第五節 救世の英雄 後編
「……」
まず間違いなく俺の両親の死にも関与している。そのことを意識して握る拳。……身勝手な話だが。
「うし。じゃあ始めるぞ」
あのとき秋光さんに食って掛かっていて良かったかもしれないとさえ思う。父を見捨てたわけではないというあの言葉を聞いていなければ、俺はこの話を聞くことは疎か、レイルさんとエアリーさんを前にしても冷静ではいられなかったかもしれない。話し出す小父さんの言葉に意識を集中し――。
「――今からざっと十年前のことだな。『アポカリプスの眼』っつう技能集団が、何やら怪しい動きをしてるって情報が三大組織の下に入ってきた」
「……『アポカリプスの眼』?」
いきなり未知の単語が出て来たことに戸惑う。聞くからに怪しいネーミングだが。
「まあ、質の悪いテロ集団みたいなもんだと思っときゃいい。とにかくそいつらが、何か放置できないヤバいことをやらかしそうだって事が分かったわけだ」
「ヤバいことって……世界征服とかすか?」
「惜しいが、ちげえな」
手を振って否定する小父さん。リゲルには悪いが、流石にこのご時世に〝世界征服〟は現実味がなさ過ぎるだろう――。
「――〝世界の破滅〟、だ」
「……」
「……」
……思っていたところで出てきた同レベルの荒唐無稽さに、押し黙らざるを得なくなってしまった。
「まあ世界の破滅と言っても、具体的に言ってしまえば人類の鏖殺……皆殺しだがね。そこまで大した話ではない」
「往々にしてこういった組織は、話を大きく見せたがるものですよ」
「いえ、その……」
「……充分大きな話だと思うんだけど、私が間違ってるの?」
多分間違ってはいない。俺たちのそれぞれが反応に迷う最中で、ジェインが眼鏡を上げる。
「――馬鹿馬鹿しいですね。そんなことを目指して何になると?」
「それを私たちに訊かれても困りますがね」
「昔話さ。そういう思想、考え方があったとでも思って聞くと良い」
言うレイルさん。……確かに馬鹿馬鹿しいと言えばそうかもしれない。どういうわけでそんなことを目指していたのかは知らないが、そんなことが実際できるはずが……。
「ま、嘘みてえな話じゃあるがよ」
俺たちの反応を酌み取ったのか、そう一拍を置いて小父さんは話を続ける。
「俺は詳しくは知らねえが、組織の調べじゃ『アポカリプスの眼』ってのは昨日今日で来た新興組織ってわけじゃなく、ざっと千年以上に渡る長え歴史を持った組織だったそうだ。そしてその中で世界を滅ぼす為のあれやこれやを続け、十年前に遂にそれが実った……って話だったらしい」
「――」
――千年以上。
言葉にすればたった四文字だが、その中には字面からは計り知れないほどの重みがある。……常識を超えた魔術の力を俺たちはこれまでで目にしてきている。もし仮に、それだけの時間をたった一つの目的の為に費やすことができたなら……。
「……ちょっと待って下さい。今の話だと、三大組織は『アポカリプスの眼』の存在を事前に把握してたと言うことですか?」
「その通りだね。ジェイン君」
「なら、どうしてそんな組織がそれまで存続を?」
「そうだな。何と言ったもんか……」
小父さんが少し首を捻る。話し方を思い付いたのか。
「お前、近所の奴が〝俺は世界を滅ぼすぜ! うおおおおお!〟とか騒いでたとして、本気になって相手するか?」
「……」
分かり易い例えに黙るジェイン。――受けない、だろう。
今さっき俺とジェインとが、世界の破滅という言葉を本気で受け取らなかったように。
「組織のお偉方もそんな感じだったらしいぜ。結果として『アポカリプスの眼』の行為は長期間に渡って見過ごされ、そのときが来るまで誰も奴らの動向に注意を向けちゃいなかった。――当時、三大組織は微妙な時期にあってな」
どういうジェスチャーなのか、肩を竦めつつ小父さんは話を続ける。
「いつもなら即座に自前で討伐隊を派遣するとこだが、そのときはそれができない状態だった。んで、話した結果組織の枠を超えてそれまでも何度か行動を共にしてた、あるグループにその処理を任せることにしたんだが――」
