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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第一章 新しい日々の始まり
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第七.五節 尾行者

 




 ――この辺りで良いだろう。


 今は廃墟となった古城の跡地。その中ほどにある広場のような空間に、ファビオは立っていた。周囲を鬱蒼とした木々が覆う立地。ここならば多少派手にやっても人目に付くことはない。


「……うん」


 念のため、先ほど感じた視線の有無を確かめる。――微かな、しかし疑いようもなくこちらに向けられた、纏いつくような不快な視線。初めに感じたときから離れず付かずして一定の距離を保ったまま、ファビオのあとを追ってここまでやって来ている。


「……いい加減そっちも分かってんでしょ。相手してあげるから、早いとこ出てきなよ」


 気配に向けてそう声を飛ばす。……が、声掛けをした相手からの返答はなく、ただ暫しの沈黙が訪れるのみ。


 ――またか、とファビオは内心で嘆息する。実力の無い輩というのはどうも潔さに欠ける。ばれていることを折角こちらから明らかにしても、決まって自分たちからは姿を見せたがらないのだ。わざわざ道を外れてまでそのことに気付く機会を与えてやったのに、なおも単なる鎌掛けと高を括っているのだろうか。全く面倒なことだった。


 相手の無意味な対応に一つ溜め息を付いて、ファビオが自分から気配の方向に向かおうとした、そのとき。


「……」


 一人の人物が木陰から姿を現す。……全身をゆるやかな仕立てのローブで覆い、備え着きのフードを目深に被っているその姿。


 外見からは性別も、年齢さえも窺い知れない。ファビオが自ら動いたことで流石に気付かれていることを悟ったのだろう。それにしても、こそこそ他人の周囲を嗅ぎ回るだけしか能のない連中にはぴったりの格好だな……。そんな感想がファビオの頭に浮かぶ。


「気が付くとは流石、支部長と言ったところか」


 ローブの人物が声を発する。その低くどこか暗さを感じさせる声音から、その中身が成熟した男性であるとファビオは推測した。わざわざ大袈裟なまでに外貌を秘匿しておきながら、自分から声を漏らす……? その意図がファビオには掴めない。


「あんな雑な尾行、気付けない方がおかしいでしょ。支部長嘗めてんの?」


 半端な対応に少し苛立ちを込めながら、答える。……無駄話で時間を潰すつもりはない。それに。


 あの程度の尾行に気付いたことで感心されるなど、支部長たるファビオにとっては皮肉か嫌味としか聞こえなかった。確かに姿を上手く隠してはいたが、露骨に視線を送っていたせいで肝心の気配の方がなおざりになっていたのだから。――そしてその欠点は、現在に至るまで解消されていない。


「フ……。強気だな」


 男が軽く笑いを含みながら呟く。強者染みた雰囲気を醸し出す、その余裕に満ちた話しぶりも、態度も。今のファビオにとっては掛かる時間を長引かせる一因でしかなかった。内心で苛立ちを募らせつつもそんな心情はおくびにも出さない体で、ファビオはこの無駄な会話を一刻も早く終わらせる為に言葉を続ける。


「で、何か用? 生憎こっちは連日仕事に追われてて忙しいんだけど」

「そうだな。用と言えば用だ」

「へえそう。でも、その前に――」


 このまま続けていても埒が明かない。話し出そうとした男を遮ってファビオは告げる。


「隠れてるもう一人もさっさと出て来てくれない? そんなんで隠れられてるつもりになられると、それはそれで鬱陶しいんだよね、中々」


 ファビオの台詞から、一呼吸ほどの間を置いたのち……。


「……」


 先ほど男が出てきたよりも更に隣の木立から、もう一人の追跡者が姿を見せる。こちらも先に出てきた男と同じようなローブで全身を覆っており、やはり一見して如何なる特徴も読み取れない。背丈も似たようなものだ。


「ほう」


 仲間の存在を暴かれたにも拘わらず、愉快そうな調子で男が声を漏らす。……ふざけた奴だ。


 尾行を見抜かれ仲間の存在を晒された時点で、既に男たちの奇襲というアドバンテージは完全に消失している。残るは数だけ。それでも依然として余裕を保っているところを見ると余程自分たちの力に自信があるのか、或いは単に虚勢を張っているだけか、力の差の分からない馬鹿か。


 どれにしてもお笑い草だ、とファビオは思う。あんなお粗末な尾行を仕掛けてきた時点で力量はたかが知れている。無様に狼狽えてみせた方がまだ可愛げがあっただろう。……ファビオにとって自らの力量を取り違えている人間ほど、癇に障る者はなかった。


「支部長になって間もないと聞いていたが、実力の方は申し分ないらしい」

「それはどうも。で?」


 続く男の賛辞を軽くあしらってファビオは尋ねる。


「あんたら二人が僕の相手ってわけ?」

「……」


 その問いに、あとから出てきた方の人物は沈黙を守ったまま答えない。


「誤解してもらっては困る。お前の相手は私一人。奴は」

「監視役ってわけね。了解。ならさっさと始めようよ」


 答え掛けた男の言葉を遮ると、相手の動向など意に介さないようにファビオは戦いの姿勢に入る。精神を集中させ、自身の内にある魔力の流れを研ぎ澄ませていく――。


 魔力感知によってファビオのその所作に気が付いたのだろう。男がファビオと相対するように前へ出ると、もう一人の人物がそれに応じるように後ろへと歩を進める。……軽口を叩いていた先ほどとは打って変わって全身にある種の緊張を(みなぎ)らせる男に対し、下がった人物は未だ気負いのない自然体のままこちらを見つめているだけだ。


 自らの初動に相手がどう反応するか窺っていたファビオだったが、男が一人で自分の相手をするというのは目下のところ本当らしい。――まあ。


 そんな戯言を信用するつもりなど毛頭なかった。例え挟撃を仕掛けてくるつもりだったとしても、端からそれと見せてしまっては下の下。支部長を一対一で相手取れると思うほど愚かではないだろう。戦いが佳境に入った辺り、決定的な機を見て参じてくるつもりに違いない……。


 ならばこちらも相応の心構えで応じるだけだ。相手の算段を推測し、ファビオはそれに対応できる姿勢を自らの内に作り出していく。


 ――このとき、ファビオは忘れていた。


 男たちはファビオを支部長と知りながら尾行していた。仮に支部まで案内させるのが目的であるならば、力の劣る一般の協会員でも一向に構わなかったというのに。


 男はファビオの誘いにいとも容易く応じてきた。深く考えなかったファビオはそのことを彼我の実力差を見抜けない愚かさ故だと受け取ったが、もしそうでなければそれは何を意味したのか。


 ――早く片付けて、明日の準備をしておかなければ――。


 全ての疑問を置き去りにして、ファビオと男の戦いが幕を開けた――。




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