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第三節 忠告 後編

 

 ――陰鬱な朝食が終わり、立慧さんたちが立ち去ったあと。


「……」


 どこへ行くでもなく、俺たち三人は依然としてホールに留まっていた。いつもなら俺とリゲルはサロン、ジェインは真っ先に書庫に行っているところだが、今日に限っては全員がその脚を止めている。


 ――圧倒的な力の差を見せ付けられ、修行も中止になった。……これから先どうすれば良いのか。それがまるで分からなくなってしまった中で、どこに行くべきか分からない。何処に行く気もしないというのが、今の俺たちに共通する心境だろう。もう言葉も交わさないまま、こうしていて何分が経ったのだろうか。


「……話し合わないか? これからのことを」


 初めに声を発したのは、ジェイン。


「奴らの力は予想以上に強大だった。今のままでは解決の糸口が見付けられるとは思えない」

「でも、何を話し合うんだ?」

「それは……」


 言ったきりジェインの声は止まる。……常に冷静なジェイン。頭の回転が速いジェインであっても、流石に今回の事態については有効な解決策が思い付かないでいる。それ以前に、何を話せばいいのかということも。


「なあ、ちょいと思ってたんだが……」


 即座に滞った話題をひとまず脇に置くといった感じで、リゲルが話し始める。


「どうしてあいつら……永仙たちは、俺らのことを狙ってんだ?」

「どうしてって、それは……」


 答えようとして思い出す。そもそも、なぜ俺たちが狙われているのかは全くの謎だった。


「だっておかしいだろ? あんだけやる奴らが寄ってたかって俺らの事殺しに来るとか、てんで心当たりがないぜ?」

「……」


 それは確かにその通りだが、手掛かりのない状況でそれを言っても……。


「――それに、言動も一致していなかった」


 黙っていたジェインが、再び会話に戻る。


「気付かなかったか? 初め奴らは僕らを殺そうとしていたが、後半には逆に連れ去ろうとする素振りも見せていた」

「そう言えば……」


 ジェインの言葉で思い出す。当初永仙、凶王は共に明らかに俺たちの命を狙っていた。永仙は問答無用でフィアと俺とを殺そうとしていたし、凶王についてもそれは同じだ。


 だが確かに、リアさんが来たのち。あの凶王は俺たちを〝連れ帰る〟と言っていたように思う。結局は秋光さんが来てくれたことで、その件は有耶無耶になったわけだが……。


「……こっちを油断させるための罠とかじゃないか? 現に相手は俺たちを殺せるよう、ゲートの近くにずっと一人を置いていた」


 最後に姿を見せた、やはり凶王と思しきあの謎の影。凶王の発言では、あの影はゲート付近で俺たちが飛ばされてくるのを待ち続けていたということだった。そんな罠を仕掛けるような相手が、本気で俺たちを連れていこうとなどしていたのかは大いに疑問だ。


「確かにな……」

「つーか大体俺らを殺す気なら、婆さんや爺さんが来る前にもっと早くできたんじゃねえか?」

「「……」」


 リゲルの発言に、俺とジェインが同時に黙る。……今まで考えていなかったが、言われてみると……。


「それは、先輩たちが俺たちを庇ってくれたから……」

「でも、あの凶王とかいう奴は先輩をあっという間に……何だ、その」


 そこでリゲルは口籠る。


「……ブッ飛ばしちまったろ?」


 考えた割には率直な表現だが、致し方ないか。少しでも正確に言おうとすれば、正にあの様子は吹き飛ばされたとしか言い表せないようなものだった。


「油断もあったのかもしれない。余りに実力が離れすぎていて、まさかという油断が――」


 そうジェインが説明する様を聞きながら、俺の心の中にはある疑問が浮かんでいた。……少なくとも、フィアだけは確実に殺せたのではないか?


 と言ってもそれはジェインが今行った通り、強者ならではの油断というものがあったのかもしれない。現に力の差は歴然。仕損じる可能性など万に一つも考えていなかったとしても、決しておかしな話ではない。


「僕ら自身でなく、僕らに関わりのある人間に関係があるのかもしれないな。……ただまあ、こんなことを言っていても始まらない」


 ジェインが頭を振る。


「僕らが狙われる原因が確かなら、とっくに協会側から説明があるだろうし、何らかの手を打ってもいるはずだ。今はまず、狙われていると言う現状そのものを受け止めなくて判断する必要がある」

「……だけど、どうするんだ?」


 その疑問が口を突く。


「あいつらの力は圧倒的だった。……俺たちじゃ」


 二人の目を見て言う。


「相手にもならない。……そうだろ?」

「……」

「……」


 ――沈黙。当然だ。二人は永仙に魔術を仕掛け、文字通り赤子の手を捻るかの如くの手痛い敗北を味わった。先輩たちや郭が認めるほどの才能を持ち、修行にも全力で取り組んでいた二人がだ。……その衝撃は大きかっただろう。


 俺にとっても輪を掛けてそうだ。……生まれつき得られた身体能力と、同じ源泉から来る固有技。


 それだけではどうにもならない。あの老人は俺の全力の一撃を、ただの素手で掴み取ったのだ。


 ――そんな相手に狙われて。果たして自力でどうしろと言うのだろうか?


