち上がる小父さん。菓子とカップを片付ける背中に、どこへですか? と問い掛けた。


「決闘場」


 俺に返されたのは、端的明快なその答え。


「レイルの奴が秋光に打診してたんだが、知り合いとはいえ俺らは部外者だからな。訓練場は無理ってことで、そこを使ってくれとさ。――じゃ、行くぞ黄泉示」




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