「そいつが――」
「私たちだった、ということだな」
リゲルの推測を継いでレイルさんが台詞を結ぶ。……なるほど。
「当時、私は聖戦の義の一使徒、レイルは国際特別司法執行機関の執行者、東はフリーの技能者として活動していました」
「俺ら全員がそんじょそこらの連中から恐れられてたからな……懐かしいぜ」
遠い目をする小父さん。それを聞いて、俺はこの三人がどんな方向で活動していたのかは訊かないことにしようと心に決める。
「あの爺さんは何してたんだ?」
「秋光は当時から協会に所属していたが、その頃はまだ四賢者の一人だった。……そこにあと二人、逸れ者の技能者が加わってね」
後半をぼかしてレイルさんが語る。……残りのメンバーは分かっている。そこにいたのは俺の母と、父……。
「それでどうなったんですか?」
「そうだな。――つっても、あとは大した話じゃねえよ」
話し続けて喉が渇いたのか、そこで小父さんはガブリと水を飲むと。
「組織から依頼を受けた俺らは奴らが集まってる場所へ行って、見事『アポカリプスの眼』を壊滅させました。それにて一件落着ってなわけだ」
お終い、と話を締め括った。……文字通りに世界の危機を救ったと見做されているからこそ、《救世の英雄》と呼ばれているわけか。
俺の父と母も、その戦いで――。
「……すげえな。ガチもんの英雄じゃねえか」
「まあ『アポカリプスの眼』と言っても、かの『世界三大脅威』には及びませんけどね」
「三大脅威?」
謙遜するようなエアリーさんの台詞。またしても聞き慣れないその単語に、ジェインが反応を示す。
「……昔世界が滅びかけたって言う、三つの要因よ。古い方から順に、『永久の魔』、『静謐の死』、『真の恐怖』」
小父さんたちが説明するより早く呟きを零したのは立慧さん。口にされたのは聞くからに厳めしげな、三つの名前。
「この三体はその被害の大きさが他に類を見ない規模であることから、『世界三大脅威』と呼ばれてるわ。倒した連中には同じ《救世の英雄》の称号が贈られてる。……まあ」
一つ間を置いて、そこまで順調に着けてきた尾ひれを外すかのように。
「とは言っても永久の魔は完全に伝説の域だし、静謐の死が現われたってされてるのは今から千年近くも前で記録も不明瞭。数百年前に現われたっていう真の恐怖だけは、具体的な被害の記録に加えて倒した奴の名前まで確認されてるらしいけど……」
先ほどの小父さんとは恐らく異なるニュアンスで肩を竦める。
「それだってどこまでホントの話か分からない。――都市伝説みたいなもんね。はっきり言っちゃえば」
「……そうなんですか」
「親父たちが倒した『アポカリプスの眼』ってのは、その三大脅威の中には入らないんすか?」
構えていた分大きかった肩透かし。リゲルが質問する。……確かに。
「入ってないわね。『アポカリプスの眼』は目的自体は確かに世界の破滅だったけど、結局は何かやらかす前に《救世の英雄》に潰されたわけだから。脅威の度合いで言えばそんなに変わらないと思うけど――」
ゼロが一になる前に潰された、というようなことだろうか。
「永久の魔は国一つ、静謐の死は戦争中だった軍勢を二つ、真の恐怖は出現と同時に辺り一帯を焦土にした、って言われてるくらいだから、インパクトが足りないんじゃない? その中に加えられるには」
「……随分雑ですね」
単位が余りに大雑把過ぎて今一ピンとこないし、何より真実味がない。まあ〝世界を滅ぼす〟などという枕詞を付けてしまったなら、それくらいでしか規模の大きさを表せないのかもしれないが……。
「――しかしまあ」
椅子に背を預けながら言った――話を変えるようなレイルさんの台詞。
「リゲル君が何に巻き込まれているのかと思って来てみれば、まさか凶王に九鬼永仙が相手とは。正直に言って驚いたよ」
「全くですね。私としても彼らが敵とは欠片も予測していませんでした。――どうしてやりましょうか、あいつら」
「……し、神父?」
「――あらごめんなさい。私としたことが――」