「……蔭水」


 思い沈黙の中でジェインが口を開いた、――その直後。


「――今回はまた異なる顔ぶれだな」

「――」

「レイガス――さん」


 その声に一斉に目を向けた俺たち。視界に映り込む顔に、さん、という言葉をギリギリで付け加える。


「……誰だ?」


 訝しげな表情のジェイン。……そうだ。三千風さんのときと同じく、今回も書庫に行っていたジェインだけは面識がない。


「……四賢者の一人だ。郭の師匠の――」

「郭の?」

「お、あのときの爺さんじゃねえか」

「暫く振りだな、リゲル・G・ガウス」


 ジェインの反応を置き、こちらは面識のある二人が言葉を交わす。


「訊きそびれていたが、郭との話は上手く終えたのか?」

「おう、まあな」

「そうか。ならば何よりだが――」


 リゲルから、俺たちへと移される視線。


「揃いも揃って覇気のない面構えだな。昨日の戦闘が余程堪えたと見える」


 一つ鼻を鳴らしてレイガスは言う。……余計なお世話だ。そう言い返すだけの気力も今の俺にはない。場に満ちた重い空気が、告げられた内容のこれ以上ない的確さを伝えていた。


「まあいい。――フィア・カタストはどこにいる?」

「え……?」


 唐突なその問いに、疑問符が口を突いて出る。――なぜフィアの居場所を?


「前と同じく魔力の過剰消費で倒れたと聞いているが……」


 そう言って周囲を確認するように見回すと、レイガスは更に言葉を続けた。


「……まだ目覚めてはいないようだな。個室か?」


 そう言ったあとに、俺たちの表情を見て――。


「……そのようだな」


 了解したようにレイガスは頷く。俺たちの内誰一人として否定も肯定もしていないにも拘らず、確信に満ちた判断を下す。……前にも思ったが、この老人は表情から人の心を読む技術でも身に付けているのか? 先ほども俺の疑問を読み取ったかのように事情を説明してきたし……。


「――っ」


 用はないと言うように歩き出すレイガス。不吉な予感に突き動かされるようにしてそのあとを追う、俺に追い付いてくる二人。


「おい、どうしたんだよ」

「カタストさんに何か――」

「……フィアになんの用だ?」

「治癒を頼まれた。秋光からな」


 問い詰めるような俺の言葉に振り向くこともせず答えるレイガス。――治癒?


「気になるなら着いて来るが良い。無用な邪推をされるのも不愉快だ」





「……」


 部屋の前にリゲルとジェインの二人を残し。……レイガスと二人、フィアの個室に入る。


〝――ここか〟


 そう言って平然と入ろうとするレイガスを前にして、俺は慌てた。……本人の意識がない中で部屋に入るというのは出来れば避けたい。しかし今一つ信用のおけないこの老人を、果たしてフィアと一対一にしていいものか。


〝……僕らは外で待っているから、蔭水だけでも入ったらいいんじゃないのか?〟


 恐らく何も考えずに〝よし、行こうぜ!〟などと言い掛けていたリゲルの台詞を遮る形で、そんな提案をしてきたジェイン。


〝事情が事情だ。昔同じ部屋に住んでいた君なら、カタストさんも無闇に怒ることはしないだろう〟

〝……そうか?〟

〝何にせよ、あの郭の師匠を放置しておく方が僕は危険だと思うが〟

〝大層な言い草だな。ジェイン・レトビック〟


 本人を前にして悪びれもせずそんなことを言ってのけるジェイン。――その一言を受けて、俺も心を決めた――。


 そうして俺は今、フィアの部屋の中にいる。


「……」


 当然のことながら。目の前のベッドに横たわっているのはフィア。布団の端から見えている寝顔は思ったよりずっと安らかで、何よりもまずその事実に安堵させられる。……消耗した魔力を回復しているだけなのだから、苦しんでいるかもしれないなどと考える方が間違いだったのかもしれないが。


「――睨むな」


 警戒心と共に疑わしげな視線を送っていた俺に、レイガスが釘を刺すように言ってくる。


「余計な手間を掛ける気はない。私としてもこんな仕事は早く終わらせたいからな」


 その態度に嘘は感じられない。……本当に、治癒を頼まれただけなのか……?