傍から見ていても見事なほど瞬時に言葉使いを切り替えるエアリーさん。……ついやってしまったと言うよりは、むしろ今のが素であるような気がしないでもない――。
「――けっ。何が〝私としたことが〟だ。お前は昔っからその口調だっただろうがよ」
「言ってやるな東。エアリーはせめて息子の前だけでも猫を被っていたいのだよ。ゴリラが幾ら人間の真似事をしようとしても無駄な努力だろうにね」
「――二人とも、少し静かにするつもりはありませんか?」
ゴリラとまで言われておきながらもにこやかな笑みを見せるエアリーさん。……その手に浮かぶ青筋を見なければ、本当にただ笑っているだけのようだ。本当に、見なければ。というか……。
「ああ? 良く聞こえなかったな~。良い子ぶってる奴の台詞はよぉ~」
「自分を偽るというのは虚しい限りだ。幾ら歳を取って、過去の自分の浅はかさに気が付いたとはいえ――」
「――捻じ切られたいのか、お前ら?」
「し、神父!」
――この三人がこんな殺伐とした遣り取りをするなどとは想像も付かなかった。つくづく第一印象とは当てにならない。リゲルとジェインも普段似たような遣り取りをすることがあるが、こちらはそれよりもっと程度が激しい。なんというか。
「ったく、ぼろの出る演技なんてしてんじゃねえよ。恥ずかしくないのかね~子どもの前で」
「……東こそその気色悪いテンションを止めたらどうですか? 見ていて気持ち悪いんですが」
「確かにな。お陰で会ったときには別人かと思ってしまった。――野蛮人だった東も、遂に人並みの文明に目覚めたというわけか」
気迫が違う。二人のは行って殴り合いの喧嘩が精々だろうが、この三人はそれが高じて命の取り合いにまで発展してしまいそうな勢いを感じる。一見穏やかに話をしているように見えるレイルさんも、よく見れば明らかに目が笑っていない。その危うさに思わず――。
「そういうテメエはちっとも変わらねえな。昔通り陰険なまま――」
「……小父さん」
「っと。……悪いな黄泉示。旧友との再会だってんではしゃぎ過ぎたぜ」
ふぅと息を吐きながら応える声。――本当か? 本当に今目の前にいる二人は、小父さんの友人なのか?
「実に礼儀正しい青年ですね。それに比べて貴方ときたら……」
「ああ? まさかとは思うがケンカ売ってんのか? エアリー」
「全く驚きだな。君たちのような戦闘狂の下で、こんなまともな息子たちが育つとは」
「――殺すぞ?」
「――殺しますよ?」
……遂に言葉を憚らなくなった。殺気を出しつつ笑顔で見つめ合う三人を前に。
「あー……え~っとー……」
「……どうすりゃいいんだ? これ」
応対を任された立慧さんたちもたじろいでいる。……無理もない。この三人が暴れ始めれば、恐らくここにいる中で止められる人間はいないのだ。まさかここで殺し合いは始めないだろうがと思いつつも、その迫力に息を呑んだ――。
「――さて。冗談はここまでとして」
瞬間。不意に、レイルさんから放たれていた殺気が消える。
「大変だったね。凶王と永仙に命を狙われるとは、並大抵の苦労じゃなかっただろう」
「……まあ」
「それは……」
急に戻された話を振られ、しどろもどろに返事をする俺たち。……先ほどまでの。
「そうですね。本当に、よく無事だったものです。――ありがとうございます」
「え? あ、はい。……どう致しまして」
「……まあ、礼なら貰っときやすが」
振れれば爆発しそうな空気はどこへやら。態度を豹変させた小父さんたちに、立慧さんたちも同様。どうしても戸惑いが先に立っている。いつのまにか小父さんも涼しい顔だ。切り替えについていけない困惑から――。
「――っていうか嬉しいけど、礼ならあの娘に言って欲しいわ」
気を取り直したように言ったのは立慧さん。……千景先輩。
「こいつらを庇って、一人治療室にいる娘がいるの。……意識が戻ってからで良いから」
「――勿論だ。約束しよう」
「それに、もう一人にもな」
葵さん。治癒室にいるという二人を思い、拳に力が入る……。
「――そういや、電話でお前が話してた、フィアって嬢ちゃんがいねえんじゃねか?」