「――始めるぞ」

「っ」


 言われてレイガスの方に目を向ける。治療、というからにはフィアが俺にしていたように触れたりするのかと思っていたが、レイガスからそんな気配は一切感じられない。ただ、布団を掛けて寝ているフィアを前にして佇んでいるだけだ。……それはそれで良いのだが。


「……!」


 ――果たしてこれで治療になるのかと。半ば疑いの眼差しを投げ掛けていた俺の視線の先で、不意に微かな燐光が灯る。……見える顔付近を取り巻く光。布団を通しても仄かな輝きが見えることから、恐らく寝ているフィアの全身が光に包まれているのだろう。現に目の当たりにしていなければこれをレイガスが出しているとは到底信じられないほどに、優しく、温かい光。


 何の知識のない俺であっても、今目の前で起こっている現象が害意の下に引き起こされているのでないということは理解できた。


「……っ」


 そのまま十数秒ほどが経ったかと思うと、始まりと同じように光は前触れなく消失する。それまでの光景が夢であったかの如く、フィアの周囲の景色は俺が入ったときと変わらぬ様相を取り戻していた。


「……なるほどな」


 呟き、レイガスは身を翻す。――何がなるほどなのか。出て行こうとした歩みに追い縋り――。


「フィアの、容態は……」

「……」


 訊かなければならない。レイガスを前に皆まで言い淀んだ、そんな俺をレイガスは暫し見つめたかと思うと。


「何も問題はない。早ければ明日には目が覚めるだろう」


 そう言って部屋を出て行ってしまう。……暫しの静寂。安らかな寝顔のままのフィアを、もう一度だけ見返してから。


「……っ」


 レイガスのあとを追うようにして、俺もフィアの部屋を出た。





「――どうだった⁉」


 部屋を出て早々、リゲルの問いが飛んでくる。それは――。


「――問題はない。安静にしていれば明日には回復するはずだ」

「……リゲルは、貴方に訊いたわけではないと思いますが」

「年端もいかぬ若輩が、揃いも揃って良い態度だな」


 ジェイン。皮肉と共に、フンとレイガスが鼻を鳴らし――。


「――ッ⁉」


 ――衝撃。ジェインとレイガスとの間で、バチリと目に見えるような閃光が飛び散った。弾けた光に咄嗟に身構えた俺――。


「――何をする⁉」

「テメエ――⁉」

「……弾かれるか」


 遅れて飛び退いたジェイン。警戒心を顕にしたリゲルのファイティングポーズに、レイガスは目もくれることなく独り言つ。


「となれば干渉はほぼ不可能――聞いていた以上に面倒な加護だな」

「――なに?」

「それでいて当の本人には自覚がない」


 半ば反射的とも言えるジェインの訊き返しに向けたのは嘲るような眼差し。


「多少は頭が働くらしいが、所詮子どもか。自らの状況に振り回されているだけだ」

「……ッ」

「おい爺さん。そこまで言わなくても――」

「お前と郭が話せるよう取り計らったのは私だ。……礼の一つくらいあっても良いと思うが」

「ぬぐっ……ッその節は気を利かせて下さってあ、り、が、と、う、ございました!」


 見事にリゲルをやり込めたあと、その視線が俺へと向けられるのを感じる。


「……何ですか?」

「――なに。忠告が生きているか、と思ってな」

「……ッ」


 心の奥底を見透かしたような台詞に、蘇るのはレイガスに見せられたあの光景。


「今回は運よく一命を拾ったようだが、幸運はそう何度も続かん。――次があればお前たちは命を落とす」


 宣告する。俺だけでなく、この場にいる全員に向けて。


「必ずな。……肝に銘じておけ」


 言い残してレイガスは歩み去っていく。それが全てだと言うように。振り返ることすらしない、その傲岸さに――。


「――待てよ」


 言葉が出た。止められた足。こちらを向いたままの背に、投げつける言葉さえ浮かばないまま。


「……俺たちは」

「――あの少女が魔力を使い果たしたのは誰のせいだ?」


 レイガスが強い声を発す。絞り出した言の葉を、微塵に打ち砕くように。


「愚かにも九鬼永仙に一人で突っ掛って行った、……度し難い、愚か者のせいではないのか?」

「……ッ」

「――詭弁だな」


 打ちのめされそうになった俺の横で、僅かな隙を見たと言うように上がる声。……ジェイン。


「蔭水が出なければカタストさんは死んでいた。結果的に見れば、あの行動はこれ以上ない正解だった」

「……だからお前は小利口だと言うのだ。言っておくが」


 反駁にも少しも揺るがない。……程度が知れたと言う風に。却ってジェインへの評価が確定したように瞳と口元を歪め、レイガスは続く言葉を言い出す。


「上守支部長、並びに櫻御門補佐官は、今現在治療室にいる」

「……!」


 その言葉に俺たち全員が反応を見せる。……先輩がそこにいることはリアさんから聞いていたが、葵さんも同様だったのか。凶王が来たときのあの推測は、当たっていたことになる……。


「二人とも一時は命に関わるほどの重体だった。……今は既に治癒が済んではいるが、それでも意識は戻っていない」

「……」


 先輩だけでなく、葵さんまでもがそれだけの重体。しかもまだ意識が戻っていないとは……。


 初めて会ったときの、葵さんの動きと雰囲気を思い出す。……レベルが違う。


 あからさまにそう思えたあの人ですら、一矢報えずに重傷を負わされるほどの相手。あのとき凶王は手古摺ったようなことを口にしていたが、見る限りでの外傷はなかった。皮肉か冗談でそれを言っていたことは明らかだ。


「それらは全てお前たちを守るため。お前たちが相手取ろうとしていたのは、そういう敵だ。――ではな」




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