そう言いつつ。不意に辺りを見回したのは小父さん。
「まだ寝てんのか? 意外と朝は弱いタイプとか、そういうあれか?」
「一緒にいたあの娘ですか」
「そういえば見当たらないね」
確かに、と首肯する二人。首筋にじくりと滲む汗を覚えつつ。
「――フィアは」
言わなければならない。その義務感から重たい口を開く。
「俺を庇って。……今は、魔力を消費し過ぎたせいで部屋で寝てるんです。治療は済んだんですけど……」
「……そうか」
「……そうでしたか」
答える小父さんたちの声は、多分に思い遣りを含んでいて。
「マジで大変だったんだな。――まあ、俺らが来たからには悩むことはねえ」
労わるように言い、中途で力強く笑顔を浮かべた。
「厄介事は俺らが全部引き受ける。お前らはここで、ゆっくりしてりゃあいいだけのこった」
「え――?」
「――どういうことですか?」
予想外の台詞。訊き返したジェインに。
「言葉通りの意味だよ、ジェイン君」
「私たちが来た以上、貴方たちが直接凶王や永仙と矛を交える必要などありません」
レイルさんに続けて、心なしかやや強めにエアリーさんが言ってくる。穏やかな中にも、覇気のある目を向けて。
「腐っても私たちは《救世の英雄》――。昔取った杵柄と言う奴です。戦いは私たちに任せて、貴方たちはそれぞれ思う時間を過ごしてください」
「勿論、ことが終わるまでこの本山から出ない方が良いとは思うがね。何、それも暫くの辛抱さ」
「……いや、だけどそりゃ――」
「しかしも案山子もねえよ。お前らじゃこの事態を解決すんのは無理だ。控え目に言って足手纏いにしかならねえ」
控えめにと言う割にははっきりと。リゲルに対して小父さんはバッサリ宣言し。
「分かってんじゃねえのか? 既に一回、永仙と凶王に会ってるならよ」
「ッ――」
「――ちょっと待ちなさいよ」
割り込んだのは立慧さん。救世の英雄を前にしても黙ってはいられないという風な態度で。
「何だか勝手に話を進めてるみたいだけど、あいつらは三大組織が共通して目の敵にしてる連中よ。幾ら《救世の英雄》とはいえ、貴方たちの出番が来るかは――」
「分かってねえなあ、嬢ちゃん」
まくし立てられた反論に小父さんが首を振る。
「組織が自分らだけで済ませるつもりなら、もうとっくに仕掛けてんだろうが。この状況下でそれをしねえってことは……」
「組織側も、受ける被害を重く見ているということだ。このところ三大組織は全体的に力を落としているからね。万一にも無理は出来ない」
「そこで鍵となるのが、私たちのようなフリーの技能者でしょう」
リレーのように続けられる会話。先ほどのいがみ合いが嘘のように噛み合っている。
「自賛するわけではありませんが、私たちは技能者としては恐らく有数の力と経験を持っています。そんな人間が三人もいれば」
「天秤を傾けるのには充分。組織側も攻めることに目算が立つ。息子たちが狙われている状況を看過できない私たちと、利害が一致するというわけだ」
……そういうことか。
打って変わってやけに連携の取れた態度。有無を言わせず押し切ろうとする話し方にどこかで納得する。小父さんやレイルさんたちは、最初からそのつもりで。
「まあ実際のところは秋光が決めるのですから、どうなるかは分かりませんがね」
「どちらにせよ、君たちが戦う必要はもうない。――私たちから言うことは以上だ」
「……」
――何故だろう。
小父さんたちの言う内容。その態度に、異論があるわけではない。……戦うことを望んでなどいなかった。
少しでも状況をマシにするため。事態の好転の為にやむを得ずそうしていただけで、危険に命を晒すことを良しとしていたわけではない。小父さんたちの言葉に従えば俺たちは誰も傷つかず、修練に時間を割くこともなくなる。事態が解決されるまで、この中で過ごしていればいい。
やれることは既にやったはずだ。事態が俺たちの手に負えないだろうことも分かっている。……ただ。
「……」
それでもどうしようもない蟠りのようなものが。……己のどこかでつかえていることを、沈黙のうちに俺は覚えていた。




